あべこべ幻想郷ではセクハラが凄いらしい   作:エミリアーノ

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大調査!吸血鬼の秘蔵書!


功名を譲るのもやぶさかではありません

 射命丸文は悩んでいた。

 文は新聞記者である。

 

 取材から執筆、そして配送まで行い、『文々。新聞』を自前で売りさばいている。そんな彼女は最近ネタ不足に陥っていた。この新聞は定期発行ではないので、多少間が開くくらいは問題はないのだが、最近異変も起こっていないためこれといって書くことがない。日常的な出来事を題材にすることも多いが、たまには刺激的なものもあった方がいい。読み手もさすがに飽きが来るというものだろう。

 

 妖怪の山の崖に、くり抜かれるようにしてできた自分の部屋に舞い戻る。ベランダが勝手口のようなものになっていて、外に出るのも部屋に戻るのもとても便利である。カランコロンと高下駄をベランダに脱ぎ捨てて部屋に入る。机の上に広げた原稿用紙はまだ空白が目立っていた。どさっと座ってメモ帳を取り出す。どれを記事にしようかとにらめっこしていると、ドアがコンコンと叩かれた。

 

「はいはーい」

 崖の中では互いの部屋が通路でつながっているため、他の天狗が彼女の部屋を訪ねることもある。

「あ、はたて……」

 

 彼女がドアを開けた先に居たのは、姫海棠はたて。

 『花果子念報』を発行している、ありていに言えば同業者だ。だが、外を駆け回って直接取材・撮影する文のスタイルとは違って、念写能力によって撮影した写真を軸に記事が書かれる。

 

 言葉を選ばずに言えば『安楽椅子探偵』ならぬ『安楽椅子記者』といったところか。しかも、冬場であれば、文が寒さに耐えて雪の中を飛び回っている間こいつはこたつを引っ張り出してぬくぬくと記事を書いている。文は、はたての書く記事のことを『こたつ記事』とも見下している。

 

 ライターがひきこもってどうすると文は彼女のスタイルに批判的だが、すべてを否定しているわけではない。はたての書く軽妙で小気味いい文章に唸ることもある。

 

「なんですか?記事のネタでもくれるんですか?」

 やや棘のある言い方で文は問う。しかしはたては意外にも、『えぇ』と首肯した。

「記事にはできないけど、とっておきの話を持って来たわ」

「……記事にできない話?」

 文が怪訝な顔をする。記事にできないならどうしてそんな話をするのだろうか。そもそも記事にできない話とは何か。それで『とっておきの話』であると断言できるのはなぜ?

「えぇ。……ちょっと、ここじゃなんだから部屋に入れてくれるかしら」

「……どうぞ」

 疑問が頭の中でぐるぐると渦巻くが、どうにも判然としない。文は訝しみながら、とりあえずはたてを部屋に入れた。

「それで、話とは?」

 畳の上に座るや否や、文が話を促す。

「……茶の一杯でも出してくれないのかしら」

「……」

 

 文は、はぁーっと長く息を吐き、よっこらせと立ち上がった。

 出涸らしの葉っぱを急須に入れてお湯を注ぎ、軽くふる。湯呑にとぽとぽとついで、はたてに差し出した。

 彼女は眉間にしわを寄せ、湯呑を指さして不満げに言う。

 

「これ、薄くない?」

「……あなたは茶を飲みに来たのですか?」

「……まぁいいわ。そうね、私はちょっとしたお願いをしに来たの」

「お願い?」

 

 いい話ではなかったのか?全く白けてしまう。

 追い出そうかと文が腰をあげようとしたところで、はたてが携帯を見せた。四隅がやや白みがかかっている写真で、奇妙に白飛びしたような印象を受ける。

 

「……なんですか、これ」

「紅魔館の主、レミリアの部屋の写真よ。これはレミリアの頭」

 写真には確かに、レミリアの姿が映っている。斜め上から撮影された写真には、彼女の後ろ姿と、机の上に広げてある本が見えた。本は半分彼女に隠れている。

「……これがなんなんですか?」

 文がじれったそうに問い直す。

「本をよく見て。ちょっと隠れてるけど、今拡大するわね」

 携帯をいじって再び文に写真を見せる。

「……これはっ!!」

 そこには、触手に拘束された咲夜のあられもない姿が映っていた!

「ね。これすごくない?」

「えぇ、確かに」

 

 鼻息荒く目を輝かせていた文であったが、しばらくしてふっと冷静になった。はたては結局どうしたいのかという疑問が頭をもたげる。

 

「……話が見えませんね。この写真を私にくれるんですか?」

「欲しいならあなたにあげてもいいけど……、本題はそこじゃないわ」

 はたては文に伺うような視線を向け、にやっと笑みを浮かべて問いかける。

「……この本、欲しくない?」

 ――――めっちゃ欲しい!

 文は思わず身を乗り出す。

「持ってるんですか!?これを!?」

 しかしはたては『持っていないわ』首を横に振った。残念そうに首を垂れる文を見て、はたてが囁く。

「だから、貴女が取りに行くのよ」

「……あぁ。なるほど……」

 ようやく話の全容がつかめた。つまりは、はたてもこれが欲しいのだ。これが『お願い』の中身だろう。

 

 妖怪は男日照りに苦しんでいる。男の妖怪はまず生まれてこない。たとえ生まれてきても、弱いから生き残れない。天狗も例に漏れない。

 

 では人間の男を攫えばいいではないかとなるが、そう上手くはいかない。里の男はまず山に入らない。昔ならごくたまにでも、何らかの事情で女たちにつれられて山道を通り抜けようとした男を攫うこともできたのであるが、今や里の男たちは家の外に出ることさえも稀なので、最近は目にする機会も稀である。

 

 以前多くの人妖たちが集まった宴会でレミリアに付き従う咲夜を見たことがあったが、咲夜に近づく輩は漏れなくレミリアに射殺すような視線を向けられたため、すごすごと引き下がった。かくいう文も、遠目から彼を眺めるだけであった。

 男日照りが続く妖怪たちにとってみれば、この本は喉から手が出るほど欲しい代物だろう。だが、これが出回ればきっとレミリアたちは黙っていまい。だから、『記事にはできない話』なのだ。

 

「もし無事に手に入れられたら、私にも見せて頂戴ね。最初に教えたのは私なんだから」

「……はいはい」

 呆れたような返事をしつつ、文はどうやって盗み出そうかと考え始めていた。

 しばし黙考していた文であったが、机に肘をついてはたての方に向き直る。

「もうちょっと情報はありませんか?」

「情報?」

「えぇ。一度写真におさめられたんですよね。ならその後、同じように写真撮りませんでした?どこの棚になおしたかとか、ですかね」

 はたては難しい顔をして『うーん』と唸る。

「それがねぇ、最近紅魔館の中の写真が全然とれないのよねぇ」

「……それはなぜ?」

「分からないわ。もしかしたら魔術的な障壁を張ってるのかもしれない。何か隠したいことがあるのかと思って、粘って粘ってかろうじて取れたのがこの一枚だけだから、他に写真はないわ。もしかしたらこれを見られないようにしていたのかもね」

 

 白飛びしたように見えていた写真の一部も、その魔法によるものであったのかもしれない。そもそも、彼女の携帯は念写能力を補助するものであって、その携帯で直に撮影するわけではない。はたてが捉えた風景を形にするものであるので、写真の映りが悪いということは彼女の能力が攪乱されたということだろう。

 

「……なるほど。これは結構、手ごわそうですね」

 しばし逡巡した後、決心したようにすくっと立ち上がった。

「いいでしょう。奇跡の本、私がとりに行って差し上げます!」

 彼女はそういい、いそいそと外出の支度を始めた。

 紅葉の形の扇子を手に取り小さなバッグを肩に下げ、ベランダに続く窓を開ける。高下駄を履きつつはたての方を振り返った。

「でも、あんまり期待はしないでくださいね。私が得意なのは取材であって、盗撮でも空き巣でもありませんから」

「もちろん。棚ぼたがあればいいなとおもうくらいね」

「それでは」

 文がびゅんと飛び立った。天狗の速さは尋常ではなく、瞬く間に見えなくなった。

「……私も、あれくらいの行動力はあった方がいいのかしら」

 はたては、文が飛び立った空のむこう、透き通るような青をぼうっと眺めた。

 

 

 

 

 文が得意なのは取材である。言い換えれば、情報収集である。

 今回の場合は、本丸の書籍奪取にむけて少々準備を重ねなければならない。まずは中の様子を窺おうと考え、ある知り合いの下に向かった。

 見晴らしのよい高台で目を凝らしていた女性の隣に、文がバサッと降り立つ。黒い羽根を折りたたみ、彼女の方に向き直る。

 

「あら、文様。どうかされたのですか?」

 彼女は白狼天狗、犬走椛。彼女は千里眼をもつ。事前の偵察にはもってこいの能力である。

「あなたの目で見通してほしいものがありまして」

 

 椛の千里眼ははるか遠くまで見通すことができるが、同時にある程度透視することもできた。逆に、そうでなければ山がちな日本ではすぐに視界が山でふさがれてしまう。彼女のその能力の高さは天狗社会でも一目置かれ、優秀な哨戒要因と見做されている。

 

「なんでしょうか?」

「紅魔館のレミリアさんの部屋です。そうですね、例えば彼女の机に、鍵がかかった引き出しがありませんか?あればその中身も見てほしいのですが」

「……盗みでも働くつもりですか?」

「いえいえ、滅相もない!彼女が次に起こす異変の計画書を部屋のどこかに隠しているという噂を聞いたので、その真相を探りたいだけですよ」

 

 誰がそんなうわさを流したことやら。

 第一、やけに具体的だ。そんなことをどうして部外者が知れるのか。そして、あからさまなガセをどうしてこの人が真に受けているのか。ネタ不足も極まればここまで来るかと椛は若干呆れ気味である。

 

「……わかりました。レミリアさんの部屋ですね。どこの部屋ですか?」

 

 そういって椛は紅魔館の方へ目を向ける。

 文が、写真とペンを取り出す。写真には、はたてに撮ってもらった紅魔館の外観がおさめられている。相変わらず部屋の中は見えなかったが建物自体は写真に撮れた。ペンで部屋を丸く囲ってレミリアの部屋を示そうとしたところ、椛が『え?』と信じられないものを見たかのような声をあげた。

 

「何が見えたんですか?」

「……いえ、何も見えないんです」

 そういって椛は目をこすり、目を細めて凝視するがやはり何も見えない。強いて言えば、視界が真っ白に染まっているだけである。

「えっ」

(念写対策に透視対策までしてるんですか!?)

 

 驚きのあまり、文は空いた口がふさがらなかった。とても徹底している。そうまでしてあれを秘匿しようとしているのか。もしかしたら、あの本を取り出そうとしたら仕掛けが作動して本が燃え上がるようなことさえあるかもしれない。これはなかなかに難航しそうである。

 

「……わかりました。しかしいよいよきな臭くなりましたねぇ」

 

 文は取り出していたペンを顎に当て、難しそうな顔をする。

 椛はこくりと頷いた。眉唾物だと考えていたが、紅魔館の実力者たちに比べれば取るに足らないであろう自分の能力にさえ対策をとられていたと考えると、異変の計画書を秘匿しているというのもあながち間違いではないのかもしれない。

 

「ちょっと方針を変えないといけないですね……」

 文はそういってしばし思案していた様子であったが、ふと椛の方に顔を向けた。

「明日、一緒に取材に来てくれませんか?」

「え?」

 

 

 

 

 彼女は椛と別れた後、そのまま紅魔館に足を運んでいた。

 

 門番に話を通してもらい、次の日の夜に取材をさせてもらうことになった。勿論、これは偵察のための建前である。外から中を覗けないのであれば、直接部屋を見るほかない。レミリアによる異変以降、数度取材をしていたため、これ自体は怪しまれることはなかった。椛を同行させていることを問われはしたが、『助手をしたいと頼まれまして』と答えるとなるほどと納得してくれた。

 そして文と椛が通されたのは応接室であった。

 

(しまった~~。そういえば、レミリアさんが取材に答えるときは決まっていつも応接室でした……)

 

 内心少々焦りっていたが、それをおくびに出すこともなく文は話を続けた。頃合いを見て話題を変える。

 

「そういえば、館の皆さんの部屋はどういう感じになっているのでしょうか?」

「あら、随分変なことに興味を持つのね」

「いえ。まぁこれは自論みたいなものなんですが、やっぱりその人の部屋はその人の人となりも現れていると思うので。可能なら見せてもらってるんです。もし本棚があるなら、そこに入ってるものも気になりますね。本棚の中身はそのひとの頭の中みたいなものですから」

「なるほどね。でもそうねぇ。誰にもあなたが部屋に入ることを伝えてなかったから、今日は他の人の部屋を案内することはできないわね。私の部屋だけでもいいかしら?」

「はい、大丈夫です」

 レミリアはそういって立ち上がり、応接間を出て自室へと向かった。

「ここよ」

 

 咲夜がドアを開ける。部屋に入った文は、『おお』と感嘆の声を漏らす。レミリアの部屋はよく整っており、高級感がありつつも露骨すぎない上品な装飾が施されていた。貴族の部屋のように洗練された印象を受ける。一か所、壁が真新らしいようにみえる以外は、特に気になる所もなかった。

 

「これはすごいですね」

「ふふ。他の人に改めてそう言われると嬉しいわね」

 

 文はゆっくりと周囲を見回し、あの本が隠されているようなところがないか探した。

 分かりやすい隠し場所としては、例えば金庫の中や机の引き出しの中だろう。あるいは、掛けられた絵画の裏の壁をくり抜いていたり、本棚の本を動かして壁の一部が動くような仕掛けを作っていたりするかもしれない。

 

 もし文一人だけであれば、この部屋に来ても怪しいところに辺りを付けるだけで大した成果を得られなかっただろう。しかし、椛がいれば違う。彼女にはこの部屋に来た時に千里眼を発動してもらうように頼んでおり、その目でもって本を見つけてもらえるだろう。とはいえ、外からの千里眼は弾かれたのだ。中に入ってもなお能力が封じられることがあるかもしれない。その時に備えて一応、文も隠されてそうなところがないか目星を付ける。

 

 一通り見まわした文は、次いで本棚を眺めた。特に埃が被っているわけでもなく、本の順番もタイトルのアルファベット順であり、気になる所はない。

 

「私の頭の中は分かった?」

 文は隣に近づいてきたレミリアの方を見下ろし、困ったような笑みを浮かべる。

「いえ。私にはほとんどの本のタイトルすら読めません。これ、日本語ではないようですが、どこの国の言葉ですか?」

 

 文が適当に一冊の本の背表紙を指さして問う。

 

「あぁ、そういえばそうね……。だいたいの本はラテン語よ。昔、ヨーロッパで貴族や聖職者たちエリートが使ってた言葉。魔法の研究を生業としていたやつらも宮廷に重宝されるエリートの端くれではあったし、魔法研究が共通語で書かれた方が勝手も良かったから、長い間ラテン語で書かれていたわ。私は母上から教えてもらったから読めるけど、貴女はそうでないだろうことをすっかり失念していたわ」

 

 本の全てが魔導書であるわけでもラテン語文献であるわけではない。パチェリーからもらった鬼に関する日本語史料など、何冊かは日本語や中国語の文献がある。しかし、代々西洋で暮らした彼女のような吸血鬼にとっては、その土地で手に入れられる書籍が多くなったのも必然というものだろう。

 

「なるほど……。あったらでよいのですが、翻訳の魔法か何かってありますか?」

「あるにはあるけど、あんまりお勧めしないわ。文字に対する翻訳魔法は、使用者の母語に翻訳した文字をテキストに重ねるから、ダブって読みづらいし、乱視みたいで気持ち悪いのよね。どうしても見たいっていうんなら、掛けてあげてもいいけど」

「タイトルを読むだけでしたらあんまり負担はかからなさそうですね。お願いします」

「わかったわ。ちょっと屈んでくれる?」

 文は膝を曲げ、レミリアの目線の高さに合わせる。

「目を閉じてくれるかしら」

「はい」

 

 レミリアはぶつぶつと呪文を唱えつつ、文の瞼を包むようにして手を当てる。レミリアの指の間から緑色の光がもれ、アルファベットの文字が文の目に流れ込むような状態になった。

 

 これまでのレミリアとのやり取りは、時間を稼ぐためである。椛が千里眼を使う時は、視野が極端に狭くなる。望遠鏡を使っているときのようなものだからだ。それに、千里先を見通す眼をこんな近距離のものを見るのに使うのは、視力の調整に手間取る。彼女が部屋全体を検分し終わるまでそこそこ時間が必要であると考え、文はレミリアとの会話を引き延ばそうとしていた。

 

 椛は部屋のドアのところで、ゆっくりゆっくり部屋を見回していく。

 

「……何か気になることでも?」

「ひぇ!?あ、いえ!」

 同じようにドアの前で控えていた咲夜が唐突に声をかけた。咲夜は横目でじっと彼女を見つめていた。自分が話しかけられるとも思っていなかった椛は変な声を出して狼狽してしまう。

「や、山でも神社でも、こういう異国みたいな部屋はなかなかないので、ちょっと見とれちゃってました」

「……そうですか」

 

 咲夜はそういったきり興味を失ったように、視線をレミリアの方へ戻す。

 椛はとっさにそれらしい言い訳を捻り出したのであるが、なんとか咲夜の追及をかわせたようでほっとしていた。

 

(美人さんが睨むとあんな怖いんだ……)

 

 冷や汗をかいていた椛をよそに、文の間の抜けた声が部屋に響いた。

 

「うわーー!これ、すっごい不思議な感覚ですね!文字が浮き出てて、妙に立体的で、距離感が狂うような……」

「常用でもしない限り、慣れることがない魔法だと思うわ」

「しかしなんとも、新鮮な体験ですねぇ……」

「なんだったら他の魔法も体験してく?視界が鏡写しになる魔法、上下反転する魔法とかもあるわよ」

「……いよいよ何のためにあるのかわからない魔法ですね」

「パチェは数日間視界を逆さまにさせたまま過ごしたそうよ。意外にも適応できてたから、もしかしたら案外過ごしやすいのかもね」

「え、遠慮しておきます……」

 時間稼ぎのためとはいえ暢気に話す文に多少の苛立ちを覚える椛であった。

 

 

 

 

 結果として、あの偵察は成功した。椛の千里眼の能力は室内では作用したようで、ソファーのクッションの下、土台の中に本が隠されていたという。後は何とかして盗み出すだけだ。しかし、一人では心もとない。彼女は、伝手を頼ることにした。

 

 彼女の飛んでいる方角としては魔法の森。霧の泉と紅魔館を三日月状に囲う鬱蒼とした森である。目的地まではなるべく高度を保って進む。

 

 キノコが飛ばす幻覚作用のある胞子が立ち込め、森へ立ち入ったものを惑わせる。特に、森の深いところであればあるほど、風が通らぬために空気が淀んで胞子が滞留している。そんな危険な場所であるが、あえてそこに住むもの好きもいる。文の今回の尋ね人もその物好きであり、人の身でありながら森を勝手知ったる家のように自由に動き回れるような人物である。

 

 真っすぐ飛んでいると目的の家を見つけた、文はそのドアの前に降り立ち、ドアをどんどんと叩いた。

 

「魔理沙さーん、いらっしゃいますか?」

 

 バタバタと中で物音が響き、ドアの向こうから駆け寄る足音がする。やがて、ガチャっと扉が開かれ、中から白黒の魔女衣装に身を包んだ魔理沙が現れた。

 

「文か?珍しい。取材か何かか?」

「いえ。今回はとある潜入調査の協力をお願いしたく思いまして」

「……潜入調査?」

「はい。ところで魔理沙さん、こんな噂が流れてるのご存じありませんか?紅魔館の方々がまた何かしら大きな異変を企てている、という話です」

「……聞いたことないな。誰がいってるんだ?」

「いえいえ。小耳に挟んだ程度なので、誰からという訳でもありません。最初は私も半信半疑だったのですが、調べるうちにどうにもきな臭くてなってきてですね」

 

 魔理沙がそれを聞いて、前紅魔館に押し入った時のことを思い返してみる。しかし、全く心当たりがなかった魔理沙は首を振って文の言葉を否定した。

 

「私もたまにあの屋敷には邪魔するが、そんな大事を企てているようなそぶりは見えなかったがな。というか、何を根拠にそんなこと言ってるんだ?」

「それはですね、紅魔館の異様な警戒レベルの高さです。これは、ここだけの話なのですが……」

 

 そういって文は魔理沙に顔を近づける。紅葉の扇子を二人の顔の前に立てて、ひそひそと話しかけた。

 

「はたての念写も、椛の千里眼も、弾かれたんです」

「弾かれた?」

「えぇ。はたての写真は白飛びして何も映りませんでしたし、椛は紅魔館の中が何も見えないと言っていました。念写対策に千里眼対策です。異様なほど中を除かれるのを嫌っています。何が裏があるとは思いませんか?」

「……たしかに」

「そして私は、綿密な調査の末に、レミリアさんの部屋の中にその計画が書かれたであろう本が隠されている場所を発見しました!吸血鬼は夜行性なので、今行けば部屋にはいないはずですが、しかし館には咲夜さんがいます。彼がいる限り探索はままならないでしょう」

「そうだな」

「そこで、貴女の出番です。貴女がいつも通り図書館に入った後、追い立てられたふりをして館に通じる廊下から逃げてください。館の中を飛び回られたら咲夜さんも放ってはおけないはずです。頃合いを見計らって私が侵入します」

「ふーん……。でも、それで私に何のメリットがあるんだ?」

「そうですね。もし、計画書を無事手に入れることができたらそれをスクープ記事として取り上げるつもりですが、紅魔館に潜入調査した勇敢なりし『異変告発者』の名前としてあなたのことを書いてもいい」

「……へ、へぇ。へぇ~」

 

 彼女はまんざらでもない様子であった。

 

 魔理沙は博麗の巫女ではないから、その義務を負う霊夢と違って、本来であれば異変に首を突っ込む動機など持ち合わせる道理はない。しかし、旧知の仲である霊夢への対抗心からか、異変の解決を競争することも多い。霊夢自身は競っている風でもなく、魔理沙が解決してくれるならそれでもいいというような割と適当なスタンスなのだが、結局は彼女自慢の『勘』のせいでいいところをもっていかれがちであった。魔理沙は霊夢に先んじて異変を解決することで、あいつの鼻を明かしてやりたいと考えていた。

 

 取材を通して二人の仲をよく知っている文は、魔理沙の競争心を焚きつけることで、協力させようと目論んでいたし、その見込みは当たったようである。

 

「しかしいいのか文?その証拠を掴んだのも手に入れるのもお前なのに」

「えぇ、構いません。私が欲しいのは皆の注目を集めるネタであって、その出所に拘りがあるわけではありません。必要とあらば、ご助力を賜るために功名を譲るのもやぶさかではありません」

「なるほどな。うん、いい心構えだと思うぜ、私は」

 魔理沙は何度も頷いた。うまく乗ってくれたようである。

「あぁでも、咲夜相手だとそう長くはもたんと思うぜ。逃げきれないから追いかけっこだとすぐ捕まる。防御に徹して遅滞戦術をとるしかないが、それだと他のやつらが応援に来るかもしれんしな」

「わかりました。では、15分で切り上げましょう。その時間内に盗むことができなければ撤退します。魔理沙さんも隙を見て逃げてください」

「あいよ」

 

 魔理沙は一旦家の中に戻り、箒とそのほかの荷物をとって出てきた。『一狩り行こうぜ』と箒に跨りかけた魔理沙を文が呼び止める。

 

「あ。できればでいいんですが、キノコを貰ってもいいですか?魔理沙さんの魔法もかけてもらって」

「……?」

 

 文は小声で魔理沙にどういうものが欲しいか伝えると、彼女は頷いた。箒を家の前に立て掛け、文に『待ってろ』と声をかけて部屋の奥、魔法工房に入っていく。

 しばらくして出ててきた魔理沙は、紫色にあやしく光るキノコを袋に包んで持ってきていた。

 

「出すときは息するなよ。強い妖怪でも効くやつだから」

「ありがとうございます」

「あと、魔法としては一回きりだから」

「分かりました」

 注意事項を聞きつつ文はそれを丁寧に受け取り、バッグに仕舞った。

「じゃあ行くか」

「はい」

 

 そういって二人は紅魔館に向けて飛び立つ。

 

 魔理沙の家から紅魔館までは大して遠くはない。魔理沙が馴染みの店にいくように気軽に大図書館へと行けるのは、この距離の近さも相まってのことだった。

 

 しばらくも立たぬうちに、二人は館を見下ろすところまで近づいてきた。

 魔理沙が先んじて大図書館に侵入し、文も魔理沙が入ったのとは反対側からそっと敷地の中に入ろうとした。しかし、文の方には美鈴が立ちふさがった。

 

「先日ぶりですね、文さん。どうかされたのですか?まだ取材し足りないようでしたら、お手数ですがもう一度ご予約をお願いします」

「あやや……」

 

 美鈴は()()()()()()()()()()()だ。寝ていることなんてない。だからレミリアへの取次もスムーズにいくし、魔理沙は彼女を振り切るのに若干苦労する。いつも通り魔理沙の方に行ってくれると思っていたが、こちらに来てしまったようだ。

 

「仕方ないですね。これは咲夜さんかレミリアさんと万が一出くわしてしまった時に使うつもりだったのですが」

 そういってバッグから袋を取り出し、中のキノコを美鈴の顔にぐいっと近づけた。

「え?え?」

 

 困惑した美鈴は思わずその胞子を吸い込んでしまい、ぐらっと視界が歪んだ。

 まずい、と頭を振り、乱された気を落ち着けると――目の前にいたのは文ではなく咲夜であった。

 

「……あれ?咲夜さん、どうかされたんですか?あ、それとさっきまでここら辺に文さんがいたのですが見かけ――」

 彼女が言葉を言い終えぬうちに咲夜がくいっと顔を近づけてきた。

「――!?!?」

 美鈴の困惑は深まるばかりだ。

 そんな美鈴の戸惑いなど構わないとばかりにどんどん顔を近づけてくる咲夜。美鈴は後ずさるが、ついに館の壁に背中が当たってしまった。もうこれより後ろには引けない。

 これはガチ恋距離である!

 否が応でも咲夜の顔が目に入ってしまう。

 さらさらと絹のように美しく揺れる髪。とろんと端が垂れ気味になった眉。長くしっとりとした睫毛。水晶のように透明感のあるな水色の瞳。すっと整った目鼻立ち。美鈴の鼻先をくすぐる吐息。恋にふける幼気な少年のように淡く赤らめさせた頬。瑞々しくありつつも、僅かに口の端を吊り上げて妖しく微笑む彼は、女を惑わす艶美な雰囲気を纏っていた。普段の様子から、こうも見違えるものなのかと美鈴は頭がくらくらして来る。顔の距離がとても近くなっても、咲夜は止まらない。まさか、接吻する気なのだろうか!?

 

「ま、待ってください、咲夜さん!」

「まだわたしあなたになにも思いを伝えられてなくて!」

「釣り合わないやっておもってあなたに嫌われるのが怖くて思いを伝えるのから逃げてたんです」

「わたしはとてもとてもかっこわるくて情けないやつなんですやさしくて天使みたいな咲夜さんでもきっと幻滅しちゃいます」

「あぁだめです咲夜さんほんとのほんとに好きになっちゃいますだめですはなれてください」

「すきになっちゃてもいいんですか責任取ってくれますかほんとのほんとに信じちゃってもいいんですか

「こんなわたしでも好いてくれてるんだとしたらとってもとっても嬉しいんですがわたしも女です」

「咲夜さんに迫られてそのまま流れに身を任せるなんてほんとに女がすたります!」

「なのでまずはわたしのほうからこくはくさせ――」

 

 美鈴が目を回しながら、まくしたてるように話していたがそれが終わらぬうちに、咲夜はちゅっと彼女の頬に口づけをした。

 

「――ッ、……ィ」

 美鈴は言葉にならぬ悲鳴を上げ、ばたんと気絶してしまった。

「……やはり処女でしたか。情けない。私興味ないですよって顔してるやつが一番拗らせてるんですよねぇ」

 

 その場に残ったのは文であった。口を拭いながら美鈴を見下ろす。

 彼女がやったのは簡単。催眠と幻覚の魔法が付与されて効果がブーストされた魔理沙お手製のキノコを使っただけである。美鈴の目からは咲夜に見えたが、ただただ文が顔を近づけていただけであった。

 

「……相手の顔がよくなかったらだいぶきついですね、これは」

 今度からこれは男子相手にしか使わないようにしようと心に決め、文は倒れ伏した美鈴を捨て置いて紅魔館の中へと侵入した。

 

 

 

 

 一方で魔理沙は、本物の咲夜を相手に防御に徹していた。

 

 魔理沙は正八面体の防御結晶の中に身を置き、じりじりと後退していく。あらゆる方向からの攻撃を防ぎ、耐久力もかなり備わっているこの魔法は、しかし燃費が悪かった。常時展開しているのだからそれも仕方ないが、あまり長くはもたない。しかし、文が指定したのは15分。それくらいの時間ならばこの魔法を展開し続けられることも可能だろう。

 

 咲夜は光弾を集中的に浴びせるが表面にはかすり傷一つつかず、青色に燦燦と輝く結晶は曇ることもない。かなりレベルの高い防御魔法を前に、咲夜は攻めあぐねていた。ナイフを半ばなげやりに叩きつけるが、当然それも弾かれてしまう。

 

(……突破力不足は私の課題ね。これほどの硬さではないかもしれないけれど、今のままでは鬼の身体にも傷をつけられないかも)

 

 己の不甲斐なさを歯嚙みする咲夜であったが、こればかりは仕方がない。レミリアやフランを参考に長槍でも振るってみるか。霊力をこめれば業物以上の強度になることだろう。

 咲夜の動きを注意深く観察する魔理沙であったが、目の前の咲夜が一瞬ぶれたかと思うと、その手には槍を持っていた。入口の大広間に飾られている騎士の像から取ってきたのだろう、身の丈以上もある長槍であった。

 

(……こいつ、その気になれば後出しで武器増やせるよなぁ。ずりぃぜまったく)

 

 咲夜はゆっくりと息を吐きながら、槍に力を籠める。穂の先が鈍く光り出し、窓が少なく薄暗い廊下を白く照らし出した。

 咲夜がだん、と廊下を踏みしめ、渾身の力で槍を突き出す。

 

「や!!」

 

 ガキっと耳をつんざくような金属音がなり、魔理沙は思わず耳をふさいだ。

 続けて咲夜は先程突き刺したところを狙って槍をふるう。狭い廊下で取り回しが難しい長槍を壁に突き刺すことなく、結晶の一点を狙いすまして何十回も攻撃を加え続けた。ダメ押しにもう一発と、再び咲夜は槍を全力で突き刺そうとした。

 

「――ッ!!」

 

 パキン、っと槍の刃が折れた音がした。すぐさま飛びのき、咲夜は瞬時に二本目の槍をとってきた。

 魔理沙はさきほど槍を突き刺された場所を見る。僅かに表面が欠けていた。先ほどの咲夜の集中攻撃は一分足らず。この防壁魔法はあまり厚みがあるわけではない。ともすると、5分とたたずに突破されてしまうかもしれない。

 防壁を直すためには結晶を張りなおす必要があるわけだが、その隙を見せた瞬間に制圧されるだろう。

 咲夜が続けて3本目、4本目と振るっていく。相も変わらず同じ個所を執拗に責めてくる。魔理沙が退きながら結晶を動かしてみるが、咲夜はおいすがって攻撃を与え続けた。壁を背にするようにして傷ついた箇所を後ろに隠せば、咲夜は新しく一点に向かって槍をふるい始める。0からやりなおしというのに全く答えた様子がない。

 結晶が半周してしまわぬうちに、壁を背にしても隠し切れない傷ができてしまった。後は、相手の動きに合わせて狙える傷を深くしていくだけだ。

 

「チクチクチクチク!咲夜は随分と陰湿だな!」

 

 魔理沙の軽口も無視して、黙々と咲夜は攻撃を続ける。

 

(……かくなる上は)

 

 魔理沙は腰のポーチから後ろ手で水晶玉を取り出した。咲夜が再び槍を突き刺そうと一歩間合いを取ったタイミングで、魔理沙は水晶玉を地面にたたきつけて割った。それと同時に防御魔法がパリンと粉々になり、それを見て咲夜は唖然とする。

 一拍おいて、割れた水晶玉から廊下全体を白く染め上げるような眩い光が放たれた。

 

「……っ、小癪な!!」

 

 再び咲夜が目を開いた時には目の前から消え失せていた。咲夜は槍を携えたまま、魔理沙の追跡を開始した。

 咲夜はかつて、逃げ惑う魔理沙にこう言い放った。

 

 ――私が逃がさないと言ったのだから、潔く諦めなさい。

 

 だから魔理沙は逃げることを諦めて、魔導書を盾にしたり防御魔法を突き詰めたりして咲夜を押し返すことを考えていた。

 だから、単なる逃亡では遅かれ早かれ見つかってしまう。

 予定のタイミングよりは少しばかり早いが、ここは脱出を優先させてもらおう。咲夜とて魔理沙を追い出したらそれで満足してくれるはずだ。自分を囮に他のやつがこそこそと盗みを働いているなど、ましてやそれが恐れ多くも館の主の部屋で狼藉を働いているなど考えもしないだろう。だから、彼が文に気づくのは、魔理沙がでていってもしばらく経ってからだ――

 そう考えて廊下を飛んでいた魔理沙は、背後からナイフが飛んできた気配がしてばっと頭を下げる。魔理沙の帽子をかすめるようにして、ナイフが通り抜けていった。本格的にヤバい。

 目についた部屋に飛び込み、バタンとドアを蹴破る。そして一目散に部屋の窓を目指して飛び出した魔理沙の視界の端には――文がいた。

 

「あ、やっべ」

「魔理沙さん!?」

 

 そのままの勢いで窓を割ってびゅーんと飛び立っていってしまった魔理沙に唖然としていた文であったが、はっとして振り返ると、槍をこちらに向けて臨戦態勢に入っていた咲夜と目が合った。

 

「文さんではありませんか。こんなところで何をしていたのですか?」

「……えっとぉ~~」

 

 文の目が尋常ではないくらいに泳ぐ。それもそうだ。こんなことは想定外にすぎる。いつもはよく回る口が、今回ばかりは乾いてうまく声も出せない。

 強行突破は不可能だ。彼が警戒態勢に入っている以上、こちらの動きにすぐに反応できる。天狗の速さをもってしても時間を止められてあえなく捕まるだろう。現に今も、ところどころ咲夜の姿がブレていて、何回も時間を止めているのがわかる。攻撃したり、逃げようとしたりすればすぐさま制圧される。すぐに攻撃せず、彼女の発言を待ってくれているのは温情か。

 

「いやぁ~、あのですねぇ。先日取材に来た時に忘れ物をしたみたいでしてぇ~」

「私が掃除した時でもそれらしいものはありませんでしたが。それになぜ、不法侵入などしているのですか?」

「いやぁ~~。そのぉ~~」

 

(クソ!あのキノコ取っておくんだった!!)

 

 後悔先に立たずである。いたずら心で使ってしまったものはもう取り戻せない。

 それまでなんとか言い訳を捻り出そうとしていた文はやがて諦めたようにふっと息を吐き、肩の力を抜く。

 

「実はですね、見せたいものがあるんですよ」

「見せたいもの?それがこの状況と何か関係が――」

 

 文が不意を突くようにばっと服をはだけさせ、たわわに実った胸を見せつけた。

 

「…………な、なにを!?」

「ではまた!!」

 

 頬を赤らめ、一瞬取り乱した咲夜の隙をつくように、文は魔理沙が突き破った窓からばさっと飛び去ってしまった。

 咲夜は文が飛び去った方向を唖然と見つめるばかりであった。




 設定を改めて調べながら書いたのですが、一番驚いたのは文と椛の仲が悪いという話でした。すっかり文がもみじもみもみするイメージしかなかったので、とてもとても衝撃で。
 この世界の幻想郷では、文は椛とはビジネスライクな仲としておきました。

興味本位で聞きます。あべこべものにおいては……

  • 男の娘を愛でるのも良き
  • BL要素だけはあってはならん
  • 設定凝ってるのもいいんだぁ
  • 貞操は逆転させても体格とかは逆転さすな
  • 知らん。とにかくハーレムを出せ
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