【完結】クライン(♀)と駆け抜けるアインクラッド 作:甘口列
背教者ニコラスに関しては噂と憶測が飛び交っている。それは出現場所もそうだし、ドロップ品に関してもそうだ。それでも僕達は情報屋や何人かのプレーヤーの協力を経ておおよそ正確な情報を手に入れていた。これはひとえにクラインの人柄のおかげだろう。その協力者達――キリトも含めた十二人で、僕達は巨木の前に張り込んでいる。普段は組まない人達とも組む、ボス戦並みの緊張感だ。
「そろそろ時間だ」
「……行くぞ、野郎ども!」
クラインの掛け声に皆が力強く応える。この時のためにやれることは全てやってきた。だから、後はフラグモブを倒すだけだ。フレンドリストのグレーとなった名を噛みしめながら大太刀を構える。冷たい空気を肺に詰め込み、僕達は姿を現した醜い老人に向かって突撃した。
「うち、クリスマスってなかったんだよね。だから意識したのは大人になってからよ」
「僕もだ」
「オレんとこは普通にあったな。手紙書いてよ、お袋と一緒に焼いたクッキー置いとくんだ」
「えっ、かわいい〜!」
「やめろよ恥ずかしい」
あれは一年前の冬の日だった。友人だった彼女と、これじゃクリスマスどころじゃないね、なんて話をしていた。そこから二ヶ月も経たない内に死んでしまうなんて、彼女に次のクリスマスが訪れないなんて知らないままで。
サンタさんが来なかったと言う彼女のために、クラインはプレゼントを手に入れようとしている。手紙もないしクッキーもない、感謝どころか他のプレーヤーに恨まれかねないことをしながら。
「スイッチ!」
瞬きにも満たない回想だ。音より先に動き出していた僕は通常攻撃を繋ぎつつ、味方のソードスキルで体勢が崩れた時を狙って大技を出す。
「剣舞・夢幻」
口にしたのはソードスキルの名ではない。僕が幼い頃から繰り返し教わってきた技の名。代々受け継がれた、舞うようにいくつもの太刀筋を刻む連続攻撃。アシストよりも早く、体で覚えたままに動く。それはカタナスキル上位の技となって背教者ニコラスを吹き飛ばした。
「今だ、たたみかけろ!」
硬直の間にクラインの声を聞く。緊張と、期待と、恐怖と、それを乗り越える意志と意地。それに応える方が、このあと得られる何よりも重要だった。
どれくらいそうやって戦っていただろう。長かったような気もするし、あっという間だったような気もする。回復アイテムの使用量からして楽な戦いではなかった。
しかし、勝った。勝利の喜びもそこそこに、皆が真剣な目で入手したアイテム欄を探している。僕も名前すら知らない復活アイテムを探し、ウインドウを見続けた。
「あった! が、こいつは……」
唐突に協力者の一人が声を上げた。全員の視線が彼に向くが、その男はゆっくりと首を振る。「どういうことだ!」と詰め寄るクラインにアイテムを渡し、説明を読ませた。
「十秒、間……」
奇跡と呼ぶには相応しい。しかし、僕達にはそれでは足りない。ふらりと崩れ落ちそうになるクラインの体を支える。彼女の指がのろのろと動くのを見ながら、僕はただ冷えてしまったクラインの体を抱きしめていた。
重い足取りでホームに帰る。呆然としたクラインは、それでも一人一人に感謝を忘れなかった。皆に「今日は助かった」と告げ、背中を叩いて送り出す。最後に別れたキリトのことは一瞬だけ抱きしめてから「死ぬなよ」と言った。
「死なないよ。俺は、死なない」
その言葉にクラインがどれだけ勇気付けられただろう。拠点に戻ってから彼女が零す涙には悲しみだけでなく安堵も混じっていた。
「ふ、ぅ……う、ん、ぐっ……」
声を抑えて泣き続ける彼女を僕は見ている。僕達の願いは、彼女の想いは、届かなかった。あの悪辣なる茅場晶彦によって奪われた命はもう戻らない。メッセージも送れないし、再び肩を並べて戦うこともない。
酷く虚しい、夜だった。
「クライン、良かったらこれ」
僕はアイテム欄から飲み物を取り出す。温かなココアにマシュマロを浮かべたそれは、冬の時期だけ売っているものである。本当は蘇生した彼女も一緒に飲めたら良いと用意していたものだった。僕も同じ物を取り出し、クラインの横に座ってちびちびと口をつける。
「……甘ぇ」
「うん、甘いね」
彼女は甘い物が好きだったが、クラインはそうでもない。甘い物をよく食べる僕でも、今日は特別その甘さが体に染みた。
「……サンタなんていねぇって、とっくに知ってたのにな」
サンタクロース。クリスマスの夜、子どもたちに夢と希望を届けてくれる素敵な老人。僕のところには来たことがないからその不在は当たり前だったけど、信じていた時期があった人にとっては違う。もしかしたら、と願いをかけるだけの理由はあった。
「欲しいものを間違えただけかもしれないよ」
「あぁ……オレ、ガキの頃泣いた覚えあるな。これじゃねぇって」
サンタは神様じゃないから、願いを叶えてくれないことも間違えることもある。それを飲みこんで、子どもは大人になっていく。クラインはマグカップを両手で持って手を温めるようにしながら、また少しだけ泣いた。
「ありがとな、イズモ」
「どういたしまして」
仰々しくお辞儀をすると、ほんのりと笑顔を見せてくれた。部屋の緊張が緩み、暖かな空気は眠気を連れて来る。単独行動禁止令も解かれたことだしそろそろ自分の部屋に戻るか、と思っているとクラインに引き止められた。
「なぁ、今日はここにいてくれねぇ?」
「! ……うん、いいよ」
僕以外だったら勘違いするような言葉だ。でも僕はここで誤解するような馬鹿ではない。温いベッドの上、時折漏れるすすり泣きを聞く。僕はただ辛く寂しい夜を乗り越えるべく、彼女に寄り添って眠りに落ちた。
投稿し始めたばかりの短い期間ですが、今年はお世話になりました。閲覧、お気に入り、感想、評価どれもありがとうございます。
それでは皆様良いお年を!