【完結】クライン(♀)と駆け抜けるアインクラッド 作:甘口列
再会、あるいは出会い
ソードアート・オンライン。ソードアートという名前が良いよね、と僕はナーヴギアを眺めながら思う。これを通して飛び込む世界は剣技が力になる世界だ。剣技とは、芸術である。かつて人殺しの道具だったそれは、長い時間を経て文化へと変わった。そして今度は人を楽しませるゲームとなる。
ベータテスト、とやらでもそれを十分にそれを味わせてもらった。その時のことを思い返すと自然と口元が緩む。剣術道場の息子として日々鍛錬に励むばかりだった僕の世界をずいぶんと広げてもらった。
「茅場さんには感謝しないとな」
大変忙しいだろうあの人にどうやってお礼をしようか。『お礼』の意味が変わることもまだ知らないまま、僕はゲームの用意を進めていく。最後に丈長の布団に横たわれば準備完了だ。
それじゃあ、リンクスタート!
「人が、多い……」
ソードアート・オンラインの販売数は一万本。購入した全員がいるわけではないだろうが、前にプレイした時とは比べ物にならない賑わいだ。当時の知り合いをこの中から見つけるのは難しいだろう。経験者なら一足先に外に出ている可能性も高い。
僕もそれに続こう、と曲刀を購入してフィールドに向かった。どうにも人が多いところは苦手なのだ。そのせいで大学でも……と暗い方向に引っ張られそうになる思考を振り払う。何が悲しくて遊びに来たのに落ち込まなきゃいけないんだ。サクサクと草を踏みしめながら歩いていると、見覚えのある人が知らない人と二人組みでモンスターと相対していた。どうやらソードスキルの練習中らしい。
「キリト! ……キリトだよね?」
このまま一人もさみしいのでモンスターを倒したところで声をかける。友人と言えるほど絡んではいないが何度か組んだ覚えのある人だ。黒髪のヒーロー然とした姿は前にあった時と変わっていない。ちなみに僕の姿はキャラを作る画面で最初に出てきたものほぼそのままだ。確か目の形だけ変えたかな? パラメータとかよく分からないし、触ってるともっと分からなくなるのですぐに匙を投げた形だ。
「……イズモか!」
合ってて良かった、これで人違いだったら恥ずかしすぎてログアウトしてる。安堵のため息をつきながら近付くと、キリトと組んでいた人が僕に声をかけてきた。精悍な顔つきの彼はクラインと言うらしい。自己紹介をすると快活な笑顔を見せてくれた。
「そっちもベータテスト経験者? にしてはなんか……素朴だな」
「あはは……キャラ作るの苦手で。クラインはカッコいいね」
「結構こだわったからな、あんがとよ。よろしくイズモ」
よろしく、と握手を交わす。感じる体温は再現されているのかそれとも自分の記憶が補っているだけなのか。力強いその手を不思議と離し難く感じていると、もう一頭フレンジーボアが近付いてきた。クラインのHPも減っていることだしここは僕が行くことにしよう。
「とりあえずアレ倒してくるね」
「おう、行ってこい!」
クラインの激励とキリトが手を振るのを背中で確認しながら曲刀を構える。ソードスキルが発動したのを確認し、システムの流れに任せて斬りかかった。わずかな硬直後、返す刀で突進してくるイノシシを切り上げる。こっちはソードスキルではないのでダメージこそほぼ入っていないが、モンスターとの距離は調整できるので問題ない。相手の動きを見つつもう一度スキルを立ち上げ、今度は自分から動くことでフレンジーボアを切り捨てた。うーんやっぱり普通に動いた方が気持ちがいい。
「終わったよ」
「お疲れ」
「へぇー、すげぇもんだな!」
キリトは見本として切って見せなかったのだろうか。クラインにキラキラした目で見られるとこそばゆくて仕方がない。まだ会って少ししか経っていないのに、僕は彼のことがすっかり好きになってしまっていた。ぜひ友達になりたいものだ。
「普通だよ、キリトもできるでしょ?」
「まぁな」
「じゃあオレもできるようになんのか!?」
「練習すれば必ずね。ゲームってそういうものじゃない?」
生まれつきの体力も体格も関係なく動けるのがソードスキルで、皆に平等なのがゲームの世界だ。そう思って口にしたのだが、
「おめぇそれはゲーム舐めすぎ」
「素人の発言だな」
二人から直球で否定されてしまった。え、違うの?
「努力は当たり前ぇだけど普通にセンスだっているだろ、環境にも左右されるしな」
「できるできないは結局人次第だ」
「それな」
はい、認識を改めます。ゲーム舐めててすいません。肩を落としていると「いやでもさっきのほんとすごかったぜ、今度教えてくれよな」とクラインが慰めてくれた。良い人だ。そのままフレンド登録(初めて使う機能だ!)を済ませ、腰を下ろして三人で話しこむ。クラインとキリトの会話は時々分からない単語が飛び交っていたが、困っていると説明してくれるので中々有意義で楽しい。おかげで少しはゲームに詳しくなれたと思う。
途中クラインの友人ともフレンドにならないかという話が出た時は一も二も無く飛びついた。キリトは躊躇っていたが、僕はベータテスト時の二の舞にはすまいと決意していたのだ。
そう、僕には友達百人計画という夢がある。
いや百人は言い過ぎだ。三十人……いや十人計画くらいに修正しておこう。少しでも人と交流を持ち、仲良くなる。それが今回の僕の目標だ。前はちっとも上手くいかなかったのでそのリベンジである。クラインの友人ともぜひ仲良くしたい。
「目標低っ! もっと高く持てよ!」
「いや高すぎる目標って辛くなるから……」
「MMOで十人なんてあっという間だろ」
「キリトはできてないじゃないか」
「…………俺はそういう目的じゃないし」
そんな目標やら今日の夕飯について話していると、クラインが奇妙なことに気が付いた。なんとゲームからログアウトできないと言うのだ。慌てて僕も確かめてみると、本当にログアウトボタンだけがない。何か大変なことが起こっているのでは。内心冷や汗をかいていると、その嫌な予感を裏付けるように不気味な鐘の音が鳴り響いた。
茅場晶彦によってなされたという説明は正直よく覚えていない。だが、ああ、茅場晶彦! 茅場晶彦! 茅場晶彦! 彼への感謝など考えていた過去の自分を斬り殺したい。剣技を皆が楽しめるゲームに落とし込むと、僕にそう言ったのは嘘だったのだ! 彼がそう言ったから、再現できる剣術全てのデータを提供したのに! それが廃れかけた剣術界の発展に繋がると信じていたのに!
騙されていた、利用された、アイツが許せない、自分が許せない。目の前が真っ赤になっていたせいで、その後起こっていた変化に気付くのが遅くなった。
ふと見れば自分の身長は現実と同じく集団から頭一つ抜け出るものになっていたし、先程まで一緒にいた二人の姿もない。彼らがいたはずの場所にはかわいらしい顔立ちの少年と、
頭にバンダナを巻いた
「嘘だろ、お前女だったのか!」
「クライン、女性だったの!?」
「おめぇらも顔変わりすぎ……ってかイズモデカすぎるだろ! 2メートルある!?」
「四捨五入したらある……じゃなくて!」
辺りの阿鼻叫喚をBGMに改めてクラインの姿を見る。先程までは本当に男としか思えなかったのに、今の姿は紛れもなく女性そのものだ。
顔立ちこそ山賊の女首領と言った風情だが、ほっそりとした首筋からしてもう女性のそれだ。男性用防具がはち切れそうな程膨らんで丸みを帯びた胸も、引き締まったウエストから流れる太もものラインも、服の上からでも分かるほど女性らしく柔らかな曲線美を描いている。
「うわ僕女の人に対して馴れ馴れしくなかった!? 大丈夫!? 嫌な思いとかしてない!?」
人をじろじろ見るのは失礼、分かっているのに男の姿と比べるようについクラインを見てしまう。女の人となんて学校以外でろくに接したことがないので半ばパニックだ。まともな思考を通さない言葉がポロポロと零れ落ちていく。
「今ので一気に嫌んなったわバカ!」
「男のフリしてる奴が急に女扱いされたらそりゃ嫌だろ……」
「キリトは男!? 流石に男だよね!?」
「男だ、良いから落ち着け!」
「あー、いや、騙したみてぇでオレも悪かったけどよぉ……」
人は自分より冷静さを失った人間を見ると逆に落ち着くものらしい。僕より早く平常心を取り戻した二人の声で何とか動揺を飲み込んだ。いや全然飲み込めてないけど。クラインが女性という事実だけ分かっていれば一旦それでいい。続く茅場晶彦のカス野郎の言葉は頭に入ってこなかった。僕これほとんど聞いてなかったな? まぁ後で二人に聞けばいいか。
周囲を飛び交う罵詈雑言、絶叫、嗚咽、この世の地獄を煮詰めたような場所には現実味がなさすぎたのだ。僕は一度にやってきた感情の波が大きすぎて何も感じられなくなったみたいに呆然と、いっそ呑気なまでに立ち尽くしていた。
そんな僕の腕を引いたのはキリトだった。彼はクラインにも合図をして狭い路地裏へと駆け込む。馬車の陰に入りたそうだったのでとりあえず身を屈めた。
「命懸けのゲームになったなら、もう手段は選んでられない。二人とも次の村へ行こう」
命懸け。負けたら死ぬ。ここは最早遊び場ではなくなった。いや、茅場晶彦にとっては遊び場で、楽しい箱庭なのかもしれない。再び腹の奥でグツグツ煮えたぎり始めた怒りをなんとか抑え込む。キリトの説明に耳を傾けると、リソースの取り合いに勝つためにはなるべく早く動かなくてはいけないらしい。クラインはどうするんだろう。彼女の方を見ると、青褪めた顔で真剣な瞳をして……ゆっくりと、首を横に振った。
「ダチを置いては、いけねぇ」
「そいつらは知ってるのか、お前が……」
「女だって? 知ってるよ」
「……厳しい道になるぞ」
「分かってる」
「じゃあ僕、クラインについていこうかな」
険しい雰囲気に耐えきれなくなり、僕はわざと明るい声を出した。でも口に出した瞬間それが良い話に思えてくるから不思議だ。
「キリトを一人にするのは心苦しいけどさ、僕じゃ多分重荷になるだろ?」
そんなことはない、と言おうとしただろうキリトを止める。分かっているのだ。僕は彼らと違ってゲーマーじゃない。だからゲームの正攻法や暗黙の了解なんて知らないし、その知識のなさはそのままキリトの負担になる。ゲームの基本が分かっていて慣れれば力になれるクラインとは、そこが違うのだ。それでもこうやって声をかけてくれたのが彼の優しさだった。
「クラインと一緒にいれば、ベータテストの経験分くらいは役に立てると思うんだ」
それに甘えることはできない。僕は僕のやり方で、誰かの力になれる方法を見つけなくては。それが僕の贖罪でもある。ソードアート・オンラインの完成に一役買ってしまった罪を、僕はこれから償わなくてはいけないのだ。
利用するみたいで忍びないけど、とクラインの方を見やる。彼女は目を見開いてこちらを見ていたので真正面から視線がぶつかった。
「……良いのかよ」
「うん、いいよ」
「…………そっか、分かった」
結論が決まったのならグズグズしている訳にもいかない。キリトは立ち上がり、僕達に背を向けて歩き出した。生きてさえいればメッセージのやり取りもできるし、きっとまたいつか会える。彼が何を考えてるかなんて分からないけど、僕は精いっぱいの大声で叫んだ。
「キリト、頑張れ! 僕も頑張るから!」
具体性なんて欠片もない言葉だけど、彼は軽く手を上げて応えてくれた。後はもうその背中を見送るだけだ。と思いきや隣でクラインが思い切り息を吸う音がする。
「おめぇ、本物は案外カワイイ顔してやがんな! 結構好みだぜ!」
……突然の年下好き宣言はどうかと思う。けれどキリトは少しだけ明るくなった顔で振り向き、
「お前も美人で驚いたよ! 気を付けていけよな!」
と叫んでから走っていった。そうか、彼は年上のお姉さんが趣味だったのか。良い人が見つかるといいね。
初めまして。
完全に見切り発車ですが何とか続けていきたいと思います。