『サッカーは一人ではできない』と言われたので、一人で勝てるようになって無双します 作:幻覚症状
全日本中学生サッカー選手権大会予選、東海地区大会、飛泉ライラックU15 対 雲見原中学校。
11月の平日。中学生の、地区大会の、すでに全国出場は枠の関係で決定している消化試合。しかも対戦相手は運で勝ち上がってきただけの弱小チーム。
ライラックU15の勝利は間違いないとなれば、応援の保護者や観客が入ることはなかった。ジュニアユースともなれば、運営に保護者の手を必要とすることもない。
雲見原側も今日の応援はなかった。天原烈の指示を知った部員たちが、親には来ないよう懇願していたし……そもそも全国出場のかかった準決勝を応援に来る程度で精一杯だったからだ。
注目度は低く、比留川のような変わり者の記者さえ見に来ないこの試合の映像記録は、そんな理由で残ることはなかった。
飛泉ライラックU15が分析用にと撮影していたビデオも――上層部によって抹消が指示された。
いずれクラブチームへと旅立っていく大事な商品たちの価値を損なうような記録は、残す必要がなかったからだ。
◇ ◇ ◇
飛泉ライラックU15、2度目のキックオフ。
「オオッ!」
フォワードの不知火はパスを受けると、猛然とドリブルを開始した。
(水城の言う通りじゃ!)
ゴール前で悠然と構える天原烈に向かいながら、不知火は闘志を高める。
(サッカーは一人ではできん。ゴールキーパー一人で守るゴールなんぞ、なんぼのもんじゃ!)
ゴールキーパーの成績を測る指針として、セーブ率というものがある。枠内へ飛んだシュートを防いだ確率を示すものであり、それは世界レベルの選手ならば70%を超える。
だが、それはシュートの難易度は考慮されない。ディフェンダーが多数残りシュートコースを消され、苦し紛れに放った真正面のシュートを止めてもセーブ率の増加に寄与する。
では一対一の状況ではどうか。
ある統計では、ゴールキーパーの失点シーンの40%以上が一対一の状況だという。その状況でのシュート阻止率は30%を切るらしい。
中学生離れした身体能力……いや、おそらくすでに人類最高峰の身体能力をもつ天原烈が、世界最高レベルのゴールキーパーと同等だとして――天原烈は3割の確率でシュートを止められるのか?
(なわけ、あるかぁ!)
その一対一とは、守り手が『一人』というわけではない。時間をかければ他の選手がやってくる、わずかな限られた時間のシーンだ。ゴールに向かった方向も変えられない、すぐに撃たなければ絶好の機会を逃してしまうプレッシャーのかかるシーン。だからシュートを防がれることもある。だが。
(マジで一人でゴール守っちょるなら!)
雲見原の選手たちは動かない。進行方向も選び放題、時間だって好きなように使える。味方へのパスも自由。
そんな状況で。
(それこそ、ワシが一人で決めてやるがぁ!)
ライラックU15のフォワードが、エースストライカーが、シュートを決められないわけがない。
「不知火! 左から!」
水城の声を、不知火は無視した。
……水城の指示はいつだって正しい。不知火が敗北し、唯一認めた男だ。ライラックにやってきて、水城の言葉に従えば必ず勝利してきた。
だが、天原烈のプレーが。
不知火の、ストライカーのプライドを燃え上がらせた。
「ウオオオ!」
まるで山のようにそびえ立つ天原烈に近づきながら、不知火は距離を測る。
キーパーは4メートル以内から撃たれたボールには反応できないという。だが近すぎれば飛び込んでボールを取られてしまう。ゆえに、5メートル。天原烈の身体能力を加味して、その距離でのシュートを不知火は選択した。
(撃ち放題じゃ!)
左右から味方も上がっている。水城の声かけもある。天原烈は、パスという選択肢を考慮しなければならない。不知火がシュートをするという確証は持ち得ない。
(ワシにだってあの程度のシュート……!)
日本の中学生のシュート速度の平均は時速約60キロメートル。高校生で約70キロメートルという。
――不知火は、すでに時速100キロメートルのシュートを撃つことのできる超高校級のストライカーだった。
「……ッ!」
フェイントも効かせ、天原烈の姿勢も見た。
(……左じゃ!)
「ウオリャアァ!」
完全に天原烈の逆を突いた、ゴール右上隅を狙った一撃、
は。
「なッ……!?」
パシッ、と乾いた音を立てて――天原烈が軽く伸ばした左手に収まった。
「ウソ、じゃろ……」
体勢なんて、少しも崩れていなかった。
「……っ」
セカンドボールに備えて走っていた水城さえ、通ると思った一撃だった。
だが、天原烈は……まるで全てを見通していたかのように、ボールを手中に収めてみせた。
「あ……が……」
そして今になって、不知火と水城は天原烈に感じていた違和感の正体に気づいた。ゴールキーパーのユニフォームを着た、天原烈は――
「す……素手……じゃと……」
グローブをつけていなかった。
キーパーは、グローブの着用を許される。逆に言えば、許可されているだけで着用の義務はない。だが普通、時には時速100キロメートルをも超える速度で飛んでくるボールを受け止めるのは、グローブという保護なしにはありえない。
だが、天原烈は素手だった。素手で、片手で、万全の姿勢で放たれたシュートを、弾くことなく軽々と受け止めた。
「は……は……」
不知火は――無意識に情けない笑いを漏らしながら、膝から崩れ落ちた。
その不知火の目の前で、ひょい、と天原烈がボールを足元に落下させる。
「っ! シュート警戒!」
もはやそれすら認識できなかった不知火の後ろで、水城はバックに声をかける。センターラインからあの威力のシュートを撃てるなら、反対側のペナルティエリアから撃たないわけがない。
果たして、水城の予感は正しかった。天原烈は大きく足を振りかぶり――
「あ、いけね」
轟音を立ててボールを蹴り飛ばした。
「ッ――」
誰も触れられない高度で飛んだボールは……
ガオン! と音を立ててゴールポストに弾かれる、高く空へ舞い上がった。
「……そう簡単には入らないみたいだね」
息を吐いて呟く水城に。
「ああ。――やりすぎるところだった」
天原烈も、ふっと息を吐いて応える。
「……なんだって?」
「ほら、グズグズしてていいのか? 俺からゴールを奪いたければ時間を無駄にする暇はないぞ」
「……ご忠告どうも」
高く高く舞い上がったボール。
落下したそれをディフェンダーがようやく足元に収め、ライラックU15は再び攻め上がる。
◇ ◇ ◇
「嘘、だろ……」
軽々とボールをキープした天原烈に、ライラックU15のメンバーは乾いた声を出す。
前半30分。
得点は――0-2。
ライラックU15は、天原烈からひとつのゴールも奪うことができていなかった。
天原烈の裏を取ろうとパスを出せば、高速チャージで奪われる。それを警戒して速いパスを出せば、精度が伴わずミスをする。
天原烈の頭上を通してサイドチェンジを試みたこともあった。結果、甘い軌道では長身の天原烈の驚異的なジャンプ力で奪われる。それ以上の放物線を取ろうとすると、滞空時間が長すぎてまるで意味をなさない。
シュートも何本も放った。しかし――その全てを止められた。
「ほれ、取ってこい」
そして天原烈は犬にボールを与えるかのように、ライラックU15の陣地深くに送り出す。そのボールを追うのに、ディフェンダー陣は走り回らされていた。ゴールラインギリギリのサイドラインを割ってスローインさせたり、どの選手からも平等に遠い場所に落としたりと、自由自在に翻弄する。
――翻弄するだけで、得点しようとはしない。
「……クッ!」
十何度目かのトライ。今度は水城自らがシュートを試みるが、止められる。
「……そろそろ時間か。行くぞ」
「ッ!?」
そして時計を確認した天原烈は――今回はボールを遠くに蹴らず、そのままドリブルで向かってくる。水城に。
一対一。デュエル。
「遊んでやるよ」
「天原……ッ」
天原の意図は分からない。しかし、一対一を仕掛けてくるなら好機だった。ボールを奪ったその瞬間に攻めに転じれば簡単に得点できる。
勝負は一瞬で決まる。水城は天原烈の全身を観察する。視線、手足の動き、体幹の傾き。
(……左ッ!)
天原烈が左を抜こうとボールを出した、それを見切った水城は踏み出して――瞬間、天原烈は鋭くボールに触れ、水城の予想を完全に裏切る動きで、ボールを反対側に回す。
(ッ、まだッ!)
足を踏ん張り、体幹を強引に引き戻す。そしてボールに触りに行こうとするが――
「……ッ」
まるで氷の上を滑るかのように間合いを制御する天原烈の切り返しに、届かない。片足でボールを完璧にコントロールしながら、まるでダンスのように優雅にターンし――そして圧倒的な力で前進。
「カッ……」
水城が必死に体をひねり、足を伸ばした必死の追撃も完全にかわし、天原烈は駆け抜ける。
足止めにすらならなかった。味方が到着する時間もなかった。
「く……」
天原烈の背中が、遠くなり――
「は?」
反転して、水城に向かってくる。雲見原のゴールに向かってくる。
「ほら、止めるんだろ?」
「……ッ!」
遊ばれている。それを理解し、後悔させてやるとばかりに再度挑む水城だったが、再びかわされる。そして――再び反転する天原烈。
「本当に……いい試合で当たったよ」
「……囲めッ! ボールを奪うんだッ!」
追いついた味方に指示を出し、連携でボールの奪取をはかる。だが3対1になっても、天原烈からボールが奪えない。
「この試合でなら……お前に言い訳を与えてやれる」
「何を……」
「『消化試合だから勝つ必要はなかった』」
4人目、5人目がボールを奪いに来ても軽々とかわし、ライラックU15のゴールライン付近にボールを蹴り飛ばす。
「『だから、負けてもいい』」
「そんなこと思うわけッ」
「そうか?」
天原烈が指す、その先で。くたびれあきらめたディフェンダーが、「またか」とばかりにダラダラとボールを追っているのを、水城は見た。
「『まだ体の完成していない中学生だから、体格差で負けるのは仕方ない』」
そして。水城たちを翻弄しながら、天原烈は続ける。
「『中学生同士の試合なら、一人に負けることぐらいありえる』『そもそも国内のU15の大会の成績なんて、プロになれば考慮されない』……」
「黙れ……ッ!」
全力で立ち向かう水城だが――
「ぜ……は……」
「なんだよ、これ……」
他のメンバーの顔には、天原烈の言うように、諦めの色が浮かんでいた。水城に指揮され動きはするものの、その動きに精彩はない。
「俺はお前を潰す。だが……それは、今じゃない」
「なん、だって?」
「こんな場所で潰したって、意味がないだろ?」
天原烈は牙を剥いて笑う。
「こんな場所じゃあ……お前を否定するのに足りない」
「何を……」
「だから今日は平凡なスコアで終わらせないとな……これ以上点を取って『何かあった』なんて注目を集めたくないんだ……」
笑いを、深める。
「未来の司令塔様のキャリアがこんなところで終わってもらっちゃ困るんだよ」
「……君にそんなこと、心配される筋合いはないッ!」
前半終了の笛が鳴る。やっと解放された、とライラックU15のメンバーが地面に倒れ込む中、水城だけが天原烈に立ち向かう。
「後半……後半で、君を攻略してみせる。サッカーは一人ではできない……そのことを思い知らせてあげるよ」
「ああ……そうなるといいな、だけど」
天原烈は、視線をライラックU15のベンチに向ける。
「お前の心配をしているのは、どうやら俺だけじゃないみたいだ」
「何……」
「じゃあ、またな」
天原烈は、ゆっくりと雲見原のベンチへ移動していく。
――そして、後半。
ライラックU15は、5名の交代枠を全て使って選手を入れ替えた。フィールドに立つ選手の中に、水城の姿はない。
これ以上、水城澄也というブランドの価値が低下する可能性を避けるためだった。水城は続投を強く申し出たが、監督の指示は覆らなかった。
そして……天原烈も。水城が交代したことを知ると、すぐに交代してフィールドから去っていった。
その後。
もちろんライラックU15は逆転し、雲見原は敗退した。6-2。強豪クラブに弱小校が一矢報いた……その程度のスコアで終了した。何も事情を知らないものが聞けば、『弱小とはいえ決勝まで勝ち上がってきたならそんなこともあるかな』という程度の内容で。
だから、日本の未来の司令塔と評される水城澄也が前半にたった一人の選手に翻弄されたことなんて、誰も知らない。飛泉ライラックも雲見原も沈黙したことで、水城が負けたという事実は消えてなくなった。
そして――天原烈も、再び人々の前から姿を消した。
後半戦の最中に、控室に向かっていくのを村田が見たのが、その最後だった。