【完結】クライン(♀)と駆け抜けるアインクラッド 作:甘口列
クラインに、話をしよう。そう思った。嫌われようとギルドを追い出されようと、この秘密を抱えたまま一緒に行くのは不誠実だ。それにいずれはバレることだろう。それこそ茅場晶彦がどこかから現れて「ソードスキルの元にしたのはイズモというプレイヤーから貰ったデータだ」と言えばお終いである。同じ終わりなら、僕の手で幕を下ろした方がマシだ。
「クライン。……大事な話が、あります」
「……どうした?」
つい敬語になってしまったが、彼女はそれをからかわなかった。真剣な顔で僕のことを受け止めてくれる。だから好きだ。だからこそ、言わなくてはならない。震えそうになる声を必死に抑え、平常心を装う。
「ここではちょっと。二人きりで、話したくて」
「分かった。じゃあ明日……いや明後日だな。明後日の夕方でどうだ?」
「うん。場所はこっちで決めて良い?」
「ああ、分かった」
言ってしまった。もう引き返せない。僕は口元を引き結び情報屋の元へ向かう。誰にも聞き耳が立てられないような場所を調べなくてはならない。捕まれたように痛む心臓からは目を逸らした。例えなんと思われようと、これ以上隠しておくことはできないのだ。
ギルドを離れる覚悟すら決めた。その表情を何と受け取ったのか、情報屋はニヤリと笑って代金に見合ったロケーションをピックアップする。やたらと景色が良いところばかりなのは気のせいだろうか。もっとこう、機密性の高いところが良いんだけど。
「イズモは秘密主義だナ」
一体どこまで知っているのか。見通すような目にゾクリとしながら最後に出された場所に目をつけた。下層にある一軒家だ。宿として使えるが、行きにくい場所にあるうえに一泊の値段がかなり高い。窓から見える湖の美しさ……はともかく、近付く人も少なそうな場所だ。ここにしよう。
「ありがとう。どこを選んだかは秘密で」
「こっちも馬に蹴られたくはないからナ」
追加のコルを渡すと早い返事が返ってきた。売られるかもな、と思いつつも取引を終わらせ次の準備にかかる。あと用意するのは服だ。風林火山は誰が呼んだか『侍ギルド』、全員が和風の装備で揃えているので結構目立つ。特に僕は背が高いから着物のノッポ=僕、くらいには人目についてしまうのだ。今回それは避けたい。背は縮められないが、服を変えれば少しは紛れ込めるだろう。性能は重要じゃないので店売りで済ませようかと服屋を見ていると、プレーヤーから声をかけられた。
「オシャレならプレイヤーメイドにしときなよ、職人はセンスが違うぞ〜? 俺とかな!」
「自分で言うんだ」
確かに彼の着ている服のデザインはNPCの店に吊るされているものより洒落ているように見える。いや別にお洒落する必要はないんだよ。最低限目立たなければ……。
「いや、店売りの服を着てたら逆に目立つね。アンタ攻略組だろ?」
「そうだけど……目立つかな」
「目立つっていうか、浮くな」
「……じゃあ、お願いしてもいい?」
騙されているような気もしなくはないが、悪い人ではなさそうだ。いくらか素材をくれれば一番似合うのを作ってやる、と豪語するのでちょうど余っていた素材とコルを渡す。
「和服以外でね」
「え、そうなのかい?」
本当に大丈夫だろうか。少し不安になる。まぁ駄目だったら店売りでいいか。そんな気持ちで他の店をしばらく眺める。なんで服を買いたいだけでこんなことに、と小さくため息を吐いた。そうしている内に「できたぞ〜」と連絡が来たので先程のプレーヤーのところに戻る。
「これでどうだ! 素材が良かったから張り切ったぜ」
「ありがとう」
渡されたのは紺色をベースにしたシンプルな仕立ての礼服だった。まるで厳かな式典に出る騎士のような。少し格好つけすぎじゃないか。これでは逆に目立ちそうだ。一度店のスペースを借りて着替えてみるも、どうにも落ち着かない。もう脱ぎたくなってきた。
「いやー兄ちゃん背が高いからこういうの似合うな! あとはどっかの村で花でも買えば完璧よ」
「はぁ……どうも」
花を進められた理由はよく分からないが、まぁ良いか。パッと見で風林火山のイズモだと看破されなければ問題ない。もう一度服を作ってくれた礼を言い、着替え直してホームに戻る。花、花ねぇ。花には人を和ませる効果もあると言うし、用意しようか。待ち合わせ前に買っておこう。
……なんだか本質を見失ってる気がしてきたなぁ。誰にも聞かれないような場所を用意した。目立たないような服も手に入れた。後はクラインに秘密を話すだけで良いんだ。その結果拒絶されたら僕はギルドを去ろう。もし、もしも、それでも受け入れてもらえたら。その時は彼女のために、風林火山のためにクリアの瞬間まで戦い続ける。それだけのことだ。
「よし」
一人気合を入れてベッドから起き上がる。流石に街の外にはでないが、少し体を動かしておきたい気分だった。
そして来たる約束の日。僕はアドバイス通り花を買い、下層の街の転移門広場でクラインを待った。服も作ってもらった物を着ているが、妙に目立っている気がする。隠れたくなる気持ちを奮いたたせ、僕はまっすぐに彼女が来るだろう方向を見据えた。ここからが本当の勝負だ。
「わ、悪ぃ、待たせたか……?」
「今来たところだよ」
いやちょっと待ってそれは聞いてない! クライン、いつもの服じゃないし髪も下ろしてる! ワインレッドのワンピースをベースにした洋装は初めて見るが、彼女のために作られたかのようによく似合っていた。普段とは違う大人の女性らしさにクラクラしてしまう。勝負の前に強烈な一撃をもらってしまった。
「す、素敵だね! 服も髪型も、すごく似合ってる」
「おめぇも雰囲気違うな!? 一瞬誰かと思った」
「あはは……」
「ハハ……」
たまらなく顔が熱い。僕は何をやっているんだろう。これから大事な話をするのにすっかりペースが崩れてしまった。こうなったらもうなるようになれ、と彼女に手を差し出す。
「少し歩くけど、大丈夫?」
「あ、ああ」
ブーツの踵が高いのか普段より目線が近い。そんなことにすらどぎまぎしながら、僕は繋いだ手の熱さを感じていた。この世界、手汗がなくて良かった……。現実だったら緊張のあまりべちょべちょになっている嫌な自信がある。そんな場違いなことを考えながら目的地へ彼女を案内する。幸いなことに追跡されている気配はない。ところで買ったは良いけど花っていつ渡せば良いんだろうね?
「綺麗なとこだな」
「うん、静かだし良いところだよね」
もう歩いている最中何を話したかも覚えていない。とりあえず宿に着けたことに安心し、備え付けのソファに腰を下ろした。沈みこむような柔らかさが身を包んで心地よい。窓から見える湖はキラキラと光っていて幻想的だ。
クラインは僕の向かいではなく何故か隣にやってきた。少し驚いたが、これで良いのかもしれない。真正面から向き合って話すほどの勇気は、僕にはなかった。
「それで、話ってのはなんだよ」
クラインから振ってくれたのはありがたい。どう切り出したものか分からなかったから。僕は深く息を吸い、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「僕はクラインに言っておかないといけないことがあるんだ」
「この世界のソードスキル……その元になった動きの一部を茅場晶彦に提供したのは僕だ。僕は、このクソッタレなゲームの作成に、関わってた」
「…………は、はぁぁぁっ!?」
数年前の話だ。僕は少しでも剣術に興味を持つ人に増えてほしくて動画の投稿を始めた。最初は家の流派から始めて、日本の剣術だけでなく海外の剣術を紹介したりもした。日本刀はともかく分厚いロングソード(勿論切れやしない模造刀だ)を振り回すのは骨が折れたなぁ。一番受けが良いのは見栄えのする剣舞だった。そんなことをしていたら、ある日公開しているアドレスに連絡が来たのだ。差出人の名前はアーガスの茅場晶彦。内容は仕事の依頼。VRゲームの制作という初めて聞く言葉に心惹かれ、何度かのやり取りのあと僕はその仕事を受けた。
それが、全ての間違いだったんだ。
仕事自体は楽しかった。色々な種類の剣を使って縦横無尽に動き回る。家での鍛錬だとやれることが決まっていたから、その自由さはたまらなく魅力的だった。初めて触った武器もあるけど、そういう時は相手方から「こういう動きが欲しい」と言われることが多かった。僕にはそれができたから、必要とされてるって感じで嬉しかったな。時々、現場に来た茅場晶彦とも話した。ゲームを知らない僕の言うことはむちゃくちゃだったのか、よく困ったように笑ってたっけ。その時は信じてたんだよ。このゲームから色んな人が剣に触れて、剣術に興味を持ってくれるかもって。こんなことになるまでは、そういう未来があるって本気で思ってたんだ。
でも、そうじゃなかった。僕がやったことはこの死ぬかもしれないゲームへの協力。人に命を懸けさせる技の開発。もし僕が協力しなければゲームの完成はもっと遅れて、VRでのゲームなんて当たり前になってて、こんなに多くの被害者は出なかったかもしれない。クラインだって、風林火山の皆だって、巻き込まれずに済んだかもしれないのに。
「それが、僕の秘密。僕が犯した、間違いの話。クラインに、言わなくちゃいけなかったことだ」
気が付いたら涙がこぼれていた。僕にそんな資格はないのに。思い出す度に押しつぶされそうになる。あの楽しかった時間がすべてこの地獄のためのものだったこと、それにクラインを含め多くの人が巻き込まれたこと、結果として死者が出てしまったこと。全部嘘だったら良いのにと何度思っても、僕の過ちが形になったのがこの世界で、現実だった。
「なっ……んで! なんで、今さら言うんだよ! 言わなきゃバレねぇ話かもしれなかったじゃねぇか! おめぇが、墓まで持ってきゃ良い話じゃねぇか! なんで、なんでオレに、そんなこと……」
「クラインのことが、好きだから」
彼女の叫びは最もだった。全部自分の内に抱えて、それで死んでいけば済む話だった。そうでなくなったのは、やっぱり、クラインのことを好きになってしまったからだろう。
「好きだって、言いたいと思った。でもこのゲームで出会ったクラインだから、僕のことを言わずにいるのは卑怯だって……ごめん、だから、背負わせた。ごめん、本当に、ごめんなさい……」
クラインは泣いていた。クリスマスのように静かに泣くのではなく、その内側に激情を燃やして泣いていた。綺麗な服に涙が落ちて、シミになることなく消えていく。泣かせているのは僕なんだと思うと胸がズキズキと痛んだ。
「ギルドからは抜けるよ。フレンドからも消して、僕のことは……こんな、最低な奴のことは、忘れてほしい」
今すぐここから逃げ出したかった。でもクラインを置いて行きたくはなかった。頭はぐちゃぐちゃで、ソファに沈んだ体は動かない。そんな中、不意にクラインの動く気配がした。ああ、置いていってくれるんだ。僕のこと、見捨ててくれるんだ。きっと彼女のためにはそれが一番良い。
「……んなさみしいこと言うなよ、バカ」
気が付けばクラインに抱きしめられていた。本当に馬鹿だな、僕は。クラインがそんな事するわけないのに。仲間を捨てる人じゃないって、知ってるのに。恐る恐る彼女の背中に手を回すと一際強く抱きしめられた。この温度は、本当に僕が受け取って良いものなんだろうか。ハラスメントコードで退場するのが相応しいんじゃないか。そう思いながらも、体を離すことはできずにいた。
「悪ぃのは全部茅場の野郎だ。おめぇじゃねぇ」
それに、と彼女は続ける。
「イズモが好きだ。オレはイズモにいてほしい。だから、良い。大丈夫だ、オレが全部許す。誰にも文句は言わせねぇ」
嘘偽りなどひとつもない、本心からの言葉だった。僕は都合の良い夢を見ているんじゃないだろうか。そう思うには、触れ合う体が温かすぎる。
「…………ごめんね、ありがとう。好き、クライン、大好きです」
「……オレも、好きだ」
その熱を分かち合うように、僕達はどちらともなく唇を重ねた。
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