『サッカーは一人ではできない』と言われたので、一人で勝てるようになって無双します   作:幻覚症状

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逃れられない運命

【2030年4月19日 23:05 日本 飛泉ライラック練習場】

 

 深夜のミーティングルームに、4つの人影があった。

 

 机の上には戦術ボードが広げられ、無数の矢印と記号で埋め尽くされている。

 

 中央に座るのは、すらりとした体格で凛とした佇まいに、風格を兼ね備え始めた青年。日本の心臓という異名で呼ばれることの多くなった男、水城澄也。

 

 彼の前には分厚い資料の束。そこには想定される対戦相手の分析データが、細かな文字でびっしりと記されていた。

 

「もう一度、カウンターアタックの場面を確認しよう」

 

 水城の声に疲労の色は見えない。しかし、向かいに座る3人の選手たちには疲労の色が見え始めていた。

 

「澄也……もうそろそろ……」

 

 生駒(いこま)大広(だいこう)が時計を見ながら呟く。裏への抜け出しを得意とするフォワードで、FCエーデルシュタインで活動している。しかし今夜のような詰め込み型のミーティングは、正直苦手だった。

 

「そうですよ、水城さん」

 

 高橋(たかばし)隆介(りゅうすけ)も同調する。飛騨アルピニスタ所属、献身的な守備が評価されている若手のボランチ。

 

「もう23時過ぎてるし、明日も練習があるんですよ。何もそこまでしなくても……」

「僕の時間は有限なんだ。直接顔を合わせて指導できるタイミングは限られてる。僕が一時帰国しているこの時間を無駄にしないでほしい」

 

 だが、水城は即座に冷たく切って返す。そして、二人の目を順番に見た。

 

「……僕が『選んだ』選手に、失望させられたくはないね」

「ああ、分かってるよ」

 

 生駒は両手を上げる。

 

「今年の日本代表は、事実上お前が決めてる。あの協会のご機嫌伺いしかできない腰抜けの監督に、こんな人選は無理だしな。分かってるよ、『水城監督』。でも眠いんだわ」

「君は勝つ気がないのか?」

 

 水城がわずかに苛立ちを見せて言う。

 

「さっきのシュートコースの選択も悪かった。あれでは相手にパスするようなものだ」

「お前の設定がおかしいよ。あれを止められるキーパーがいてたまるか」

「君の想定は甘いと言っているんだ」

「まあまあ」

 

 (ぼく)智英(ともひで)があいまいな笑みを浮かべながら割って入る。水城とはU-20で一緒にプレーした仲で、今ここで彼を最も理解している選手と言ってもよかった。

 

「澄也さんは慎重なんですよ。万全を期したいだけ。とにかく、澄也さん、生駒さんのいうことにも一理あります。寝不足のまま明日の会見に出るつもりですか?」

「………」

 

 そんな朴の仲裁に、水城は――内心で舌打ちした。

 

(足りない……)

 

 手駒が、足りない。

 

 『あの日』、手駒の候補だった選手たちはすべてダメになってしまった。いずれ日本代表で自分の手足となって動く選手たちが。

 

 ――とはいえ、それが想定外だったわけではない。選手の成長は約束されていない。彼らが途中で脱落することも十分考えていた。しかし……それ以降、水城が求めるレベルの選手に出会うことはなかった。

 

 生駒、高橋、朴、その他の選手たち。どれも今選ぶことのできる最良の選択肢だ。だが――水城には物足りない。『妥協の産物』。どうしても、彼らを見る時にそういうレッテルを貼ってしまう。

 

(ツイてない。こんな世代で世界と戦わないといけないなんて)

 

 水城の中の『基準』が、あの日壊れてしまったことに、本人も気づいていない。

 

「とにかく」

 

 まだ何か言いたげな生駒を、水城は手を上げて制した。

 

「もう一度。次は相手がプレスをかけてきた時の対応を……」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 それから30分。戦術の確認がひと段落すると、ようやく場の空気が緩んだ。

 

「はー、疲れた」

 

 生駒が椅子の背もたれに体を預け、ペットボトルの水を一気に飲み干す。

 

「なんだかんだ、勉強になったよ。これで完璧だ」

「完璧だなんて、認識が甘いよ」

「まあまあ」

 

 高橋へ鋭い言葉を向ける水城に、朴があいまいな笑みで割り込む。

 

「事実、僕たちの戦術理解度は上がりました。澄也さんの意志をきちんと反映できるように」

「そうそう。完璧完璧。チーム水城の主軸はこれで定まったわけだ」

「あんまり茶化すなよ、代表に入れなくなるぞ?」

 

 生駒が冗談めかして言うが、誰もがそれを事実だと信じていた。水城が長崎監督との個別の面談で何を言ったのか、想像に難くない。

 

「代表といえば、キーパーは決まったのか?」

 

 と、生駒が急に話題を変えた。

 

「ああ……それだけ、気になってました」

 

 朴が顔をしかめる。

 

「今の日本はキーパーが不作ですからね」

「東村山さんは足元がなあ……水城さんのビルドアップに全然ついてこれないでしょ」

「後池田さんはどうです? Jリーグでの成績はいいじゃないですか」

「あの年で国際経験ないのはちょっとなあ」

「サイマル次郎くんは?」

「タッパがあるのはいいけど、あのポカをワールドカップでやられたら一生恨むぜ?」

 

 ワイワイと好き勝手に語る。その中に上がる名前を、もちろん水城は検討していた。

 

 だがやはり……「足りない」。ゴールを任せられる、絶対的な安心感。それをもたらせる選手は、今の日本人選手にはいないと水城は結論付けていた。

 

「キーパーは東村山さんと、鹿島田さんだ」

「えぇ……鹿島田さん? ずいぶん渋いベテランを選びましたね」

「国際経験は豊富ですけど、成績は並っていうか」

「いいかい」

 

 水城は静かに言う。

 

「サッカーは一人じゃできない」

 

 その哲学を。

 

「ひるがえせば、サッカーは一人の能力で勝てるわけじゃないってことだ。確かに鹿島田さんは飛びぬけた才能はないけど、安定感がある。なに、僕らが活躍すればキーパーの守備機会なんてほとんどない。極論、誰がやったってあまり変わらない――」

「――ドイツの天原……」

 

 朴が、ポツリと呟く。瞬間、場の空気が変わった。

 

「ああ! 天原烈! 彼、マジで化け物だよな」

 

 高橋が目を輝かせて身を乗り出す。

 

「5部から毎年優勝して1部優勝まで駆け上がるとか、マンガの世界だよ。スーパーセーブ集見たけど、マジ魔法みたいに止めるよなあ。しかも、素手だろ。ガシィィッ!」

 

 手を鉤爪のようにしてポーズをとってはしゃぐ。

 

「ギネス記録保持者だし、『鷹』って呼ばれてるのもかっこいいよな。俺もそういう異名欲しい」

「間違いなく世界トップのキーパーですよね」

 

 朴が頷く。

 

「そういえば生駒さん、同じドイツリーグでしたよね? 対戦は?」

「2回ぐらい? いや、ヤバかったぜ。マジで素手で止めるんだもん。鮮やかすぎて口笛吹いちゃったもんな。正直天原以外は雑魚なんだけど、それを抜いてシュートしても入る気しないんだわ」

 

 水城の表情がわずかに硬くなる。しかし、3人は気づかずに盛り上がり続けた。生駒による再現シーンは大うけだった。

 

「でも天原はドイツに帰化するんじゃない? 向こうの政府も全面協力してるって話だし」

 

 ひと段落して、高橋が現実的な指摘をする。

 

「あ~……そうだよなあ。日本とドイツじゃなあ」

 

 生駒が天井を仰いでボヤく。

 

 日本のサッカーも成長が著しい。しかし、ワールドカップではいまだにベスト16の壁を破れないでいた。対するドイツは強豪国。近年は毎回ベスト8以上は確実、何度も優勝の経験がある。

 

「そりゃドイツでやれるなら、やりたいでしょ。誰だってやるからには優勝したいし、その可能性が高いのはドイツ。しかも国を挙げて来てくれって言ってるんでしょ?」

「まァ、向こうじゃ天原人気はすごかったね。シーズン前半と後半で観客数があきらかに違うぐらい。マジで地元じゃ完全に英雄扱いだし、たぶんドイツで一番通用する日本語はアマハラ・レツ」

「やば」

「でも……やっぱり母国じゃないですか?」

 

 朴が神妙な顔で言う。

 

「母国の代表として戦える、というのはとても名誉なことだと思いますし」

「まあ……そういう考えもあるけど、実際どうだろうなあ」

「『水城監督』は何か知らないのか?」

 

 生駒が茶化しながら、水城に視線を向ける。

 

「あのレベルのキーパー、候補に挙がってないわけないでしょ?」

 

 一瞬の沈黙。

 

 水城の指が、無意識にペンを握りしめていた。

 

「――……彼は、『僕のリスト』には載せていないよ」

「えっ」

「まさか。天原だよ? 世界一と言ってもいいキーパー。帰化の話が出ているとはいえ、水面下で交渉ぐらい……」

「無駄だよ。彼は来ない。絶対に」

 

 水城は、低い声で言う。

 

「……彼がドイツへ渡ったのも、すべてはそのためなんだ」

「え?」

「彼はドイツに帰化する」

 

 3人が困惑の表情を浮かべる中、水城は続けた。

 

「ワールドカップの舞台で、日本と……僕と戦うために」

「は? 何それ——」

 

 その時、ミーティングルームのドアが勢いよく開いた。

 

「水城さん! 大変です!」

 

 息を切らしてスタッフが飛び込んできた。手にはスマートフォンを握りしめている。

 

「天原がドイツへの帰化を拒否したって! 今、緊急記者会見やってます!」

「は?」

 

 水城の口から、間の抜けた声が漏れた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……というわけで、私は今後も日本国籍を保持し、故郷のクラブチームでの活動を終了いたします」

 

 ミーティングルームの大型モニターに、記者会見のネット配信が映された。

 

 会見場の大きな机を前に座るのは、高く、幅広く、分厚い、2mを超す巨躯。さっぱりとした短い黒髪と、鋭い眼光。

 

 天原烈。

 

 彼は、流暢なドイツ語で記者会見を行っていた。追いかけるようにややぎこちない日本語の通訳が配信にかぶせられている。

 

 混乱と熱気にあふれる、FCシュヴァルツヴァルト08のエンブレムが刻まれた会見場で、彼ひとりだけが落ち着いた表情を浮かべていた。

 

「ミスター・アマハラ」

 

 記者の一人がドイツ語で質問する。

 

「ドイツ政府からの国籍付与の申し出を断った理由を教えてください」

 

 天原は少し考えるような仕草を見せてから、答えた。

 

「まず、FCシュヴァルツヴァルト08、そしてドイツという国に、心からの感謝を申し上げたいと思います」

 

 穏やかな、しかし確たる芯をもった声。

 

「この5年間、私は多くのことを学ばせていただきました。サッカーの技術だけでなく、チームワークの大切さ、そして勝利への執念を。ドイツの皆様には、一生かかっても返しきれないほどの恩を受けました」

 

 会見場がしんとする。モニターの前で、生駒たちも、固唾をのんで見守っていた。

 

「それでも、私が帰化しないのは……」

 

 天原が……ほんの僅かに、笑みをこぼす。

 

「日本人として、日本の力になりたいからです。それが、私の小さな頃からの夢でした」

 

 会場が水に打たれたように静かになる。天原は続けた。

 

「私は日本で生まれ、日本で育ちました。サッカーを始めたのも日本です。いつか日本代表になって、日本を世界一にしたい。故郷から遠く離れたドイツでサッカーをしていても、その想いだけはどうしても、どんなに時が経っても変わることはありませんでした」

 

 無数のフラッシュがたかれる。

 

「それは、日本サッカー協会からオファーがあったということですか?」

「いいえ。私の独断です。日本サッカー協会からの接触はありません」

 

 記者たちがどよめく。

 

「それではアマハラ、あなたがドイツに帰化しなくても、日本代表になれるという保証はないのでは」

「はい、ありません」

「では……なぜ?」

「代表選手の選考は監督が行うことです。その監督が、勝つために私は不要だと思われるなら、それは仕方のないことです」

 

 ゾワ、と。

 

 この場で水城だけがその意図を正確に知る。

 

 

 ――俺を選ばずに負けたら、どうなるかな?

 

 

「アマハラ。あなたは世界一のキーパーだ。どうか考え直して、わが国でワールドカップ優勝の栄誉を掴んでくれないか?」

「私にとっては、祖国のゴールを守ることこそが、最高の名誉なのです。どうか私に、日本代表の一員となるチャンスを与えてください」

 

 天原が、日本人らしく頭を下げる。会場は静まり返り、やがて拍手が沸き起こった。

 

 英雄の門出への祝福。

 

「うおおおお! 天原が日本に帰ってくる!」

「マジかよ! これで最強じゃん!」

 

 生駒と高橋が立ち上がって叫ぶ。

 

「澄也さん、天原ですよ! これで日本は万全です!」

「……あぁ……」

 

 3人が盛り上がる中、水城だけが座ったまま動かず、画面の中の天原烈をただ見つめ続けていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

【2030年4月20日 14:24 速報:長崎監督、W杯メンバー26名を発表! 天原烈が電撃選出!】

 

 日本サッカー協会は本日午後2時、2030年ワールドカップに臨む日本代表メンバー26名を発表した。最大の注目は、昨夜ドイツ帰化を拒否したGK天原烈(23)の電撃選出だった。

 

 長崎監督は会見で「彼の意思表示を受け、急遽招集を決定した。彼の能力は疑う余地がない。水城を中心とした攻撃陣と、天原が守るゴール。これ以上の布陣は考えられない」と興奮を隠さなかった。

 

 また、MF水城澄也(23)が主将に任命されることも同時に発表された。

 

 水城と天原。日本サッカー界が誇る2つの至宝が、ついに同じピッチに立つ。世界が注目する中、サムライブルーの新たな歴史が始まろうとしている。

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