【完結】クライン(♀)と駆け抜けるアインクラッド 作:甘口列
僕達は久しぶりに第一層のはじまりの街にいた。場所は黒鉄宮、生命の碑前。つい先日までフレンドだった人の名前に、横線が引かれている。死因はモンスターとの戦闘。ありふれた……この世界でありふれてしまった、理由の一つだ。
「う、うぅ……ひ、ぐっ……」
クラインは自分を抱きしめるようにして泣き崩れている。きっと彼女の頭の中には色々な後悔が渦巻いていることだろう。身内だけでやっているから、なんて理由をつけずに風林火山に入れていれば。一緒にクエストを終えた後別れずに町まで帰っていれば。僕が思いつく以上にたくさんの理由をその身に詰めて、彼女はひたすら泣いていた。その姿が人に見られないよう、風林火山の面々で周りを囲む。その目には皆同様に涙を浮かべていた。
「……悪ぃ、時間取ったな」
「気にしないで」
現実では体の芯から冷えるような季節だが、はじまりの街がそうでなくて良かった。彼女の体が死体のように冷たくなるのは想像したくない。ここでは死体など残らないが、それでもだ。最初に握った手の温かさを、僕はまだ覚えている。
あの時から随分と時間が経った。第三層でクエストをこなしてギルドを結成して、少しずつ最前線に近付くようになって。そこで知り合った人々の中には風林火山に入りたがった人もいた。いつだって、クラインの人柄は人を引き付ける。明るく、一度懐に入れた人間に対してはとても面倒見がよく、堂々としていて頼りになる。続く閉塞感におかしくなっていく人もいる中で、彼女はずっと変わらなかった。太陽みたいに、眩しい人。僕を必要としてくれるのが奇跡みたいだ。
一般プレーヤーとベータテスターの間にある溝は大きい。二つの集団の間にレベルやプレイスキルの差がほぼなくなっても、その隔たりが小さくなることはなかった。ベータテスターは絶対にいれない、と宣言しているギルドもあるほどだ。どうしてこんなことになったのか、なんて考えても仕方ない。僕は思考を放棄し、クラインのそばにいることを選んだ。
……その結果が、友人の死として返ってきた。
「今日はもう休もう?」
「そうしようぜ」
「今から狩り場に行く気にはなれねーよ」
事実から目を背けて言葉をかける。皆が乗ってきてくれるのを良いことに、拠点の街へと戻った。唇を引き結んだままのクラインは何も言わない。その口から僕を責める言葉が出てきたらどうしよう。彼女の性格を考えればあり得ないのに、そんなことを考えて気分が沈む。
その日、僕は久し振りに一人で狩場に出かけた。
もちろん報告はしたが、返事はない。もう寝てしまったかもしれないな、なんて思いながらモンスターを狩る。情報屋から買った、ソロプレイヤーに人気の狩場だ。だから当然、
「あ、キリト」
「イズモ」
こうやって顔を合わせることもある訳で。本当なら交代するのがルールなんだけど、少しだけ一緒に狩りをすることにした。次も会えるか、分からないから。
「あの一緒にいた子は?」
「アスナのことか? いつも一緒なわけじゃないよ。たまには一人でやらないと感が鈍るから、なっ!」
キリトの初動に合わせてスイッチの態勢に移る。そのままソードスキルが発動し、敵と距離ができたところに飛び込んで一閃。返す刀で通常攻撃を行えばモンスターは戦利品に変わった。時間的にはキリトのものなのでひょいと渡す。
「じゃあ僕もお邪魔だったか」
「いいよ。……話は、聞いてる」
今度は僕の攻撃にキリトが合わせた。曲刀と片手剣では微妙に間合いが違うが、それを補う良い連撃ができた。風林火山でも応用できないかな。片手剣を使うのはジャンウーだけど……難しいか。
「うちも人気になったもんだね」
「堅い結束が売りの少数精鋭、情報を欲しがる奴は多いよ」
「売ってないよね?」
「さぁな」
悪い笑顔だ。まぁ本当に知られると不味い情報は売ってないだろう。キリトは多分その一線を越えない。友達だから、そう信じてる。そう言えば彼は照れくささを誤魔化すように剣を振った。
「…………昨日、友達が死んだよ。良い人だったし、強かった」
「ああ」
「クラインは落ち込んでる。皆も今日は休むってさ。僕だけ、僕だけだ。僕だけがここに来てる」
ほとんど独り言のようなものだった。剣を振るう時に向き合う、自分自身。いつもはもっとブレずにいられるのに今日は駄目だ。聞かせる気もない言葉が零れ、剣先が揺らぐ。握る手には力が入り過ぎている。お祖父様が見たら叱り飛ばされるほどボロボロの剣だ。
それでもキリトは何も言わずにいてくれた。非常識だと詰っても良い、冷血だと評しても良い。でもどちらもせず、乱れた剣筋のフォローをしてくれる。彼なりの慰めに感謝しながら姿勢を正し、敵に向かって真っ直ぐ上段から振り下ろした。
「お前だけってわけでも、ないみたいだぞ」
その言葉に振り向くと、トーラスを先頭にしてカルー、ジャンウー、オブトラ、アクトの五人がこちらに走ってくるのが見えた。場所と時間は伝えていたけど、皆休んでるんじゃなかったのか。
「こんっの馬鹿! 早く帰るぞ!」
「何考えてるんすか!」
「リーダーが起きる前に戻んねえとヤバいって」
……僕を、呼びに来たんだ。その顔は皆必死そのもので、ここまで一生懸命走ってきてくれたのが分かる。
「メッセージ消しとけよ、リーダーが心配するだろ」
「今から全力で走って間に合うか?」
「……間に合わせるよ。ありがとう」
ああ、何があったって僕は彼らを捨てられない。すがりついてでも一緒にいたい。もしそのせいで人が死んだとしても。それでも、僕には風林火山の皆が必要だ。ごめんね、友達だった君。黒鉄宮では出なかった涙の熱を感じながら、僕は拠点への帰り道を急いだ。
「キリトもありがとう! 今度お礼はするよ!」
今度があると信じて走る。頬を撫でる冷たい風を切って走る。ほんのりと痛むくらいが、今はちょうど良かった。
「……で? 言い訳は?」
「ありません、ごめんなさい……」
普通に間に合わなかった。宿に戻ると目の周りを赤くしたクラインが待っていた。その表情は険しく、顔色は悪い。全員外に出たことで大変心配をかけてしまった。土下座の姿勢を保っていると、「もういい」と呆れた声が振ってくる。いっそ怒鳴ってくれた方がマシだが、それだけの元気はないかもしれない。
「おめぇはしばらく単独行動禁止な」
「うん」
「部屋もオレと同じ部屋」
「うん……うん?」
立ち上がるよう促され、そのままクラインの部屋に連れて行かれる。
「同じベッドなら、逃げらんねぇだろ」
そう言って僕をベッドの壁際に押しやった彼女は、その外側で横になり目を閉じてしまった。
(え? あの、ここで寝ろって?)
普段よりゆったりとした服の彼女に布団をかけながら僕は考える。てっきり罰が下るのかと思ったら、とんでもないものがきてしまった。無防備なクラインの寝姿を眺めながら、僕も鎧を外して横になる。こんなことがあっていいの? そりゃ僕には彼女を乗り越えて外に行く度胸なんてない。しかし、それでも、この方法はちょっと極論過ぎる。明日別の方法に変えてもらえないか訴えよう。そんなことを考えていると、クラインが布団の下でもぞもぞと動いた。
「……オレぁ、いいよ。おめぇらがいれば、それで良い」
ああ、僕のための言葉を言わせてしまった。罪悪感がつのり、胸が詰まる。つっかえながらそれを少しずつ吐き出した。
「僕も……皆さえいれば良いんだ。ごめんね」
エゴを剥き出しにした言葉にクラインが少し微笑んだ、気がする。気がするというのはその瞬間に彼女はもう眠ってしまっていたからだ。聞こえていたのか、無意識なのか。後者だと良いな、と思いながら体を横たえる。今にも体に触れそうで、触れられない距離にクラインがいる。
結局その夜は、一睡もすることができなかった。
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