私たちはいつもなら外勤で警らをしたり、内勤で書類仕事に吞まれたりと、地味な仕事しか充てられない下っ端だった。
だが、今日はどうやら違ったらしい。朝、シラトリ区の警備局のオフィスに全ての局員が集められた。
そこで指示されたのは、定刻に遅れず早すぎず、つまり丁度の時間にとある工場を包囲するらしい。
私と相勤は、偶々正面玄関らしきところの配置となった。
その長ったらしい訓示が終わり、局員には待機が言い渡された。
そのせいで、警備局オフィスはいつもの数割増し騒がしい。
「今回は護送車で纏めて行くんだっけ?」
「うん、そふらひぃね」
相勤は、書類の目の前でお菓子を口いっぱいに頬張っている。
オフィスで暇しているからこその光景ではあるが、少し気がゆるみすぎているのではないかとも思う。まあ、咎めるつもりもないけど。
一息つくために、冷えかけのコーヒーを口に入れた。
口を開けていたらお裾分けしてやろうとも思ったが、残念ながらそうでないので諦めた。
「そーいや、集合時刻って何時だっけ」
「えーっと……たしか午前の6時だったよう、な」
相勤への応答と共に、時計を仰ぎ見た。
目の前のパソコンで見ればいい話ではあるのだが、ついつい壁掛け時計を見てしまう。それで、肝心の時間は───
「……5時40分だね」
「場所は地下駐車場だったよね」
「あぁ~……行くよ!!」
オフィスはペアごとに区切られていることもあって、周りの連中がどんな動きをしているか確認をし忘れていた。
まだ半数は残っているが、何もしなくて良い運転席側の席を取るためには、早く出ることは必須だった。
瞬間的な楽を求め、私たちはぐーたらできる時間を惜しまず投げ捨てた。
階段を駆け下り、カードをかざして扉を開け放ち、目標地点まで全力疾走した。
「そんなに慌ててどうした、時間までは少し早いぞ?」
「いや、やはり10分前行動は大事かと思いまして……」
「■■■ちゃん速すぎ~! 少しはゆっくり……」
ヴァルキューレの地下駐車場には、一般の警察車両から護送車、さらには
だが、駐車されている車両以外は一般のものと何ら変わりない。
地下ということもあって薄暗く、外よりも湿り気がある。少し薄ら寒い場所で、あまり長居はしたくない。
それも併せ、少し早く動き過ぎたというのは1つ目の後悔だ。
「じゃ、君らは向こうの4番車だね」
「了解しました、ありがとうございます」
2年生の警備局員に敬礼をする。相勤も私に合わせるようにすぐさま敬礼をした。
それを見てか目の前の局員は少し苦笑いをしながら「あんまり肩の力入れないようにね」と言って返礼した。
その一連の動きが終わった後、私たちは焦って余らせた時間を消費するようにゆっくり歩いた。
「警備局らしく、今回は警備だけかな?」
「いや、それなら生活安全局でもいいじゃん……きっと何かあるよ」
「戦闘か……スケバンとかだったらいいなあ」
恐らく受け入れられることはないであろう呟きを相勤はする。
だが、彼女は溜息ではなく深呼吸を続きとした。文句を纏めて吸い込んでいるのだろう。殊勝な心掛けだ。
無理はしないで欲しいけど。
「そういや、お昼どうする?」
話がガラッと変わった。そうか、今日は昼勤だし不規則だし、学食以外のものを食べたい気分だ。
学食は確かに美味しいがなんか足りない。ジャンキーさというか、身体への悪影響とか、味の濃さとか、そんな感じのものが。
そういえば最近新しいラーメン屋が開店したと聞いたような。
「そういや、ラーメン屋新しいのなかったっけ?」
「ん?……あー、あそこね」
相勤は微妙な顔をしている。概ね察した。不味かったんだな。
確か豚骨ラーメンの店だったはずだが……まあ、いろんな不必要なものの処理が上手く行ってない店なんだろう。
そう思いながら、私はあのラーメン屋を静かにリストから外した。
そんな他愛もない話をしていると、4番車の前に着いた。局員を輸送する装甲車は分厚い装甲版を身にまとっており、特車程ではないが威圧感を周囲の人間に与える。
また、リモコン銃塔も装備しており、安全に火力支援を行えるというのも良い所だ。
しかし、番号的には早いはずなのに、場所は端も端だ。運がない。
「お、あんたらが最後だな?」
「あ……最後、なんですね」
「ああ、そうだ」
「では、失礼します」
今日は、何も上手く行かなかった。
急ぎ過ぎて時間が余ったと思えば、既に先輩や同期は車両に入っているというのだ。
今日は何とも不幸な日だ。帰ったらお祓いでもしてもらおうか。
そう思いながら後部座席に乗った。椅子は固く、局員は膝を並べて座っている。
沈黙という余程の関係でない限り心地の悪い状況が暫し続いた。
そこから解放の光が差し込んだのは、数分後の事であった。
『シラトリ警察本部から警備局各車へ。移動を開始せよ。繰り返す、移動を開始せよ。なお、生活安全局局員にあっては───』
「よし、扉を閉めろ」
「はい」
心の中でガッツポーズをしながらも、相勤と共に装甲車後部にある防弾扉を閉めた。
それから程なくして、1番車であろう装甲車がスロープを上がっていく。
次いで2番車、そして3番車……そして、ついに移動する瞬間が訪れた。
ようやくという言葉が似合っており、ここにいる全員が少し疲労の色を見せているようにも思える。
夜勤明けの人もいるのだろうと思うと少し気の毒だ。
「せ、狭い……」
バックのときにはそうではなかった。
だが、アクセルを思い切り踏んで坂を上がるのは中々の重力がかかってくる。
寝ている人間がその力に完全に負け、そしてそれに寄りかかられた人間が傾斜する。
そんな連鎖なのだから、当然私にはそれなりの圧力がかかっている。
相勤も同様なようで、こちらに助けを求めるような目線を送ってくる。
だが、その余裕はないので目で拒否しておいた。
「ンガッ……」
そんな坂道を抜け、現在は一般道を緊急走行中だ。
けたたましいはずのサイレン音も、分厚い防弾版が覆う車内にいると耳障りには聞こえない。
そのせいもあって、一部の人間の睡魔は蹴飛ばされることなく保たれている。
小さな車窓から外を見ると、異常時に慣れているキヴォトスの人々も、この車列には異質さを感じているらしい。
こちらに視線が注がれているのを見れる。
そんなこんな、十数分が経過した所で、ようやく車両は停止した。
「全員降車、所定の配置に就け」
「はい、開けまーす」
相勤の気の抜けた掛け声に合わせ、分厚い防弾扉を開く。そしてそれに合わせて車両から飛び降りた。
周辺を見渡してみても、シラトリ区としては然程不思議な場所ではない。
ビルが立ち並び、街灯がぽつぽつとある片側一車線の道路だった。
対象の建物は、ザ・工場といった感じはなく、少し無機質なビルという感じがした。報道陣はまだ来ていない。
「……あっちかな?」
「うーん……地図ではあっちじゃない?」
相勤が特に何も見ず左に指を差す。私は自身の記憶にあまり信頼もないため、タブレット端末を開いて今回の配置が書かれた地図を見る。それを基に指を差した。それを見てか、相勤はそちらの方向に躊躇うことなく進んでいく。
「やっぱ、タブレット
そう言って彼女はニヤリと笑った。
はあ……してやられた。
適当に指を差すことで相手に正しい情報を教えてもらう。自分は指を差すだけで十分、というのは何ともコストパフォーマンスに優れている。
今度何かしらの機会に真似しよう。
「ほらほら、早く来て~」
「はいはーい」
溜息をつきながらゆっくりゆっくり駆け出した。
目指すはこの工場の正面玄関、最も報道陣が集まり、中にいる連中が突破しようと奮闘する場所のはずだ。
そうなる前に配置に就かないといけない。
そう思うと少し歩を進める速度が早くなった。
「いかにも、って感じだ」
「よし、そこの壁を背に立ってよっか」
他の外壁から見て少し窪んでいるように見える正面玄関はまるで裏口のような、窓すらない無機質な灰色の両開きの扉だ。これが街中に工場を持つほどの工場なのかとも思った。
だが、そんなことは関係ない。今はそんな個人的な感想よりも優先すべきものがある。
珍しく積極的な相勤に従い、外からと内から、双方の攻撃に備えるために布陣した。
「これで何時間かな……」
「6時間とか?」
冗談交じりでそう言ってみるが、これに近い時間は記録したことがあったので冗談でもない。
より絶望的な状況を予測しただけとなった。
相勤もそれに気付いていたようで、頭上にあるダウンライトを仰ぎ見た後、再び深呼吸をした。
「こっからが本番だ」
「早く終わって欲しいな~……」
警備局に所属する局員達は、私達も含め全員が配置に就いたらしい。
一帯に響くのは遠くからの車両の音と、少し身じろぎをしたことで発生する金属音のみだ。
改めて言うが、ここからが本番だ。数時間耐久する必要がある警備任務はどうしても疲労が溜まりやすい。
これをどう逃がすか、それとも疲れ切った状態をどれだけ遠ざけられるか、経験が試される。
「足、痛い……」
「そういえば結構足小っちゃかったね」
「そうなんだよね~。足、交換してくれない?」
「やーだ」
もう、相勤は足が痛くなり始めたらしい。いくら何でも早すぎない?
……足が小さいって、そこまで不利になるのだろうか。私は普通なので分かりかねるけど。
「……ん?」
そんなどうでもいいことを考えていると、大きなカメラを担いだ人間と、マイクを持った人間が徐々に多くなってくる。
そう、マスコミである。私個人の感想としては、局長よりもマスコミの方が厄介極まりない。
局長は目の前に来たとしてもそこまで長居することはない。だが、マスコミは違う。
連中は特ダネを見つけるため、何時間でも粘って私達を見てくる。
こんな状態では、相勤と他愛もない話をすることさえ叶わない。
「はあ……」
マスコミに気取られぬよう、小さく小さく溜息を吐いた。そこからは、只々無心だった。
もしかしたら小鳥がさえずっていたかもしれない。
もしかしたら人々が楽し気に雑談をしていたかもしれない。
だが、その全ては余程でない限り耳に入ってこない。
そんな抜け殻同然な時間が30分程過ぎた頃だった。
「……物音、したよね?」
「したね」
変化があった。30分間物言わなかった扉、引いてはその工場から物音がした。
サプレッサーを装着している銃だろうか、か細いながらも確かに銃声が聞こえてくるような気がする。
が、それは暫くして収まった。私は、相勤と顔を見合わせた。
「援護して」
「りょーかい」
マスコミなど意にも介さず、工場に向かって私は銃を向けた。相勤も共に銃を向け、正体不明の何かに警戒を強める。
周辺の局員も私達の変化に気付いたのか、私たちの背後をカバーするように布陣を変えていく。
準備は整った。
「見えますでしょうか、たった今動きがありました! ヴァルキューレ警察学校の生徒が銃を工場に向けています。何か指示があったのでしょうか!」
マスコミがようやく発生した変化に大きく食らいつく。
正門に張っていた人数は元々多かったが、他局の放送を聞きつけたのか、他に張っていただろうマスコミも続々と集まってくる。
見えてはいないが、恐らくゾンビパニック物もびっくりな状態になっているに違いない。
「……足音、近いね」
「来る」
相勤の言葉で、意識を背後から正面へと戻した。耳を澄ましてみれば、マスコミの話し声や足音を縫って、静かに行動しようとする足音が確かに聞こえた。
それは、今扉を目の前にしている。そして、ドアノブを回し、引いた────
「ヴァルキューレ警備局だ、両手を上げて出てこい!!」
対象が見える前に、私は声を思い切り荒げた。相手方はそれに驚いたのか、一瞬扉を開ける手が止まった。
だが、段々と扉は開き、そしてその行動を引き起こした張本人を拝むことができた。
「警察本部通信指令に、FOX小隊は任務を終了したと伝えてくれ」
「は?」
目の前に現れたのは、ありがちなオートマタ兵などではなく、指示通りに手を上げ、セーラー服に身を包んだ四人組だった。セーラー服といってもそれだけではない。装備品は公安局を上回っているように見受けられる。
また、戦闘を相当数こなしたのか、全体的に埃にまみれ汚れているようにも見える。
しかし、得体の知れない彼女らを信用しろというのか……いや、ここは指令に聞けば分かる話だ。
「●●●ちゃん、無線」
「んえ!? ああ、わかった」
相勤は少し意外に思ったのか、少し驚いた様子を見せながらも銃から片手を離し、無線機の発信ボタンを押し込んだ。
確実に通じていることを確認してから、確認を取り始めた。
「こちらシラトリ46から警察本部」
『シラトリ46、どうぞ』
「警備実施中の建造物内からFOX小隊と名乗る4人組が出現。現在は制圧している。なお、任務を完了したとの言伝あり。判断を乞う」
『……そのままの状態を維持せよ、以上警察本部』
歯切れが悪そうに通信指令は待機を命じた。明らかに判断を迷っている様子だった。
向こうの自信あり気な態度は一体なんだったのだろうか? 真意を読み取れぬまま、数分が過ぎる。
向こうは右横の対物狙撃銃を持っている人が少し退屈そうにしている。
だが、全体的に危機感を抱いているようには見えなかった。
『警察本部からシラトリ46』
「こちらシラトリ46、どうぞ」
『対象の確認が取れた。警戒を解除、報道陣まで彼女らを誘導せよ。以上警察本部』
「……だって」
「はあ、何が何やら」
気が一気に抜けた。それと連動して銃口は下り、トリガーから指は離れた。その様子から向こうも察しがついたのか銃を担ぎ直したり、装備を確認したりしている。
通信指令の言いぶりからして、恐らく今回が初お披露目の部隊なのだろう。しかし、どこの学校だろうか?校章も全く見覚えが無い。
そんなことを考えていると、向こうが口をとがらせてくる。
「通信指令からの許可も取れたみたいだし、行っていい?」
「はい、報道陣の所まで誘導します」
相勤が私をカバーしてくれる。ここまでの援護をいつもしてくれたらいいのに、と思う。だが、肝心な時に動くだけまだマシというべきだろう。
そんな相勤の言葉を聞いて、一番左の黄色い髪をしている彼女が少し嫌そうな顔をしている。だが、それ以外は至って平静であったり、逆に決め顔を作ったりしている。
「では、こちらへ」
自分の態度の変わりように自分で苦笑いをしてしまう。だが、ここで強硬な姿勢を維持したって仕方がない。
柔軟さこそ、私はこうやって生きていく上で大切だと思っているし。そんな言い訳を並べ立てながらすぐ後ろの報道陣まで誘導した。
「ありがとうね~」
「任務、お疲れ様です」
片や手をひらつかせながら、片や礼儀正しく会釈をしながら報道陣へと堂々と歩いていく。
通信指令め。これが今回の任務内容なら事前に伝えてくれたって良かったろうに、と思う。
いや、通信指令も知らなかったのか。じゃあ、誰に問うべきだろうか。
局長?……何か違う気がする。
結局、そんなする必要もない責任論は数秒もしないうちに投げ捨ててしまった。
そんなことをやっていると、相勤が報道陣に囲まれるFOX小隊を見て呟いた。
「……なんか、別の世界の人達だね」
「確かに」
別の世界の人達、か……言われてみればそうかもしれない。
私達はいつも街にいる。常時展開することによって治安を安定させ、日々の住民生活の安全に貢献している。
それ故に目新しさ、面白みがなくマスコミは決して食らいついてくる気配はない。
だが、彼女らはそうではないのだろう。彼女らは極秘で行動し、何かしらの危険を取り除いている。
だからこそマスコミはそこに新鮮味を見出し、それをどうにか丸裸にしようと奮闘する。
「ま、私は今のままでいいや」
「同感」
私は腰に下げていた市販品のペットボトル入りコーヒーを取り出し、口に含んだ。
苦味と少し分離したであろう水分が口に広がる。なんとも不快だ。
だが、これでいいのかもしれない。その不快さこそが私達と、その生活なのだ。
太陽が昇ってくる空を見上げながらも、そう思った。
名もなき警備局員のお話第二回です。
前回は無からありがちな事件を生み出しましたが、今回はSRT特殊学園の原点となる事件である「(仮称)カイザーインダストリー軍需工場強襲」に少し色を付けてみることとしました。報道陣や野次馬の規制の為にも必要ではあると思いませんか?
まあ、ここまでとしておきましょう。
それでは、また次回までゆっくりしていってください。