『サッカーは一人ではできない』と言われたので、一人で勝てるようになって無双します   作:幻覚症状

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再来

 2年半後。

 

 三重県の中学校、雲見原中学校。そこにはかつての緑ヶ丘小学校の主将、村田の姿があった。

 

「よーし、今日も気をつけて練習しろよ〜」

「はい!」

 

 あまりやる気のなさそうな顧問の先生の呼びかけに、ハキハキと返事をする。と、ガチムチしたイガグリ頭の男子がサムズアップする。

 

「村田! ナイス返事! やる気隊長!」

「それ勘弁してくれよ、キャプテン……」

「ハッハッハ!」

 

 部活の態度のいい村田は、去年3年生が引退するときに主将に推薦されたが辞退していた。理由は話していない。だがそれはもちろん、小学生の頃の苦い記憶が……天原烈の記憶があったからだ。

 

 ――天原烈は、消えた。

 

 全日本小学生サッカー選手権大会の決勝戦のあと、その日のうちにチームから姿を消した。それどころか、学校からもいなくなっていた。

 

 その行方は誰も知らないが……誰も追及しようとは思わなかった。

 

 天原烈に使われるためだけにサッカーをしていた自分たちも、天原烈の強さに頼って成長することなく『準優勝』という不相応なタイトルを手にした自分たちのことを、誰も顧みようとしなかった。

 

 ただ、天原烈はいなくなった。それを理由の全てにした。天原烈が全てを背負って消えたのだと、あれは何か悪い夢だったのだと、彼らはそう思うことにしたのだ。

 

 緑ヶ丘小学校のサッカー部は、もう活動していないらしい。だが、村田にはもうどうでもよかった。

 

「よーし! 今日の練習終了! 片付け隊長になれ!」

「それ恥ずかしいよキャプテン」

 

 放課後の部活動が終わり、村田は部員たちとグラウンドを後にする。

 

「村田先輩、相変わらずパス上手いっすね〜。どうやってあんなパス出すんですか?」

「あれぐらいは、やってれば誰でもできるようになるって」

 

 帰り道。謙遜する村田に、1年生の後輩が目を輝かせる。

 

 天原烈の記憶から逃げるため、緑ヶ丘小学校と関わらないために県外の中学校に進学した村田だが……三重に来てからのサッカーは、楽しかった。サッカーを始めた頃の純粋な気持ちを取り戻せていた。

 

 ここでなら、誰かを恐れることも、誰かに追い詰められることもない。ただボールを蹴って、楽しくサッカーと触れ合える。

 

「でも村田さん、もったいないですよ。レギュラー、やればいいのに」

「いや……足をやっちゃってさ。試合は無理なんだよ」

 

 ただ、村田が試合に出ることはなかった。今はサッカーに関わるだけで十分だった。試合には、嫌な記憶しかない。だからあの時痛めた足を理由にして出場を断っていた。

 

「にしても、村田さんの世代はすごいっすよね〜。ほら、今回も特集されてるっすよ!」

 

 後輩がサッカーの雑誌を見せてくる。そこには大きく『天才・水城澄也 スペインで魅せる!』『司令塔水城、本物だ!』という見出したち。

 

「ああ……すごいよね」

「海外ユースに行って活躍とかマジ天才っすよ……」

 

 消えた天原烈と異なり、水城澄也は日本サッカー界の注目の的で、話題を聞かない日はなかった。

 J1クラブのライラック下部組織、ライラックU15に所属しながら、提携しているスペインのクラブに留学しU-16のカテゴリーで試合に参加して結果を出している。

 

 その実力もさることながらマスコミ受けもよく、語るサッカー論も理想的で耳障りの良いものなので、界隈からの評判も高い。いずれ日本サッカー界を背負う男だと何度も評価されていた。

 

「まあ、住む世界が違うよ、彼とは」

 

 天原烈とは違うタイプだが、水城にも隔絶した何かを感じた。もう二度と会うことはないだろうが……。

 

「それがそうでもないんすよ。ほら、このインタビュー記事!」

 

 後輩が押し付けてきた雑誌を、村田は眉をひそめて読む。そこには、水城に対する日本での活動予定について書かれていた。

 

『澄也君は、これからは海外を主軸に活動するのかな?』

『いえ、日本も大事な場所であることには変わりありません。もちろんライラックU15での活動も継続します』

『じゃあ、三連覇のかかっている全日本中学生サッカー選手権大会には?』

『もちろん、出ます。大事な大会ですし、チームのみんなとの約束ですから』

 

 全日本中学生サッカー選手権大会。15歳以下の選手で構成されるクラブチームと、中学校の部活チームが参加する大規模なトーナメント大会だ。

 

「うちは同じ地区だし、当たるかもしれないっすよ。そしたらサインもらいましょうよ!」

「ライラックU15はトップシードだから……当たる前にうちは負けてるって」

 

 全日本中学生サッカー選手権大会の地区予選では、チームのこれまでの成績によってシード権が得られる。ライラックU15は3回戦から参加なので、雲見原は2回以上勝たなければ当たることはない。

 

 そして雲見原はこの大会で3回戦に進んだことがなかった。いわゆる弱小チームだ。

 

「奇跡は起きるかもしれないっすよ!」

「奇跡……ね」

 

 後輩と別れると、村田は一人で空を見上げる。オレンジ色に染まった雲の隙間から、かつての記憶が覗いていた。

 

 あの、奇跡のような天原烈と勝ち進んだ小学校大会。

 

 準優勝とは名ばかりの敗北の記憶。

 

「……いいんだ。今は、サッカーが楽しい。それで十分だ」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 夏が過ぎ、9月。二学期に入って数日後、村田の耳に「転校生」という言葉が飛び込んできた。

 

「あのさ、来週から転校生が来るらしいよ」

「へぇ、男子?」

「高校受験前の時期に転校って珍しいね」

「手続き自体は一学期にしてたらしいよ。でも家の都合で来るのが遅れたんだって」

「てことはクラス決まってるんだ? 何組?」

 

 なんということもない会話。それなのに、村田の胸に嫌な予感が忍び寄る。

 

「たしか関東からだっけ?」

「群馬だって聞いたよ」

 

 教室の窓から差し込む陽光が、一瞬曇ったように感じた。

 

 群馬は、緑ヶ丘小学校があった。

 

「違う、気にし過ぎだ」

 

 自分に言い聞かせる。だが次の日。

 

「ねぇ、聞いた? 2組の転校生、めっちゃ背が高いんだって」

「え、マジ?」

「うん。バスケ部の先輩が町で見かけたらしいよ。200メートルぐらいあるって」

「どこの超大型巨人だよ」

「でもマジで2メートルはあったって。それで」

 

 給食時間に聞こえてきた噂話に、村田は箸を止めた。

 

「がっしりしてて、かっこいいけど、なんか近寄りがたいオーラがあったって。不愛想っていうか……」

「クール系? イケメンならアリ!」

 

 食欲が失せる。

 

「………」

 

 それから数日、村田はピリピリしながら日常を過ごした。フッと影が差せば慌てて振り向き、なんてことのない木や柱を見て息を吐く。

 

「村田くん、最近元気ないね」

「ん? ああ、ちょっと……」

 

 クラスメイトの心配そうな声にも上の空で答える。

 

「考えすぎだ……そんなわけがない……」

 

 そして、その時はやってきた。

 

 放課後。いつもより少し遅れて部活へ向かう。誰もいない廊下に響く足音が、まるで時を刻むように不吉に響いた。

 

「よし……」

 

 部室でジャージに着替え、グラウンドへ。そこで――

 

「……っ」

 

 息が止まる。

 

 少し日の傾いた太陽に照らされたグラウンドに、見覚えのある背中があった。

 

 高く、幅広く、分厚い。黒髪は少し伸びて、首筋を覆っている。

 

「あ……あ……」

 

 ジャージ姿のその人物が、ゆっくりと振り返る。

 

 鋭い眼光。冷たい表情。

 

 村田の享受してきた平穏な日々が、一瞬にして崩れ落ちていくのが分かった。まるで砂の城が波に飲み込まれるように。

 

「天原……」

 

 その名を呼んだとき、村田は自分の声が震えているのに気がついた。

 

 天原烈。再び村田の前に現れた天才は、首を傾げる。

 

「誰だ、お前?」

「ッ……村田、だよ。緑ヶ丘小学校の……」

「ああ……」

 

 天原烈の表情が、少し柔らかくなる。

 

「そうか。小学校の。偶然だな。……そうだ、もし会うことがあったら、言っておこうと思っていたことがあったんだ」

「な、なんだよ……?」

「あの時は悪かったな」

 

 虚を突かれて、村田は目を丸くする。しかし。

 

「パスを要求したり、守らせたりなんかさせて」

「……は?」

 

 続く言葉の意味がわからなかった。だが天原烈はそれで全て言い終わったようで、視線を村田から外してしまう。訪れる沈黙。

 

「……っ」

 

 ハッと村田は思考を取り戻す。今は天原烈の言葉の真意よりも聞かなければならないことがあった。

 

「お前っ……あれからどう……今まで何を……」

 

 違う。それよりもっと重要なことを。

 

「……ここに、何をしに来た!?」

 

 問いただす声には、怒りと畏れが混ざっていた。天原烈は黙ったまま空を見上げ、不意に言う。

 

「あいつは、ずいぶん有名になったらしいな」

 

 誰のことか、名指しはない。だが村田には分かった。水城澄也のことだと。

 

「海外で活躍して……いろいろとお言葉を垂れて……みんなありがたがって聞いているらしい」

「それが……なんだよ」

 

 チームとの連携、パスによる戦術の拡大。そういったことを水城はよく語り、サッカーファンたちはそういう水城個人の実力を驕らない姿勢を褒めそやしている。掃き溜めと呼ばれるネットの掲示板ですら、水城の有言実行な成績に諸手を上げて賛美している。

 

「俺も、あいつの言葉でひとつだけ正しいと思うことがあったよ」

 

 天原烈は、村田を視線で射すくめて言う。

 

「サッカーは一人ではできない。……そのとおりだ」

「……!」

 

 その言葉に、村田の胸にわずかな希望が射す。もしかして、天原烈は――

 

「最低7人はいないと試合に出れない決まりだ」

「……なっ……にを」

「だから、ここのサッカー部に入れてもらおうと思ってな」

 

 その言葉に、村田の全身の血の気が引いた。

 

「だ……ダメだ! 絶対にダメだ!」

 

 村田は必死に反対する。だが。

 

「おお〜! すごい体格だねえ、君」

「これはマッチョ隊長! いや、ソルジャー隊長だな!」

「サッカー経験あるの? どこの中学でプレーしてた?」

「本当に中学生? マジ? すげえ〜!」

 

 弱小、雲見原の顧問やチームメイトたちは、天原烈の恵まれた体格に目を輝かせる。

 

「入部したいの? 大歓迎!」

「大会も一学期に転校手続きしてあるなら間に合うな!」

「やべー、レギュラー取られちゃう!?」

 

 純粋で気のいい仲間たちは、見知らぬ新たな仲間を歓迎する。

 

 ――かつての緑ヶ丘小学校のように。

 

「入部する前に、ひとつだけ約束してくれ」

 

 天原烈が口を開くと、全員が期待を胸に注目する。

 

「これから、お前たち全員と俺で試合をして、俺が勝ったら」

 

 その言葉を最後まで言わせてはいけない。そう直感した村田だったが、体は動かなかった。

 

「――試合では俺の指示に絶対服従しろ」

 

 雲見原のチームメイトたちは、はじめ何を言われたのかよくわからないようでポカンとした。そして理解すると、ケラケラと楽しそうに笑った。

 

「ええ? 11対1で?」

「自信家隊長だな!」

「挨拶にしては面白すぎっしょ」

「天原君、天原君」

 

 お調子者の部員が、ゴホンと咳ばらいをし、何やら格好をつけて言う。

 

「『サッカーは一人ではできない。チームプレーに勝るものはありませんよ』」

「出た、水城澄也だ!」

「似てねえー!」

「よっ、日本の未来の司令塔!」

 

 似てないモノマネに部員たちは盛り上がって笑う。

 

「ハッハッハ……まあ、天原君はあまり経験がないみたいだし、レクリエーション代わりにやってあげようじゃないか」

「言ったセリフ忘れんなよ~、卒業までネタにしてやるからな!」

「やめろ! こいつは……!」

 

 村田が警告の声を上げるが、届かない。和気あいあいと試合の準備をする部員たち。

 

「……ッ」

 

 こぶしを握りしめ、下を向いていた村田は――キッと顔を上げると、予備のビブスに袖を通してグラウンドに走った。

 

「あれ、村田?」

「おッ、もしかして天原に味方か? 友情隊長だな!」

「いえ。俺も……アイツと戦います」

 

 これまで試合に出ることのなかった村田の行動に、チームメイトたちの顔に疑問符が浮かぶ。

 

「あ~……それじゃあ、誰か交代するか」

「いえ。アイツは俺たち全員と勝負すると言いました。11人以上でも構わないでしょう」

「おいおいそりゃあ……」

「いいぞ」

 

 困惑する雲見原の面々に――天原はニヤリと笑って応える。

 

「何人でもいい。全員で、かかってこい」

 

 さすがにそこまで言われては、温厚な雲見原の選手たちも黙ってはいなかった。

 

「は? 生意気」

「サッカーを分からせてやろうぜ」

「デカイからって調子に乗るなよ」

 

 そして緊迫した空気の中、顧問が試合開始の笛を吹き――

 

 

 ――40分後。

 

 

「はぁ……はぁ……」

「そんな……ぁぁ……」

「ウソ……だろ……」

 

 グラウンドには、息も絶え絶えに倒れて転がる部員たちの姿があった。誰もが汗と土まみれで――そして今ここで起きたことが理解できない……いや……思考を放棄しているか、現実から目を逸らしているか……心を、折られていた。

 

「あ……あぁ……」

 

 ガチガチと歯の根が合わないほど震え、地面に爪を立てる村田の前で。たった一人。

 

 天原烈だけが立っていた。

 

 グラウンドの全てが、天原烈の下にあった。

 

「決まりだな」

 

 夕日を背に、部員たちを睥睨して、天原烈は告げる。

 

「試合は、俺一人で勝つ。お前たちは……パスも、守備も……何もしなくていい」

 

 その姿は以前よりも、ずっと冷たくなっていた。

 

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