【完結】クライン(♀)と駆け抜けるアインクラッド   作:甘口列

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特訓、あるいは討伐戦

 PKギルド、ラフィン・コフィン。この世界の秩序を乱す殺人者集団。誰もが恐れる危険人物達の集まり。攻略組が中心となり、それと一戦交えようという話らしい。

 確かに最前線には来なくとも、放っておくには大きな害のある連中だ。治安維持のために結成された『軍』が主に対応にあたっているが……僕達だって、彼らに甘えているだけではいけない。

 

「どうします?」

「イズモとクラインは止めとけよ、新婚が来るには血生臭すぎるぜ」

「何言ってんだ、オレら抜きで何かあったら……」

 

 風林火山の空気は重い。それは当たり前だ。これまで僕達が相手にしてきたのはあくまでモンスター、データ上の存在。生きている人間と命を懸けて戦う機会なんてなかった。それに今回は殺されるだけでなく相手を殺してしまう可能性すらある。上手く手加減できるほど対人戦には慣れていない。

 殺す覚悟と殺される覚悟はできているか? 答えは、否だ。人間相手にそれができるほど箍は外れていなかった。

 

「俺は行くぜ。知り合いが一人殺されてる」

 

 ジャンウーがそう声を上げる。その話は聞いていた。装備の強化素材を回収していた際に出会った中層プレーヤーが、手口不明だった頃の睡眠PKで死んだ。仇討ちというほど濃いものではないようだが、無関係でもいられないらしい。

 

「一人でも行くってんならオレも行く。オレぁこのギルドのリーダーだ」

「僕も行くよ」

 

 そうなれば僕に行かないという選択肢はない。本当は少しだけ怖いけれど、仲間が覚悟を決めているのに後ろでビビってはいられない。僕にできることがあるなら全てやる。僕を受け入れてくれた風林火山から、一人の犠牲も出させやしない。

 

「デュエルの経験も少ないでしょ? 対人戦の練習、引き受けるよ」

「イズモ、頼む!」

「俺もやるぜ」

「…………俺は、無理っす。すんません」

「当たり前だ、無理強いはしねぇよ」

 

 最終的に風林火山からは僕とクライン、ジャンウーとアクトが出ることになった。指揮を執るのはディアベル率いる大規模ギルドの主力メンバーだ。軍からラフィン・コフィンの情報を得て、今回の討伐作戦が立てられた。血盟騎士団も相当数参加するらしい。ソロであるキリトにも声がかかっている辺り、ボス攻略並みの本気の布陣になることは間違いない。

 その中で風林火山に割り当てられたのは、作戦の中心部からは離れた観測地点だった。拠点から想定されうる逃走経路の一つ、そこを断つためにわざわざ僕達四人が割り当てられている。

 

「……気ぃ使われたな、クソッ」

「でも重要な仕事だよ」

 

 露骨過ぎるほどの配置は、恐らく彼らの気配りなのだろう。僕達が結婚したばかりという話は攻略組を中心に広まっている。意欲は買うがあまり前に出ないでほしい。これは、そういうメッセージだった。あまりにも……心配になるくらいの、優しさだ。話を聞くにキリトのような子どもも中心からは外されているらしい。最もな判断だが、凶とでなければ良いが。

 なんにせよ油断は禁物である。それから作戦決行の日まで、僕達は暇さえあればデュエルをした。フェイント、攻撃のずらし、視線誘導、通常攻撃時のちょっとした小技。モンスター相手には不要でも人間相手には有効なそれを、実戦でもって参加する皆の体に叩き込む。一応家の道場では教える側として認められていたのでそれなりにできるはずだ。弟の方が、よほど上手にやっただろうけど。

 そんな弱気を振り払い再び剣を構える。ジャンウーはやる気が先走って空回り気味、アクトは人間相手に間合いを読むのが下手。クラインは筋が良いけれど一撃一撃が素直過ぎる。それぞれ気を付けることをアドバイスしながらやり合っていると流石に疲れた。三人でそれぞれデュエルしてみるように伝え、少しだけ席を外す。

 

「調子はどう?」

「順調っす。あの……」

「こっちも順調。心配しないで」

 

 クラインの指示でトーラス達は無理しない程度にレベリングを進めている。もちろん作戦が終わったらすぐ攻略に戻れるように、だ。僕達の本懐はあくまでゲームクリアなのだから。むしろ対人戦に時間を割かないといけない今が異常なのである。これもPKという名で誤魔化した人殺し集団のせいで、ひいてはそれを生む環境を作り出した茅場晶彦が悪い。

 こっちのことは気にしなくて良い。本気でそう伝えたのだがトーラス達の顔は曇ったままだ。僕の言葉では駄目みたいだ。後でクラインに何か言ってもらえるようお願いしよう。

 

「別に俺達を馬鹿にしてるわけじゃないのは分かってるっす。ただ、不甲斐なくて」

「その、他の奴らと会っちまうとな」

 

 ラフィン・コフィン討伐作戦は極秘事項である。動きから怪しまれないよう、攻略はあくまで普段通りに進められていた。風林火山が動いてなくても問題ないのは僕達の結婚が良いカモフラージュになっているからだ。新婚だから少しだけのんびりしよう、リーダーがいないから最前線を避けよう。実際はそれどころじゃないのが残念だった。

 そのせいで仲間がへこんでいるのも、本意ではない。肩を並べてしょんぼりしていると、一通りデュエルを終えたらしいクラインが顔を出した。

 

「おめぇら辛気臭ぇ面してどうした?」

「……俺達、これで良いのかなって」

「他の奴らは攻略もやって討伐にも備えてるっつーのに……」

 

 カルーやオブトラ達の弱音を吹き飛ばすのはいつだってクラインだ。堂々と胸と声を張り、まっすぐに檄を飛ばす。

 

「良いに決まってんだろ! ギルドの規模も違ぇのに比べてどうする!」

 

 俯いていた三人の顔が上がる。ああ、これできっと皆は大丈夫だろう。欲しい言葉をくれるのがクラインだから。前を向かせてくれるのが、彼女だから。

 

「大事なのは、死なねぇことだ。それを忘れんなよ」

 

 そうだ。すべては命あっての物種、武勇を求めて死んだら意味がない。僕も改めて気合を入れる。皆が命を守れる戦い方ができるように。無事に、帰って来られるように。

 

 そしてやってきた討伐戦……の前日。急遽開始時刻の変更連絡が来た。予定より随分早まっているので今から動かないと配置に間に合わない。何かあったんだろうか? 僕には分からないが、作戦を指揮する人達が色々考えての結果に違いない。出陣前に念の為アイテムをチェックしていると、クラインから声をかけられた。

 

「これ、持っててくれ」

 

 渡されたのは四割菱が刺繍されたバンダナだった。この生地には見覚えがある。随分前に彼女が買っていた布だ。僕に似合うと、言ってくれた色だ。

 

「裁縫スキル、ギリ間に合ったから……その、お守りみてぇなもんだ」

「大事にする。ありがとう、クライン」

 

早速身に着けると彼女とお揃いのようになった。これは……正直、とても嬉しい。場に相応しくない笑みを必死に隠してクラインと向かい合う。

 

「終わったらちゃんとお礼をさせてね」

「ああ。……行くぞ!」

 

 そして、僕達四人は戦場に向かった。

 

 

 

 離れたところで喧騒が聞こえる。危惧していた情報漏洩があったらしく、時間をずらしていなければもっと被害の大きな戦いになっていたことだろう。極稀にこちらへ逃げてくるオレンジプレーヤーを確保しながら僕達は皆の勝利を願う。そんなことを繰り返している時だった。

 

「君達四人は仲間外れかい?」

 

 撫でつけた髪にギョロリとした目、いやらしい表情を浮かべた男。三人の仲間を連れてこちらに向かってくるのは、一目で嫌な奴だと分かるオレンジ――いや、レッドプレーヤーだった。数はちょうど四対四。ここで退路を塞いでいるという情報もどこかから漏れたのか。

 こいつらは明らかに僕達に狙いを定めていた。知らない人達に恨まれるのはいい気分ではなかったが、割り切れないほどでもない。しかし不意打ちではなく話しかけてくる余裕があるとは何のつもりだ。殺気で気付かれるのを避けたか? それにしては次の動きが悠長だった。

 

「そっちは仲間とはぐれちまったか? 牢屋に行きゃぁまた会えるぜ」

「そんな口を叩けるのも今の内だ!」

 

 言葉とともに互いの剣がぶつかり合う。対人戦に特化しただろう動きは厄介だが、僕達だって特訓している。ジャンウーは小盾で上手く相手をいなしながら、アクトは槍のリーチを活かして相手を近付けさせずに。クラインのフェイントに引っかかった相手は大きくHPを減らした。僕の相手ももう即死圏内だ。

 しかし、HPを赤くしながらも奴らは目をギラギラさせてこちらに向かってくることを止めなかった。

 

「イカれてんだろ……!」

 

 それはまさしく狂気だ。罪悪感を薄れさせるこの環境が男達から正気を削り取り、人に加害することを躊躇わない人間に変えてしまった。こんな世界に来なければ、その加害性は抑えられていたかもしれないのに。あったはずの理性のネジを外したのは、このゲームなのだ。

 ……同情は、する。けれど彼らの行動を、その動機を、僕は否定する。同じ状況に置かれても罪を犯さない人間をたくさん知っているからだ。どんな絶望的な状況でもゲームクリアに尽力する人々を、それを支える人々を、僕は知っている。その中に、僕の愛する人も、大事な仲間もいるのだから。

 武器を大太刀から短剣に切り替える。麻痺毒を付与した剣は、敵の捕縛用にと今回の参加者全員へと配られた物だ。そのためにどれだけの人間が動いたか、きっとオレンジプレーヤーには想像もできないに違いない。どれだけの人間が、彼らを憎んでいるかなど。これは踏みにじられた人の抵抗の証、最初で最後の一噛みなのだ。

 

「これで終わりだ」

 

 スキルは鍛えていなくても問題ない。目の前の男を斬りつけると、その体は瞬く間に崩れ落ちた。ほぼ死にかけだったがギリギリ残って良かった。続いてアクトが相手をしている敵に近付き、剣がアクトに届く前に麻痺させる。ジャンウーは自力で相手を麻痺させたようだ。クラインは斬り合いながら剣を変える隙を狙っていた。撫でつけていた髪を乱した男は意外と()()。僕がこっちを相手した方が……などとと考えるのはクラインに失礼だろう。彼女は一度刺突で敵を突き放した後クイック・チェンジで短剣に持ち替え、ためらいなくそれを投げつけた。深く刺さった短剣は、相手の命を奪うことなく動きだけを麻痺させる。後は全員を拘束し、念の為用意していた回廊結晶で軍の待つ監獄エリアへ飛ばすだけだ。回廊結晶はレアアイテムだが、僕達にはあまり使い道がない。クラインは遠慮なく砕いてそれを活性化させた。

 

「見逃しはねぇよな?」

「僕達が戦ってる時は誰も通らなかったよ」

 

 そんなことを言いながら一人ずつ回廊に放り込んでいく。最後の男はクラインを睨みながら「女のくせに」などとブツブツ呟いていたので容赦なく蹴り飛ばした。その『女』に負けたのは誰だよ。僕の大事な人を変な目で見るな、早く消えてくれ。

 それから作戦終了の合図が来るまで、誰一人僕達の視界に入ってくることはなかった。

 

「向こうは大丈夫だったかな」

「明日になりゃ分かんだろ」

 

 作戦成功の知らせは来たが、詳しい内情はまだ分からなかった。何人死んだか、はあまり考えたくない。それが例え犯罪者でもだ。殺されても仕方ない、とは思いたくないのだ。いつかそれが僕に返ってくるのが怖いから。ああ、利己的な自分が本当に嫌になる。皆が眠った後のホームでため息を吐いていると、クラインが気付いてそばに来てくれた。ぴとりと寄り添ってくれる体温が愛おしい。

 

「きっと皆大丈夫だ」

「うん……そうだね」

 

 フレンドリストでグレーになった人はいない。けれど人を殺めることは、殺めた側の傷にもなる。どうか傷ついている人がいませんように、と僕達は夜遅くまで祈っていた。

 

「よし、風呂入るか! おめぇも入るだろ?」

「あっ、うん……一緒で、良い? 今日はクラインと離れたくないな」

 

 クラインはしばらく硬直してからゆっくりと頷いてくれた。あんまりに優しくて心配になってしまう。こんなの僕のワガママだから、嫌なら嫌って言って良いのに。

 

「……オレも、イズモと一緒がいい」

 

 きゅっと服の裾が掴まれる。僕はたまらず彼女を抱きしめてから、自分達の家を買おうと決意した。ギルドの皆は良い人だけど、もっと気兼ねなく彼女と触れ合いたい。そんなことを思いながら僕はクラインとのお風呂を堪能し、同じ布団に包まって眠った。




閲覧・お気に入り・評価・感想ありがとうございます。とても励みになります。

本日で完結分まで書き上がりましたので、活動報告にて質問やこういう番外編が読みたいなどのリクエストを承ります。よろしければご利用ください。

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