【完結】クライン(♀)と駆け抜けるアインクラッド 作:甘口列
第一層ボス攻略会議に出かけていくイズモを見送り、トールバーナ付近の狩場に潜る。少しずつ慣れてきたはずの六人での戦闘だが、今日は調子が悪ぃ。タンクのトーラスは良い仕事をしてるし、ジャンウーも小盾を持つようになって動きが良くなった。じゃあ問題は、
「……オレか」
オレが普段通りにやれてねぇ。その原因なんて分かりきってた。
「そんなに心配ならついてきゃよかったろ?」
カルーの言葉も最もだった。オレぁ、イズモが心配なんだ。ベータテスターだってバレやしねぇか、あの呑気さで大丈夫か。そんなことばかり頭に浮かんで敵の動きを予測できてねぇ。それこそイズモに教わって何度も練習したのに、だ。自分が情けなくて仕方ねぇよ。
「そんな親じゃねぇんだから」
それに調子が良くてもアイツについていけるかって言ったら無理な話だ。レベル、技量、ミスを取り返す平常心。それら全部イズモが持っててオレにはねぇ。会議の賑やかしに行って何の意味がある。ああクソ! 自棄っぱちに放ったソードスキルは敵を掠って怒らせるだけだった。
「落ち着けよリーダー、とりあえず今日は帰るぞ」
アクトがそれを処理してくれる。ここまで調子が出ねぇならそれしかなさそうだ。皆にゃ悪ぃが今日はこれで終いだ。らしくもねぇため息をついて来た道を戻る。
帰り道、前に絡んできた四人組を見かけたので茂みに隠れた。逃げ回るのは性じゃねぇんだが、無駄なトラブルは避けときたい。ただでさえ男集団の中でリーダー張ってる女、という立場だけで変な目を向けられやすいのだ。いちいち相手にしてたらきりがねぇ。
「おや、この前のお姫様と騎士たちじゃないか。そんなにコソコソしてどうしたんだ? ベータテスターの彼がいないから不安なのかな?」
隠蔽スキルを持ってねぇからあっさり見つかった。撫でつけた髪にギョロリとした目、厭味ったらしくにちゃにちゃして気に食わねぇ奴だ。だいたいオレをオタサーの姫扱いして絡んでくるとか目ぇ腐ってんのか? どう考えても姫って面はしてねぇだろ。
「そっちこそオレらに構ってる暇があんのか? ボス戦会議は始まってんぞ」
「あんな茶番に付き合うつもりはないね」
無視する気持ちの余裕はなかった。オレらが本当は七人組だって知ってんのは後ろでニヤついてる男からの情報だろう。前に喧嘩を売ってきたプレイヤーだ。こいつも女女って頭ん中それしかねぇのかよ。
圏内だったらデュエルでもしてもう関わってくるなと引導を渡してやりたい。しかしコイツらは巧妙で、人前やイズモがいる時は近付いても来ねぇ。イズモは背が高いし体格も良いからビビってんだろうな。どこでベータテスターと見当をつけたかは知らねぇが……いや、もしかして。
「……ベータテスターのくせにか?」
そう言った瞬間の反応は分かりやすかった。目は見開かれ、口は何故それを、とでも言いたげにはくはくと開いたり閉じたりしている。カマをかけただけだったが、予想以上の効果だ。
こいつは、ベータテスターとしてのイズモを知っている。
言っちゃなんだが少しだけ安心した。デスゲームになってからこっちのポカでバレた訳じゃねぇからだ。今この空気を考えれば、ベータテスター自身が無闇にアイツはベータテスターだと糾弾するのは難しい。理由を出せば自分も糾弾される側になる。
「もう良いだろ。じゃあな」
そう考えると少しだけ肩の荷が降りた気がした。まだ動かない相手を無視して戻る途中に出会ったモンスターはいつも通りに倒すことができた。オレ達も、イズモも、きっと大丈夫だ。
「疲れた……」
「お疲れさん」
トールバーナでイズモを回収すると、ずいぶんと疲れ切っていた。全然大丈夫じゃねぇ!
会議では色々とトラブルがあったらしい。そこではっきりベータテスターとそうでない奴との間にある溝を見てびっくりしちまったのか。その場は収まったみてぇだが、最前線は特にピリピリしているようだ。イズモはちょっと呑気過ぎるところがあるから、今回の件は強めの気付け薬になったことだろう。今後はますます慎重に動かねぇと。
オレ達の方でもあったことを説明すると、ただでさえ元気のなかったイズモの表情が沈んでいく。そりゃ知り合いかもしれねぇ奴が悪意で絡んできたら良い気はしねぇよな。
「なんか、嫌だな。そういうの」
「全員と仲良くできる訳じゃねぇんだから、しょうがねぇよ」
「僕にできることある?」
「圏外にいる時に気を付けるくらいか? おめぇがボス戦に行く日はオレ達大人しくしてる予定だし、心配すんな」
そっか、と相槌を打つイズモはまだ浮かない顔をしているが、飯を食ったらちょっと元気になった。気分が上がらねぇ時は飯食って風呂入って寝る! 大事だよな、人生の基本だぜ。
「おやすみ、クライン」
「おう、おやすみ。元気出せよ」
「うん。クラインも無理しないでね」
それからボス戦まではあっという間だった。イズモ曰くディアベルというたまに見かけた青髪の男がリーダーをやっているようで、士気も高く良い雰囲気になっているとのことだ。キリトも同行者とパーティーを組んで上手くやっていると聞いて安心した。
「それじゃ、行ってくる!」
イズモは、きっと大丈夫だ。あぶれることなくパーティーも組めたと言うし、レベルだってオレ達のサポートをし続けてきたと思えねぇくらい高い。配られた情報を見せてもらったが、ここまで詳細に書かれていればなんとかなるはずだ。
それでも、絶対じゃねぇ。現実になっちまったこの世界に、絶対は存在しなくなった。何事にも例外はあるし、この前みたくベータテストと仕様が変わっているかもしれねぇ。
だから今日は狩りに行くのを止めた。本来なら命を張ってる最前線に追いつくべく頑張らなきゃなんねぇんだろうが、正直身が入る気がしない。
「乙女の祈りってガラかよ」
そんな風に言ってきたオブトラは小突いてやった。でも祈りってのは間違っちゃねえ。オレは、祈ってる。誰も死にませんように、イズモが無事に帰ってきますように。ボス戦の動向を知りにきた奴らで普段より人が多いトールバーナの片隅で、オレは腹痛の時くらいにしか頼らねぇ神様に手を合わせ続けた。どうかイズモを無事にオレ達のところに返してください、ってな。
そんなことをしても生きる時は生きるし死ぬ時は死ぬ……なんて割り切れる精神はしてねぇ。だから迷宮区から帰ってくる集団の中にイズモを見た時、本当に安心した。何故かキリトの腕を引っ張って振り払われていたのはともかく、笑顔だし元気そうだ。
「……おかえり、イズモ」
「ただいま!」
キリトに逃げられたのは気にしてないみたいだ。顔いっぱいに嬉しそうな色を浮かべ、今にも抱きついてきそうな勢いでオレのところに走ってくる。ハラスメントコードさえなけりゃ抱きしめてやっても良いんだがな。アレがあると色々台無しだ。
「皆待っててくれたの?」
「当たり前だろ!」
「リーダーなんて何にも手につかないって感じでさぁ」
「おまっ余計なこと言うな! ……そんで、どうだった」
本来の目的だったボス戦の様子を聞けば、イズモは表情を引き締め真面目な顔になった。
「今回は誰も死ななかったけど、正直運が良かったからだと思う」
ボス戦に参加した奴らを眺めるイズモの目は意外と冷静だった。普段の呑気さは鳴りを潜め、話す声も真剣そのものだ。
「僕達がレイドに入るには厳しそうだったかな、連携がまだ足りないかも。事前情報とパターンも違ったみたいだし、対応力も磨いていかないとね」
これがあのゲーム素人丸出しだったイズモだろうか。やっぱ戦いは男を成長させるんだな。いや女のオレだってすぐに成長してやるけどよ!
……いつか、届くだろうか。最前線に、イズモの隣に。皆で並んでボスと戦う姿を想像してみる。そこに辿り着くのが早ければ良い。ボス戦も終わったのに、オレはそんな祈りみてぇなことを思った。
ディアベルさんが生存、キリトもビーターじゃないまま第一層は終了です。
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