【完結】クライン(♀)と駆け抜けるアインクラッド 作:甘口列
ラブコメではない。
おまけ1.ノーチラスとユナ
僕はあの日、やらない後悔を選んだ。やって後悔するのとどちらが良かったか、何度も考えてはあの日の悪夢を見る。そして、その度に救われるのだ。僕の大切な幼馴染の、歌声に。
「誰か助けてくれ!」
その叫びが響いたのは四十層ボス攻略が行われた日のことだった。ちょうど、カフェでユナと食事をしていた時。ボスレイドから外された僕を心配して来てくれたのだろう。普段より一層明るく振る舞うユナの笑顔が眩しい昼下がりだった。
突然現れた怪我人に居合わせた客が慌てて集まる。僕は立ち上がりかけた状態で様子を見ていた。プレイヤーの負傷はモンスター由来で、PKの心配はないと悟る。ならここは安全だ。もう大丈夫だろうと腰を下ろそうとしたその時。
「仲間が……仲間がまだ、閉じ込められてて……」
助けてくれ、と男は言った。僕は咄嗟に男に駆け寄り、いくつか質問をする。それを聞く限りどうにも十分な対策を行わなかったパーティーらしい。誰かが行かないと助からないだろう。そしてここでの『助からない』は本当の死を意味する……。
辺りを見渡す。全員の装備を確認する。――――無理だ。突発的な事態、パーティーを組んで対抗できそうな人はいない。せめて自分と同じレベルの人がもう二、三人いれば。そう考えたのは驕りだろうか? この時の僕には血盟騎士団の一員なのだという自負があった。しかし同時に、足が動かなくなるあの感覚を思い出してしまう。僕一人では、駄目だ。血盟騎士団クラスとは言わないが、せめて風林火山のようなプレイヤーがいれば。そんな僕をどう思ったのだろう。口を開いたのは、他でもないユナだった。
「私、行くよ。吟唱で皆にバフをかければ、」
「駄目だ!」
気が付けばそう叫んでいた。ユナの手を取り、逃げるように走る。いや、実際逃げ出したのだ。あの人達とではダンジョンを攻略できない。ユナのバフは強力だが万能ではない。全滅……そんな言葉が頭を過ぎって。その中にユナがいたらと思うと恐ろしくて。一度竦み上がった足は、集まっていた人達から離れるように動いていた。
「エーくん、エーくん!」
僕を必死に呼ぶユナの声も聞こえないまま走り去る。ユナが僕の手を振り払わないことに安堵した。最低だ。たった今僕は、人を見殺しにした。それでも、知らない人のために彼女が命を懸けることに耐えられなかったのだ。ああ、これじゃあ攻略のメンバーから外されるのも当然のことか。自嘲しながら誰もいない路地へと入る。そこでようやく、息ができた気がした。
「エーくん、どうして」
「行かなきゃって、思ったよ。僕は行くべきだった。なんなら今からでも。でもユナは、駄目だ」
「確かに私は戦えないけど、吟唱が……」
「吟唱は、プレイヤースキルを上げてくれるわけじゃないんだ」
攻略本も読まないプレイヤー。実力も確かでないプレイヤー。そんなプレイヤー達で果たして生き残れるだろうか。悪辣なダンジョンから人を救い出せるだろうか。僕は、そう思わない。人を助けるにはレベルもスキルも足りていない。それが、僕の判断だった。
「……血盟騎士団を抜ける。ユナ、僕ともっと下層で過ごさないか?」
そんな僕は、血盟騎士団に相応しくはないのだ。臆病者、と誰かが囁く。人殺し、と耳元で叫ぶ。それは、ユナを失うことに比べれば耐えられる苦痛だった。
「そんなっ……攻略は、どうするの? エーくんだってあれだけ頑張ってきたのに」
「きっと、きっと血盟騎士団がやってくれる。このゲームはクリアされるよ。だからそれまでの間、僕は……君だけの、騎士でありたい」
そう言った時の僕の顔は今にも死にそうだったとユナが言っていた。十段階で言うなら十レベルの酷さだったと。そんな僕を放っておけなくて頷いてくれたことも後から聞いた。彼女は、僕を見捨てなかった。僕にずっと寄り添ってくれた。…………現実に帰ってきてからも、彼女は僕の側にいてくれる。
人を見殺しにしてしまった僕が、彼女の側にいていいんだろうか。そう悩み悪夢に魘される度に悠那は歌ってくれた。前線にいれば多くの人を救っただろう歌を、僕だけのために。
僕は一体、彼女のために何ができるだろう。悠那は「エーくんにはたくさん助けてもらったよ」と笑うが、それなら僕の方がよほど助けられている。彼女のためにも何かできないか……。
そんな時に声をかけてくれたのが、悠那の父親である重村先生だった。
ノーチラスとユナはクリアまで下層で穏やかに過ごしました。しかしこの事件は二人の心に暗い影を落としたので、彼らが真の意味で救われるのはもう少しあとのことになりそうです。
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