【完結】クライン(♀)と駆け抜けるアインクラッド 作:甘口列
怒涛の冬が去り、柔らかな春がやってきた。何があっても時は過ぎ、季節は巡り、死者を置きざりにして生者は先へ進む。それは僕達も例外ではない。
新しく解放された階層は暖かな空気に包まれていた。NPC達ののどかな顔もどこか春めいていて、僕の心を少し緩ませる。
「じゃ、まずは分かれて街を調べるか」
「了解!」
クラインの一声で皆が街へと繰り出す。他の人達も思い思いに駆け出していて、これからの情報戦も苛烈になるだろうことを予感させた。その中にキリトの姿もあったが、僕もクラインも声をかけることはできなかった。
彼の憔悴は理解できる。第二十五層の攻略は血に塗れた悲惨な道で、誰もが口を噤むほどのものだった。僕達は仲間内で吐き出すことができたが、一人で飲み込むのは難しいだろう。せめてこの春が少しでも彼を暖めるといい。
「あっ」
未だ単独行動禁止中の僕がクラインと一緒に歩いていると、不意に彼女が声をあげた。足を止めたので僕も止まり、視線の先を追う。
「綺麗だね」
布屋、とでも言うのだろうか。色とりどりの布が店頭にはためき、店の奥ではロール状にされて積み上げられている。何に使うんだろう。……そう言えば服も作れるんだっけ。裁縫スキル、今のところ取る予定はないんだよな。どちらかと言うと料理スキルの方が気になっている。
「オレ、裁縫スキル取りたかったんだよな。んなことしてる余裕ねぇけどよ」
「布だけでも買っとく? なんかすごく良さそうだよ、光ってて」
「そういう生地な。別にいつか買いにくりゃ……」
その『いつか』が何時になるのか。その時は本当に訪れるのか。誰も答えを知らない疑問が頭を過る。タイミングよくNPCに「安くしとくよ!」と声をかけられた。ならちょっとだけ、と布を選び始めるクラインを後ろから見てみる。このテラテラとしているのもそういう布なんだろうか。ちょっと面白い。離れすぎない程度に店を見ていると、人の近付いてくる気配がした。金属鎧、恐らく知り合い。
「裁縫スキルでも取るのかい?」
ディアベルだった。今日も青い髪をなびかせ整った顔に笑顔を浮かべているが、少し無理をしているようだった。大規模なギルドを率いていて大勢に慕われているにも関わらず、今は誰も連れていない。
「ディ、ディアベルさん!」
クライン、意外とこういう正統派な騎士っぽいタイプに弱いんだよな。この前はヒースクリフにもくらっとしていたし。モヤモヤするものを感じながらも人の好みに口は出せない。てっきり年下が好みだと思ってたのになぁ。やっぱり頼れる男の方が好きなんだろうか。クラインより頼れる男の方が少ないとは思うけど。
「ディアベル、何か用?」
「少し抜けてきたら君達を見かけただけさ。あっちの方は人も多くてね」
「あぁ……今はちょっとな」
あの階層解放後の賑やかさは堪えるかもしれない。街の中心部はもう少し落ち着いてからにしよう。きっと皆もそのつもりで端から見ているはずだ。僕達はまだ店を見つけただけだけど、誰か成果はあったかな。
「……それで、こんだけ買おうと思って」
「へぇ、良い色だ」
何やらディアベルと色々話していたクラインが手に持っている布は彼女の好きな落ち着いた赤と……綺麗な青だ。それだけのことでざわざわして落ち着かなくなる理由にはなんとなく気付いていた。
これは独占欲だ。僕だけの、僕達だけのクラインでいてっていう、醜い欲望。死んだらあの日みたいに泣いてしまう関係の人を作らないで。そんな子どもっぽすぎる感情で彼女を縛ろうとしている。せめて表に出さずにいるのが、僕のすべきことだろう。こんな一方的で押し付けがましいものは墓場まで持っていくべきだ。
「……っと悪いね、話しこんじゃった」
「や、気にすんなって」
「君達も何かあったら言ってくれ。イズモさんには命の恩があるからね、できることならするよ」
僕の考えなど知りもしないディアベルは「それじゃ!」と爽やかに去っていった。もう何ヶ月も前のことなのに律儀な人だ。第一層のボス戦の時、パターンの変わった敵の攻撃から彼を庇った。それだけなのに、以降は少人数で走り続ける僕達のことを何かと気にかけてくれている。
多分ベータテスターだからって言うのもあるんだろうな。最早有意な差がないとは言え、彼のギルドはベータテスターの割合が比較的高い。もう一つの大規模ギルドがベータテスターに否定的だったから……あぁ、でも、もうそこはないのか。これからまたギルドの力関係もベータテスターの扱いも変わっていくだろう。それを背負うのは僕ではない。彼には彼の苦労と困難がある。その道の行く先を思いながらディアベルの背中を見送った。
「オレらも行くか」
「うん」
行くか、と言ったのに彼女は動かない。その代わり買った布を取り出してはかざし、何かを確かめてはしまいこんでいる。
「やっぱイズモには青が似合うな」
その一言だけですっかり嬉しくなってしまうんだから、僕って男は単純だ。
「クラインには赤が似合うね。でも他の色着てるのも見てみたいな」
「おめぇそういうのどこで覚えてくんだよ……」
そのまま麗らかな春の日差しの中を二人で歩く。こんな時間が続けば良いのに、と自分達を取りまく環境も忘れてそんなことを思った。
「それデートしただけじゃねーかよ!」
「こっちは色々クエストやら店やら調べてきたって言うのによぉ!」
「イズモは俺らに酒と飯を奢るべきだ」
「そうっすよ!」
「で、で、デートじゃないし……」
「有罪、有罪!」
ホームに戻ってそれぞれの成果を報告した後、クラインがお風呂に入っている間にそれは起こった。確かに重要な情報は得られていないが、ここまで散々に言われるものだろうか。いや皆にちょっと悪いなって思ったけどさぁ! そこまで言われると謝る気も無くすっていうか……。
あとデートではない、デートでは。デートってのはほら、想いあってる二人が楽しくでかけることのはずだ。僕とクラインはそういう関係ではないし、途中ディアベルも混ざってきたし。しかしそれは皆の判定的にデートの誹りを免れないことらしい。仕方ないので街で買った酒と串焼きを献上する。普通にお土産にするつもりだったのに。僕は目の前でなくなっていく串焼きを見ながら早く単独行動禁止期間が終わることを願った。いい加減夜もキツいのだ。ドキドキしてよく眠れやしない。
「あ、おめぇら何食ってんだよ! オレも食う!」
お風呂上がりのクラインにも串焼きと酒を提供した。ちょっと多めに買ってはいたが、僕の分は残らないだろう。完全に食い尽くす気満々の目をしているカルー達を見ながらどうせなら僕だって本当のデートがしたいよ、と思う。
(あれ、僕したいの? クラインと、デートが)
普通に二人で出歩くだけでは物足りないのか。ちゃんと想いを交わして、デートがしたいのか。彼女と、そういう関係になりたいのか。
……答えは全て『はい』だった。
(僕、ほんとにクラインのこと好きなんじゃん……!)
頼れる男でもないし騎士でもないけど、僕はクラインが好きだ。女性として意識、というレベルはとうに超えてしまっていた。彼女といる未来がほしい、これはそういう類いの好きだ。
(…………それは、駄目だろ)
浮かれた気持ちが一瞬で地に沈む。そんなの、許されるわけがない。このゲームを作るのに関わってしまったのに、茅場晶彦に力を貸してしまったのに、ここで出会った人を好きになるなんて。苦しむ原因になった側の人間が、彼女を好きになっていいはずがない。知ってしまった自分の気持ちを必死で踏み潰す。これは、あってはいけないものだ。僕が持ってちゃいけないものだ。
一人落ち込む僕に勘違いしたのかクラインがほらおめぇの分、と串焼きを分けてくれた。こんなぐちゃぐちゃな感情で食べても彼女から渡される肉は美味しい。また街に行ったら買っておこう、なんてことを考えないとやっていられそうになかった。だってこのあとは彼女と同じベッドで横になるのだ。
僕がゆっくり眠れる日は、いつになるのだろうか。
女好きキャラがTSしたら男にメロるキャラになるはず。
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