『サッカーは一人ではできない』と言われたので、一人で勝てるようになって無双します 作:幻覚症状
全日本小学生サッカー選手権大会、準決勝。
――全国大会の準決勝とはいえ、小学生の大会。観客は保護者や関係者以外いない。しかし、スタジアムの観客席からは、悲鳴のようなものが上がっていた。
「またあの子!?」
「もうやめてぇー!」
準決勝。J1に所属する岬スカイホークスのU12組織である岬スカイホークスU12の対戦相手は、緑ヶ丘小学校サッカー部。ジュニアと小学校の部活、どう考えても勝負にならないこの組み合わせで……悲鳴の上がった観客席は、岬スカイホークス側だった。
緑ヶ丘小学校の、小学生離れした体格をもつ選手にボールが渡るたび、その悲鳴は沸き起こる。
その選手――天原烈の存在感は、フィールドを支配していた。
身長は既に170センチを優に超え、肩幅は大人のように広く、胸板も厚い。黒髪は額の上で風に揺れ、その下から覗く鋭い眼光は、小学生とは思えない威圧感を放っていた。
ユニフォームの下から覗く腕や脚は、同年代の子供たちとは明らかに次元の違う太さ。フィールドを駆ける姿は、まるで獲物を追い詰める猛獣のようだった。
「天原、そっちは無理だ、パス返して!」
「うっせーなぁ」
敵陣のど真ん中でパスを要求し、足元にボールを収めた少年、天原烈は鼻で笑う。その表情には、まだあどけなさの残る同級生たちとは違う、冷徹な闘志が宿っていた。
「お前らごときにパスなんかしても、意味ないだろ」
後半20分の、ラスト3分。
ワッと向かってくる岬スカイホークスU12の選手たちを悠然と睥睨し、天原烈は憐れみを浮かべる。強豪のジュニアとは名ばかりのお遊びにしか見えなかった。
「じゃあ、獲るか」
呟き、前傾する。
一人目、シザースでフェイントを仕掛ける。相手は烈の足の動きに釘付けになり、脆くバランスを崩した。
二人目、ボールを足の裏で転がしながら相手の股を抜く。
三人目、軽いタッチでボール浮かし、相手の頭上を越える。
「あ、ありえない……」
「うわっ、何!?」
「く、くそ……!」
「お前ら、サッカーやめた方がいいんじゃない? 才能ないよ」
あっという間にフリーになり――シュートコースを塞ごうとするディフェンダーたちの間を、あえて狙ってシュートを放つ。完璧なコースを描いたボールは、あっさりとゴールネットを揺らした。
10-0。
試合終了のホイッスルが鳴り、ようやく地獄から解放されたとばかりに岬スカイホークスU12の選手が崩れ落ちた。あまりのことに泣き出す者もいるし、理不尽に怒る保護者達もいる。
一方、緑ヶ丘小学校サッカー部のベンチや観客席は――静かだった。まばらに拍手が響くだけ。
「や、やった……決勝進出だ」
誰かが気の抜けた声で呟く。
万年初戦敗退の、弱小の小学校チームが全国大会決勝進出という、本来なら信じられないような快挙のはずだった。
しかし、選手たちの表情は晴れない。むしろ、重苦しい空気が漂っていた。
「また、天原だけで……」
「俺たち、走っただけじゃん……」
「ボール、一回も触ってない……」
小声で不満をこぼす声が次々と上がる。どんなに勝っても、これは「チーム」の勝利とは呼べない。それは誰もが分かっていた。
監督も、複雑な表情を浮かべている。天原のおかげで勝てるようになったのは確かだ。しかし、これは本当に「指導者」として正しい選択なのだろうか。
ベンチの隅では、前半で負傷退場したキャプテンの村田が悔しそうに唇を噛んでいた。このチームに6年間参加し、今年は主将を任された。それが天原のワンマン行為によって勝利の代わりに皆の心が擦れていく。この状況を受け入れることはできない。でも、天原の前では何も言えない。その実力の前では、誰も意見できないのだ。
誰一人として、この「勝利」を心から喜べない。それが緑ヶ丘小学校サッカー部の現実だった。
「……天原」
「あ?」
それでも。意を決して、村田は声を上げる。
「お前が二学期に転校してきてから、確かに勝てるようになった。でも、これじゃ……こんなの、サッカーじゃないだろ。サッカーっていうのは、みんなで……」
「はぁ?」
烈は鼻で笑う。
「お前、サッカーを俺より分かってるっていうの? 去年まで地区大会すら突破できなかったお前らが?」
「そ、それは……」
「全国までこれたのは全部、俺のおかげだよな?」
「それは……」
「そうでしょ、監督?」
「え、あ」
急に水を向けられた監督は、オドオドと周囲に助けを求めるように視線をさまよわせ……この場に大人は自分しかいないことを再認識する。
「俺がいるから、勝てるんですよねえ?」
「ま、まあ、天原君の実力は確かだよ。でも、もう少しチームメイトのことも、その、少しは考えて」
「あ? チームメイト? 必要あんの?」
冷たく言い放つ。
「俺がいなきゃここまで来れなかったよな? じゃあ俺しか必要ないじゃん。それとも俺が要らないとでも? ねえ?」
監督は自分の靴に視線を落とす。そうしてみんな黙ってしまうと、天原は「ハハッ」と笑って見せた。
「分かればいいんだよ。お前らは俺にボールを回せばいい。そしたら明日の決勝も勝たせてやるからさ」
◇ ◇ ◇
決勝戦当日。
朝日がまだ昇りきらない時間、競技場近くの練習用グラウンドに緑ヶ丘小学校サッカー部のメンバーが集まっていた。全3日で行われる大会で、この日までホテルに宿泊したのは2チームのみ。
慣れないホテルでの寝泊まりで眠そうな顔をしているが、集まった誰もが真剣な顔をしていた。
天原抜きでのミーティング。
「よし、それじゃあ対戦相手の確認をしよう」
主将の村田が、右足首をかばいながらもそれを顔に出さずに話し始める。今日の試合には、テーピングをして出るつもりでいた。
「決勝の相手は、J1のジュニア、飛泉ライラックU12。前々回、前回の大会の優勝チームだ」
現状、天原のワンマンチームになっている自覚はある。自分たちの実力が見合っていないとも分かっている。それでも決勝という舞台に立つからには全力を尽くそうと、チームメイトたちは覚悟を決めていた。
「前々回に優勝する前までは……3年前までは大した成績じゃなかった。それが突然優勝するまでに飛泉ライラックが強くなったのは、この6年生の……水城澄也」
スマートフォンで動画を再生する。天原と同じぐらい体格のいい小学生が華麗なドリブルで敵陣を突破していた。
「水城がチームに加入してから、らしい。この大会の動画を見る限り、ドリブルもシュートも天原に負けないぐらいうまい。この水城にボールを持たせたら、個人技であっという間に突破されて……」
動画の中で小学生……水城がシュートを決める。
「こんな感じで、とにかく水城が起点になって得点につながってる。だから……」
村田はチームメイトの顔を見渡す。
「……確かに俺たち、分不相応な場所に来ちゃったけど、それでもやれることはやろう。とにかく、水城へのパスコースは徹底的にカットしよう。ボールが渡ったら……3人がかりでいけば、さすがになんとかなるはずだ」
「なる……かなぁ?」
「天原がなんとかすんじゃね? 俺たちが何もしなくてもさ」
「まあ……天原ならそう言うだろうけど」
村田は苦笑する。
「でも、曲がりなりにも決勝に来たんだ。試合を投げて人任せにするような態度はいけない。一人一人が、自分にできることをやろう。そうすれば……」
「そうすれば、なに?」
背後から突然、冷笑が響く。天原烈が、ジャージ姿でグラウンドに現れた。
「俺に内緒で朝から作戦会議? 弱いくせに姿勢だけは立派だな」
「天原……」
黙ってしまうチームメイトを背に、村田はなんとか口を開く。
「聞いてくれ。相手は三連覇のかかっている強豪で、今までとは格が違うんだ。だから……」
「だから、何?」
天原烈は鼻で笑う。
「結局お前らのやることは同じだろ? ボールを持ったらどうする? ドリブル? それともパスで繋ぐ? それ、お前らのレベルで通用する?」
「それ……は」
「お前らのやることは誰が相手でも変わらねえよ」
天原烈は胸に親指を立てる。
「俺にボールを回す。そうしたら勝てる。そろそろ理解しな?」
「天原……でも、聞いてくれ。今までとは……」
「お前らじゃそれが限界なの、分かんない?」
村田は唇を噛む。確かに、自分たちで何とかできるイメージは沸かなかった。意見できるレベルに自分たちがいないことも、分かる。
「でも……! 相手には天原ぐらい強いヤツがいるんだ! だから、もう少し協力して……」
「は?」
天原烈が不機嫌な声を出し、目を細めたその時だった。
「あっ……君が天原くん!?」
清々しい声に、全員が振り向く。
朝靄の向こうから、一人の少年が歩み寄ってきていた。飛泉ライラックのロゴの入ったジャージに身を包み、すらりとした体格で凛とした佇まい。少し長い黒髪は風に揺れ、その瞳には穏やかな光が宿っていた。
「ああ、天原くんだ! 会えてよかった!」
小学生離れした体格だが、天原の隣に立つと僅かに線が細く見える。にこやかな表情も、年齢より幼さを感じさせた。
「君の今大会の試合、全部見させてもらったよ! 昨日の準決勝も、あの3人抜きからのシュートは本当に芸術的だった!」
「水城……澄也!?」
村田が息を呑む。相手チームのエースが、なぜこんな弱小チームの朝練に。いや、分かっている……目的は天原だ。彼の目は、天原しか見ていない。
「強いプレッシャーの中、相手を翻弄するドリブル。絶妙なボールコントロール。そして決定的な場面での冷静な判断力。正直、僕たちのチームにも、君ほどの才能を持った選手はいないよ」
「ふーん」
天原烈は素っ気ない様子だが、その表情には僅かな誇らしさが浮かんでいた。
「君ぐらい強い選手ならもっと情報があるかと思って、チームの人に情報収集をお願いしたんだけど、今大会からしか情報が見つからないらしくて……もしかして海外でサッカーしてたとか? ヨーロッパ? それとも南米?」
「いや? 海外には行ったことないね」
「そうなの? それじゃ……サッカーはいつから?」
「9月からだ」
「9月……?」
想定外の答えに、水城は首をかしげる。しかし、それっきり黙って不敵な笑みを浮かべる天原烈を見て、ハッと息を呑んだ。
「……まさか……今年の? サッカー歴、たった3ヶ月!?」
「まあな」
「じゃあ、これまでは他のスポーツを?」
「特にしてねえよ」
天原烈は鼻で笑う。
「じゃ、じゃあ誰か有名な選手に教えてもらったとか」
「動画なら見たけど、それだけだ。見たらできるんだよ、俺には」
「すごい……!」
水城は瞳を輝かせる。
「サッカー歴3ヶ月であのプレーができるなんて……すごい才能だ! そうか、だからか……うん……!」
そして少し何か考えたあと、水城は腕を広げて言う。
「天原くん! この試合が終わったら、ライラックに移籍しない!? ライラックなら、君の才能をもっと活かせると思う!」
「ふぅん?」
天原烈は多少興味をそそられた様子で唸った。しかし。
「天原くんと僕のコンビプレーなら、どんなチームからだって得点できるはずだよ!」
「は?」
水城の言葉は、天原烈に対して完全に間違っていた。
「僕と同じぐらい突破力のあるフォワードが欲しかったんだ。うちのチームの最後のピースとして必要なのは天原くんだったんだよ。だから――」
「いらない」
短く断られて、水城はきょとんとした。
「……ん? ああ、もしかして、今のチームに思い入れがあるのかな? でも……残念だけど、彼らと天原くんじゃレベルが違いすぎるでしょ? だから天原くんを活かせる連携ができていない。このままそのチームに居ても、天原くんはこれ以上伸びないよ」
でも、と水城は続ける。
「ライラックなら天原くんと連携ができる。みんなそれだけの力を持っているからね。連携という選択肢が増えれば、天原くんはもっと強くなる。例えば前をふさがれたとき、並んで走る僕にパスを出す、っていうプレーの選択肢も増えるよね?」
「………」
「そして強くなった先、ジュニアユース、ユース、プロが用意されてるのも魅力的じゃない? 実は僕、この大会が終わったら先にジュニアユースに上がることになってるんだ。天原くんなら僕が推薦したら一緒に――」
「いらないって言ってんだろ」
はぁ、と天原烈はため息を吐き、じろりと水城に視線を送って言う。
「コンビも連携も、いらねえよ。そんなのがなくたって、俺は勝つ」
「……え?」
「俺にボールを渡しさえすればいいんだよ。ウチだろうと、ソッチだろうと。それ以外は邪魔だ」
「……それは」
水城は、これまでのあどけない笑顔を消して目を細める。
「周りのレベルが低くてチームプレーをしていなかったわけじゃなくて……そもそも、チームプレーをする気がなかったってこと?」
「チームプレーなんて下手くその言い訳だろ。俺は強いから、一人でも勝つ」
「そう、か……なるほど」
水城は……困ったような笑顔を浮かべる。
「とうやら一回、理解してもらう必要があるみたいだね。本当のサッカーがどういうものなのか教えてあげるよ」
「ハッ。お前が何を教えるって?」
「僕が、じゃない」
水城は少し足を引いて後ろを見る。その後方には、事前練習に集まりつつある飛泉ライラックU12のメンバーが揃いつつあった。
「僕たちが、教えてあげるよ。サッカーはチームでやるものだ……って」
そう言って微笑む水城に、天原烈はペッと唾を吐く。さわやかで嫌味のない表情。誰にもそう見えた。しかし。
「………」
村田はそれに違和感を覚えていた。まるで……天原烈がもう一人いるような、そんな感覚。
「それじゃ、あとは試合で」
水城たちが立ち去った後も、その存在感はグラウンドに残り続けていた。