【完結】クライン(♀)と駆け抜けるアインクラッド   作:甘口列

21 / 25
この話のジャンルはド根性ラブコメです




最後の戦い

 ヒースクリフが、茅場晶彦。キリトが投げかけ男がそれを肯定した時、僕の頭は真っ白になった。同時に以前話した時の違和感が全て繋がっていく。ヒースクリフが茅場晶彦なら、意味の通る言動。見覚えのある、笑い方。それを理解すると同時に沸き上がったのは怒りだ。この男は、この男は! 僕だけじゃなく、血盟騎士団を、全プレーヤーを!

 

「ふざけんなてめぇ! 何人騙しゃあ気が済むんだこの卑怯者!」

 

 言葉にならない怒りを口にしてくれたのはクラインだった。システム的麻痺に抗おうと体を震わせている。そうだ、このまま、奴にしてやられたままでは我慢できない。例え百層で待つ奴をぶん殴ったって、それじゃ納得できないほど僕は怒っている。体は動かなくても口は動くのが幸いだった。

 

「人のこと利用して……裏切って! そんなにまでしてやりたいことがこれなのか!?」

 

 茅場晶彦を心底軽蔑する。神様面でゲームを操り、人を傷つけて躊躇わず罪悪感すら抱かない茅場晶彦という男! 己の喜びのために他人を踏みにじる、最低のクズだ。理解できない。理解しようとも思わない。僕とあの男の間にはどうしようもない断絶だけがあった。

 

「結局分かってもらえないままだったね、残念だ。協力してくれた君のために用意したものもあると言うのに」

「協力……?」

 

 ここでその札を切ってくるか。周りがざわつき、視線が集まるのを感じる。わずかに触れたままのクラインの指が救いだった。背中で感じる風林火山の皆の信頼も。大丈夫、僕は、大丈夫だ。

 

「君という剣術家の力がなければソードスキルをここまで完成させることはできなかった」

「利用しただけだろ。僕は、人に命を懸けさせるために剣術を伝えたわけじゃない! 皆が楽しめるものになるって、信じて……!」

「信じて、人殺しの術を教えた」

 

 ひゅっ、と思わず息を呑んだ。剣術は、人殺しの道具。ラフィン・コフィンのことを思い出す。剣を使った殺人集団。彼らの犠牲者の中には当然、ソードスキルによって――僕の伝えた技術が原因で、死んだ人間もいる。茅場はそのことを言っているのだ。そしてそれは恐らく、皆に正確に伝わっていた。辺りを緊張が包む。

 

「人殺しの道具にしたのはお前だろ!」

 

 それを打ち破ったのは仲間の声だった。ジャンウーが、知人を殺された彼が真っ先に声を上げてくれた。カルーが、オブトラが、トーラスが、アクトが……風林火山の皆が続き、僕を庇い茅場に立ち向かってくれる。それにどれだけ救われたことか。この男を倒して、伝えなくては。

 

「お前がこんなゲームにしなければ、イズモの剣術で人が死ぬこともなかったんだ!」

 

 真っ直ぐに、友達が信じてくれるから。僕を助けてくれるから。だから僕は、応えなければ。ここで立ち上がって、茅場晶彦のための剣術なんかではないと証明しなくては。唇を噛みしめ全身に力を入れると、麻痺しているはずの体が少しだけ動いた気がした。クラインと目が合う。彼女は頷くことすらできずとも、それだけで全てを理解してくれた。

 

「……だいたい全プレイヤーの中で一人の勇者だぁ!? んなことやりてぇならわざわざMMORPGなんて形にしてんじゃねぇよ!」

「選ばれた一人だけが特別なんて趣旨に反してる!」

「色んな奴がいて、皆でやるからこそのMMOだろ!」

「特定ユーザーの優遇反対! 運営は詫びを入れろ!」

 

 クラインの言葉にフィールドのあちこちから発言が飛び出す。それは、ゲームを愛した人達の叫びだった。ゲームが好きだからこそソードアート・オンラインに参加した人達の、全身全霊の咆哮だった。私怨が混じっている気もするが、それもまたゲームを愛しているからだろう。ヒースクリフはそれをぶつけられてなお平然としており、悠々とした態度を決して崩さない。

 

「だが君達だって夢想したことはあるだろう? 自分だけが特別、自分だけが選ばれし勇者。そんな夢物語を……!」

「そんなん中学と一緒に卒業しとくもんだろうが!」

「うっ……」

 

 あ、今誰かに流れ弾が当たったな。まだ卒業できてない人がいたらしい。ちょっとかわいそうだが、そちらに意識を向けている余裕はない。今クライン達が時間を稼いでくれている内に取り戻そう。先ほどの感覚を……自分の体を。

 

「おめぇが好きなのはゲームじゃなくて自分の妄想だ! そんな奴にゲームで負けられっかよ!」

 

 そうだ、そんな奴の思い通りにはさせない。もう一度気合を入れるとようやく立つことができた。全身は鉛でも付けたように重いが、心は軽い。僕は刀より先に愛する人へ手を差し出す。

 

「クライン、僕と一緒に戦ってくれる?」

「……当然!」

 

 クラインが僕の手を取って立ち上がる。ふらつく体を支え、二人揃って刀に手をかけた。

 

「一対一で蹴りをつけようなんてMMOらしくねぇこと、誰がさせるか!」

「いまさら逃げるなんて格好悪いことしないよな、茅場晶彦!」

 

 そう吼えれば僕達に続くように一人、また一人と麻痺を乗り越え体を起こす。起き上がったアスナは真っ先にキリトのところに駆け寄り、「君を一人にはしないから」とその手を握りしめた。そうだ、このゲームは一人で戦うものじゃない。皆で協力して、勝利を勝ち取るものなんだ。例えそれを茅場晶彦が認めなくても。僕達プレーヤーが、そう決めたから。このゲームで生きてきたのは、僕達なんだから。

 

「オレ達にだって戦う権利はあるはずだ」

「……人の話を聞いたらどうだ。この決闘は私の正体を見抜いたキリト君への、」

「知るかそんなこと!」

「ガキ一人に背負わすなんてダサいこと出来るかよ」

 

 重々しい、茅場晶彦の溜息。吹き上がる殺気が頬を撫でる。

 

「ならば、良い。君達全員でかかってきなさい。もちろん私もそれなりの対応はさせてもらおう」

 

 果たしてどちらが正解だったのか。キリトに賭けて一人で戦わせるか、恐らくラスボス級となった茅場晶彦と皆で戦うか。前者が正しい選択だったとは思いたくない。例えどれほど困難な戦いになろうと、皆で茅場晶彦の澄ました顔をぶん殴ってみせる。

 連続するボス戦、しかも相手は先程まで味方であったはずの男。それでも僕達は士気を落とすことなく、一斉に剣や盾を構える。

 

 一瞬の静寂の後、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 本来はもっと高いところで戦うレベルなのだろう。向こうの一撃は重く、こちらの一撃は中々通らない。不用意な攻撃は盾で返され、強化されたソードスキルが飛んでくる。

 

「それは、もう見た」

 

 防ぐのはデュエル経験のあるキリトと僕の仕事だった。僕が剣を弾き、キリトが二刀流での連撃を叩き込む。スキル使用直後の硬直をアスナがその速さでカバーし、僕達は一度下がって体勢を立て直した。

 

「行くぞおめぇら!」

「おう!」

「オレ達も続け!」

 

 スカルリーパー戦の時にもあった、あの感覚が蘇る。茅場晶彦という強大な敵を前に皆が一つになり繋がっていくような。さっきは風林火山の間だけだったが、今度はもっと広い。一人一人のポジションが手に取るように分かる。誰がどう動くか、反撃への対処はどうすべきか……膨大な情報が流れ込むが、それを処理するのは僕一人ではない。ここにいる全員がそれを共有し、同じ世界を見ている気がした。

 刀を振るう。剣を振るう。斧が叩き割り、槍が貫く。次の攻撃を予期し盾が前に出る。僕達は今、多くの武器を手にした一つの生き物だった。互いにどうすれば良いか考えるより先に知っていた。状況に合わせて指揮を執る人も入れ替わるが、その変化すら一つの頭の中で行われているように滑らかだ。安定した隊を組み隙を与えないディアベル、頭を失っても仕事を果たす血盟騎士団、勇ましく攻撃の背中を押すクライン。誰も指示に惑うことなく、目標に向かってひた走る。

 それに対する茅場晶彦は、不気味なほど沈黙を保っていた。何も言わないまま剣で斬りつけ、盾を使い、一人一人のHPを着実に削っていく。下手なモンスターより恐ろしいが、気持ちで負ける訳にはいかなかった。いや、負けるはずがない。単純に数の差ではなく、ここにいる僕達の全員が勝利を信じているから。その先の未来を掴み取ろうとする心で、一つになっているのだから。

 それでも綱渡りのような時間がどれほど続いただろう。不意に茅場が動いた。それは攻撃でも、防御でもない。

 

「ふっ……ははっ」

 

 笑っていた。楽しそうに、呆れたように、困ったように、嬉しそうに。あらゆる感情を混ぜ込んで、茅場晶彦は笑う。狂気だろうか? いや、違う。彼は全くの正気で、ただただ笑っていた。

 

「これは……これは、本当に予想外だよ。不確定要素は一人だけだったはずなのに、まさかこんなことが」

 

 茅場のHPバーは削りきれていた。僕は誰かの剣が……僕達の剣が、ラストアタックを決めたのを確かに見た。しかし彼が消滅しないせいで勝ったという実感はわかない。まだ戦いは続くのか? 次の攻撃をした方がいいのか? 誰もが困惑する中、茅場晶彦は笑い続ける。

 

「……君達の、勝ちだ。この時点をもって、ソードアート・オンラインはクリアされた」

 

 茅場の足元が崩れる。それはよく見れば足そのものが崩壊してポリゴンの欠片となっているのだ。消滅していく男を見ながら、僕達は勝利の余韻に浸ることもできず呆然としていた。

 

「終わった、のか?」

 

 誰かの呟きを肯定するかのように、システム音声が『ゲームはクリアされました』と告げた。

 本当に、終わったんだ……そう自覚した瞬間、繋がっていた感覚がふつりと切れた。同時に凄まじい疲労感が体を襲う。それでも、この場所が消えてしまう前にクラインを探さないと。辺りを見渡し無事な姿に安堵しながら駆け寄ると、彼女の方からも走ってきてくれた。

 

「会いに行くから! 絶対に! だから待ってて!」

「待たねぇよ! オレから先に会いに行ってやる!」

 

 クラインを抱き上げ、額を合わせる。揃いのバンダナ越しに感じる体温は熱い。次に彼女に触れる時は、本物の温度を感じることができるだろう。

 周りが光りに包まれていき、徐々に意識が遠のいていく。それが途切れる瞬間まで、僕達は一つになるように抱き合っていた。

 




後は短めのエピローグで完結です。閲覧・お気に入り・感想・評価ありがとうございました!

活動報告で質問や番外のリクエストを受け付けております。よろしければご利用ください。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=321692&uid=470628
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。