『サッカーは一人ではできない』と言われたので、一人で勝てるようになって無双します   作:幻覚症状

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一人の誓い(後)

 前半開始10分。その時点で、天原烈はこれまでとは違う試合展開に歯ぎしりしていた。

 

「クソッ……!」

 

 ライラックU12から、ボールが奪えない。ボールを奪いにいこうとしただけで察知され、バックパスから安全にボールを回される。

 

 徹底的に天原烈の周りでボールを扱わない。それだけで、試合は停滞していた。

 

「おい! 何やってんだ! ボール奪えよ!」

 

 天原の叫びに、緑ヶ丘小学校サッカー部の選手たちは必死でボールを追う。しかし息の合ったテンポの早い、小学生離れしたパス回しの前に、まともにボールに触れることすらできない。

 

「もっと強く行けよ! ……オラ、ここだ、出せ!」

 

 運良くボールを奪えても、天原へのパスは通らない。ライラックU12からのプレッシャーがかかると、パスが弱くなるか、強すぎて明後日の方向へ飛んでいく。

 

「お前ら使えねえな! 俺に渡さなきゃ点が取れねえだろうが!」

「わかってる……! くそッ……」

 

 天原の罵声に、主将の村田は歯噛みした。自分たちとは実力が違いすぎる。悔しいが対抗できるのは天原しかいない。しかし……天原にボールを渡すことができない。

 

「な、なんでだよ……いつもなら天原がなんとかしてくれるのに」

「あんなパス、カットできないよ……」

「足、速すぎる……」

 

 息も荒く泣き言を吐く、緑ヶ丘小学校サッカー部の選手たち。

 

 これまでは天原の圧倒的な個人技が全てを決定していた。しかし、今日はまずその天原にボールが渡らない。

 

 天原までが、遠すぎる。

 

 そして、0-0のまま前半終了間際。

 

「そろそろいいかな」

 

 味方からボールを受けた水城澄也が、小さく笑う。そして、ぐん、と加速して前に切り込んできた。

 

「やば……止めろ!」

 

 村田が声を出すが、ディフェンダーは間に合わない。そして――

 

「ガアアアアアッ!」

「!」

 

 獣の如き咆哮をあげて、天原烈が水城に迫った。

 

 前半20分。ボールから遠ざけられていた天原は、ただそれを見ていただけではなかった。ライラックU12を観察し、ゴールの気配を探っていた。そして致命的な場面で水城にボールが渡る瞬間を狙っていた。

 

 自己主張の塊のような天原烈が、わざわざ気配を消してまで待ち構えていたカウンター。

 

「雑魚がッ!」

 

 獲れる。天原は確信していた。水城のこれまでのパフォーマンスから、一対一なら必ずボールを奪えると――

 

「そうはいかないよ」

「ア!?」

 

 ――水城はあっさりと、パスを出す。

 

「岩瀬、風見くんに!」

 

 水城の指示に従って左サイドから再び中央に返ってきたボールを、別のライラックU12のフォワードが合わせ、ゴールにボールが流し込まれる。

 

 ゴール。0-1。

 

「ほら、これが選択肢ってやつだよ」

「……チッ」

 

 爽やかな顔で言う水城に、天原烈は舌打ちする。その直後にホイッスルが鳴った。前半終了。

 

「後半も楽しみにしてるよ」

 

 水城たちがハーフタイムでベンチに戻っていく。チームメイトとにこやかに談笑し、いい雰囲気だった。

 

「お前ら、何やってんだよ」

 

 一方、緑ヶ丘小学校のベンチの雰囲気は最悪だった。

 

「俺にパスを出す、そんな簡単な仕事もできないわけ?」

 

 前半まったくボールに触れることのなかった天原烈がチームメイトたちを責め立て、走り回って消耗した少年たちは反論さえできない。

 

「天原……みんな精一杯やってる」

 

 それでも、主将の村田はなんとか口を開く。

 

「言っただろ、ライラックU12はこれまでの相手とは違うって……今までのやり方じゃ勝てないよ。守りを固めよう。天原が下がって守備に回ってくれればボールを奪えるはずだ。そうすれば攻め上がるチャンスだって……」

「俺より弱くて役立たずが指図しないでくれる?」

 

 だが天原烈は聞く耳を持たない。

 

「ハァ……ま、後半はこっちのキックオフだろ。いつも通り俺にパスを出せよ。そしたら、点を獲ってやる」

「それは……」

 

 そうするしかない、と村田は口を閉じた。緑ヶ丘小学校にできることはそれしかない。そして天原烈なら、ボールさえ持てば一人で点を取るだろう。何も間違っていないから、否定できない。

 

「同点にしたあとは死ぬ気でボール取れよ」

「……ああ」

 

 苦いハーフタイムが終わり、後半20分が開始する。

 

 キックオフは緑ヶ丘小学校。センターサークルに天原烈ともう一人のフォワードが入る。

 

「オラ、早く寄越せ!」

 

 笛が鳴るとともに天原が動き出し、パスを受け取る。

 

「サァこっから……」

「行かせないよ」

 

 敵陣へ切り込もうとした瞬間、天原烈の前に水城が立ちふさがる。

 

「ハ! 止められねぇよ!」

「……!」

 

 体重、視線、足の動き。すべてを利用したフェイントで水城を置き去りにし――

 

「っ」

 

 即座に前を別の選手に塞がれる。だが天原烈は止まらない。鮮やかなボールコントロールで脇を抜き――

 

「ッつ!」

 

 さらに二人、同時に仕掛けられる。わずかにバランスを崩しつつも、ボールとともに飛び上がってかわし――

 

「もらうね」

「!?」

 

 かわしたはずの水城が追いつき、爪先でボールに触れる。天原烈の支配から解き放たれたボールは、ライラックU12のディフェンダーに。

 

「クソ……!」

「いくら天原君が強くても、連携すれば止めることは訳ないんだよ」

 

 四人がかりで天原烈を防いだライラックU12は、そのままボールを前に送ってゴールを決める。0-2。

 

「そんな……天原が止められた……?」

「嘘だろ……」

 

 緑ヶ丘小学校チームから驚愕の声が漏れる。

 

 いくらワンマンで気に食わないといっても、その実力を認めざるを得なかった天原烈。それをいとも簡単に止めてみせたライラックU12、水城澄也。

 

「あんなのはマグレだ! ……さっさと取り返してやるからボール寄越せ!」

 

 天原烈が怒鳴り、反射的にフォワードがキックオフでパスを天原に送る。しかし。

 

「それじゃ無理だよ」

「な……!?」

 

 またも複数人に取り囲まれ、体を寄せて動きを限定されたところでボールを奪われる。0-3。

 

「それもダメだよ」

「グ……!」

 

 強引に突破したところで、さらに別の選手がやってきてボールを弾かれる。0-4。

 

「クソが……!」

 

 ライラックU12は、天原烈を連携で完璧に抑え込んでいた。

 

「おい、何やってんだ! さっさと寄越せ、時間ないだろ!」

「……でも」

 

 フォワードの選手は、キックオフをためらう。明らかに相手は天原烈をターゲットにしていた。キックオフ直後に、守備陣がすべて天原烈に対応している。これではボールを持たせても同じ結果になるのでは?

 

「早くしろッ!」

「……!」

 

 しかし天原烈の吠えるような要求に、パスを出す。

 

「行くぞオラァ!」

「行かせないよ」

 

 ドリブル。しかしライラックU12がすぐさままとわりつく。天原烈はボールを取られまいと体でカバーするが、どんどん速度を殺されて囲まれかける。

 

「く……」

「天原!」

 

 このままでは静止してボールを取られる。その予感が近づいた時だった。主将の村田が飛び出して声を上げた。

 

 唯一塞がれていない方向。絶好のパスコース。

 

「出してくれ!」

 

 駆けながら呼びかける村田を見て、天原烈は――

 

「うわ!?」

「おぉ!?」

 

 村田へパスを出す――ことなく、体を強引によじって入れ替え、前に抜け出した。村田へのパスを警戒したライラックU12の選手は、体勢を崩されて倒れ――

 

「そうすると思ってた」

「ガッ…!?」

 

 二人引き連れてその方向に回り込んでいた水城が、ボールを奪う。そしてパスであっという間に前線に送られ、0-5。

 

「クソ……!」

「天原……」

「うるさい」

 

 呼びかける村田を無視して、天原烈はセンターサークルへ向かう。

 

「次だ! 早くしろ!」

 

 キックオフのボールを要求する。

 

「………」

「時間がねえだろうが、無能!」

 

 そして。

 

「……ッ!」

「――は?」

 

 フォワードの選手は――天原烈ではなく、後方へパスを送る。

 

「何やってんだ! 時間の無駄だろ、早く寄越せ!」

 

 パスを受けて驚いた選手は、しかし――天原から目を逸らす。そして、他の選手へとパスを出した。

 

「は? 待て……待てよ!」

 

 チームの絶対的存在だった天原烈を、無視し始めた。これまで自分の言いなりだったチームメイトたちの行動に、天原烈は怒りをあらわにする。

 

「俺に渡せよ! 俺しか点取れねえだろうが!」

 

 しかし叫んだところで、誰も天原烈を見ようとしない。彼から顔をそらしてプレイする。

 

「どうせ出したところで……」

「勝てないんだったらせめて……」

「せっかく決勝だし、少しぐらいボール……」

 

 それは勝つための行動ではなかった。ただ、これまで自分たちをいいように扱ってきた天原烈の実力のメッキが剥がれたから……すべてを諦め、わずかな可能性にも賭けず、これまでの不満を晴らすためにするプレイだった。

 

「……ッ! オイ! ……村田ァッ!」

「ッ」

 

 村田にパスが渡った時。天原烈がひときわ大きな声をあげた。

 

「寄越せッ!」

 

 飢えた獣のような目。衰えぬ覇気。しかし――

 

「な……ッ」

 

 村田は別の選手にパスを出した。二人のディフェンダーにぴったりと張り付かれて大勢を崩し、さらにその外側にも包囲網を用意されている天原に出すよりも、その方がいいと判断して。

 

「く、そ……ぐぁッ」

 

 無理に体勢を入れ替えたことで、天原烈はフィールドに転がる。その様子に、観客席からは嘲笑の声が響いた。

 

「あ~あ、無理しちゃって」

「チームにも見捨てられてるじゃん」

「さすがにこのレベルだと通用しないね」

 

 敵チームのみならず味方チームの観客席、保護者関係者からも嘲笑われる。ライラックU12ももはや、チームに見捨てられた天原烈への警戒度を明らかに下げていた。

 

「くそ……くそっ、くそっ! お前らッ……!」

 

 天原烈は――それでも牙を剥いた。誰になんと言われようと関係ない。ここで自分の力を証明するのだと立ち上がる。

 

「……ここだァッ!」

「うッ!? しまった……!」

 

 そして自陣に切り込もうとしていた選手の死角からボールを奪い取る。

 

 こぼれそうになるボールをキープしてターン。烈の目の前が開けた。

 

「俺がッ! ゴールを決めてやるっつってんだろぉがァァ!」

 

 ドンッ、と地を蹴り猛烈な加速のドリブルで切り込む。虚を突かれたライラックU12は対応しきれない。

 

 しかし。

 

「甘いよ、天原君」

 

 警戒を切っていなかった水城だけが、立ちふさがる。

 

「どけェッ!」

「行かせない」

 

 天原烈に、水城はしつこく喰い下がる。天原烈のスピードを殺し、時間を奪い、そして――味方が駆け付けたところで仕掛ける。

 

「あっ……」

 

 その一瞬が、天原烈には永遠のように感じられた。

 

 完璧な連携で行動を封じられ、まるで氷の中に閉じ込められたかのように身動きができなくなり――死角からやってきた何人目かに足を取られ、無様に転がる。

 

「ガッ……!」

「ラスト、行くよ!」

 

 水城がこぼれ球を拾い、正確なパスを前線に通す。そして0-6。笛が鳴る。

 

「は……? 負け……?」

 

 天原烈は……その衝撃を受け止めきれずにいた。地面に這いつくばり、ライラックU12の歓声と、未だ続く天原烈への嘲笑を聞きながら、呆然としていた。

 

 負けた。

 

 そのことを受け入れられない。

 

 まだ、勝てるはずだった。自分にボールを回しさえすれば……チームメイトが……。

 

「分かったかい、天原君。これがサッカー……チームワークってやつだよ」

 

 地に伏したままの天原烈に近づいた水城が、静かに言う。

 

「確かに天原君のポテンシャルはすごい。でも結局、サッカーは一人ではできることに限界があるんだ……」

 

 水城は、天原烈の背中に冷たく笑いかける。

 

「どんなに強くても、サッカーは一人じゃできない。……君もうまくチームを使えば、勝てたかもしれないね」

 

 その言葉に。

 

 天原烈の中の狂気のピースが、嵌る。

 

「一人じゃ、できない……?」

「天原君……?」

 

 天原烈は、ゆっくりと立ち上がった。その目には今までにない狂気じみた光が宿っていた。

 

「なら……一人でできるようになってやる」

 

 その瞬間、天原烈の心に新たな炎が灯った。

 

「もう……誰の力も借りない」

 

 それは……すべてを燃やし尽くす暗い炎。

 

 そう。天原烈は、甘かった。

 

 一人で勝つつもりでいて、パスを要求していた。守らせていた。まったくお笑いだ。一人だなんてただの思い上がりで、実際は一人では何もできなかった。

 

 だからこそ。

 

「今度こそ……全て、完璧に、俺だけでやってやる」

 

 その日、12歳の天才……いや。12歳の狂気は新たな誓いを立てた。

 

 もう誰も頼らない。パスも、カバーも、声援も要らない。信頼も、友情も、チームワークも、全て自分には無意味だと証明してみせる。

 

 それが、天原烈の選んだ答えだった。

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