連邦生徒会長が失踪し、七囚人が脱獄したあの日から早数週間。
色々な機関や時間が努力した結果、私達ヴァルキューレの仕事も以前の二割増し程度に収まるようになってきた。ま、ただでさえ人員も予算も不足しているヴァルキューレに、勤務体系を以前の状態に戻す余裕はあるはずもなく……未だカフェイン錠剤が欠かせない。
『警察本部より各局、警察本部より各局。現在シラトリ区○○町□番地△△にて、現金輸送車が襲撃された。対応可能な
また近くだ。しかも今度は現金輸送車。襲撃されて通報までするような輸送車は大抵大した金も入っていない末端だ。恐らく、数人、多くても十数人のスケバンのグループ。そんな烏合の衆が相手であるならば、対処は簡単だ。けれども……
「……眠い」
「勤務入って何件だっけ?」
相勤が突然昨日から今日にかけての振り返りをさせてくる。
確か17:00から業務を始めて、最初は近所で暴れるチンピラを懲らしめるために手榴弾を手当たり次第投げてた老人を制圧したはず。次は道路を占拠していたヘルメット団を公安局と共同で制圧、逮捕。……あともう5つあったような気がするけど、こんなものだ。
「多分7件かな。6件は生活安全局に事後処理投げたけど」
「じゃ、これは面倒な案件2件目だね」
「……無線、入れて」
もはや、こんな事案対応は日常だ。
昔々はたった1つのコンビニ強盗にも緊張感を持っていたような覚えがあるが、そんな初心はとうの昔に忘れてしまった。だが、そんな初心の日々と共にあった太陽は変わらず、私達を照らしている。
「ふう、終わり」
「じゃ、行くよ」
人々に警戒心を芽生えさせる音を出し、嫌でも目につくランプを激しく回転させる。
私達と同じく、公権力に比較的従順な市民の方々はこの車が近づくと車を路肩に寄せ、道を開けてくれる。こんな時に面倒事が起きないのは有難く思う。いや、本当に。
「本部はなんか耳寄りな情報言ってた?」
「いや。多分まだ着いてるトコがないんだろうね」
「……一番槍は嫌だね」
「もし重武装犯だったら蜂の巣だし」
……病院送りになったら休暇が合法的に取れるという打算が頭に過ったが、あまりにも末期なことを自覚してしまったので、自身の奥底に封じた。横をちらっと見てみると、楽天家で脳内が食と私弄りの相勤も少々イラついているのが目に見える。
『シラトリ12から警察本部』
『シラトリ12どうぞ』
一方は少々焦りを湛えながら、一方は落ち着きを保ちながら無線通信を開始した。
その声を聞き、情報を得るためにも私達は声を控えた。ノイズ交じりの無線音声は、確かに音声を耳まで届けてくれる。
『先の護送車襲撃のマル被、黒のセダンに乗って北に逃走。追跡しますどうぞ』
『了解、受傷事故防止に留意しつつ追跡せよ。以上警察本部』
その後に続いて警察本部は周辺にいるPCに対して逃走予測ルート上にバリケード等を構築し、待ち構えろとのお達しを告げる。
しかし、あの住所から北側か……ここらは都市計画の甲斐もあってか、
道路は北から南、又は東から西へと伸びている。
「真っすぐ進んでくるなら、ここは通るね」
「郊外に逃げるならあそこから直進が一番速い。そこらで交通規制してスパイク・ストリップ置くよ」
「はいはーい」
相勤と意見は一致した。
そして、ここは区内ではそこまで多くない片側一車線の道路だ。
もし通るなら確実に踏む。そんな算段を立てつつも、パトカーを相手方が速攻で見つけられそうにない場所に停めた。
「こちらシラトリ46から護送車襲撃を追跡するPCへ。現在シラトリ区×□町△番地○にてスパイク・ストリップを設置。注意せよ」
『こちらシラトリ12、注意する』
私が無線で追っかけている側に注意しているとき、
相勤はまず慣れた手付きで車両の誘導を済ませ、設置すべきものを設置する。
市民達の殆どはそれに従って適正な道へと進むが、一部従わない愚民に対しては持ち前のユルさとのギャップで従わせ、最後は笑いながらその車両を見送っている。
「■■■ちゃーん。準備オッケー?」
「オッケー!」
私はそういうと少し遠くにいる相勤に腕を使って大きく丸を作って見せる。
彼女はそれを聞いて安心したのか、交差点に犯罪者以外の侵入者が出ないよう、東から西へと伸びる道を見ている。段々と、追跡しているパトカーのサイレンが近づいてくる。いよいよだ。一度切りのスパイク、外すわけにはいかない。
『シラトリ12からシラトリ46へ。間もなく到達』
応答はせずに、狙い澄ます────見えた。黒のセダンだ。あれは100キロは出てるに違いない。都市部の平坦な道を出来る限りの速度で走行している。
運転に慣れていないのか、今にでもぶつかりそうな運転のような気がする。
これ、当てたら決めれるな。そんなことを思っていると、セダンは段々と接近してくる。
さあ、来い。準備は出来てる。
「……今!!」
力一杯スパイクを投げた。それは見事にセダンのタイヤを4本全て駄目にしたようだ。
空気が抜けるのが早かったのか、明らかに左に進路が変わった────忘れる前にスパイクは引き上げよう。パトカーに当たって始末書は勘弁だ。
「おー」
相勤がそれなりの声で音を発したので、セダンの方を向いてみた。
先は左に進路が変わったと思っていたが、案外右にも行っている。
要するに、運転手は努力しているらしいが、はっきり言って操縦は出来ていない。
段々と揺れは大きくなり、終いには相勤が陣取っていたほうの近くにあった花壇に思い切り突っ込んだ。
「今行くよー!」
「はーい」
私はそう言うとショットガンを持ち、弾を込めながら相勤の元へと走った。
金属音とタイルを踏みつける音が平等に耳まで響いてくる。
だが、それよりも大きい音が今横を通って行った。
アスファルトに損傷を与え、サイレンを無料でまき散らしながらパトカーが現着したのだ。
「シラトリ46から警察本部。スパイク・ストリップ成功。逃走車両は花壇に突っ込み停止した。どうぞ」
『こちら警察本部、了解。そのままマル被を逮捕せよ』
そう指令を受けたのはシラトリ12の局員であったが、セダンに一番近いのはシラトリ46────要するに、相勤であった。
彼女は、勤務のとき以外に出さない声量と声の種類でマル被に警告する。
そして、その後に続くようにシラトリ12の局員が警告する。
「ヴァルキューレ警備局だ! 武器を捨て、両手を上げて出てこい!」
「動くな、警備局だ!!」
被疑者が応答しない内に、私も含めた局員が続々と集まってくる。
それを見たのか、そうでないのか……スモークガラスで見えなかった車内は
ドアが開くことによって露わになった。
そしてヘルメットを装着した彼女らは両手を上げて出てくる。賢明な判断だ。
面倒事が1つ減ったと言っても過言ではない。
「う、撃たないで……」
「変な動きをしないでよ?」
それを捕らえるのに動いたのは相勤であった。私はそれを援護するように、
ショットガンを構えたまま被疑者の前に陣取った。
相手が素手で反撃したくとも出来ない、ギリギリの範囲に。だが、その反撃の唯一の手段でもある腕を相勤が掴んだ。
「えーと……○月□日午前9:23。貴方を緊急逮捕する」
そう言うと共に、手錠にマル被の両腕を収めた。そのとき、被疑者は私達に対する反撃の手段を失った。車の反対側でも同様のことが行われている様子で、更なる応援に来ていた局員が逮捕しているだろう物音や声が聞こえる。
「よし、こっちおいで」
相勤はいつものテンションを取り戻したようで、私と被疑者を手招きしてくる。
少し呆れ顔が出てきそうにはなったが、真ん前にいる相手が相手なので控えた。
少し眉を
「な、なあ」
「なんだ?」
被疑者は、少し恐れながら私に質問を投げかけようとしている。
特にそこまで制限するつもりもないので、そのまま続けるよう促した。
「狂犬の取り調べって、あるのか……?」
「狂犬……」
……ああ、公安局の尾刃カンナ局長か。そういえば、そんな異名が付いていたような気がする。
まあ、捕まえたのが警備局だし。余程黙秘を続けるか、重大犯罪と認定されることがなければ不必要だろう。だが、脅したくなったので少し色を付けよう。
「ああ、恐らくな」
「えっ……」
目の前のヘルメット頭は一目で分かるほど恐怖のどん底に落ちているらしい。
ぶつぶつと様々な言葉を吐き続け、歩く速度も遅くなった。明らかに絶望している。
そこまでか……? そうも思ったが、流石に可愛そうなので救済することにした。
「ま、これから聞かれること全てに
「……!」
感情表現が豊かだな。ヘルメット越しでも希望に対して目を輝かせていることが伝わる。
一周回って愛らしくもなってきたが、そろそろ相勤の元に到着だ。
意識を相勤と、なぜか横にあるシラトリ12のパトカーに向けた。
「ささ、こん中入って」
「あ、はい」
何か抵抗すれば狂犬送りだと悟ったのか、被疑者はスムーズにパトカーの後部座席に座った。
そしてそのまま思い切りドアを閉めた。そしてその軽い足取りのまま私の肩を引っ張ってくる。
下らんことを考えているのだろうか。そう考えても、逆らう気力もないのでそのまま為されるがまま動いた。
「●●●ちゃん、マル被は……?」
「ああ、シラトリ12に任せりゃいいじゃーん」
どこかの柔らかい戦車の如く後退していると、シラトリ12のコンビがパトカーへと帰ってきたらしい。あちらもマル被を確保できたらしく、後部座席のドアを慣れた手つきで開けた。
「……どうも?」
「ああ、どうも」
どうやら予想だにしていなかったようで、上手く目の前にある情報を嚙み切れていない。マル被は少し気まずそうにしている。中々面白い。
「ちょっとー!? ●●●さーん!!」
「な~に~?」
「そっちのマル被はそっちで持ってってくださいよー!」
シラトリ12もとい、1年生の警備局員がド直球な声掛けをしてくる。
そのときには私は普通に、独立してパトカーへと進路を取っていた。
そのため、相勤は自由になった右手をひらつかせながら、無責任に応答した。
「ま、こっちのが効率的だしよろしくね~」
「はあ……」
これ以上は仮にも上級生だから諦めたのか、
それとも人間性を見て諦めたのか定かではないが……
渋々パトカーと正対し、官帽と頭の隙間から人差し指を差し込み頭を掻いている。
「なんとかなったな~」
「……後輩ちゃんをあんまり困らせないように」
「あーい」
全く以て反省してない相勤の横っ腹を、
懲罰の意味合いも込めてさりげなく小突くいた。
大きくは動かないものの、確かに耐えているのが見て取れる。
もう1年も仲良く勤務しているのだから、弱点などお見通しだ。
……後輩ちゃんには、後でお菓子でも差し入れしよう。確かグミ、特にロココが好きだったかな。
「交通局のレッカーは後10分くらい?」
「あぁ……残念なお知らせ~」
段々とテンションが低くなってくる声で、私を引き付ける。
そしてその流れでレッカーがどこにいるかを表しているタブレットを見せてくる。
あちゃー……こりゃ大分時間かかりそうだ。
「全部出払ってるのか……」
「1時間はかかるかもね~……」
引継ぎは出来ないものか、そうも思ったが……無線で「定時が近いため交代要員を要請する」などと言ったときには、警備局長からどやされるに違いない。
結局、元暴走車両を他のならず者共に分捕られないよう警備する羽目になった。
「あ、すみません」
「はい、どうしましたか?」
運よく、一般市民が相勤のほうに話しかけた。人の好さそうな笑顔を見せながら、
タブレット端末から地図を呼び出した。
老人が我々警察学校生に話しかけるときは、大抵道案内を求めているときだろう。
失物であれば、支局に行くのが当然であろうし────私は相勤の目も補うよう、警戒を強めた。
『レッカー06からシラトリ42』
「こちらシラトリ42どうぞ」
『間もなく現着、どうぞ』
「了解、路肩にて待機中。以上」
老人が立ち去り、通行人が幾人も行き交った。自動車や戦車、そして装甲車達は、
路肩に堂々と鎮座する車両を疎ましく思いながらも、何食わぬ顔をして通って行った。
そんなつまらない時間もようやく終わりを告げるらしい。やっとだ、やっと。
「●●●ちゃん、もうすぐだってよ?」
「やっとだね~。今何時?」
そう言われて腕時計を見てみる。10:34か……本当に1時間かかっちゃったか。
推測するに、煩わしい書類手続きに行く手を阻まれたに違いない。
はぁ……それの被害に遭う現場を考えてほしいものだ。
「ま、もうそろそろ飯時だ」
「……昼、いや晩御飯はどうしようか」
「和食がいいね」
「じゃさつき軒にしよっか~」
流れるように晩飯が決まった。まあ、舌においても信頼できるのでいいんだけども……
ま、長い勤務もようやく終わりだ。飯食ってシャワー浴びてさっさと寝よう。
そう思ってキャップを被り直し道路を仰ぎ見たとき、レッカーがこちらを見ていた。
『レッカー06よりシラトリ42へ、只今現着。どうぞ』
「了解。交通整備は任されたし」
さっさと終わらせるとしよう。
そう思い相勤に目配せをすると、向こうは既にこちらを見ていたようで「遅いぞ」と言わんばかりの顔だ。だが意思は疎通できた様子で、誘導棒を持って道へと躍り出た。私も続くとしよう。
『このまま車両の後ろに付ける』
2つの笛の音が片側一車線の道路中に響き渡る。信号機に代って警察学校生が交差点を支配した。街路樹は風によって騒がしさを増し、車両が持つ音に加勢している。
だが、そんなことに運転手たちは左右されず、誘導に従い行動する。
「よーし。持ち上げろ!」
「はーい」
レッカー06は、私達を1時間も待たせたと思えない早さで作業を進めている。
私達が帰る時間が大きく変わることはないであろうが、その心がありがたい。
程なくして、作業は完了した。
「では、私達はこれで」
「お疲れ様です。後は頼みます」
これに答えるかのように、レッカーの局員は右手を上げた。
それを見て、私達は歩道へと退いた。交通は平穏を取り戻し、何もなかったかのように動き始める。だが、依然として風は強い。今回、それは車が持つ騒音とはまた違う音に感じられた
────いい音だ。
「じゃ、帰ろうか」
「先ずは腹ごしらえだね。近くのさつき軒は~っと……」
私用にタブレット端末を使っているのが一目見てもわかるが、結局は欲求の方が優先だ。
やっぱりそうであるほうが人として正しい。規則は固すぎると、生きた心地がしないし。
そう思いつつも、私は相勤よりも先にパトカーの中へと入った。
「ふぅ……」
「ちょーっと、待ってくれてもいいじゃん」
「まま、ゆっくり調べてよ」
「もう終わっちゃったんだけどな~」
「じゃ、指示はよろしく」と言おうとした矢先、雑音の中を突っ切って、
余りにも騒がしい音声が耳へと飛び込んでくる。
いつもの音も中々に嫌っている自覚はあるが、今回のは特にだ。もう吐きそうだ。
業務時間は留まるところを知らないらしい。
『至急、至急!! サンクトゥム02より各局、サンクトゥムタワーが爆発、繰り返すサンクトゥムタワーが爆発!!』
『至急、しきゅーう!! サンクトゥム08より各局、所属不明の生徒がタワー内で蜂起、応援を要請する!!』
本日も公僕たる彼女らのデスマーチは続きます。
ヴァルキューレは七囚人脱獄の件もあり、どうやら募集が上手くいかなかったらしいので警備局
二人組はこうなっています。そのうち事件対応中に立って寝始めそうな感じもしますが……まあ、ぶっ倒れはしないでしょう。彼女らそこそこ強いので。
それでは、次回までゆっくりしていってください。