【完結】クライン(♀)と駆け抜けるアインクラッド 作:甘口列
最近キリトが前線から下がったようだ。たまには下の階層でゆっくりするのも大事だろう。キリトにその選択肢があったことに安心していると、珍しく彼から連絡が来た。
「お前がクライン達をキャリーした時ってどうだった?」
「僕がタンクをやりながら見本を見せて動きを覚えてもらったかな。まぁ今とじゃ全然違うだろうけど」
使えるソードスキルも少なくて、敵も弱くて、まだ皆スタイルが定まってなかったからできたことだ。後はクライン達が元々ゲーム自体に慣れていて順応が早かったこともある。持ってる武器が決まってそれなりにやってきた相手を途中から助けるのとは訳が違う。
あんまり参考にならなくてごめんね、と謝ると「いや十分だ」と返ってきた。十分か? 十分かなぁ……まぁキリトならきっと上手くやるだろう。教える相手がベータテスターに嫌な感情を持ってなければだけど。それももう、そんなに心配はないか。ディアベルの頑張りで最前線の不和は薄れつつある。後は血盟騎士団もかな。実力至上主義の前ではベータテスターか否かは関係ない。あと副団長がベータテスターではないことが明らかなのも大きかった。彼女が最前線を駆けている姿は多くのプレーヤーの希望と憧れだ。強さと美しさは全てをねじ伏せるのである。
風林火山は小さいギルドなのもあって、権力闘争やプレーヤーへの影響とは無縁だ。前は入団希望者もいたけど、クラインが断っていたらそれもほぼなくなった。希望者の中には彼女への下心が隠せてない男もいたので減ってくれる分にはありがたい。
「僕のキャリーってどうだったのかな」
その連絡があってしばらく後、ふと昔を懐かしんで聞いてみると皆から「無茶苦茶だった」と返ってきた。うそでしょ。
「動きを覚えてるからで全部ゴリ押しするんでビビった」
「盾の使い方が明らかに変で怖かった」
「タンクやってくれんのは助かったけどな。悪ぃと思ってたんだぜ、初期のスキルスロット剣と盾だけで埋めさせたの」
優しいのはクラインだけだ。他は皆言いたい放題なので、キリトにアドバイスしたのは失敗だったかもしれないと不安になってくる。実は、と情報共有するとクラインの顔にも心配の色が見えた。やっぱり僕達の時とは事情が違うようだ。彼女のことだから僕が分からないことにも気付いているかもしれない。
「うーん、なんかヤな予感すんだよな。キリトが今いんの大分下だろ?」
「そうみたいだね」
「変なことにならなきゃ良いが……一回様子見に行くか!」
彼女の一声で僕とクラインはキリトが今いる階層を訪れることにした。他の皆ともレベル差がついてきているので良い機会だ。クラインが皆に自分がいない間気を付けることを言い聞かせている。その心地よい声をBGMに、キリトへメッセージを送った。
「よお、元気か?」
「来るなって言ったろ!」
「なんだなんだ別に恥ずかしがるこたぁねぇだろ」
キリトの反応は芳しくない。授業参観みたいで気まずいんだろう。うりうりといじられてる姿から僕は今キリトが面倒を見ているという面々に目を向けた。彼らは突然やってきた僕達を見て目を白黒させている。
攻略向きじゃなさそうだな、と言うのが第一印象だった。良くも悪くも頭のネジが外れてない。当たり前のように恐怖する、普通の人達。月夜の黒猫団、かわいらしい名前だ。勇ましさに欠けるとも言う。
「風林火山のイズモです、よろしく。あっちはリーダーのクライン」
「月夜の黒猫団のケイタです。あの、キリトの知り合いなんですか?」
「ゲームが始まった時からね。ボス戦でも一緒になるし」
本当はベータテストの時から知っているが、それは流石に伏せておく。しかし僕が喋った情報だけで彼には衝撃だったようだ。視線が忙しなく僕とキリトを行き来している。あ、これ何か良くないこと言っちゃったな。いやでもキリトから何も口止めされてないし、僕はそういうのを察せるタイプじゃないので諦めてほしい。
「……キリト、今の本当のレベルって、いくつ?」
「……ッ!」
キリトは僕を見なかった。ただ暗く沈んだ瞳を足元に向け、僕らより高いレベルを告げる。人の面倒を見ながら自分のレベルをその水準で保ってるなんて相変わらずキリトはすごいな。その情熱、その執念、恐らくこのゲーム内で一番だろう。僕も負けてはいられない。仲間と一緒にこのゲームをクリアして、茅場昌彦をぶん殴る。その気持ちを忘れたことは一度もないが、改めて気合が入った。
……もう一つの目標だった友達十人計画は、達成できそうにないけれど。
「キリト、おめぇ……」
クラインが何か言おうとするが、それより先に彼は走り去ってしまった。追いかけるべきか否か。少し悩んだ後、クラインからキリトを追うよう頼まれた。単独行動禁止は一時的に解除だ。後ろでクラインが月夜の黒猫団の面々に何か説明しているのを背中で聞きながら走り出す。
「キリト、キリト!」
なんで逃げるんだろう。レベルの高さは努力の証だ。ソロの方が効率は良いと聞くが、その分だけ危険と隣り合わせになる。それをやり遂げているんだから恥じることはなにもないのに。僕には彼の気持ちが分からないから、とりあえず連れ戻してクラインに任せよう。通り過ぎそうになった道を曲がり、キリトの黒い背中を見つける。もう一度キリト、と名を呼ぶと彼は諦めたように足を止めた。
「……なんだよ」
「一回戻ろう? 急に走り出すから皆びっくりしてるよ」
「それは、できない」
「なんで?」
腕を引くと抵抗される。そういえば人を無理やり動かすのってできないんだっけ。現実なら抱えて歩けるのに、時々この世界はめんどくさい。「お前には分からないよ」と言われたので素直に頷いた。そうだ、僕にはちっとも分からない。
「でもクラインなら分かるかもよ」
クラインはずっとキリトのことを気にかけていた。つまりそれだけの時間彼のことを考えていたということである。ちょっと妬ましいが、だからこそ彼女になら伝わるかもしれない。キリトの悩みも、逃げ出した訳も。もう一度腕を引くと、とうとう諦めたようについてきた。
先ほどまで話していた場所に戻ると、月夜の黒猫団もクラインも泣いていた。なんで?
「キリト捕まえてきたよ」
「おう、ありがとな」
とりあえず何か辛いことがあったって感じの涙じゃないことに安心した。話を聞くと、彼女は月夜の黒猫団の志とそのまっすぐさに感動したらしい。もう一方はクラインが真剣に話を聞いてくれるので喋ってるうちに溜め込んでいた不安やゲームへの恐怖が溢れて涙となったようだ。思っていたことを吐き出したせいか皆どこかスッキリとした顔をしている。
「キリト、ごめん。君は僕らを助けてくれたのに」
「……俺の方こそ、嘘をついて悪かった」
「そうしてでも一緒に来てくれようとしたってことだもんね。ありがとう、キリト君」
なんだか良い感じにまとまったようだ。安心しつつも首を傾げているとクラインが若干呆れたような声で「後で説明してやるから」と言ってくれた。ならお願いしようかな。
「キリトにゃ説教がいるかと思ったが、この分なら大丈夫そうか。ありがとな、イズモ」
「僕は何もしてないよ」
おめぇらしい、とクラインは快活に笑った。よく分からないことだらけだったが、彼女が嬉しそうにしているからそれで良い。僕も笑顔を返して転移門に向かう。月夜の黒猫団に別れを告げたらしいキリトもこちらに駆けてきた。
「良かったのか?」
「あぁ。やっぱり俺にギルドは向いてないよ」
「そうでもねぇと思うけどな」
キリトにとっても良い休養期間になったことだろう。たまにはそういう時間も必要だ。先は、まだまだ長いのだから。
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