『サンクトゥム02より警察本部。サンクトゥムタワー高層階にて火災発生、消防を要請』
『警察本部了解。直ちに車両を向かわせる』
『サンクトゥム12より警察本部、襲撃犯はパラグライダーにて逃走。方角は北西!!』
『警察本部了解。周辺の
引っ切り無しに無線が流れる。しっかし逃走先はサンクトゥムタワーから北西か……
こっちは真北、しかも数キロ離れてるし来ないかな。
けれども、グライダーならば陸路の移動もあるはずだ。検問がシラトリ区一帯に敷かれることはほぼ確定事項。つまり、私達には昼飯を食う時間が与えられない……恐る恐る、相勤の顔を覗いてみる。
「●●●ちゃん……?」
「襲撃犯……ここ通ってくれたらいいなー!」
飯の恨みは最も怖いとはよく言ったものだ。
真横に恨みを募らせている人間がいるものだから、その言葉が骨身に染みる。
もう、触れない方がいいだろう。さっさと業務に戻るが吉に違いない。
かくして、私は相勤の意識を逸らそうとした……
そしてそんな私を援護するかの如く、コール音と共に無線が流れてくる。
僥倖だ。
『警察本部より各局、警察本部より各局。現在のサンクトゥムタワーに対するテロ事案につき特別緊急配備を発令する。発令範囲はサンクトゥムタワーを中心として40kmとする。各PCは検問を形成しマル被の検挙に当たれ、以上警察本部』
よし、さっさと検問を作るとしよう。タブレットによると周辺にPCも複数いる。応援には事欠かないだろう。
だが、相勤にそれをやらせるときではない気がするため、こっちで粛々と進める。
ヤツが本領を発揮するのは市民と犯罪者対応だ。
「シラトリ46からシラトリ21へ」
『こちらシラトリ21、どうしました?』
「こちらで検問を形成したい。応援を求む」
『了解。直ちに向かいます』
よし。話は付いた、さっさと始めよう。
検問をやるためには片側の車線を塞ぐ必要がある。今回の検問は凶悪犯相手だし、カラーコーンのみでは少々不十分だ。
パトカーで埋めるほうが適切で確実だろう。相勤には、必要な行動をいつも通り指示した。そろそろ大丈夫だろう。
「車両の誘導して、検問作るよ」
「はーい……」
相勤はそう気だるそうに返答すると、蛍光色のベストを着用して外に出る。
一応の装備品としてパトカーに常備されている笛は、このときの為にある。
いつもならにこやかに、ゆったりと誘導している相勤だが、今回は雑だ。
無理矢理通ろうとする車両の正面に立ち、ぶっきらぼうに笛を鳴らし、誘導棒を振り回す。
「そこ、進むな!!」
「ストーップ!!」
パッシングに負けず劣らずの声だ。久々にあそこまでの大きい声は聞いたな。
ま、こちらもさっさと駐車して加勢しよう。サンクトゥムタワーを背にし、車を停めた。
エンジンは間違っても止めない。万に1つの事案に備えなければならないから。
「遅いよ、運転下手になった?」
「いつもと変わらないよ、気が急いてるんじゃない?」
そう、なんてったってまだ襲撃犯が割れてないからね。
銃なんて誰でも持ってるし、襲撃に必要な道具はそこらに捨てても可笑しくない。
恐らく大した反撃も受けてないだろうし、外傷からの判別も困難だ。
本部からの情報提供を待つ必要があるな────
『警察本部より各局、警察本部より各局。マル被が判明。タブレット端末に共有する、確認せよ。以上警察本部』
ベストタイミングだ、仕事が早い。懐に忍ばせておいたタブレット端末を取り出す。
さてさて、今回の襲撃を引き起こしたロクデナシはどこのどいつかな~?
「えっ」
「どしたの、そんな予想外だった?」
相勤がそう言いながら端末を覗き見てくる。私はそれに反応して相勤のほうを向いた。
彼女は概ね私の衝撃がどのようなものから生じたのか理解したのか、理解の目線を向けてくる。
想像すらしてなかった。最近は宙釣りになってたとはいえ、まさかね……
「FOX小隊、か」
「1年、しかも先行入学のときの事案だったっけ」
思い出深い事案だ。ひよっこながら慣れてきた数ヶ月目、今までの事案とは全く違う任務に緊張したのはよく覚えてる。
カイザーの工場の中から出てくる表舞台の人々も、よく覚えてる。だが、堕ちたのか……彼女達が。
「諸行無常、だね」
「……」
相勤がそう声をかけてくるが、私は少々、その”よく纏められた言葉”に乗る気持ちにはならなかった。
彼女達ほどの信念を持っていたはずの組織がここまで堕ちたのだ。少し恐怖すら覚える。目の前の少女が少し辛辣なのは、飯の恨みがそれなりの原因なのだろうなと思いつつ。
「じゃ、始めよっか」
「そうだね。先頭車こっち来てください!」
切り替えをなんとか行い、相勤に指示を出す。
それにスムーズに彼女は呼応し、規定通りの動作をしながら車両を誘導する。
さあ、この検問第一号のお客様だ。灰色のワンボックス。運転手だけか。
こういうのはお得意の相勤が、いの一番に話しに言った。
「すみません、現在犯人逮捕のため検問を一斉に敷いてまして、ご協力お願いします」
「……時間が押してるの、早くして」
「では、IDカードと運転免許証を見せて頂けますか?」
「はいはい」
態度が余りにも悪い。まあ、時間に追われる社会人なんてこんなもんか。
顔を見ても、FOX小隊には似ても似つかない。大丈夫だろう。
まあ、変装とかしてない限りだけど。一応、それも警戒して追加の質問を相勤はする。
「今日はどのようなことされてましたか?」
「パートよ、パート! それで終わったからこれから息子を迎えに行くの。早くして」
「ちなみにどこで働かれてますか?」
「それ必要? 個人情報じゃないの!?」
初手からこれほどとは……先が思いやられる。ここまで頑固だと逆にそうではないのだろうという気はするけど。
相勤もそう思ったのか、上手く流そうとする。幸いなことに、どうやらそこには突っかかって来ることは無かった。
「いえ、大丈夫です。ご協力ありがとうございます」
「ふん」
軽自動車はそのまま走り去っていく。だが、この一両で終わるはずもない。ここはシラトリ区。
キヴォトスの中でもかなり栄えているほうに分類される。つまり、それ相応の交通量があることを意味する。
「次、進んでこーい!」
「ストップ!」
誘導棒を必死に振り、止め、そして身分を確認し続けた。ただひたすらに。
これも全て、私たちの平穏な勤務を破壊した彼女らをとっ捕まえるためだ。
もう、とっくの昔に退勤時間など過ぎている。睡眠時間がどんどんと削られていく。
「はい、次ー」
「止まってねー。免許証とIDカードを見せてください」
最早、市民に対する最低限の配慮すら忘れ去ってしまった。
だが、このモードに入ってからクレームは1つたりとも入っていない。
何故なのかは、知らない。そんなどうでもいいことにすら考えを巡らせるのが面倒になってきた。いよいよ限界が迫っている。
錠剤にそろそろ手を出そうとしたとき、気になる車両が一台入ってくる。
「はい、止まって。免許証とIDカード見せてください」
「はいどうぞ。お勤めご苦労様です」
「それはどうも。ちなみに今日はどのようなご用件で?」
灰色のバンに乗っている人間は4人。全員キツネ耳だ。
髪色は運転手がピンク、助手席が黒、後部座席が黄と茶。
見覚えがある。いや、忘れるはずがない。
彼女達との初邂逅は入学してすぐだった。それだけに思い出深い。
だがピンク髪の生徒は淀みなく、当たり障りのない回答を相勤に渡してくる。
「D.U.内に古い友人がいまして……姉妹全員で会いに行っていたところです」
「そうですか。ではこれからは?」
「少し観光していこうと思っているところです」
対応途中に現着していたシラトリ21に目線を送る。
特殊部隊相手にどこまで感づかれないかは疑問だが、極力発覚しないように配置を変更する。だが、そう動いたのが原因か、それとも質問が原因か……どちらにしろ、狐の動きに変化があった。
「ちなみに、車内を調べても?」
「……すみませんが、それは出来ませんね」
「何故です。何かやましいことがあるんですか?」
「いえ、そういう訳では……」
彼女は、動揺しているように見えて冷静そのものだった。
少なくとも、私にはそう見えた。
楽に捕まえられるタイムリミットは刻々と近づいていた。
だが、焦るべきではない。
「現在、ヴァルキューレ警察学校はサンクトゥムタワーを襲撃した“重犯罪者”を確保するため全力を挙げています。協力してくださいますね?」
相勤は段々と、苛立ちを表面に押し出す。
まあ、襲撃を起こした張本人なのだから応じないのは当然だ。
そして、ここで大人しく降伏するのもあり得ない。
例え堕ちたとしても、学んだことは生き続ける。
「すみませんね、それでは」
ピンク髪がそう小声で言うと、目の前のバンは驚くほど速く走り出した。
そして、目の前に陣取っていた局員をボーリングのピンの如く跳ね飛ばしていった。
私は、薄々そうなることを察していたのもあり、自然と無線に手が伸びていた。
「至急、至急!! シラトリ46から各局、シラトリ46から各局。シラトリ区○○丁目■■番△△にて、サンクトゥムタワー襲撃のマル被と接触、しかし再び北西へと逃走!! 至急応援求む!!」
後にも無線は続いて流れていたが、聞く必要はない。
今、ここで逃してしまえば恐らく再補足は困難を極めるだろう。
私は、段々と遠ざかるバンを見ながらも、相勤にすら声を掛けずパトカーへと全力で走る。
一秒すらも惜しい。
「遅いよ■■■ちゃん!」
「ああ、先回りされてたか……」
「んなこと言ってないで、い────」
相勤がそう言い切る前に、シートベルトすらも締めずに思い切りアクセルを踏んだ。
普通の自動車とは段違いの馬力は、今ここで活かされる。シラトリ区郊外へと続く坂を駆けののぼ────いや、跳んだ。速度が出過ぎだのか、跳んだのだ。
本来目線と同じところにあるはずの住宅の窓が、少し下に見えた。
「ちょっと流石に雑じゃない!?」
「いいから、さっさとサイレン付けて!!」
文句がいくつもありそうな顔をしていたが、それはそうと指示には従ってくれる。
暴走車が、一瞬にして街の治安を守らんとするパトカーへと早変わりだ。
……奴らの後ろ髪は辛うじて掴んでいる。だが、掴めているのは精々髪が数本といったところだ。
「緊急車両通ります、道開けてください!! 緊急車両通ります!!」
相勤は、マイクを握って周囲に道を開けるよう促す。やけに速度を出し、尚且つそこから出る声がやけにガラが悪いものだから、従わない車は一両たりともいない。
そう、FOX小隊を除いて。だが、段々と近づいている。ようやく髪をまともに掴めたといったところだ。
「●●●ちゃん、たしかFOX小隊には対物狙撃銃もいた。後ろに着いたら牽制射撃して。ただ、相手が射撃を止めたら無理しなくていい」
「了解」
速度差的には明らかにこっちが優位らしい。その為、位置取りはこっちが選べる。
対物狙撃銃などという超長物は恐らく後ろにしか指向できないはず。
よって、彼から右斜め後方に陣取ることにした。これなら相勤も撃てる。
「そこのバンさっさと止まれ!! 止まれ!!」
怒号がサイレンと共に周辺に響く。
そう、エンジン音を除けばその場にはそれしかないはずである。
だが、ここはキヴォトス。当然使われるものがある。
明らかに通常の小火器からは出ない、大口径の銃声が街中に響いた。
幸いなことに命中はしなかった。
「危っぶな……」
「シラトリ46から警察本部!! マル被は対物ライフルを所持している。なお逃走方向は変わらず北西。至急応援を求む!!」
『警察本部からシラトリ46へ。間もなく航空隊が現着予定、追跡を続けろ。以上警察本部』
相勤は、お返しよりも先に本部へと悲鳴交じりの応援要請を送る。
しかし航空隊も出てくるのか。さすがサンクトゥムタワー襲撃のマル被。
本部もパトカーだけでは歓迎し足りないらしい。
だが、航空隊が現着する前にお返しをしなければならない。
「車体安定させてよ!!」
「あいあい」
極力、相勤は身体を露出させないように窓から身を乗り出す。市街地でなければゲリラ撃ちでもいいものを……兎も角、相手を牽制すべく、相勤は引き金を引いた。7.62mmの弾丸が行儀よくバンのリアガラスへと突っ込んでいく。
よく見れば、その太陽が照らしきれない暗がりの中に長い、タンカラーの銃身が見えた。だが、それは右に思い切り動く。そう、避けたのだ。恐らく相勤が引き金を引いたのを見てハンドルを切ったのだろう。末恐ろしい。
「チッ……」
「そう簡単には当たってくれないか」
やはり、一般の警察学校生2人が特殊部隊員をどうにかするのは厳しいらしい。
追い縋るのが精一杯だ。だが、それは私らだけの場合だ。サイレン音が続々と近づいてくる。
「マル被□△交差点を左折」
『こちらシラトリ04、まもなく合流』
『シラトリ23からシラトリ46へ。こちらも合流する』
それを悟ってか、マル被は挟み撃ちにされないよう交差点を曲がり続ける。
それの副次的効果か、これ以上近づけない……! 厄介だ。流石SRTの最精鋭といったところか。
「さっさと止まれ!! これ以上は市民に被害が出るぞ!! 止まれ!!」
「埒が明かないな……」
私がそうボヤくと、相勤もそう思っていたのかしばし考えを整理するような素振りを見せる。だが、それは数秒後には終了し、マイクの代わりに無線機を握っていた。
そういえば、先からヘリの音が聞こえる気がする。タブレット端末を確認すればコールサインもわかるだろう。
「シラトリ46からカモメ07へ、
『それは厳しい。どうぞ』
「了解した。以上」
流石に市街地では厳しいか……誤爆したときが恐ろしいし、そも連中がなんらかの対抗手段を持ってる可能性も捨てきれない。はあ……脱サラした連中を追い回す現職の身になって欲しいものだ。連中、何を狙ってるのやら。
「逃げ方が狡いな、いや上手いと言うべきか」
「形成されたバリケードにも引っ掛からないね」
「……」
何かからくりがあると踏むべきだろうか。運が良いと言われればそれまでだが。
少し、この状況にも慣れて来たので情報を整理する。
眼前にある、灰色の塊を追うことは止めない。
片側一車線なのは変わらないが、とうとう歩道がないような道にまで入ってきた。
路駐してある車がうざったらしい。
「からくり、何だと思う?」
「そうだね~……」
カーチェイスを背景に追いやり、共に悩む。
そういえば、始めに数発撃ってから対物狙撃銃が飛んでこないな。
察するに、その人員は別の仕事をしている。
特殊部隊員一人を付きっ切りにする、尚且つ車両内ですることを。
「防犯カメラのハッキング、ルートの策定……」
「あ、そういえばドローンとかって配備されてなかったっけ? 広報映像でそんなんあったような」
「それだ! 本部に連絡をしてみて」
「りょーかい」
ドローンの操縦であれば、自立型でない限り一人は付きっ切りだ。それに車よりも高速で飛行し、情報を得る必要がある。それを操縦するにはそれなりの腕が必要なはずだ。さすがのFOXとはいえ、全員が全員それを出来るはずもない。スナイパーがそれを担当するのも頷ける。
「シラトリ46から警察本部へ、マル被はドローンを使用し逃走を有利に進めている可能性がある。可能であれば撃墜してほしい。どうぞ」
『警察本部了解。警察本部からカモメ07へ。先の無線の通り、マル被の
「カモメ07了解。そちらに注力する」
近くにあったヘリの音が、段々と離れていく。犯人を追いかけるために低空に降りて来ていたが、レーダーを有効に活用するにはある程度の高度は必要だ、とshort動画で見た覚えがある。
航空隊なら然程時間をかけずに済ませるはずだ。
『捉えた……FOX2』
頭上の青と白の絵画に、一本の白線が描かれる。
赤と黒の炎が、小さな点を飲み込んだ。
それが晴れた頃には、そこにはもう何も残っていなかった。
これで連中はそのうち網に引っ掛かる。あと一歩だ。
「よし、連中曲がらない」
「このまま追いつけるね」
私は、アクセルをより強く踏み込んだ。そろそろ、PITマニューバーを使用してもいい頃合いだろう。ここまでの高速域だ。いつ受傷事故を引き起こす車両が出て来ても可笑しくない。
「シラトリ46から警察本部。PITマニューバーの使用許可を要請する」
『警察本部からシラトリ46へ、PITマニューバーの使用を許可』
よし、これで終いにしてやる。位置に付くためにも、さらに速度を上げる。
近くへ、より近くへ。正しい位置へ、正しい速度へ。
奴らの頭を今蹴り飛ばして────
「銃口、こっち向いてる!!」
「ああ……」
……慢心してしまった。今、目が合ってしまった────要するに、銃弾は命中する。どうやら、先に網を敷いていたのは彼女らだったらしい。50口径がこちらを見据えている。
「せめて左に避ける、対ショック!!」
後続を巻き込まないためにも、私はハンドルを左に切った。と同時に、バンのリアガラスから火炎が躍り出た。50口径は、正確にエンジンを貫いた────速度は80kmも出てる。明日までに起きれるといいけど。
「結局こうなるのか~……」
相勤の呆れた声がこちらによく響く。情けない限りだ。
制御が利かなくなったパトカーは、街路樹へと真っ直ぐに進んでいく。気絶したら睡眠代わりになるだろうか。白煙を目の前に、衝撃と共に私達は意識を手放した。
出来れば、8時間後に起こしてほしい。
FOX小隊がどのようなルートで逃走したかは勿論公式から明かされていません。
まあ、今回のルートは特殊部隊としては少々不用心かもしれませんが……少なくとも、ヴァルキューレより上手であるのは確かです。
彼女らは狐の後ろ髪をいつまで持つことが出来るでしょうか。
それでは、次回までゆっくりしていってください。