※ちょっと話重めです。
レミリアは悩んでいた。
なぜか、フランと仲良くなることができない。咲夜とはあんなにも仲がいいのに。いや、あれはもしかしたら兄のような存在ができて かつて負った心の傷が癒されたのかもしれないのでそれはそれで納得できる。
だから考えるべきは、フランは美鈴を悪く思ってはいないようなのに、レミリアのことは嫌っているのか、だろう。距離感が丁度良いのか?いやしかし、レミリアもフランにべたべたくっつくようなことはしていない。姉弟なのだから少しぐらいいいではないかと思うが、頭を撫でようとする手すらパシッと払い除けられる。レミリアとしては十分弟に配慮しているつもりなのだが、一向に悪感情が抜ける気配がない。どうしてだろうか?
レミリアの頭では、ぐるぐると疑問が駆け巡っていたが、一人だけでは一向に解決しなさそうである。ここは第三者の意見を聞いてみよう。
「それで?私に聞ききに?」
「えぇ、そうよ。何か考えはないかしら」
レミリアが訊ねたのは魔理沙であった。だが、レミリアが彼女の家に行ったわけではない。
魔理沙はパチェリーに折檻を食らっていたところであった。大図書館のドアの前で丁度つるされていたので、いい機会だと質問してみた次第である。
「折角ならレミリアさん、この縄を解いてくださりはしませんでしょうか」
「やーよ。勝手なことをしたらパチェが怒るもの」
それを聞いた魔理沙がわざとらしく『うっ』と唸り声をあげた。
「うげぇーー。なんだか腹が圧迫されて苦しいなぁ~。これだとちゃんと言葉がでてこねぇなぁ~。あーあー、う~」
魔理沙が白々しくうめき声をあげる。レミリアはじとっとした目線を向けていたが、ため息をつくと魔理沙を縛っていた縄を若干緩めてやった。おそらく、その気になれば抜け出せることだろう。
「お。サンキュー」
「別に。勝手に縄が緩んだだけよ。……それで?何か考えはあるかしら」
「いやぁ~。弟がいるわけでも彼氏がいるわけでもないから、男心ってあんまり分かんねぇんだよな。霖之助兄も、女の相手には慣れてっからフランとは違うだろうし……」
「そう。……あら、あなたを縛ってる縄が緩んでるわね。もう一本縄を持ってくるべきかしら」
レミリアがわざとらしく、今気づいたような声をあげた。
「ちょい待ちちょい待ち!私は分かんなくても似たような境遇のやつなら知ってるぜ!それで勘弁してくれんですかお願いします」
魔理沙がなりふり構わずに懇願する。
「似たような境遇?何、弟がいるとか?」
「そうそう。地霊殿の主、古明地さとりだ。あいつにゃ
「そう。ありがとう。とても参考になったわ」
レミリアは踵を返してすたすたと自分の部屋に戻っていった。歩きながら、彼女は魔理沙に手を振る。
「縄が緩んでいた気がしたけれど、別にそんなことはなかったわ。パチェにも謝って、よく反省するのよ」
「わたしゃ悪いことしてないんだがなぁ」
魔理沙は抗議するような声をあげた。
建前と屁理屈で生きる彼女たちらしい一幕であった。
レミリアが咲夜の名前を呼ぶと、次の瞬間には咲夜が傍に控える。
「地霊殿に行きたいから、そうね、明日の夕暮れにでもいけるように話し通しておいてくれる?」
「承知しました、お嬢様」
再び咲夜の姿が掻き消えた。まだ夕暮れ時ということもあり、咲夜はすぐに地霊殿へと向かったのだ。
レミリアが自室に戻ると、既に紅茶が注がれたティーカップがおかれていた。地霊殿のさとりたちと話をするのに時間がかかることを見越して予め準備しておいてくれたのだろう。また、紅茶はいつもよりやや熱めである。すぐには口を付けないだろうことを予期してのことだろう。さすが、細かいところまで気が利く従者である。
しばらくして戻ってきた咲夜は、明日に会う約束を取り付けることができたと話した。
あくる日の夕方、レミリアはいつもより早めに起きて地霊殿へ向かう。
吸血鬼は夜行性なので、大概の人妖と生活リズムが違ってしまうのが面倒である。彼女にとって日が沈み切らないうちにおきるというのは、昼行性の生き物にとって日が昇り切らぬうちに起きるということと同じであり、いささか早起きなのである。
フランが外に遊びに出かけるときなどは他の妖精たちと遊べるように日が高い時間から出ているが、人にたとえて言えば夜中に子供が出歩くようなものである。吸血鬼の力があるのでさほど危なくはないが、吸血鬼としての生活リズムが崩れてしまうことは多少心配ではあった。
咲夜に日傘をさしてもらいながら、レミリアは赤く燃える空を飛んだ。地霊殿はだいたい紅魔館と博麗神社の中間地点の地下にある。ぽつぽつと点在する間欠泉が目印である。
地上の妖怪と地下の妖怪とは不可侵のような契約があり、互いに干渉を避けなければならない。このため、普通であればレミリアと言えど不用意に進入することはできないのだが、事前に許可を得ていれば問題はない。ただ、その許可を得るための交渉では妖怪は赴けないので人間に言伝を頼むことになるのだが、幸いにしてレミリアには咲夜がいるので問題にはならなかった。
地上の妖怪が地下に入りたいという時、正式には巫女に仲立ちを頼むことになる。霊夢など仲介手数料をしっかり取っているので、アコギなものだ。それが面倒でひっそり入るものもいるが、それでトラブルになっても完全に自己責任だ。
さて、二人は何の問題もなく地下へと入り存外に明るい地下街を飛んで、旧地獄の中央に鎮座する地霊殿へと向かう。
館についた時、大きなドアを叩けば中から猫の妖怪が顔を出した。さとりのペット、火焔猫燐、通称お燐。彼女はニコッと笑って『お待ちください』と言って屋敷に引っ込んだ。ドアの向こうから、主人を呼ぶ声がする。
やがてトットという軽やかな足音が近づいてきて再びお燐がドアを開けた。
「中へお入りください」
「お邪魔するわね」
「失礼します」
そういって二人は館の中へと歩みを進めた。
お燐は咲夜が前を横切ると、目が背中を追うように動き、鼻をすんすんとならす。お燐はぽっと頬を赤く染めた。
動かないお燐を訝しがってレミリアが振り返る。
「案内してもらわないとわからないのだけれど」
「……にゃ!申し訳ございませんにゃ!」
お燐が二人の前にすっと入り、さとりの部屋まで先導した。紅魔館にも劣らぬ荘厳な屋敷を進み、お燐がある部屋の前で立ち止まる。両開きの扉にはその中央に目が描かれ、まるでプロビデンスの目のようだ。ドアノブには蔓のような意匠が施されている。洗練されつつもおどろおどろしい雰囲気を纏い、紅魔館とは違った方向で妖怪の館という印象を与える。
お燐がコンコンとドアを叩くと、中から『いらっしゃい』と声がかかった。
「どうぞぉ~」
お燐がドアを開いて二人を招く。
「じゃまするわね」
「失礼します」
レミリアはさとりが座っていたソファと反対側に座り、咲夜はドアの近くで待機する。お燐は紅茶を持ってくるため部屋を離れた。
まずレミリアがさとりに声をかけた。
「はじめまして……になるのかしらね」
「えぇ。私は宴会にもほとんど出ませんので、お互いに顔を合わせたことはないと思いますよ」
「そう。なら、知ってるとは思うけど改めて紹介させてもらうわ。私はレミリア・スカーレット。紅魔館の当主よ。あっちは十六夜咲夜。私の執事ね」
咲夜は紹介されると、深々とお辞儀をした。それをみてさとりも軽く一礼をする。
「では私の方も。古明地さとり。ここ地霊殿で主をやらせてもらっています。さきほどあなたを案内したのが火焔猫燐。長い名前が嫌らしいので『お燐』って呼んであげてください」
レミリアは『わかったわ』と答えてカップをとろうとして、手が空を切ったのを感じた。しまった、いつもなら自分が座った時には机にティーカップが用意されてあるものだから、普通は時間がかかることを失念していた。
恥ずかしさを紛らわせるように咳ばらいをし、彼女は話題を変える。
「それにしても立派な屋敷ね。空間を広げずにここまで広いなんて、相当よ。それに、地下には始めてきたけれど、意外に外が明るくて驚いたわ。私としてはもうちょっと暗い方が好みだったけれど」
「ありがとうございます。誉め言葉は鬼たちにかけてあげると喜ぶと思います。この建物を建てたのは彼女たちなので」
「へぇ、腕がいいのね」
レミリアがすっと目を細める。
「はい。そうですね例えば……。前、博麗神社が地震で倒壊したのはご存じですよね?」
「えぇ。その前に天気の異変がどうだって言ってパチェが飛んでいったから、馴染みがあるわ」
「はい。その後神社を再建させたのはそこに居候してた萃香さんらしいですよ」
「へぇ、それは知らなかったわ。咲夜にちょっかいかけてくる飲んだくれの印象しかなかったから、そんなこともできたのね」
「……えぇ、まぁ、はい。それはそれで間違ってはいませんが……。でも鬼は土木にも強いんです」
レミリアはふぅんと感心したように鼻をならす。レミリアの中で鬼に対する印象が少しだけ変わった。フランが暴れても壊れないような建材があるか聞いてみようか。
「それで、貴女が今日訊ねられた件についてなのですが……、申し訳ありません。私ではお力に慣れないと思います」
「あら?事前に要件なんて話していたかしら……。あぁ、心を読んだのね」
「読ませていただきました」
レミリアは『不思議な感覚だわ』と呟く。しかしその表情は気持ち悪がっている風ではなく、珍しい体験を面白がっているようであった。
「でも判断が早いのね。私は貴女の弟のことも聞いていないのに。もしかして仲が悪いのかしら?魔理沙からはあなたによく懐いてると聞いたのだけれど」
「そのところは本当です。あの子は私を姉として慕ってくれてます。……ただ、それは他に寄る辺がなかったからというのが本当のところだったと思います」
「……いいじゃない。貴女を信頼しているってことでしょう?」
「うーん。説明が難しいですね」
さとりはどう説明したものかと頭を捻る。やがてゆっくりと口を開いた。
「誤解を恐れずに言えば、女……そうですね、私とお空やお燐以外の女を憎んでいるんです」
「……」
「あの子は周囲からのそういう視線に耐えられずに、自ら目を閉じてしまったんです」
「……そう。弟さんにも話を聞かせてもらえればと思っていたけれど、難しそうね。できればフランとも遊んで欲しかったのだけれど」
女が嫌いと会っては確実に自分と会ってはくれないだろう。ここに来たもう一つの目的もかなわなそうである。しかし、さとりからの返答は半分意外なものであった。
「こいしはレミリアさんとはお会いしたがらないと思います。ご要望に添えず申し訳ありません。ただ、もしかしたらフランさんとはもう会っているかもしれませんよ」
「あら、どうして?」
さとりがそれに応えようとしたところで、咲夜が急いだように会話に割り込み、レミリアに声をかけた。
「お嬢様、すみません。館に何者かが侵入して来たようです。急いで片付けて戻りますので、お待ちください」
「わかったわ。気をつけていってらっしゃい」
「失礼します」
そういって彼はドアを開け、彼女に一礼して去っていった。入れ替わるようにお燐が紅茶をもってきた。
「あれ、咲夜さん帰っちゃったんですか?せっかくあの方の分も持ってきたんですが」
「ごめんなさいね、お燐ちゃん。でももしかしたらまた戻ってくるかもしれないから、準備しておいてくれるかしら?」
「承知しましたー!」
さとりの陽気な従者を見て、レミリアはふふっと笑う。咲夜とは違ったタイプの従者であるが、これはこれでいいかもしれない。
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覚(さとり)妖怪は妖怪の中でもとくに
迫害と表現したのは、覚妖怪への感情が『恐怖』や『畏怖』ではなく『嫌悪』であり、他の妖怪たちがまず人に害を与えたのちに退治されるのとは違って、覚妖怪であるというだけで無差別に無分別に殺されてきたからである。しかも、同じ妖怪であっても覚妖怪だけは避ける始末。中には、総じて力は強くない覚妖怪を虐げる者もいた。
その理由はいたって単純。『勝手に心を読むから』である。覚妖怪たちにとっては別に読みたくて読んでいるわけではなく、サードアイがある限り受動的に見えてしまうものではあるのだが、そんなことは心を読まれる側にとっては関係ないのだ。気持ち悪いものはころしてしまえ。それが覚妖怪に向けられる大抵の感情であった。
旧地獄の中心地、その地を統括する地霊殿に住まい、いまや地下世界の管理者にまでなった古明地さとりにとってもそれは同じことである。いや、しかし彼女は弟に比べればまだましだったかもしれない。
彼女の弟、古明地こいしも覚妖怪であったために嫌悪の目を向けられてきたが、彼は幼い少年の姿をしていたため、男の子と分かるとすぐに情欲のこもった視線にもさらされてきた。外の世界で彷徨い歩く道の途中、幾度となく襲われかけたこともある。しかし、身体は守られどもその精神は数えるのも億劫になるほど犯されてきた。
女どもの視界に入れば、認識されれば、意識されれば――その度に心が汚されるような、精神的な凌辱に苛まれた。
彼がサードアイを閉じた時、憎い憎い女たちに一切関知されなくなったのは、なんと幸せなことであっただろうか。彼はサードアイの瞼を針で縫い留めており、その様は非常に痛々しい。だが、彼にとってはこれのほうがはるかにマシであり、目を閉じてからの自分を不幸だと思ったことは一度もない。
だが、彼は心の中でふとした瞬間怒りの炎が巻き上がることがある。
吐くような苦しさを、物のように扱われる屈辱を、襲われれば抵抗できない諦観と悔しさを、なぜ自分だけ、自分だけが味わなければならないのだろう?
愛する姉の手前、彼はこのどろどろとした怒りを必死で押し込んできた。だが、彼の力はもはや暗殺を容易ならしめ、だれも防ぐことも捕らえることもできないだろう。その悪魔の道への門が、彼が激情に苛まれるたびに緩んでいった。
今彼の頭の中を占めるのはこれだ。
「駆逐してやる。この世から、猿共を!」
「……うわぁ」
「キミならわかってくれるよね!フラン!」
それは壮絶な経験だったのだろう。彼がそこまで捻くれてしまったのも無理からぬことであるように思うし、実際彼の言葉は実行に移してしまえそうな凄みがあった。だから、何かもう一押しがあれば本当に行動を起こすかもしれない。
しかし、流石に流血を伴う異変はやりすぎである。一昔前までならともかく、スペルカードルール制定後にあってはそんな残虐な行動は許されない。フランには、彼を放置すれば大惨事になるであろう予感があった。
「ん~~。気持ちは分からんでもないけど、流石にやりすぎでしょ。無理だよ」
「えぇ~~!君にだって憎い女の一人や二人はいるんじゃないの!?」
「そりゃまぁ……」
「なら
少しの間沈黙したフランではあったが、ふるふると首を横に振った。
「……。でも、悲しませちゃう人がいるから」
こいしはむすっとした表情になる。
「……そんなのでやめるの?」
「うん。やめる。こいしにだっているんじゃないの?そんなことしたら泣かせちゃうような好きな人がさ」
「…………。いい子ぶっちゃって」
それがこいしを常道につなぎとめる最後の鎖であった。
それを自覚している彼は、道を踏み外す一歩手前で立ち止まる。それが無意識にも枷としてはまっているから、『いつの間にかやってしまった』こともないのだ。何も知らずに無意識でやるのが一番楽なのに、身体はそうは動いてくれない。これは相当強力なようであった。
「そんなことよりさ、楽しいこと考えようよ」
「楽しいこと?」
「ほかの子と遊んだりとか」
フランは妖精たちと遊んだことを話す。はじめて美鈴に連れられて外で遊んだ日以降、何度か彼女たちと遊んでおり、交流を深めていた。しかし、それをきいたこいしは『分かってないよ』と口を尖らせる。
「女なんて小さいやつでも心の中では嫌なことばっかり考えてるんだよ?猿は小さくても子猿なだけだから。多分フランにだってそんな風に思ってるはずだよ?言ってあげようか?僕がどう思われてきたか」
「……いーや結構です」
こいしはフランに構わず、指折り卑猥な言葉を列挙する。
「ちゅーしたい。おしりきれい。うなじ可愛い。はふはふしたい。え××したい」
「いいから!いいから!分かったってば!」
「甘い、甘いよフラン。まだまだこんなもんじゃないよ。もーーっとませたやつだと、太腿吸いたい。お御足を――」
「あーあー!聞こえない聞こえない!」
耳をふさいで叫ぶフランの手をがしっと取り、こいしはなんとかこじ開けようとする。
「いい?ボクはそうしたくてもできなかったの。いつもいつも無理やり邪念を注ぎ込まれ続けてきたの。分かる?」
こいしは血走った眼でフランに懇々と語りかける。
「……わかった、分かったから!!」
「……ふん」
フランの絶叫に満足したのか、こいしは鼻をならしてフランの手を放し、黙りこくってしまった。
これまで溜まった怒りを発散できる相手もおらず、悶々としていたのだろう。彼の周りには女しかいなかったから、そんなのを相談できる相手もいなかったとなればなおさらだ。
フランとしても同情できるところはある。だがこいししか感じ取ることのなかった苦しみというものもあるのだろう。フランも自分自身や咲夜に向けられる劣情を感じ取ることはままある。特にまわりのやつらの咲夜に対する感情は激しい。
咲夜はあれでかなり鈍感で天然なところがあるから摩耗するようなこともあまりないが、こいしのように直接情念を浴びせられ続ければ堪えるものがあるだろう。そしてその部分はフランには想像しかできない。
しかしフランは、それでもこいしを今の状況に目を向けさせる。
「でも、もうそういうのはもう見えないんでしょ?」
「……まぁ、それはそうだけど」
「なら、もういいじゃん。気が滅入っちゃうだけだよ」
「……」
フランに諭され、こいしはきまり悪そうに視線を逸らす。
「遊んだらちょっとは気は晴れるよ。他の女子と遊びたくないなら僕とだけでもいいけど。そうだね……。前、外で遊んだ時にお花をたくさん摘んできてたから、花冠を作ってあげる」
「……」
花は先日、チルノたちと遊んだ時に拾ってきたものだ。それを傍目から見ていたチルノは『花が好きだなんてなんじゃくなやつだなー!』と煽り、フランは『僕より弱いくせに』と無表情で返した。売り言葉に買い言葉で、むきになったチルノが大妖精の制止も聞かずにフランに突っかかってすぐに弾幕ごっこになった。こうしてフランに挑発されて喧嘩っ早いチルノが怒り、弾幕ごっこに発展するのはフランとチルノが遊ぶときの定番の流れになっていた。
むすっとしていたこいしは、やがて綺麗に編み込まれる冠に見とれ、いつの間にかフランの手元をじいっと見つめていた。
「ほら。あげるから元気出して」
「…………ありがと」
はじめての同性の友達からの、はじめての贈り物。得も言われぬ気持になったこいしは、ぼつりと感謝の言葉を呟いた。
フランはやさしく微笑む。まるで弟ができたようなこそばゆい感覚だ。もしかしたら咲夜もこういう気持ちで自分に接していたのかもしれない。すこし自分が大人になったような感じがした。
二人の初々しい友情を育む落ち着いた空気を切り裂くように、突然ドアが叩かれる音がした。
「侵入者が館にいるようです!フラン様の部屋にいるかもしれません、失礼します!」
何のことかわからないフランは『え?』と戸惑いの声をあげる。
「フラン様!お怪我はありませんか!」
咲夜がドアをバタンと開けて中に入る。
見ると、あっけにとられたような顔のフランと可愛らしい花冠を頭につけた男の子の姿があった。
彼は植物の葉の模様が裾にあしらわれた黄色い羽織を身にまとい、その下に薄緑色のシャツを着ている。丈が膝上程の深緑のハーフパンツを履き、ロングブーツに足を通していた。全体的に上品な印象を感じる。だが、青色のサードアイは針で縫い留められており、とても痛々しい。華奢な体と相まって、とても悲壮感を漂わせていた。
「わぁ、キレイな人だね」
「……でしょ?」
咲夜に見とれていたこいしは、感嘆の声をあげた。フランは我がことのように自慢する。
「でも、この人も無意識を操るの?今の今まで気づかなかった」
「いや。咲夜は時を止めれるんだ。だから時間を止めた中で近づかれたら気づけない」
「……へぇ、凄い能力を持ってるんだね」
「でしょ?」
二人のやり取りを見て友人だろうと察した咲夜は居住まいを正す。
「はじめまして、十六夜咲夜と申します。どうぞお見知りおきを」
「うん。ボクは古明地こいし。よろしくね」
古明地と言うことは、この子がさとりの弟なのだろう。
咲夜はこいしに一礼し、フランに向き直る。
「フラン様、ご友人を招待されるときは前もってお知らせください。そうでないと、侵入者かと思ってしまいます」
「こいしとは今日知り合ったんだよ?それに僕が誘ったわけじゃなくて、いつの間にか部屋に居たんだもん」
「え?そうなのですか、こいし様」
「うん。無意識に外を歩いてたら、いつの間にかここまで来てたんだぁ」
こいしは間延びしたような声で首肯する。
「……分かりました」
こいしはやおら立ち上がり、『それでさぁ、咲夜さん』と言って彼に近づく。
「……!?」
「ちょっと、こいし!?」
こいしは唐突に咲夜に抱き着いて彼の顔を見上げた。丁度彼の胸あたりにこいしの頭が来るほどの身長差で、咲夜は驚いてこいしを見下ろす。フランが戸惑ったような声をあげ、思わず立ち上がった。
「ねぇ、咲夜さん。ボクね、貴方みたいな綺麗な人が猿共からどう思われているか知ってるんだぁ。お祭りのときにね、綺麗な男の人が舞う時があったんだけどね、猿共の性欲、凄かったんだよ?とってもうるさい心の声でね、剥き出しの情欲をその人にぶつけてたの。多分、咲夜さんの周りの猿共も同じじゃないかなぁ。ひどいと思わない?そんな奴ら、消しちゃおうよ」
「さ、さる?えっとあの、こいし様?仰られていることの意味がよくわからないのですが」
こいしの目は見開き、まるで焦点が合っていないかのような狂気をはらんだものになっていた。
「え?あ、そっか。猿共の心の声を聞いたことがないから実感がないんだね。いいよ、教えてあげる。みんなこんな感じのこと思ってたんだぁ。喘がせたいとか絞りたいとか、もっとひどいやつだと――」
「チェストーー!!」
「ぐぎぃ!?」
「フラン様!?」
こいしが言い終わらぬうちに、フランがこいしに全力でタックルした。吸血鬼の力で不意打ち的に突進されたこいしは、咲夜との間で潰されて短いうめき声を出して意識を失い、咲夜もフランにぶつけられてフランやこいしごとぽーんと飛ばされて倒れ込んだ。
「いっ――!」
咲夜は霊力で咄嗟に背中を守ったが、吸血鬼の力で吹き飛ばされては痛いでは済まない。何をするんですかと咲夜は怒ったような顔になるが、フランは『ごめんね』といたずらっぽい笑みを浮かべるだけであった。
圧し掛かれてもそれが愛らしい幼い少年二人だったので意外と悪い気はしなかったのは、決して二人には内緒である。
かくして、フランに新たな友達――耳年増危険思想妖怪――が増えた。喜ばしいのか悲しいのか、フランはどう感じたらよいのかわからなかった。