あべこべ幻想郷ではセクハラが凄いらしい   作:エミリアーノ

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レミリアさんは咲夜さんにお熱です!


減るものではないのだし!

「咲夜、今日の分の血を頂戴」

 

 仄暗い書斎。月明かりが窓から差し込むほかにほのかに火が灯るばかりの部屋では、彼女の赤い目はよく目立った。背もたれやひじ掛けに薔薇の柄があしらわれた上質な椅子にゆったりともたれかかる彼女は、背が低いながらに気品を漂わせ、手を口元にあてがっている仕草さえ洗練された所作に見えた。

 

 白いドレスに赤いフリルを纏わせた彼女の服は、名門の貴族の出で立ちを思わせる。幻想郷の泉のほとりに佇む深紅の紅魔館、その主であるところのレミリア・スカーレットは今晩の食事――吸血鬼は夜行性であるので、彼女にとっては朝食である――をご所望だ。

 

 傍に控えていた十六夜咲夜は、こくりと頷いた。咲夜は白色のシャツの上に暗い青のベストを着こなしており、襟元には小さくまとまったボウタイを締めている。下には、裾が膨らんで膝上で絞られた、黒く丈の短いズボンを履いている。明暗のコントラストが映えるコーデだ。レミリアに配膳を命じられた次の瞬間にはティーポットを携えており、主人の持つカップへ注ごうとした。

 

「ちょっと、それ保存してたやつでしょ?やーよ、そんなの。ね、咲夜のちょうだい」

 レミリアが薄く笑う。

 注ごうとしていた手が止まった。

 

 主人たちの食事は彼の悩みの種である。咲夜が来る前のレミリアは、外にいた人間を適当に襲って吸血していたようであるが、咲夜が来てからはその血を求めるようになった。いくら彼女が少食とはいえ貧血気味になっていたので、貯蔵した人間の血液を振る舞おうとしたのだが、血液はすぐに固まってしまうので使い物にならなかった。

 

 幻想郷に来てからは河童の高度な技術の助けもあって、抗血液凝固剤と輸血バックを使って他の人間の血を食事用に保存することができたのだが、『変な味がする』ということでレミリアはなかなか受け付けなかった。抗血液凝固剤はクエン酸ナトリウムを使っているため、保存処理を施した血液はその成分が若干変化している。それがレミリアにはどうしても気に入らなかったようであった。

 

「分かりました、少々お待ちください」

 そういうと咲夜は服の袖をまくり腕を露出させたが、レミリアはまだ血を飲もうとしない。

「何してるのよ。ほら、いつも通り。こっちきて」

 咲夜は躊躇いがちに小幅でレミリアに近づき、目線を合わせるように膝をついた。シャツのボタンを開け、少し首を見せたところで、ガバッとレミリアに飛びつかれてしまった。

 

「うーー☆」

 

 彼女が咲夜の血を飲むのが好きなのは、血が新鮮なのもあるが、咲夜と密着できることもある。

 ()は首から広がる溶けるような感覚に身悶えしつつ、主人の食事の時間が早く終わることを祈った。

 

 

 

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 「外の世界」ではもはや幻想とされた妖怪や神々が集う幻想郷において、有力者のほとんどは女性である。ただし、不思議の世界でもこれは不思議ではない。外の世界においても一般的には、身体的にも社会的立場としても女性の方が強く、人外の世界においてもそれは同じというだけである。

 

  このため、時に襲撃者に相対(あいたい)する執事長の立場に男が就くのは非常に珍しいことである。たとえ実力が備わっていても、男が従者というだけで主人が軽んじられるようなことさえあるのだ。咲夜はそのことを重々承知していた。主人に救われ、その傍らに侍ることになったときから彼女の期待に応えようと精進してきたのである。

 

 ひたむきに努力し、時に招かれざる客を退けるために苛烈に舞い、主人に尽くすことを第一としてきた彼でさえ忍び難いのは、主人からのセクハラである。

 

 格別の寵愛を受けることは従者としては至上の喜びであることはもちろんなのだが、主人と従者という一線は超えてはならないと彼は考えている。もしかしたら幻想郷の外にだってまだ他の吸血鬼がいるかもしれない。そのうちの一人とレミリアが結ばれることだってあるかもしれないのだ。彼は、伴侶として添い遂げる者ではなく傍仕えとして言祝ぐ者であるべきだと考えてきた。

 

 そう強く思えば思うほど、拒みがたい主人の寵愛(セクハラ)は深まっていく。彼の苦悩は今日も続いていた。

 

 

 

「咲夜~~」

 いつも通り館内を清掃していると、の書斎から彼を呼ぶ主人の声が聞こえた。パチュリー――この館の図書館に居着いた魔法使い――の手を借りて、主人の呼び出しを念話として咲夜に送る魔法を館に仕込んでいるため、どこにいても主人の呼び出しに応えられる。ちなみに、はじめは主人専用回線であったが、後にフランからの呼びかけにも応えられるように作り直してもらった。

 

「お呼びですか、お嬢様」

 咲夜が一瞬のうちにレミリアの前に姿を現す。

「久々に書類仕事して疲れたわ」

 

 彼女の机には書類が積み上げられていた。とはいえさほど多い量ではない。紅魔館は管理するべき領域や領民がいないため、特に決裁を必要とする自前の業務がないのだ。幻想郷の諸勢力の一角として時に他勢力との折衝が必要になるときもあるが、大抵は咲夜が事前に整理して、レミリアに決裁を求めるだけである。最近はそれさえも億劫になり、彼にすべて任せていた。それが今日は自分で仕事を片付けると言った。珍しいこともあるものである。

 

「お疲れ様です、お嬢様。しかし、いつものように私に任せていただければ、お手を煩わせることもありませんでしたのに」

「いいのよ。たまには自分で目を通しておきたかっただけだから」

「左様でございましたか」

 ふと、レミリアの目が泳いだ。努めて平静に、しかしやや躊躇いがちに口を開いた。

「……。そ、それにしても、疲れたわね……」

「……?お疲れ様です。紅茶を注ぎましょうか?」

 

 そう言うことではないような気もするが、瀟洒な執事とて察せぬことはある。とりあえずの習慣から、彼は紅茶をつごうとした。

 

「……そうね。息抜きにも、ちょうどいいわね。で、でも、その……。肩も凝ったわ……」

 得心がいったように、咲夜は彼女の言葉をつないだ。

「揉んで差し上げましょうか?」

「うん……。おねがい」

 

 珍しいことだ。なんだか子供っぽい。思わずふふっと笑みがこぼれた。

「では、失礼します」

「うん……」

 

 恐る恐ると言った感じで咲夜はレミリアの肩に手をのせ、ゆっくりと肩をもむ。指圧を強め、じんわりと肩を揉み広げるようにマッサージする。心得があるわけではないが、レミリアがうっとりと身を預けているのを見るに、下手なわけではないのだろう。

 

 咲夜は改めて彼女の背を眺めた。

 幻想郷の内外を問わず、女性の方が男性よりも背が高い。身近なところで言うと、パチュリーや美鈴、以前、異変平定のために乗り込んできた霊夢や魔理沙たちの方が咲夜よりも少しばかり背が高いのである。

 

 しかし一方でレミリアは、女性の割に途中で成長が止まったように背が低く、肩幅も咲夜の手で包み込んでしまえるほどに小さい。だが、彼女はその見た目からは想像できないほどの膂力を発揮することができ、その力は鬼にも引けを取らない。女の力強さを体現し、最強の一角に君臨する吸血鬼の背はしかし、無防備でとても愛らしかった。

 

 おっといけない。

 咲夜は邪念を頭から追い払う。

 しばらく肩をもんでいると、レミリアが『もういいわよ』と言って制する。

 

「そうね。日ごろの勤労の褒美に、今度は私が咲夜の肩を揉んだあげるわ」

「そんな、恐れ多きことでございます」

「いいのよ、私がしたいんだから」

「……承知しました。ありがとうございます、お嬢様」

 

 レミリアが立ち上がった。が、彼女は見上げるばかりであった。

 

「ちょっと屈んでくれるかしら」

「椅子に座ってもよろしいでしょうか?」

「構わないわ」

 

 咲夜はどこからともなく取り出した質素な椅子をレミリアの隣に置き、レミリアに背を向けるように座った。ちょうどレミリアの視線の先に咲夜の頭が来るかたちになった。

 主人を立たせて従者が座るなど普通の主従関係であればあり得ぬことであるが、その逆転が許容されているのは二人の仲があってこそだろう。

 

「どうかしら?」

「とても心地ようございます」

「それはよかったわ……」

 

 レミリアの力をもってすれば、咲夜の華奢な体も壊してしまいかねない。だがレミリアは、少々強いが肩をほぐすには丁度よいくらいの力に調節できている。その絶妙な力加減は、レミリアの配慮と繊細な体使いあってのことだろう。もしかしたら、無聊を慰めるために美鈴に教えてもらって体術をかじったのが活きているのかもしれない。

 

 レミリアが肩をぐっと押すのに合わせて、咲夜がふぅっと息を吐く。彼女にはそれがなんだか艶っぽく聞こえた。

 おもむろにレミリアの手が咲夜の肩を降り、胸を這った。

 

「お、お嬢様?」

「何かしら?」

 

 レミリアは白々しく聞き返すが、これは故意犯だ。彼はおもわずレミリアの手を止めた。

 

「あら、手を抑えられたら肩を揉めないわ」

「そこは肩じゃありません」

「あら。手が滑ってしまったようね」

 

 レミリアは白々しく呟く。咲夜は『中断させてしまい申し訳ありません』と謝った。彼女は『いいのよ』と優しく微笑み、咲夜の肩に手を戻し、マッサージを再開した。

 

「そうだわ、腕もほぐしてあげる」

「腕ですか?そこは別に……」

「いいから」

 

 そういってレミリアは彼の腕を取り、両手で挟むようにして圧迫していった。ゆっくりと揉み広げられ、リラックスするあまりまるで筋肉が緩んだかのようだ。咲夜はその心地よさに身を任せていると、レミリアが脇腹に触れた感触にびくっと身体を跳ねさせた。

 

「お、お嬢様?そこは肉もないので凝ることはございません。結構でございます」

「そう?なら肩に戻ろうかしらね」

 

 レミリアは再び肩に手を戻す。

 咲夜の身体は少しばかりこわばってしまっていたので、彼女の力がやや痛く感じられた。

 

「体が硬いわね。そうだわ、もっとリラックスできる所を揉んであげる」

「え?」

 

 そういってレミリアは背骨に沿うように手を降ろしていった。

 咲夜の身体がビクッと反応し、ひゃと声をあげる。思わず背中を背もたれに密着させ、彼女の手を止めた。

 

「あら、手が挟まったわ」

「お、お嬢様?ほ、他のところは結構でございます」

「そう?仕方ないわね……」

 

 何が仕方ないのかわからないが、彼女はやれやれと手を戻した。

 思わぬ刺激に咲夜も少々息が上がっていた。頬がやや紅潮しているのは反射的とはいえ恥ずかしい反応を見せたからだろう。それを見たレミリアは、咲夜の後ろで、頬をとろかしていた。顔を見られないためこれ幸いにと咲夜の反応を堪能していたのである。

 

 レミリアはその後も、しばらく肩をもんでは、あらぬところに手を伸ばそうとした。その度に彼女の手を止めていたが、しびれを切らしたレミリアがわっと声をあげる。

 

「あぁ、もう!いいじゃない、減るものではないのだし!」

「何言ってるんですか!も、もう大丈夫です、肩はほぐれました!」

 咲夜はがばっと椅子から立ち上がり、レミリアから距離をとる。

 レミリアはきょとんとして、『あら、そう』と呟く。

「は、はい。なので――」

 『もう結構です』と断る言葉に割り込んで、レミリアはけろりと言い放つ。

「なら、全身をほぐしてあげるわ。感謝なさい」

 彼女はニコッと良い笑みを浮かべ、手を下におろす。

 

(ど、どこをほぐそうとしてらっしゃるんです!?)

 

「大丈夫です!お嬢様にそこまでしていただかなくても構いません!」

「褒美は素直に受け取りなさいな!」

 

 レミリアが咲夜にとびかかろうとした、その時――ヘビのようにうねった赤い槍がレミリアの眼前を鋭く横切った。

 空気を切り割いた槍は壁に大きな穴をあけ、ひんやりとした夜の空気が流れ込む。床を這う冷気は、姉への底冷えした軽蔑を表すかのようであった。

 

「離れろ、変態」

 

 レミリアと背丈の変わらぬ幼き()()。裾に白いフリルを纏わせた彼の赤いドレスが風でたなびいた。

 館の主の()、フランドール・スカーレットである。

 

 

 

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 サラサラ、サラサラと、咲夜がレミリアの髪を梳く音がする。風呂上がりの蒸気を纏わせて、彼女は分厚い本に目を通していた。窓の外の空はやや白んできている。髪の擦れる音と紙をめくる音だけが部屋に響き、暗い静寂に溶け込んでいく。その様は、近世であれば宮廷絵画に描かれていてもおかしくないような、完成された静謐であった。

 

 ふと、紙をめくる手が止まる。どうしたのかと咲夜がレミリアの顔を窺ってみれば、彼女は目頭をもんでうーんと唸った。

 

「いかがなさいましたか、お嬢様」

「うーん、やっぱりだめね。パチェやフランと違って私には上級魔法がわかりそうにないわね」

 

 その本は『干渉・服属・統制 ナビール・アル・ハキム著』という題名であった。ラテン語で書かれてある題名がかろうじて読み取れたが、咲夜は門外漢であるので詳しいことは分からない。日本人が普通に生きていれば馴染みのないようなラテン語がよめたのは、レミリアがこれも教養だからと咲夜に基本文法と語彙を叩きこんだおかげである。

 

「どのようなものかお尋ねしても?」

「そうねぇ。簡単に言えば、魔物や妖怪を儀式や契約なしで支配して使役できるようになる魔法、かしらね」

「それは……すさまじいですね」

 

 普通、眷属にするためには一定の手続きがいる。吸血鬼にするのであれば吸血、式神にするのであれば呪符を人形や動物、妖怪に付けなければならない。しかし、この魔法は事前に入念な準備を必要とせずに支配下に置けるので、例えば戦闘中であっても相応以下の敵であれば強制的に味方に引き込むことも可能なのだ。

 

「しかし、レミリア様は悪魔も召喚なされるはず。今更なぜそのような魔法を?」

「そうねぇ。適当に持ってきた上級魔法の本がこれだったってのもあるけど。読み通そうとしたのは、これが使えれば手札が増えて戦いやすいから、かしらね」

「なるほど」

「でも、使い手の技量が低いと雑魚しか支配できないようだわ。残念。これならあの悪魔たちの方がよっぽどいいかもね」

 

 儀式によって式神化したり契約によって悪魔を使役したりするのと違って、この魔法は精神に干渉し直接操作する魔法であるとレミリアは語る。使い手の技量と魔力量次第では問答無用で支配できるということであり、もしかすると八雲の狐の式も横取りできるかもしれない。呪符による保護を貫いて、だ。

 

 しかし、対象を操作できるようにするまでには、題名にある通り干渉・服属・統制の三つの魔術的段階を踏まねばならず、そのすべてにおいて精緻で複雑な処理を必要とする。高度に習熟すれば一瞬のうちに行使できるようになるのかもしれないが、目下レミリアには手が届かない代物であった。

 

 うんと背伸びをして、はぁと溜息を一つ。『パチェに返しにいこうかしらね』とレミリアは席を立った。パチュリーは魔女であるため、寝る必要もない。おそらく、今も大図書館に籠っているだろう。

 

「預かりましょうか」

「いいの。パチェにこの魔法の使用感だけでも聞いてみたから」

 

 代わりに返すという咲夜の申し出を断ってレミリアは部屋を出た。咲夜がそれに恭しく付き従う。

 大図書館へと向かう道すがら、フランが小走りで脇を通り抜けていった。風呂に向かうところなのだろう。つられてレミリアもフランを見返す。フランは幾ばくか走ったところで立ち止まり、顔だけレミリアの方をみやってじっと見つめた。

 

「え、なに?」

 彼はそのまま、物言わずまた駆け出した。

「……どうしたのかしら」

「……」

 咲夜は主に答える術を持たず、彼の小さな背を眺めるばかりである。

「……ま、行きましょ」

 

 歩く道すがら、手慰みにレミリアはパラパラと手に持った本のページをめくっていた。気になっていたことがあったのか、参照箇所を探すように読んでいたがうーんと唸ってパタンとまた本を閉じる。やはり彼女にとっても、なかなか手に負えない代物であるようだ。

 それからまた少し、図書館へ歩いているとふと思い出したかのようにレミリアが咲夜に話しかけた。

 

「ところで、咲夜。フランってあなたにすごく懐いているわよね」

 三歩引いた距離を保って随行する、よくできた執事をみやる。

「身に余る光栄ですが、お気に召していただいているようです」

 『じつはね』と、レミリアが人差し指をぴっと立てて言い聞かせるように咲夜に語る。

「あなたが来る前はずっと部屋に閉じこもっていたし、館の中でも私と出くわすことなんてなかったのよ」

 驚きで咲夜の目が開く。

 レミリアはふふっといたずらっぽく笑った。

「美鈴とも遊んでおられなかったのでしょうか?」

 

 咲夜は意外そうに尋ねた。

 咲夜は先日のフランの様子を思い浮かべた。現在、フランはたまに庭先で駆け回ることがある。それは庭先に植えられた花々を見たり、蝶を追いかけるようなものであったり、ほのぼのとしたものだ。

 

 自分が育てた花を愛でられるのがうれしいのか、美鈴はニコニコとフランの傍について回っていった。夕暮れの日差しが温かく庭に注がれる、穏やかな時間であった。

 

「えぇ。美鈴と遊ぶ……遊ぶ……うーん。あれはどちらかというと、フランの一人遊びを美鈴が近くで見守っているようにも見えるけれど、そうねぇ。とにかく、前までは庭はおろか部屋の外にも出ることはほとんどなかったと思うわ」

「フラン様が活発になったのは、魔理沙に出会ってからだと思っていました」

「まぁ、確かに館の外の人間と会ったっていうのはあの子にとっていい刺激になったと思うわ」

 咲夜も同意見だ。というか、それがフランの心を開くきっかけであったとばかり思っていた。

 レミリアは『でもね』と続ける。

「あなたがあの子に寄り添ってくれたおかげで、凍っていた心がとけたんだと思うわ」

 そういわれるとなんだか面はゆい。恥ずかしさを隠すように顔を伏せ、漏れる笑みをかみ殺す。

「そう……なのでしょうか」

「そうよ。そうでないと、きっと外の人間が来ても殺していただけだと思うもの。誇っていいわ」

「……恐縮です」

 

 咲夜はあまり彼の以前の姿を知らない。確かに、館で働き始めた頃は氷塊に触れるかのように冷たく心を閉ざしていたような印象があったが、外から来た人間をそのまま殺すような苛烈さは感じられなかったように思う。お嬢様は過大評価されておられるのだろうと思いつつ、咲夜は主の誉め言葉を素直に受け取った。

 

「だからこそ、どうやって仲良くなったのか知りたいのよねぇ」

 

 レミリアは、『そうねぇ』と何か考えるように指で顎をとんとんと叩いた。考えを巡らせるように目線が上がり、うーんとしばらくの間悩む。昔のことでも思い出しているのだろうか。

 

 レミリアにつられて咲夜が通路の窓の外を眺めてみれば、東の空が茜色に染まり始めていた。新しい一日の始まりを告げ夜の闇を振り払う、焼けるような朝であった。

 ひとしきり悩んだ後、レミリアは『わからないわぁ』と再び咲夜に顔を向けた。

 

「どうしてフランはそんなにもあなたを気に入ってくれるのかしら?姉の私にはあんなにも冷たいのに」

「あ、あはは……」

 

 咲夜は何となく、フランの独占欲のようなものを刺激するのではと考えたが特段確信が持てるわけでもないので言葉にはせず、曖昧に笑いを浮かべた。

 しかし、好かれた理由を考えるのは難しい。なにか明確なきっかけがあったような感じはしなかった。咲夜は顎に手を当てて考える。しばし思いあぐねていたが、ふとある日の明け方の出来事を思い出した。いつだったか、寝かしつけていた時に彼がぽつりぽつりと話してくれたのは、たしか、そう――

 

「兄……、父……のような感じがすると仰っていただいたことがあります」

「父……ね」

 

 レミリアは何か思い当たる節があるようなそぶりを見せた。合点がいったようにゆっくりと頷くが、その表情はやや苦々しい感じである。

 

 咲夜はレミリアやフランの家族についてほとんど知らない。彼女に仕えるようになってからのことを思い出しても、教えてもらった記憶はない。

 

 館のものとしてレミリアに仕えた期間が短い――幻想郷に来てから雇い入れるようになった妖精たちに比べてみれば古参ではあるが、たかだか十数年の差である――のもあって、主に尋ねる機会もあまりなかった。勿論、従者として主人の機微に触れるようなこと避けてきたということもある。

 

 彼が物思いに沈んでいると、ふっと意識が引き戻された。主人が話しかけようとする雰囲気を感じ取って、自然と注意が向いたのである。ただ、先ほどまでとは調子と違う様子で、しかしながら何度も目にした覚えがある。

 

「ね、ねぇ……。あ、あなたがフランがやってるのと同じこと……を、頼んでもいいからしら?」

「え……?」

 

 咲夜は何のことかわからず、目をパチリとさせる。

 レミリアはむっとしたように言う。

 

「そ、添い寝よ、添い寝」

 

 レミリアはふん、と顔をそむけた。『言わせるな、恥ずかしい』と言わんばかりだ。

 

「え、えぇ……」

「こ、これは、えっと……。そ、そう、フランの気持ちを理解するためよ!そう、理解するためなのよ!」

「さ、左様でございますか」

 『必要なことなの!』と連呼するレミリアであるが、勿論嘘である。ただ咲夜とくっつきたいだけである。

 

 今までなら、このような絡み(セクハラ)をしようとするときには、フランによる妨害が必ずと言っていい程あった。もともと咲夜の血を吸う時だって、さわさわと身体をまさぐって彼の愛らしい肢体を堪能していたのだ。だがいつからか、フランがどこからともなく飛び出してきて、『行き過ぎた』行動に鉄槌を下すようになった。『ちょっとじゃれただけなのに』というのは、レミリアの泣きの言葉である。姉の威厳もない。

 

 しかし、現在フランは入浴中。彼のお風呂は長い。邪魔される未来(運命)も見えない。押しに弱い咲夜は丸め込めば行ける。今が絶好のチャンス!

 

「ほら!棺の中で抱かせて!」

 なんちゅう口説き文句だ!

「え、お、お待ちくださいお嬢様!」

 

 咲夜の手を引っ張り手を引っ張り駆け出そうとするレミリア。この機を逃すわけにはいかないと寝室に転進する。

 

「大図書館にはいかなくてよろしいのですか?」

「いいのよ。別に期限があるわけじゃないし、パチェはいつでもいるわ。でも、この機会は貴重よ!」

 

 咲夜には何が貴重なのか分からないが、決心はかたいようである。

 困った。こうなってしまっては付き合うほかない。

 咲夜が諦めてレミリアが引っ張るがままに身を任せようとしたとき――。

 神速の赤い閃光がレミリアを薙いだ。

 

「ふぎゃ!」

 

「お、お嬢様ーー!!」

 

 バキッと嫌な音が鳴り、すさまじい速度で主人が吹き飛ばされていった。下手人は誰であろう、もちろんフランであった。吸血鬼の天狗のような速さとはよく言ったものである。

 

「フシャーー!!」

 

 吹き飛ばされ、人の形できれいに型抜きされたような壁の穴に向かって、フランは猫のように威嚇した。

 フランは淡い赤色のランジェリーを着ただけのあられもない姿である。部屋の外で駆け回っていいような恰好ではない。

 

「フ、フラン様、もう上がられたのですか?」

「うん」

 

 見てみれば、まだぽたぽたと髪から雫が零れ、満足に髪も拭いていないようであった。拭きがあまいところにべったりと服が吸い付いて、透けて見える。

 

「お拭します、フラン様。部屋に行きましょう」

「うん」

「あ、その前に。少々お待ちください」

「……うん」

 

 フランが返事をすると咲夜の姿が掻き消え、穴の開いた壁の向こうから声がした。

 

「……あいてて。これ、フラン本気で蹴ったわねぇ……」

 

 レミリアが立ち上がったのか、からからと瓦礫が落ちる音がした。

 

「大丈夫ですか、お嬢様?」

「えぇ、えぇ、なんてことないわ。弟の癇癪に付き合うのも姉たるものの務めですものね。えぇ。なんてことないわ。行っていいわよ咲夜。時間取らせたわね」

 

 レミリアはなにか言い聞かせるように『なんてことない』と繰り返した。若干後ろ髪を引っ張られるような感覚を覚えつつ、咲夜は彼女の前を離れようとする。

 

「……承知しました。失礼いたします」

 

 再びフランの前に姿を表す。彼の能力を知らぬものからすれば瞬間移動に見えるだろうが、フランは咲夜がどこに来るか分かっていたかのように、彼に手を差し出していた。

 

「失礼します」

 

 そう言って咲夜はフランの手を取り、彼の部屋へと向かって歩みを進めた。

 

 

 

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「咲夜、危なかったんだよ?」

「左様でございましたか」

 

 フランの身体を一通り拭きなおした。髪を拭いて乾かしたのち、今は梳いて整えているところである。

 

「そう。だからもうちょっと危機感をもってよね?僕、咲夜が傷つくの、悲しんだから」

 

 フランの髪は、櫛を入れれば流れるようにとけ、金色の髪色は豊穣に実った麦畑を思わせるほどに眩しい。

 

「わたしめを心配してくださるのですか?フラン様はとてもお優しいですね」

「う、うん……」

 

 すこし照れたように顔を背け、足をぶらぶらとさせた。照れ隠しのつもりだろうか、フランは少し声を張った。

 

「だからさ!ほんとに気を付けてよ?あいつらはケダモノみたいなものなんだから」

 

 あいつらというのには当然レミリアも含まれている。フランにとっては最大の警戒対象の一人である。

 

 レミリアにはまだ種は割れていないが実のところ、レミリアによる"いと深き格別の寵愛(セクハラ)"を感知しているのは、パチュリーの念話ネットワークに似た、しかしさらに高度な魔法による。

 

 さすがにパチュリーとの合作ではあるが、この魔法は館の中にいる者が特定の感情を抱いた場合に強く反応し、すぐに使用者に伝達するシステムである。そしてこれが、監視網といえるほどの密度で館に広く張り巡らされている。

 

 パチュリーには『殺意を持ったもものの侵入を察知するために』とそれらしい理由を付けて開発に協力させたが、フランが実装にあたって実際に設定したトリガーは、"咲夜に向けられる劣情(セクハラしようとする意図)"であった。

 

 哀しいかな、性欲モンスターのごときレミリアは幾度もこの魔法に引っかかるため、フランは特に気を張って監視しているのである。

 

「ご心配、痛み入ります」

 

 ここでフランの言葉に同意すれば、それは主人がケダモノと言っているようなものである。咲夜は無難に返した。フランはちらっと咲夜を見た後、はぁとため息をついた。まるで、よく言い含めてもわかってくれそうにもない子供を相手にしているかのような、あきらめのこもったものであった。しかし同時に、好んで手のかかる子の面倒を見てあげるかのような、気立ての良さも含まれたものであった。

 

 咲夜はふふっと小さく笑う。たまに顔をのぞかせる背伸びしたような雰囲気が、しかし実に子供らしくて愛らしい。

 

 しばらくして、ある程度髪を整えた後、もう十分だろうと咲夜は片付けを始めた。鏡台に化粧具を仕舞う咲夜の後ろに、フランがそっと近づいた。

 

「この後暇?」

 

 袖を引っ張られた。つられて振り返れば、フランは少しばかり遠慮がちに咲夜を見上げていた。『だめ?』と小首をかしげる。

 

 ――完璧な上目遣いであった。

 

 うっと僅かばかりに悶える。

 ランジェリーを着たフランの姿は、まるで精巧に作りこまれた西洋人形のようである。信じられないほどの可愛らしさと共に、所在なさげにこちらを見上げるフランは、とても庇護欲を掻き立てた。

 

「えぇ、暇ですよ」

 

 膝を折り、フランの目線に合わせ、ニコッと笑いかける。安心したのか、フランはふっと笑みをこぼした。

 咲夜は人形遊びでもするのかと考えていたが、フランは袖をそっと引っ張ってベッドに招いた。

 

「え?フラン様?」

 

 連れられるがままベッドに上がりフランと一緒に横になる。片手を抱き枕にされてしまった。すると、いつの間にか増えていたもう一人のフランが反対側から、もう片方の腕を引っ張ってこちらも抱き枕にしてしまった。また、もう二人フランが現れ、両側面から腰のあたりをがっちりとホールドした。

 

「フ、フラン様?」

「……なに」

「寝られるのですか?」

「そう。咲夜も一緒。暇なんでしょ」

「……」

 

 そういった手前、断れない。ふぅと小さくため息をついて、力を抜いた。

 たまにフランが咲夜に一緒に寝てくれとせがむことがある。そのときは決まって、『怖い夢を見た』と言っていた。

 

 添い寝するようになったのは、まだ明け方に自室の前で『お父様、お父様』と小さく嗚咽を漏らして泣いていたフランを見つけたのがきっかけだった。そこまで弱ったフランの姿を見たことがなかったので、咲夜は慌ててフランの様子を窺った。悪夢にうなされたと知るとそんなことかとほっとしたと同時に、フランに縋りつかれて戸惑った。しばらく背中をとん、とんと叩いていると泣き疲れたのか、そのまま咲夜の腕の中で眠ってしまった。

 

 フランをベッドに寝かせようとしたら、眠っているのに人並み以上の力で服を掴んでおり、抜け出せなかったためにその日はずっとフランの隣で横になった。穏やかに寝息を立てるフランにつられてそのまま眠りこけたのは、主人に知られたくない、少しばかり情けない話である。

 

 以来、フランは眠れない夜は咲夜に部屋に来るようにねだった。普通は姉のところへ行くものではと思っていたので一介の従者である自分がそんなことを頼まれることに戸惑っていたが、本当に安心して眠れている様子を見ると、まぁいいかと思えてしまった。

 

 パチュリー作の念話ネットワークにフランの声も拾ってもらうようにしたのは、このことがきっかけである。消え入りそうな声で『さくや』と呼ぶ声も逃さずに拾い上げるこの魔法は、フランに対する咲夜の優しさを体現しているかのようであった。

 

(……起きた後、 しばらく痛むだろうなぁ)

 

 二人のフランにがっちりと腕を掴まれており、身動きが取れない。棺桶で眠り寝返りを打つ必要のない吸血鬼は悩まされないが、人間、寝返りを一切打てなければとてもとても身体が凝る。今日一日は身体の痛みに悩まされそうだ。

 

 




東方MMDに最近またはまって、前から読んでたあべこべものでこういう趣の者がないなぁと思っていたので、自家発電しました。


表現の荒や読みにくいところがあればぜひお教えください。ご意見を反映できるかどうかわかりませんが、参考にさせていただきます。


ひとまず七話分書き終わったので、10日程度かけて順次投稿していきます。だいたい二日に一本のペースになります。
そのあと続くかどうかは分かりません。書きたいことは書き終わったので……。

興味本位で聞きます。あべこべものにおいては……

  • 男の娘を愛でるのも良き
  • BL要素だけはあってはならん
  • 設定凝ってるのもいいんだぁ
  • 貞操は逆転させても体格とかは逆転さすな
  • 知らん。とにかくハーレムを出せ
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