『サッカーは一人ではできない』と言われたので、一人で勝てるようになって無双します 作:幻覚症状
11月下旬。
サッカージャーナリストの比留川は、ホテルのラウンジでお目当ての選手と対面していた。
水城澄也。若干15歳ですでに国内外から注目されている世界的MF。しっかりとした体つきながら線の細い印象で写真写りもよく、彼を表紙にするだけで掲載紙は部数が三割増しになるという。
「やあ、水城クン。今日は取材を受けてくれてありがとう」
「お久しぶりですね、比留川さん」
「おや、名前を憶えられていたとは光栄だね」
「こんな変なタイミングで取材をしてくる人なんて、比留川さんぐらいですよ。嫌でも覚えます」
背後にクラブのスタッフを控えさせながら、水城は大人びた苦笑を見せる。
「国内のU15の地区大会ですよ。それも、もう全国出場が決定している段階で」
全日本中学生サッカー選手権大会。国内のU15のクラブ、中学校の参加するトーナメント。今日はその東海地区予選の決勝戦だった。決勝とはいえ、注目度は低い。中学生で、国内の大会で……それに、東海地区の全国出場枠は2つあるので、事実上の消化試合なのだ。
「だけどそのおかげで、こうして独占取材できるわけだからね。それに」
比留川はサングラスを少しずらし、短くそろえた口ひげを歪めて水城に笑いかける。
「水城クンがそんな消化試合に出場する……っていう理由も気になるし、ね」
「大した理由はないですよ」
水城は再び苦笑する。
「フゥン。まあ、あらためて聞かせてよ。水城クンがこの大会に出場する理由をさ」
「以前から言っている通り……僕の夢は、日本をワールドカップ優勝に導くことです」
スラスラと水城は話し始める。
「そのためには僕が強くなることはもちろんですが、日本も強くなってくれないといけない。それも、僕と同世代の選手たちが。サッカーは一人ではできないですからね」
ニコリと笑い、水城は続ける。
「同世代が世界レベルを感じて刺激を受けてくれる機会は多くしたほうがいい。だから大会に参加するわけです」
「フフ。水城クンは世界レベルだ、と」
「そこを謙遜するわけにはいきませんね」
「まァ実際、スペインで活躍しているわけだからねえ。そろそろU19に召集されるんじゃないかな?」
「さあ、そこはフロントの考え次第ですので」
水を向けたついでに、とスペインの話がしばらく続く。
「中学生になってすぐに海外に挑戦しているわけだけど、もう慣れたかな?」
「そうですね、大分食事は慣れましたよ。言葉は苦労しましたけど、サッカーという共通言語があったので……今は問題ありません」
「実際、トップ下というポジションで司令塔として活躍しているんだから当然かぁ」
うんうん、と比留川は頷く。
「……で、やっぱり昇格の話、あるんじゃない?」
「今日はそれが目的ですか? 話せませんよ」
それからしばらく話が続き、取材時間の終わりが近づく。
「もう終わりか。スクープが欲しかったなあ」
「そういえば比留川さんは試合、見て行かれますか?」
「ラッキーで勝ち進んだ無名の中学なんて、水城クンの敵じゃないでしょ。他にもお仕事があってね……じゃあまた」
ひょうひょうと去っていく比留川の背中を見送って、水城はスタッフと共に試合会場の控室に移動した。
「おう、来たな水城」
「人気者は大変だね~」
「ゴメンゴメン。監督、ミーティング始めてください」
チームメンバーにどやされながら、水城が中心に立つ。
「相手チームは、クラブじゃなくて中学でしたっけ」
「そう。えーと、名前が」
飛泉ライラックU15の監督は、資料をめくって言う。
「……雲見原中学校」
◇ ◇ ◇
全国中学生サッカー選手権大会予選、中部地区大会決勝戦。飛泉ライラックU15 対 雲見原中学校。
その試合会場で、水城澄也は自分より背の高くなった男と再会していた。
「やあ。まさか本当に君とは思わなかった」
試合前の整列でわざと横に並び、話しかける。
「……天原君。久しぶりだね」
「ああ」
にこやかに話しかける水城に、天原烈は猛獣が唸るような声で応える。
「まだサッカーを続けてくれていたなんて嬉しいよ」
「お前と戦うためにな。まさか、決勝まで当たらないとは思わなかったが……いや」
天原烈は小さく犬歯を見せて笑う。
「むしろ都合がいい、か」
「都合?」
「お前を潰すのに都合がいい、ってことだよ」
「へえ……僕を? 潰す?」
「ああ。あの日のお前の言葉を、これから全て否定してやるよ」
「何か言ったかな……ごめんね、覚えてないや」
「『サッカーは一人ではできない』」
「ああ。思い出したよ。それで、『一人で勝つ』……だっけ」
水城は悪気なく笑う。
「思い出してきたよ。君は本当にいい選手だった。たった3ヶ月の試合経験とは思えないサッカーセンス。フィジカル。テクニック。本当にすごい選手だと思った。そう、本当に……」
水城の笑みが冷たくなる。
「僕が使うのにふさわしい選手だなって、そう思ったんだ」
「………」
「サッカーは一人ではできない。サッカーっていうのは、効率よく味方を使って勝つゲームだ。そのための駒を僕は集め、育てている。だから……僕は嬉しいよ」
水城が、天原のユニフォームに視線を送る。
「君が、ゴールキーパーに転向していたなんてね」
「………」
白を基調とした雲見原のユニフォームの中、一人天原だけが暗い紅蓮のユニフォームを着ていた。
「一瞬驚いたけど、これまでの試合結果を見て納得したよ。……まさか全試合、0-0のPK戦で勝ち上がってきたとはね。なるほど……それは確かに、天原君『一人で勝って』いるとも言えるかな」
雲見原は水城の言う通り、PK戦だけでここまで勝ち上がってきた。ラッキーで決勝まで進んだと言われるゆえんだった。
「PK戦が、君自ら決めたゴールひとつだけで勝った試合なんか、まさに『一人』だね」
クスクスと水城は楽しそうに笑う。
「ちょうど、僕の日本代表のゴールキーパーの枠は空いてるんだ。この試合が終わったら、やっぱりライラックにおいでよ」
「これから負ける奴の下に?」
「勝つよ」
そっけなく応じた天原に、水城もあっさり応じる。
「結局、君は『一人』だ」
天原におびえ、彼の姿を見ようともしない雲見原の選手たちを見て、水城は言う。
「一人で守るゴールなんて、僕たちの連携にかかればもろいものだって教えてあげるよ」
◇ ◇ ◇
「……は?」
試合開始直後。
水城は予想外の光景に、思わず間抜けな声を上げた。
コイントスの結果、キックオフは雲見原に決まった。そして――
センターサークルにただ一人、ゴールキーパー、天原烈が存在している。
そしてその他の雲見原の選手たちは――自陣のゴールラインに並んで立っていた。がら空きのフィールド、がら空きのゴール。ただ一人前に立つ、天原烈。
「おい」
戸惑う主審に、天原烈が短く声をかける。反射的に、主審が笛を鳴らした。
次の瞬間。
「――キックオフシュートだ! コースを塞げッ!」
状況を理解できた水城が、天原烈が動き出すより先に叫ぶ。
キックオフ。サッカーにおいて試合の開始時には、最初にボールを触った選手は、連続してボールに触れることはできない。だから、キックオフでは通常、短いパスが出される。
だが、その制限は「連続してボールに触れ」さえしなければ――一度の接触ですべてが終わってしまえば関係ない。
キックオフで直接ゴールを狙う。それは、『一人』で得点を取るもっとも安直な手段の一つ。
成功することは、ほとんどない。センターラインからゴールまでの距離は約52メートル。ペナルティエリアの16.5メートルの3倍強。プロサッカー選手がシュートしたボールの速さは平均時速100キロメートル、秒速約27.7メートル。ペナルティエリア内であれば0.5秒以内にゴールに到達するボールも、キックオフでは2秒弱はかかる。たとえ枠内に収まったとしても、熟練のゴールキーパーなら捕ることは容易い。
だが、水城は予感に従って叫んだ。そして。
「ガァッ!」
天原烈が吠え、蹴り飛ばしたボールは。
「えっ」
流星の軌道を描き、ライラックU15のゴールポスト、高さ2.44メートルのギリギリ内側をかすめ、ガオン! と轟音を立ててゴールを揺らして急角度で落下し、跳ね、ゴールネットを大きく揺らした。
「は……え、は?」
「見えた……? 今の……」
「いや……」
思い出したかのように鳴らされる笛の中、茫然とライラックU15のメンバーが話し合う。
誰も、止められなかったゴールキーパーを責める気にならない異次元のシュートだった。
「あんなことするなんてデータになかった……」
「ボール、めっちゃ速くなかったか……?」
「たぶん1秒なかったかも」
「それにカーブもかかってたよね?」
「入ったのはマグレじゃないってことか……?」
戦慄する。
……世界レベルの選手ならば、時速200キロメートルを超えるシュートを打てる存在もあるらしい。だが、直線での話だ。カーブをかけて、それよりも速い。いったい、どんなキック力をしているのか。
天原烈の身体能力を想像し、萎縮する。そこへ。
「切り替えて」
パンパン、と手を叩いて水城が割り込んだ。
「キックオフシュートなんて、分かっていれば対策はできる。センターサークルに張り付いてコースを消し、ゴール前に何人かつけばいい」
「……あの威力のシュートの壁になるのか?」
「ゴール前にって……あのコースじゃ……え? あれを頭で止めるの……?」
ゾッとする選手たちに、水城はグッと言葉を飲み込んで続ける。
「まずはこっちの攻撃だ。たぶん、想定より楽に得点できるはずだよ」
雲見原はこれまで、それなりに戦ってきていた。ゴールを天原烈が完封しているが、他のメンバーが何もしていなかったわけではない。それで得点できなかったのはとにかく雲見原の実力不足だ。
「たぶん……今回、天原君は『一人』にこだわるつもりだ。だから……相手の10人は守備に絡んでこない。ただ、そうなるとおそらく……」
水城は考えを告げる。
「全員をセンターラインに待機させるつもりだろう。そうしたら僕らは攻め放題だけど、センターライン以降はパスができない……一対一に強制的に持ち込まれる。そこだけは注意だね」
水城は、天原烈がオフサイドを利用すると予想していた。相手のエンドに選手がいなければオフサイドの条件を満たすことになり、パスは使えない。そうして一人で守るつもりなのだと。
ゴールキーパーとの一対一。攻め手側に有利だが、絶対に防げないわけではない。天原烈はキックオフシュートの成功率と一対一の勝率で勝負する気なのだと、そう読んだ。
だから。
「……は?」
こちらがキックオフしても相手ゴールラインで微動だにしない雲見原の選手たちを見て、理解できなかった。
この状態ならライラックU15はなんでもやり放題なわけで、つまり。
「……僕らを甘く見たものだね」
完全に、全く一人で試合するつもりの天原烈に、水城は鼻を鳴らす。
「上がれ! さっさと点を取り返すぞ!」
号令をかけ、雲見原ゴールに攻め上がる。
「風見!」
そして遠慮なく左サイドを上がっていった選手にパスを出す。あとは天原烈を釣りだしたら右サイドにパスを送り、がら空きのゴールに流し込む。それだけ――
「ラァァッ!」
「え?」
パシィ、と。軽やかな音を立ててボールが、奪われる。
ペナルティエリアから飛び出した天原烈に。
「なっ……」
「嘘だろ……?」
逆サイドの選手は、その一部始終を見ていた。水城がパスを意図した瞬間に、加速した天原烈を。
パスコースを読み、割り込めると判断し、飛び出したのだろう。
だがその距離が尋常ではない。斜めに走って、目測で約30メートル。それをおよそ2秒半で詰めた。
たとえ3秒だったとしても……100メートルを9秒強で走破する速度だ。陸上世界レベルを超えている。それも、舗装されていない芝の上で。
しかもただ割り込んで蹴り飛ばしてクリアしたのではない。天原烈は、人知を超えた速度で走り込んでいたにも関わらず、ボールを完全にコントロールして足元に収め。
「……もっ、戻れ!」
そのままドリブルで攻め上がった。
「は、はや……追いつけねえ!?」
ドリブルしているにも関わらず、誰よりも速く走った。わずかに進行方向に残っていたディフェンダーが立ちはだかるが。
「うっ……!?」
速度を落とさないまま横にボールを出され、自ら追いつくという強行突破に、体に触れることもできず。
「あ……!」
バグン! というおよそボールの立てない音を鳴らして、一瞬でゴールを決める。0-2。ゴールキーパーは、反応さえできなかった。
「フゥゥ……」
深く、息を吐き身体の力を抜いていく天原烈。近くで見ていた選手は、まるで彼の身体の大きさが変化するように感じた。
天原烈はゆっくりと反転すると、自分のゴールへと戻っていく。
「なん……なんだよ、あれ……」
「速すぎる……」
「化け物……」
ライラックU15の面々が、その迫力に怖気づく中。
「ゴメン、僕のパスが甘かった」
水城がメンバーを集めて反省する。
「いや甘かったって……あんなの誰でも取られるって」
「そうだよ。人間技じゃないよ」
「確かに想像以上の身体能力だ。でも、それならその速度を想定して動けばいいだけだよ。大丈夫、必ず得点できる」
チームメンバーたちは、水城の言葉に顔を見合わせる。水城ができると言えば、それは不可能ではなかった。これまでは。しかし……。
「さあ行こう」
水城の言葉に、ライラックU15は曖昧に頷いた。