【完結】クライン(♀)と駆け抜けるアインクラッド   作:甘口列

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冒険、あるいは日常

 一カ月弱で二千人近く死んだ、らしい。数字にされるとこんなにも虚しいものなのか。一人ひとりが生きていて、その人たちを必要とする誰かもいたはずなのに。こんなもののために、約二千人。そしてその数は、恐らく今後も増えていく。

 

「すげぇ顔してるぞ、大丈夫か?」

「大丈夫」

 

 しかし他の人が何人死んでも、僕達は今生きている。それを喜んでいいものかは分からなかった。ただ迷宮区に踏み入れるだけの力はついてきたし、ちょっと良い部屋も借りてそれなりの暮らしはできているのが事実だ。この世界に適応してきている。そう感じざるを得ない。今日も今日とてダンジョンに挑むための話し合いをするのだから。

 

「よし、みんな行くぞ!」

「ああ!」

 

 きっと彼らもそうなんだろう、とトールバーナに来ると見かけるようになったパーティーにそんなことを思う。青い髪の爽やかな青年をリーダーとした彼らは僕達よりずっと進んだ集団で、迷宮区も深くまで潜っている。それでいてこちらを一切見下すことなく、疲れているはずの帰り際に鉢合わせても清々しい。

 

「最前線のプレーヤーって感じだよなぁ」

「すごいよね」

 

 迷宮区に向かう彼らの背中を見ながらそんなことを話す。客観的に見て自分達のチームの実力は最前線から一歩二歩と劣っている。でも僕達はこれからだ。最近はトーラスがタンクをやってくれるようになったから、僕が走り回ってカバーをする必要もなくなったし。パーティーを二つに分けて行動することも増え、得られる経験値もそれぞれの技量も上がっている。あとは装備をもう少し鍛えておきたいくらいか。

 

「イズモ一人なら行けんじゃね?」

「意地の悪いこと言わないでよ」

 

 あの夜以来単独行動はしていなかった。それまでの分でレベル差はついているが、パーティーを離れてまでどこかに行く気はない。

 

「よし、今日は装備のためにダンジョンだ!」

「了解です、ボス!」

「ボスは止めろ!」

 

 会議は適当な話とクラインの一声で終わった。さて、今日も一日頑張ろう!

 

 

 休憩を挟みつつ丸一日ダンジョンに潜れば皆もうへとへとだ。今日はベータテスト時と仕様が変更された区域に当たったようで、予想以上の強行軍になってしまった。こうなってしまったらあとは拠点に戻りゆっくりするに限る。ただ僕はまだちょっとモンスターを切り足りない。なので道中の好戦的なモンスターは全て引き受けることにした。邪魔な盾をしまい、曲刀のソードスキルと通常攻撃を交えながら敵を刻んでいく。やっぱり自分の思う通りに体を動かすのがストレス解消には一番良い。本当は一番得意な大太刀で捌きたいところだ。情報屋にも前金を渡して大太刀の情報が入ったらすぐ売ってくれと言っているのだが、今のところこの世界で大太刀を見たという情報は出ていなかった。まぁまだ一層だし仕方ない。後々に期待しよう。

 

「イズモって楽しそうに戦うよな」

「モンスター切るのが趣味なんだと」

「へぇー……ちょっと引く」

「引くなよ、かわいそうだろ」

「全部聞こえてるんだけどなぁ!」

 

 本当は人型モンスターの方が良いって言ったらカルー達にもっと引かれそう。いや剣術って基本対人を想定するものだから……。これ以上は余計なことを言いそうだ、と口を噤んでモンスターの処理に励む。そういえば今のところ攻撃は曲刀一筋で来ているが、僕はこのままで良いんだろうか。ベータテストの時はとにかく色々なソードスキルを試したくて片っ端から武器を持ち替え振り回していたけれど。この辺りはゲームの領域で正直よく分からないので、後でクラインに聞いてみよう。

 

「早く帰って風呂入りてぇな」

「リーダーあんまそういうこと言っちゃ駄目ですよ、イズモが想像するんで」

「いやアイツに限ってそんなこと……」

「だから全部聞こえてるんだって!」

 

 なんだかひどく疲れた。僕も今日は早く風呂に……お風呂、お風呂か。ああもうトーラスが変なこと言うから! 想像してない、女性用装備になってさらに起伏に富んだ体のラインが分かりやすくなったけど、その服の下なんて僕は一切想像してません! 誰に言うでもない言い訳をしてやけくそのように通常攻撃だけでモンスターを倒し切った。あと少しで、拠点に帰れる。

 

「あーつかれたー!」

「イズモ、大丈夫か?」

「全然平気、あと一回は往復できるよ」

「それは普通に化け物なんだよな」

「酒飲みてぇー!」

「分かる」

「先に飯だろ」

 

 頭を全く使わない会話を繰り広げながら食堂になだれ込む。この店は肉が安くてそこそこ美味しい。現実に比べれば薄味だが、油と塩に間違いはない。僕は酒を飲まないので薄く切った肉をパンに挟んでむしゃむしゃと食べていた。普段の黒パンもまあまあ食べられる味なのだが、やはり肉が入ると違う。

 食が進めば酒も進み、酒が進めば話も進む。賑やかな夕食は良いものだ。僕以外の全員がべろべろに酔っ払い、徐々にお開きの雰囲気が漂ってくる。そんな時だった。

 

「女連れとは良い身分じゃねぇか」

 

 ……NPCかな? 女性がいると絡んでくる仕様なんだろうか。性別限定クエスト、ありそう。またクラインに聞くことが増えたな。

 

「女を連れてるんじゃなくて、彼女に連れられてるんだよ」

 

 正直今は面倒くさくて相手にしたくない。しかしそんな考えが通じるほど甘くはないのか、男がクラインに近寄るので慌てて割って入る。

 

「あんだよ、喧嘩なら買うぜ」

「ほっといて帰ろうよ」

「帰るのはあっちだ!」

「そうだそうだ!」

「帰れ帰れー!」

 

 割り込んだはいいものの、なんだこれ治安が悪すぎる! どうしたらいいか分からずうろうろしていると、クラインが僕の耳元に唇を近づけてきた。今度は心臓に悪い!

 

「いいんだよ適当にやらせときゃ。今は気分も良いしな」

 

 僕の気分はあまりよくない。それが伝わってしまったのか、彼女は唇を釣り上げてにんまりと笑った。どういう感情なんだろうその笑顔は。僕が困っていると同じく野次に戸惑ったらしい男がキッと眉を吊り上げて怒鳴り声をあげた。

 

「お前ら表出ろや!」

「喧嘩だ喧嘩だ!」

「殴り合いだ!」

 

 なんなんだこの酔っぱらいども。お酒って怖いなぁと思いながら外に出る。声をかけてきた男が何か言っているんだが、皆がギャハギャハ笑っているせいでよく聞き取れない。本当に怖いのはこの酔っぱらい達の方かもしれないなぁ。

 

「ふざけんじゃねぇ!」

 

 キレた男と殴り合いになるかと思ったが、意外なことに全員が逃走を選択した。散り散りに逃げていく皆を茫然と見送ると、クラインから「おめぇはこっち!」と手招きされた。慌ててついていくと何が楽しいのかクスクスと笑いながら部屋と違う方向に走っていく。

 

「え、え?」

 

 訳が分からない、どういう世界だここは。あ、茅場昌彦のボケカスが作った世界か。うーん世の中には知らないことがいっぱいあるんだな。内心首を捻っていると、クラインが解説をしてくれる。

 

「女ってだけで絡んでくる馬鹿はまともに相手しちゃダメなんだよ、このまま別の宿行くぞ」

「あれ、プレイヤーだったの? NPCかと思った」

「あははっ! おめぇが一番キッツイな!」

 

 なんだかよく分からないが、彼女が楽しそうならまあいいか。真夜中の暗闇を二人で笑いながら走り抜け、結局その夜は適当な部屋を借りて眠った。クラインは風呂に入れずちょっと残念そうだった。

 




風林火山の追い上げは原作より早いペースですが、最前線に立てるのはまだ先になりそうです。

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