ぎゃぐさんが消えてしまいました……ほのぼのを書こうとしたのですが。
まあ、ゆきさんは色々と勘違いしているということだけご理解いただければ幸いですー。
改めて、オレは魔法少女である。
魔法少女という症状をうら若き少女達に経路不明にて感染させてしまうという害悪でもあるが、しかし魔的とはいえそれなりの力持ちには違いない。
力あるものの責任を果たすためという訳でもないが、またもとより誰かのためになることを嫌うような人間でもなかった。
オレは、誰もが幸せになれると思ってはいないが、それでも誰もが幸せを目指していいと思うし、そんな彼らの夢を軽々と蹴落としていいとも考えていなかった。
ましてや、誰かのためになれる人間を嫌うなんて出来ないし、むしろ個人的にはそんな奴大好きだ。
そしてそんな大好きな先達たちに倣いたがるのが前世からのオレの習性。
もっとも、埼東ゆきという少女を塗りつぶして存在している生き汚いオレが今更いい人になれるとまでは思えない。
とはいえ、悪いままではいられないくらいには潔癖であるからこそ、オレは何時しか魔法を世のため人のために使おうと決意するようになっていたのだった。
「あぁ……やっぱりゆきちゃんのお手々はあったかいねえ」
「それは、井口の婆ちゃんの手が冷えてるだけだよ……結構魔法を流しているのに、それでもこれだもんなあ」
「ふふ……年相応に私も悪いところばかりだからねえ……でも、そんな婆がこれまで生きていられたのは、ゆきちゃんのおかげだよ?」
「そう……ならいいけど」
「ふふふ……」
そして唯一の魔法少女としてボランティア活動に勤しんでいた頃からのお得意さんである、井口の婆ちゃんにオレは今日も魔力を流してその状況維持に努めている。
シワシワ、の上にナチュラルと言うには薄すぎる化粧を施した上品なこのお婆ちゃんのことは個人的に好きだから、得に気をつけて当たっている。
それにしても、木の枝のような肉付きの薄くなった指先から感じる命の熱のなんと少ないことか。
彼女はオレが年齢以上に無駄に知識を蓄えていることを知らないし、素知らぬ顔をしているからきっと分かっていないと思っているのだろう。
しかし、オレはこの人の内臓の殆どに悪性のものばかり広がっているのを知りながらどうも出来ないことに歯噛みしていることを努めて無表情で隠している。
癌、というのはコピーミスを端に反した異常な細胞の増殖であり紛らわしく、その上細胞の一つ一つを指定して元に戻すことが出来るほどにオレの魔法は繊細ではない。
故に、オレなんかではこの人に手の施しようがないのだ。ただ、全体を多少遡らせて死から遅れさせているばかり。
「ふぅ……」
だがそれによって、メイドさんに教えてもらった、彼女が受けていたあと半年持てば奇跡という余命宣告から既に三年。
おそらく今回の魔法の効果の如何によっては井口の婆ちゃんの笑顔はまた半年後も見ることが出来るかもしれなかった。
これ以上は彼女の健康にまで障ってしまうだろう限界で、オレは知らず止めていた息を吐き出す。
「お疲れ様」
「いや、別にオレ動いている訳じゃないから、そんな疲れちゃ……」
「ふふ。隠さなくてもいいの。これでも私はゆきちゃんのファンだから、色々と知っているのよ?」
「あー……婆ちゃん海山教授が色々発表してくれてるの、読んでる?」
「ええ。それどころかあの坊やは、よく私を頼って来るのよね……それのお金の無心の連絡ばかりっていうのが……可愛いからって子供の頃に御駄賃奮発しすぎちゃったせいかしらねえ」
「はは……そうなんだ」
オレは、前世のオレから見てもお爺さんみたいだと思える白髪の男性を坊や扱いしている年齢に詳細不明な井口の婆ちゃんの素知らぬ顔に脱力した。
いや、実は婆ちゃんの知っての通り、先から魔力という光輝を帯びる程の何らかの現象の体内からの発散に移動を続けたオレはそれなりに消耗してもいる。
実態は疲れか呆れなのか。どちらにせよ、このお得意さんである老人を前にして、気を張り続けているのもつまらない。
「ふぁ」
肌の色も死から遠ざかった様子の彼女を他所に、あくびを一つ。
何となく、次は婆ちゃんの細い肩でも揉んであげようかなと思いながらも疲れに首を回していると、老婆はオレにそっと呟いた。
「でも、あんまり坊やを信用しすぎちゃダメよ?」
「……どうして?」
意外な言葉に驚き見ると、シワに埋もれていた筈の女性の茶褐色の瞳がオレを然と射抜く。
なにか意味ありげな様子だが、オレにはよく分からなかった。
だって、オレを実験体として保護して生命線を守ってくれている海山教授に対しては感謝しかないから。
あの人が幾ら都合の良い玩具と考えていたとしても、恩は恩。信用くらいは返してあげなければ失礼だとすら思っているのだけれども、婆ちゃんにとっては違うようだ。
首を傾げるオレに、再び一度深く目を閉じてから、井口の婆ちゃんはこう続けた。
「それも分からないんだねえ……本当にゆきちゃんはいい子だけれど、過ぎてて可愛そうでもあるよ」
「そうかな……」
「そうだよ。酒の席でとはいえ目をかけてる人の子を、唯一性がもう少し低ければ砕いて粉々にして分離して粒一つ一つまで観察出来るのに、って口にするような男にだって心を配るようじゃ、ダメさ」
「ふぅん……」
婆ちゃんが教授の酒席での言葉をどうして知っているのかは不明だが、しかし確かにあのおっさんは随分と酷いことを平気で喋る人間のようだ。
聞くに恐らくは、オレに
まあ、確かによくない考えで、それが本音ならば信頼性だって知れている。確かに、このいいところの人なのだろう婆ちゃんの言うことを聞いた方が正しいに違いなかった。
でも、そんな良し悪しなんて自分のことが大切な人の判じ方だ。
オレは、このオレを囲っている複数名の老人の一人である本名も知らない女性に、だからこそ本心を告げるのだった。
「でもさ、婆ちゃん」
「なんだい、ゆきちゃん?」
「オレは、あの人の気持ちがわからないけど、井口の婆ちゃんのことだって本当はよく分かんないよ。でも、それで良いと思ってる」
「……そうかい」
「オレにとって、教授は面倒な売り込み相手で、婆ちゃんは弱った助けを欲する人だ。それだけ知ってれば、別に余計なことは要らないよ」
自棄になる、というのは捨てられる己があるからこその表現。既に、オレは殺していて埼東ゆきという少女は死んでいる。
なら、特に保身など気にするべきではなかった。また、流れ着いた今に必死になることは、このオレにとって生きる最低条件。
一々人の裏を気にしている暇なんて、ないといえばその通り。
「別に好きじゃないさ。でも、嫌いじゃない」
そう言い張るオレはでも実際矮小で大きくも成れず、何時かオレの死を喜ぶ誰かのために殺されるべきなのかもしれないけれども。
でも、魔法少女は魔女じゃない。
それを信じて、魔法も使わずに老婆の額によったシワを慰めるために手を伸ばす。
逃げずに、それを受け入れた彼女に努めて凸凹を優しく撫でてから、オレは小さくこう告げるのだった。
「だから婆ちゃんも、オレを無理に騙そうとしなくたっていいんだ」
そして。井口の婆ちゃんは、しばらくだんまりしてオレに額を撫でられるがままだった。
オレの魔法を求める人は、過去沢山いたのは違いない。死から遠ざけることを得意とするそれを、オレも半ば無秩序に与え続けて、日々の終わりはぐったりしてた時期もあったのだ。
だが、まあオレから伝染して魔法を得た少女たちが起こした問題が社会を揺るがしてから以降はぐっと減り年長者にのみと制限もされ、そして更にその少数も間に国の手が入ったことで、結果オレの魔法を享受出来る人間は数えるほど。
きっと海千山千の政治家か何かの縁者だろう井口の婆ちゃんは、あの後しばらく会話した結果、見送りを断って去った。
何となく、ぼうっとあのロマンスグレーの似合う老人を思い出しながら、おれはソファに座って介助者として出口まで同行した静を待つ。
「お疲れ様」
「おや。お嬢様、お疲れでは?」
オレは、空いた扉から整いすぎた美人さんの髪の先が見えたところで、拙速にも労った。
すると、出来たメイドさんは何時もはひと仕事の後には寝所で寝入っているはずのオレが余裕ぶっているのに首を傾げる。
だが、心に疑問符を抱えているのはオレも同じ。しかし疲れなかったのは良いこととして、頷いた。
「ううん。何だか意外と余裕がある感じ。オレちょっと、魔法上手くなったのかな?」
「そう……かもしれませんね」
返ってきたのは少し含みを持った、うん。
時々、静は何か知っているかのような素振りを取ることがある。
何かきっと彼女も隠していることがあるのだろうが、しかしそれに興味があっても引きずり出したいと思うほどの熱意はない。
取り敢えず、彼女がオレよりも物知りなことを良しとして、更にオレは問う。
「静、井口の婆ちゃんのこと知ってる?」
「ええ……彼女、というよりもその後ろで蠢いているものは、よく」
「そっか」
「お教え、しましょうか?」
顎に白磁の指先を一つあて、僅かな逡巡の後にそんな一言。静は、やはり人より多くを知っているようだ。
だが、それは辛くもあるのかもしれないなと、慣れた柔らかい表情の奥に隠れた痛みを感じたオレは、納得する。
正直なところオレも、井口の婆ちゃんの素性が気にならないことはない。
なんだか静とはメイドとしてやってきた最初から顔見知りだったようだし、そもそも影に日向に深そうなあの人に対しての興味は沢山だ。
「別に、いいや」
しかし、それでもオレは首を振った。
知って、何が変わるのだろう。相手の暗がりを勝手に知って印象を押し付けるというのは、個人的にあまり好きではなかった。
「何か……あったのですか?」
とはいえ、何だかんだ埼東ゆき第一主義のオレが彼女を知りたくなってしまうくらいの変化。
それを不在時に起きた何かによるものだと物知りどころか賢しくもある静は当然のように察する。
努めてあっけらかんと、オレは本当のことばかりを口から転がす。
「……婆ちゃんオレに騙そうとしてごめんね、って泣いたんだ」
「はぁ……あの御婦人から本音が漏れるなんて珍しいこともあるものですね」
「そうなんだ。まあ、婆ちゃんは言ってたんだよ。オレのことは好きだけれど、もっと好きなものがあるんだよ、ごめんねって」
「なるほど」
静は訳知り顔で頷いているけれども、オレには未だに婆ちゃんが謝った理由がよく分かっていない。
確かに、どうもあの人はきっと本当に教授が口にしただろうことばかりを用いて、あんなに単純な人の裏切りを示唆して騙そうとした。
その裏には何か深い闇があるのかもしれないし、そこには泣いて後悔してもやってしまうくらいに大切な人の危機があったのかもしれない。
ま、なるほどそんな風に理由があるなら、仕方ないのだ。実害がないこともあり別に気にしないし謝ることじゃないなとオレは思ったのだけれども。
「でも、そんなの謝ることないくらいに普通のことじゃんか。だから、気にしないでいいって言ったらさ」
「……もう来ないとでもほざかれましたか?」
「そうそう。でも流石に何もしないで魔法切れで死なれたら嫌だからさ。来ないならこっちから行くよって伝えたよ」
「そうですか……」
結局、井口の婆ちゃんは考えすぎだと思った。
オレなんて、所詮は小娘に物知らずを容れただけの存在であり、そもそも魔法少女という人でなし。
そんなものの心まで気にするなんて、なんて余裕のある人間なのだろうとオレは感心すらしたほどだ。
オレは人に恵まれていると、思う。
「はぁ……この子は無自覚に良心に攻撃してくるから……下手したらあの魔女も改心しちゃうかもしれませんねえ」
「何か言った、静?」
「いいえ。お嬢様にはとんと関係のない事柄についてですよ」
「そっか。ならいいや」
その内でも最たるいい人である、静の呟きを聞き取れなかったことに、オレは少し残念に思う。
だが、それだけ。
『ゆきなんて、あんたなんて……生まれてこなければよかったのに!』
この世は知らなくても廻るし、知っても痛くなる本音ばかりが隠されているものから。
「あむ」
何となく。
オレは静から見えないようにして、頓用の