【完結】クライン(♀)と駆け抜けるアインクラッド 作:甘口列
その日の夜にクラインの装備を女性用の物に変え、僕は盾を手に入れた。ベータテストの時はアタッカーしかしていなかったが、クラインとも話して今回はしばらくタンクをやっていくことにする。これで皆を守っていけば進みやすくなるだろう。そのうちパーティの中でタンクをやれる人が出たらアタッカーに戻ってもいいな。
そんなことを考えながら夜道を走る。他の皆は精神的に疲れたようで早めに宿で就寝中だ。僕はそんなに疲れていないので外でモンスターを狩ってレベル上げをしておく。やっぱり先輩として皆より強くならないと。僕が強ければ安心して戦いに出られる、はず。まずはそこまで信頼して貰えればの話か。フレンド登録はしたけれど、前からの友人と新参者ではやはり距離を感じる。いずれは仲良くなって友達十人計画に名前を連ねてもらうんだ。そう決意しながらダイアウルフにソードスキルをぶつける。
あ、考え事してたから盾使うの忘れたな……。タンク、向いてないかもしれない。気を取り直して盾を構え、今度はひたすら盾の練習。モンスターの動きは体で覚えているのでそう難しくはない。この辺りのモンスターは隙が大きいのですぐ切りたくなってしまうのを抑える方が大変だった。気が済むまで敵を相手にしていると、空の端っこが徐々に明るくなってくる。時が過ぎるのはあっという間だ。街に戻ったら少しだけ寝よう。あくびもでない体で僕は街への道を走った。
「おめぇ何でレベル上がってんの!?」
「ちょっと外行ってたから……」
そんなことをしていたら朝一番に驚かれた。夜中の作業を説明すると、クラインの顔が驚きから呆れに変わっていく。おかしい、こんなはずでは。頼りになると思われたかっただけなのに。そんな考えが伝わってしまったのか、彼女は大きなため息をついた。
「報告・連絡・相談! せっかくチーム組んだんだから勝手な単独行動はなしだぜ。一言くらいメッセージ入れてけ」
それは確かに僕が悪い。昔から複数人で行動するのが苦手で、集団から外れては叱られたことを思い出す。ごめん、と謝るとクラインは少し俯いてしまった。
「……オレは、朝起きた時にお前が死んでたら、嫌だ」
「本当にごめん」
心の底から反省する。申し訳なさで体を縮こめていると、バシンと背中が叩かれる。
「こっから頼りにさせてもらうんだから、気ぃつけろよな!」
話はこれでおしまい、とばかりに去っていく背中が眩しい。目を細めながら、そう言えば今から今後の方針を話し合うんだった、と慌てて彼女を追いかけた。
黒パンを片手に食堂のテーブルを確保する。まだ眠っているのかそれとも部屋から出てこられないのか、見渡しても自分達以外に人はいなかった。結局一晩を中央広場で過ごし弱りきった人達の姿も見ているだけに、静かなことを喜べはしない。
「そんで、オレ達の今後についてなんだけどよ」
一人立ち上がり場を取り仕切るクラインの顔にも憔悴が見える。それでも彼女はしゃんと立って前を見据えていた。僕達男衆は彼女を見上げ、続く言葉を待つ。
「まずは次の村に行こうと思う。攻略に向けて動きてぇ」
「……本気なのか?」
そう問いかけるのはカルーだ。当然だろう。このゲームは始まったばかりで、まだ救出の望みを捨てきるには早い。それでもクラインは大きく頷いた。
「本気だ。実際そのために動いてる奴はもういる。そいつらにだけ背負わせるわけにはいかねぇ。オレだってゲーマーの端くれだ」
「具体的には、どうするんです。俺達まだ素人ですよ」
トーラスの疑問に対して答えるのは僕だった。クラインのアイコンタクトを受け立ち上がり、盾を装備する。
「僕がタンクを引き受ける。攻撃のサポートもするし、経験者として全員守りきると誓うよ」
「しばらくはイズモに守ってもらいながら強くなる、情けねぇけどそれがオレ達の最善だ」
パーティーメンバーは最大六人。クライン達で組んでもらって、とにかくモンスターを倒し強くなってもらう。僕はあぶれた一人として周りをうろうろしつつ敵の攻撃から皆を守る。これはまだ未定だけど、それなりに動けるようになったらパーティーを分けて効率よく経験値を稼いでいこうという話もしてあった。ベータテストの時のことを覚えている限り伝えてそうなったけど、そもそもゲーム自体に詳しくない僕の話でどこまでカバーできているのかは不安だ。その辺りはクライン達の経験に頼るしかない。
「イズモはなんでそこまでする? お前が一番危険だろ」
その問いに対し、これまで考えたことを素直に言うのはよくない気がした。贖罪なんて結局は自己満足だし、死を恐れる理由がないのは理解されない。できる限り単純に、でも嘘にならないよう言葉を選ぶ。
「それが一番後悔しない道だから、かな。一人で後悔しながら死ぬよりは、友達のために命懸けで生きたほうがずっと良い」
それが全てではないけど、紛れもない本心だ。ジャンウーから「ぶっ飛んでんな」との一言をいただいたのは若干不本意である。
「分かった、分かったよ! ここまで言わせて逃げるんじゃ男が廃る。やってやるさ!」
その言葉を皮切りに、皆がクラインの提案に賛成した。決を採るまでもない。意気揚々と、とまではいかなくとも先程までより表情が明るくなっている。
「じゃあ早速行くぞ! まずは実戦に慣らしながら次の村だ!」
誰が言うでもなく差し出された手が重なる。そして、辺りに気合いの掛け声が大きく響いた。
「うひゃあ! むりむり! 当たんねぇ!」
「今の当たってたら死んだんじゃねぇの!?」
「イノシシと全然違うんですけど!」
フィールドに飛び出してからは大騒ぎだった。ソードスキルが発動できるのが四人、そもそも土俵に立てていないのが二人と既に差ができていたからだ。その二人であるカルーとオブトラについてソードスキルの立ち上げ方を教えながら、向かってくる敵を見た瞬間四人の方のカバーに入る。盾で受ける一辺倒ではなく通常攻撃で距離を取らせたり、その間にも見本を見せるようにソードスキルを挟んだりと中々忙しい。一人で鍛えるよりよほどハードだ。クラインが安定して敵を倒せるようになってきたのが幸いか。
街を出て村から村へ行く道中、装備を整えるためのクエスト……どたばたしながらこなしていくのは大変だったけれど、正直楽しい。こんなに皆で一緒に何かをする経験はなかったから新鮮だ。難易度の高いクエストをこなした後に皆で食べるご飯は格別に美味しく感じる。
でもそうした時、ふとキリトのことを思い出すのだ。一人で駆けていったあの背中は今どこにあるのだろう。彼に楽しいと思える時間が、安らげる時間があるだろうか。年上のお姉さんと仲良くなれたりしているだろうか。自分は、楽な道を選んでしまったのではないだろうか。……そんな夜はクラインに告げて狩りに出ることにしている。最初はあまり肯定的ではなかった彼女も、何度か繰り返せばそのまま送り出してくれるようになった。今日も行こうか、と借りている部屋から外に向かうと、
「よぅ、今日も精が出るな」
完全装備のクラインがそこに立っていた。
「クライン!? えーっと、良いんだよ寝てても」
「オレじゃ力になれねぇか?」
表情は笑顔だったが目が全く笑っていなかった。どうしてだろう。あれからはちゃんと今夜外に出ると告げてから行くようにしているし、万が一がないよう安全な範囲内にしているのに。
「そんなことはないよ」
ゲーム経験が豊富でリーダーシップのある彼女に僕は頼りきりだ。クラインがいなければ皆を連れてここまで来ることは叶わなかっただろう。最近は戦闘の指揮も取ってもらえるようになって僕がバタバタすることも減ってきた。スタートダッシュを決められなかった僕らが順調にやれているのは全てクラインのおかげだ。思っていることをそのまま話すと、少し雰囲気が和らぎ彼女の頬が赤くなった。
「そ、そういうのは良い! オレらが弱ぇから、まだそうやってレベル上げなきゃなんねぇんだろ? おめぇは、何時になったら……」
何時になったら、なんだろう。その先は想像できなかった。ただ、僕の言葉が足りずに余計な心配をさせたことだけは分かった。僕はまるで成長していない。いつもそうやって失敗して、人が離れていってしまう。
でもクラインとは、絶対に離れたくない。深く息を吸って、慎重に口を開く。
「違うよ。それは最初の一回だけ。後はもう弱いとか強いとか関係なくって……僕はただ、モンスターを斬るのが大好きなだけなんだ。起きていられる限り敵を切りたいだけなんだ」
剣を振っている時は何も考えずに研ぎ澄まされた『自分』でいられる。そういう時に必要なのは孤独だった。一人で剣技に向かい合っている時だけ見える世界がある。それを感じたくて時折外に出るのだ。
「プロゲーマーが練習の合間にゲームやるみたいなもんか?」
その例えは分からないけども。分からないなりに頷けば、彼女はホッとしたように息を吐いた。そのまま壁にもたれかかり、ズルズルと座り込んでしまう。
「なんだよもぉ……心配しただけ損じゃねぇか」
「心配しないように、どこに何時間行くかも言ってたつもりなんだけど」
なにやら誤解があり、それは解けた。めでたしめでたし、と言ったところでそろそろ外に行きたい。しかしこのまま去る訳にも行かず立ち尽くしていると、クラインの口から小さな声が漏れた。
「……おめぇはオレらがいなけりゃもっと先に進める奴だから……置いてかれるんじゃねぇかって……その準備かもしれねぇって、思って……」
「…………絶対に、そんなことしないよ」
彼女の隣に座り込む。本当は手を握りたかったが、そこまでのことはできない。廊下に二人並んで窓辺から差し込む月明かりをただ眺めていた。あれほど外に行きたかったのに、今はもう動く気にもならない。ただ、クラインのそばにいたかった。自分でもその感情に驚きながら、静けさとまどろみに身を任せる。
「オレらにはイズモが必要なんだ」
不意に呟かれたその言葉は僕の胸へ突き刺さった。同時に腹の奥へすとんと落ちてくる。
(……そうか、僕は必要とされたかったのか)
この世に僕じゃなきゃいけないことなんて何もなかった。弟はそれを自由で良いと言ったし僕自身もそう思っていたが、そうか、ずっとそれが寂しかったのか。だから茅場昌彦に協力を求められた時、何を引き起こすかなんて考えないですぐ乗っかってしまった。身につけた剣技が必要とされるのが嬉しかったから。僕だからできることだと思ったのだ。
「僕にもクラインが必要だ。多分、ずっと」
恥ずかしくて顔が熱い。自分がいかに幼稚で未熟だったか思い知らされた。それでクラインに心配をかけて、本当に大馬鹿野郎だ。誰かに必要とされるのがどういうことか、僕は今初めて知ったんだと思う。
結局、僕たちはそのまま廊下で夜を明かすことになった。
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