【完結】クライン(♀)と駆け抜けるアインクラッド 作:甘口列
あのちょっとしたトラブルの後、僕達は借りている部屋を変えた。クライン曰くああいう手合いはしつこいから、とのことだ。今まで意識してこなかったけれど、もしかして女性がこういう場にいるのって大変なのか。クラインが慣れているというのがどうにも悲しい。以前より街の中心部から外れた場所でそんな話をしていると、調達に出かけていたジャンウー・アクト・トーラスからボス戦に関する情報がもたらされた。もうすぐ第一層ボス攻略のための会議が開かれるとのことだ。
「どうする? リーダー」
「どうするもねぇよ、オレ達じゃまだレベルが……って、あぁ」
こちらも緊急会議である。とはいえまだ最前線に上がれるクラスでないのは皆承知しているはず。しかしクラインは何か思いついたような顔でこちらを見てきた。ん、僕?
「イズモなら経験者だしレベルもあるしよぉ、いけんじゃねぇか?」
「うん? それは僕ひとりで、ってこと?」
そうそう、と皆が一斉に頷く。ボス戦の雰囲気、ベータテスト時との違い、自分たちがどのくらいやれれば通用しそうか見てほしいとのことだ。確かにそれなら僕が適任だろう。うまく説明できるかはともかく、実際自分達がどの辺りにいるのか確認できる良い機会になる。ちょっと命を賭けるだけで大事な情報が手に入るはず。あんまりパーティーから離れたくないという僕のワガママさえ無視すれば良い話だ。
「それにオレ達がイズモ抜きでどこまでやれるかも知りてぇんだよな」
そう言われてしまうと弱い。最初の頃は僕が防御を担当してきたし、今だって二つに分けたパーティーのどちらかには入っている。僕なしでの戦い……つまり純粋な六人パーティーでの戦闘を彼らは一度も経験していないのだ。説得される材料ばかりが増えていく。
会議までの時間で僕がバックに付きながらちょうどいい狩場を探し、見つかり次第六人での戦闘経験を積む。今のチームにとってそれがベストと判断したのはクラインだった。ならば僕も感情を飲みくだし、それを受け入れよう。了承した時の笑顔だけでお釣りが来る。
「それじゃ、特訓だな!」
「おう!」
簡単な朝食を済ませ、早速狩りに繰り出した。
安全な狩場を見つけ、六人での戦闘に移るまでそう時間はかからなかった。この辺りはゲーマーとして長いクライン達の感覚が頼りになる。普通のゲームより休息を挟んだり引き際の見極めは重要だけれど、それだって僕より彼らの方がよく分かっていた。というか僕の感覚があんまり当てにならない。結構無茶がきいてしまうからだ。ソロ用のスキルに振ってないからやらないけど、その気になれば三日三晩不眠不休で戦っても死なないだろう。それだけの技術が体に染みついている。
「でもさみしいな……」
一人なのを良いことに安全地帯で寝転んで駄々をこねる。このゲームにログインしてからと言うもの誰かと一緒にいた時間の方が圧倒的に長いので、一人きりなのは久しぶりだ。手足を伸ばしてごろごろしていると、少し離れたところで草むらが揺れる気配がした。モンスターではないと分かっていても念の為起き上がり曲刀に手をかける。
「先客がいたのか」
そんな言葉と共に現れたのは、はじまりの街で別れて久しいキリトだった。武器から手を離し、ひらひらと振ってみる。
「久しぶり、キリト」
「イズモ! ……お前クライン達は、」
「パーティー戦闘の練習で別行動中。僕がいると油断しちゃうからって追い出されたところ」
どうにもキリトの表情が険しい。疲れているのかな。とりあえずここは安全地帯だ、座るよう促すと彼の後ろからもう一人誰かやってきた。足の運びからして素人、でも鬼気迫る気迫をまとった少女だ。
「こんにちは」
とりあえず礼儀として挨拶。「こんにちは」と答えてくれた声は綺麗に澄んでいる。うーん、なんだかチグハグな感じだ。でもキリトと一緒にいるならきっと大丈夫だろう。
「……あなた、肩車の人じゃない」
うわぁ、アレを見られていたのか。あの時はそれが最善だと判断したけど、今になって振り返るともっと他に方法があったように思う。一カ月近く経った今さら掘り返されると思わず困っていると、キリトが「肩車?」と首を傾げた。
「中央広場で女の人を肩車して人探ししてたのよ、見てなかったの?」
「お前そんなことしたのか」
「したね。おかげでスムーズに集合できたよ……」
少し遠い目になってしまう。それで察したのかそれ以上の追求はされなかった。ありがたいことだ。そのまま三人で座りこみ、面子こそ違えど始まりの日のように言葉を交わす。空気が重たくなりすぎないように、オススメのクエストやお店の話とかだ。キリトは知っているだろうけど、少女の方は興味深そうに聞いてくれた。ついでに女性がいるからと絡んできたプレイヤーの話もしておいた。ここまで来るくらいだから大きなお世話かもしれないが、気を付けてもらうに越したことはない。
「あ、そうだ、二人はボス戦に?」
「そのつもり」
「会議次第ってところはあるけどな」
「会議ってどうなるんだろうね。ベータテストの時とは、」
「イズモ」
突然グッと耳を引っ張られる。痛くはないが戸惑っていると、キリトは厳しい顔で言葉を続けた。
「ベータテストの話はしない方が良い。経験者をよく思わない奴はたくさんいる」
「わ、分かったよ」
彼が言うならきっとそれが正しい。クラインに言わせると僕は呑気で楽観的過ぎるらしいなので、忠告は素直に聞いておくに限る。
「どうしたの?」
「なんでもないよ。ただ普通のゲームとは違うんだろうなって話」
「そんなの当たり前でしょ」
一言一言が抜き身の刀のように鋭いなこの子は。きっとそうならざるを得ない環境に身を置いてきたのだろう。キリトより一つか二つ上ってくらいに見えるのに、なにやら大変そうだ。しかしまぁ、それでもキリトに同行者ができて良かった。
……そうなると僕はお邪魔じゃないか? もう十分休憩したし、先に立ち去るとしよう。後はゆっくり使って、と言い残し僕は再び狩りに戻った。
「今日キリトに会ったよ。ちょっと疲れてそうだけど、連れもいたし大丈夫だと思う」
「そっか……そっか、そいつぁ良かった」
拠点で集合した僕とクライン達は今日あったことを互いに話した。僕の方はキリトとの再会が一番大きな話題だったが、クラインの方も色々とあったらしい。
「ベータテスターがどうのこうのって絡まれたんだよな。キャリーされてる奴が気に食わねぇんだと」
あぁ、キリトが言ってたのはそういうことか。ベータテスト経験者の持つ情報は大きなアドバンテージで、それを面白くないと思う人も一定数存在する。そういう人が経験者に助けられるパーティーに敵意を向けるのも、ありうる話だ。
「でも僕経験者って言ってないし、一緒にいなかったよね?」
「だからオレらもいちゃもん扱いしたけどよ、どっかから漏れてんのかもな。おめぇ隠し事下手だし」
「……気を付けるよ」
情報屋に隠し事のコツでも聞こうかな。いや大金を取られそうだしやめておこう。
しかしベータテスター、か。僕は多分彼らの想定してるベータテスターともちょっと違うんだよな。キリトがそうであったように、抽選でその枠を得た熱心なゲーマーではない。ナーヴギアもソードアート・オンラインへの参加権も、協力のお礼として茅場晶彦のゴミカスクズから渡されたものだ。当時は初めてのゲームを楽しんだものだが、最初からこうするつもりだったのなら……あの男は、本当に何を考えていたんだろう。僕には一生かけても理解できそうにない。
黙ってしまった僕を気にしたのかトーラス達が声をかけてくれた。
「俺達もちゃんと秘密は守りますし、大丈夫ですって!」
「というかこっちは一応気にしてたんだぜ? イズモが隠す気ないから焦ったくらいだ」
「皆迷惑かけてごめん、ありがとう」
「じゃあ今日の飯はイズモの奢りってことで!」
「なんで!? 払うけど!」
僕達の夜は今日も賑やかに過ぎていった。そしていよいよ、ボス戦会議の日がやってくる。
バタフライエフェクトで地味にキリトとアスナの出会う日が変わっていたりします。
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