【完結】クライン(♀)と駆け抜けるアインクラッド 作:甘口列
七十五層のマッピングが九割方完了した頃、キリトとアスナはスッキリとした顔で攻略に戻ってきた。いつの間にか結婚していたのでデュエル大会をする機会を失ってしまったのは残念だ。
「まだそれ狙ってたのかよ」
「僕は結構執念深いタイプなんだ」
僕達のくだらない会話を無視してクラインは二人まとめて抱き寄せる。
「……お帰り、キリト、アスナ。もっとゆっくりしてても良かったんだぜ?」
「人任せってのは俺らしくないからな」
「わたし達、十分時間を貰いました」
何やら良い雰囲気である。これを邪魔する気にはならない。キリト、良い顔になったな。はじまりの街で去っていった小さな背中は見る影もなく、今は大事な人を守るという覚悟を持った一人の男だ。男子三日会わざれば刮目して見よとはこのことである。アスナの表情も初めて会った時のような切羽詰まったものではなく、愛情に満ちた柔らかいものだ。そして彼女の愛はまっすぐキリトに注がれている。
下層に行くきっかけは聞かないままになってしまったが、向こうで良い経験をしたに違いない。ぐっと成長した二人を見ながら、僕はあれほどまでに強くなれているだろうかと振り返った。
愛する人、共に肩を並べて戦う仲間、友達。以前はなかった存在が僕の内を満たしている。これは僕を強くするものだ。気持ちの面ではそうだけど、実際はどれだけ強くなれているだろうか。少し弱気になってしまうのは、ボス戦が近付いているからか。あるいは何か別の予感か。そんなことを考えていると、いつの間にかクラインが嬉しそうな顔で僕を見ていた。その指には結婚指輪が光り、胸元にはバンダナのお礼にプレゼントしたアクセサリーが揺れている。
「キリトとアスナ、ゲームクリアしたら現実で式を挙げるんだって言ってたぞ! オレらも呼んでくれるってさ」
「それは……それは、とても素敵だね」
クラインも僕も本当は分かっていた。そんなの夢物語だって。現実で会えるかも分からないし、まだ子どもなら親との関係も色々あるだろう。成人している僕達とは事情が違う。けれど、未来を見るのは良いことだ。過去に引きずられるより、ずっと良い。彼らにはその権利がある。
その日の夜はキリトとアスナを中心にちょっとしたパーティーが開かれた。主賓を働かせる訳には行かないので僕も含めた料理スキルを上げてる人間がせっせと食事を用意したが、料理スキルカンストの味に慣れているキリトにとっては物足りないようだ。舌の肥えたワガママ小僧め。アスナは新しい調味料の組み合わせに喜んでくれているというのに。オールスパイスの再現が気に入ったらしいのでレシピをプレゼントする。やっぱり子どもは素直が一番だ。
「オレにはなんかねぇの?」
「あるよ、ちょっと待ってて」
ちょっと妬いて甘えてくるクラインも好きだなぁ、としみじみ思う。かわいい彼女には新しく作れるようになったカクテルを手渡した。
「ん……美味い。ありがとよ」
「これはクラインにだけ、特別だよ」
「じゃあもう一杯……な?」
テーブルの片隅でそっと手を重ねる。後でパーティーを抜けだして二人きりになろう、と心に決めて二杯目を用意した。新しい酒に他の大人達が絡んでくるが無視だ無視。酒の味も分からん男共は適当なエールでも飲んでてください。だんだん何のための宴だったか忘れられつつ、賑やかな夜は過ぎていった。
七十五層のボス部屋が発見されたのは、その翌日のことだった。
ボス攻略会議は難航した。偵察隊が情報を持ち帰れなかったことが原因だ。彼らを責める気は一切ない。むしろ『情報が得られない』という情報を得ただけで十分に仕事を果たした。しかしそれで問題になるのはボス攻略の参加メンバーだった。高レベルの人間をフルに突っ込めば良いというものではない。
例えば大規模ギルドの主力メンバーを全員入れて壊滅したら、そのギルドを立て直すまで攻略が遅れる。最悪の場合はギルドが散り散りになり、攻略どころではなくなる可能性すらある。つまり参加者と残留者両方に指揮を取れる人間が必要なのだ。死を勘定に入れる気はなくとも、常に『万が一』の可能性は付きまとっている。
その点風林火山は小さなギルドなので分かりやすい。全員参加、の一択である。クラインなくして風林火山はない。彼女が死ぬ時はギルド風林火山が死ぬ時だ。幸いにしてレベルが足りないから、と足切りされることはなかった。これでまず七人。
軍は今回参加しないこととなった。ボス戦の経験不足もそうだが、もし彼らが崩れた時のアインクラッドが心配だからだ。それを分かっているのかリーダーのキバオウは静かに身を引いた。
その代わり、と言ってはなんだが主力を固めてきたのはディアベルの率いるギルドだ。サブリーダーと一軍のいくらかを残しての参加、その数十八人。血盟騎士団からも主力の十二人と当然ヒースクリフが参加。キリトとアスナも血盟騎士団扱いなので彼らだけで十五人。その他有志を募ったところ、ギルド外からも四人の参加者が現れた。合計四十四人。第一層攻略時を思い出させる人数だ。あれから随分、遠くに来た気がする。しかし僕達はこれからも進んでいくのだ。進まなくては、ならないのだ。
「作戦決行は三時間後とする」
ヒースクリフの言葉を最後に、会議は終了した。残り三時間。これが死へのカウントダウンかもしれない。死神はいつも側にいて、首を刈る瞬間を狙っている。
……だから、どうした。僕達はそれを二年間続けてきたのだ。今回の鎌だって避けてやる。最早死んだって構わないと思う僕はどこにもいなかった。戦って、勝つ。それだけを胸に刻み、クラインの下に走る。キリトや有志の参加者(驚くことにエギルもいた)と話していた彼女は僕に気付いて腕を広げてくれた。躊躇わずに飛び込み、人目も気にせず抱きしめる。
「勝とうね、クライン」
「ったりめぇよ!」
その声に、言葉に、笑顔にどれだけ力を貰ってきたか。彼女がいれば僕は何でもできる気がする。どんな敵だって倒せるし、どんな困難も乗り越えられる。そう信じさせてくれるのがクラインだった。もう一度強く抱きしめ、体を離す。だから、今回も大丈夫だ。
「悪ぃな、うちのが甘えん坊で」
「仲が良くてなによりだ」
「……俺も、アスナのところに行ってくる」
「とっとと行けって新婚さんよぉ」
クラインの体温を分けてもらって、皆と話して。三時間などあっという間に過ぎていった。いよいよ、作戦決行の時だ。皆の顔に怯えはなく、生きて帰るという決意だけがある。ヒースクリフの号令に従い、僕達はボス部屋の前に立った。
そして、戦いが始まる。
ザ・スカルリーパー。その名に相応しい骸骨と鎌の化物。上から降ってきたそれは、瞬く間に三人の命を刈り取った。その威力を目の当たりにして一瞬恐慌状態になりかけるもののの、ディアベルの掛け声やヒースクリフの動きで何とか落ち着きを取り戻す。キリトとアスナが完璧なコンビネーションて大鎌を食い止めてくれるのも大きかった。その後は自然に役割が分担され、僕は側面からのアタッカーとしてひたすら刀を振るう。
「はっ……はぁっ……」
大鎌を止められていてもなお消耗は激しい。風林火山は七人で一つの塊となり攻撃を続けた。もし大きな攻撃がこちらに来たら全員死ぬ――それは恐怖でもあったが、同時に覚悟にもなった。僕達は、一蓮托生だ。最早言葉はいらない。スイッチの一言もなく前衛と後衛は入れ替わり、必要なところに槍の援護が入る。モンスターの体で本来見えないはずの場所でも、崩れかけたところが手に取るように分かった。僕はすかさずカバーに飛び込み敵の攻撃を弾く。
「助かった!」
「……」
返事をする余裕はない。他のギルドか有志か、どこの誰かも認識できない。踵を返して仲間の下に戻り前衛を務めていたジャンウーと交代する。隣に立つのはクラインだ。一瞬だけ視線を交わせばそれで十分。呼吸のタイミングは、同時だった。繋がっている、繋がっていく。誰が欠けてもいけない。僕も、皆も、今ここに必要な存在だった。
剣を振る自分が、孤独でなくなっていく。それは奇妙な感覚だった。一人で研ぎ澄まされていくのとは違う。皆で一振りの剣になるような……そんな、錯覚。その錯覚が事実であるかのように思いかけたところで、スカルリーパーのHPバーが削り切られた。ラストアタックが誰だったかなんて最早どうでもいい。
およそ一時間に及ぶ戦いを経て、僕達は部屋の隅に座り込んでいた。風林火山は全員生き残った。しかし亡くなったのは最初の三人も含めて計五人。少なくない、犠牲だ。恐らく次の階で有志の参加者は現れないだろう。他のギルドは大丈夫だろうか。
「勝った、な」
「うん、勝った。皆で」
荒くなった息を整える。クラインの隣に移動し、手を握る。生きている。僕達は、生きている。涙が出そうになるのを必死で堪えた。この階層を乗り越えただけで、ゲームクリアには遠いのだ。まだ泣くわけにはいかない。皆が疲弊して動けずにいる中、視界の端で誰かが立ち上がる。
翻る黒装束……それは、キリトの背中だった。
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