【完結】クライン(♀)と駆け抜けるアインクラッド 作:甘口列
朝、僕はクラインの隣で目を覚ます。スッキリとしたいつも通りの目覚めだ。そんな僕に気付かずむにゃむにゃと夢の世界にいるクラインの髪を梳き、頬をそっと撫でてからベッドを出た。何度繰り返しても名残惜しい瞬間だ。それでも起きなければ。気合いを入れるためにクラインから貰ったバンダナを巻き、まずは皆のための朝ごはんを作る。
ここはギルドホーム。二人だけの家を買うという夢は、まだしばらく叶いそうにない。
「おはよう」
「はよ」
ホームにいるメンバーはまちまちだ。気に入った階層の宿を借りている人もいるし、ギルドホームの一室を占拠している人もいる。それでも朝決まった時間には集まってきて朝食を食べるのが僕達の習慣だった。洋食の日も多いが、先日完成した味噌のレシピを試すため今日は和食である。
「クライン、起きたー?」
「ぅんにゃ……あと五分……」
「五分。絶対だね?」
「今起きる!」
バタバタと走ってくる音をBGMに朝食を完成させる。米、魚、名前を忘れた野菜のおひたし、卵焼き、味噌汁。アインクラッドでこんな完璧な和食を食べる人間は数少ないだろう。自画自賛を挟みながらクラインを待つと、彼女は髪を下ろしたままで駆け込んできた。かわいいから僕の前だけにしてほしい。
「おはよーさん。今日も美味そうだな」
「おはよう。自信作は味噌汁だよ」
挨拶を済ませれば手を合わせて食事の時間だ。僕の料理スキルもかなりのものになって、下手な店よりは美味しいものが作れるようになってきた。醤油ラーメン醤油抜き、みたいな悲惨な料理は作らない。
皆が美味いと褒めてくれるので満足しながら僕も朝食を口に運ぶ。おかずはちゃんとできてるんたけど、お米がな……品質の良いものを手に入れても炊き上げると若干いまいちな食感になってしまう。完全習得の日はまだ遠そうだ。
「今日は迷宮区の探索だったよな」
「軍と合同っす」
「最近頑張ってるよな、あいつら」
七十五層の攻略は厳しいものになると考えられている。クォーター・ポイントであるこの階層はフィールドの踏破にすら油断できない。そのため僕達風林火山は他のギルドと協力して動くことが増えていた。安全第一。アインクラッドを歩く上で重要なことである。
「キリト達はどうしてっかな」
「そりゃよろしくやってんだろ」
「おいやめろよ子ども相手に」
そんな七十五層の攻略にキリトとアスナは参加していない。何があったか詳しくは聞いていないが、今は下層でゆっくりしているそうだ。二人での攻略はさすがに厳しいのでそれで良いと思う。彼らにも休みは必要だ。こういう時こそ大人がしっかりしないと。子どもに自分達がやらなければ、なんて思わせてはいけない。
「そういやイズモお前今何歳だっけ」
「この間二十歳になりましたー!」
「あっ、リーダーと花畑行くっつってた日だな!?」
「誕生日デートだったのかよ!」
「もう良いだろ! 軍待たせる気か!?」
真っ赤になったクラインが会話を止める。そう、この間の僕の誕生日――二十歳の記念日に、クラインと四十七層でデートをした。そこで少しだけ互いのリアルについて話して、現実でもまた必ず会おうと誓ったのである。
『おめぇは剣術動画探せば見つかるか?』
『アカウント消されてなければね。アドレスも載せてるから連絡して。クラインからならすぐ気付くよ』
『オレはそういうのねぇからなぁ……普通の会社員だしよ』
『じゃあ電話番号教えてほしいな。絶対連絡するから』
『ん、じゃあお前も』
交換した連絡先は、ゲームがクリアされたら互いの記憶以外に留めておけるものがないのは残念だ。絶対忘れないようにしようと毎日電話番号が書かれたメッセージを眺める時間を作っている。
その事実には若干引かれながら、僕達は慌ただしく七十五層の集合場所に向かう。走るクラインの胸に、送ったばかりのアクセサリーが揺れているのがたまらなく嬉しかった。
「間に合ったか!?」
「集合時間ギリギリやぞ」
軍の人達は十分前行動が基本だ。その辺りきちんとしてるんだよな。遅刻こそしないがいつもギリギリまでバタバタしてしまう僕達としては頭が上がらない。キバオウにつつかれながらも隊列を組み、迷宮区のマッピングへと向かう。この階層の攻略では一瞬の油断が命取りになるのだ。皆が真剣な顔で、言葉少なに歩き始めた。
「やっと安全地帯か……前までより少なくねぇか?」
「間違いなく減っとんな」
「これ、まだ続くんだよな……」
七十五層、迷宮区中盤。やっと現れた安全地帯で僕達は腰を下ろす。少し前の七十四層攻略ではお喋りする余裕があったが、今は休憩中でも重苦しい雰囲気が辺りを包んでいた。本来の予定より遅れているのもそうだが、七十五層より先がさらに厳しくなることを想像して皆顔をしかめている。何かお菓子でも持ってくれば良かったかもしれない。甘いものは人の心を落ち着かせるしね。
「ほ、本当に行けるのか? こんな調子で百層なんて……」
「アホ! 今からんなこと考えとってどないすんねん!」
どうにも軍の空気がよくない。元々攻略に出てきたのが最近であることや、リーダーのキバオウが過去のクォーター・ポイントで甚大な被害を出していることも影響してピリついている。こういう時こそお菓子の出番なのだが、残念ながらそれを持ち歩いている余裕はなかった。攻略に必要なアイテムだけで埋まっている。
「おめぇら落ち着け! 何も今日ボスと戦うわけでもねぇし、マッピングはいつ戻っても良いんだ。とりあえず今日! 生きて帰ることだけ考えてろ!」
クラインの言葉は勇ましいが、いつだって根底にあるのは『死ぬな』という祈りで、願いだ。ゲームクリアには一人でも多くのプレーヤーが必要だから? 違う。これ以上、命が失われてほしくないからだ。友人も、知人も、名前すら知らない人も、このゲームで死ぬことがないように。そう言う風に、祈っている。
だから僕は剣を振るう。一体でも多くのモンスターを狩り脅威を取り去ろう。そこに僕の楽しみはいらない。ただ彼女の願いが届くように、彼女と並んで敵を倒そう。僕は心新たに大太刀を構え直す。ざわめいていた軍も少しずつ落ち着きを取り戻し、攻略への意欲を見せ始めた。休憩はこのくらいで十分だろう。あとは、行けるところまで行くだけだ。
その日は予定の三分の二ほどをマッピングしたところで終了となった。体力はともかく、精神的な消耗が激しい。何日も続けて潜ることは厳しいだろう。他のギルドともマッピングデータを共有して一日を終える。明日の担当は確か血盟騎士団だ。副団長の不在は気にかかるが、攻略組最強のギルドだ。きっと大丈夫。疲れた体を引きずり各々のホームに戻る。
偽物の月が、やけに明るい夜だった。
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