季漢秘話   作:KKS

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治世の能臣

 異世界の英傑とのファーストコンタクトは、無事終えることができた。首がまだ繋がっているのが、なによりの証拠だった。

 三人の駆る馬の後ろを、どうにかついていく。時たま跳ね上がる泥が視界によろしくない。捕虜(?)の安全を微塵も気にしないあたり、さすが曹操たちは殺伐とした世界に生きている。これで颯爽と馬に跨ることができればよかったのだが、残念ながら一般人である俺にそこまでのスキルはない。

 

「きびきび歩けよ、菊池とやら。このままだと、城に帰るのが夜中になってしまう。貴様とて、野犬の餌にはなりたくないだろう?」

「それは、もちろん!」

 

 夏侯淵からの手厳しい発破だった。

 野犬どころか、古代中国の治安を考えれば、人間に襲われる可能性だってかなりの確率であるのだろう。しかも、現在が後漢末期ともなれば、かの黄巾賊やらなんやらと、出くわすかもしれなかった。

 

「華琳さま。こやつの首、やはりすっぱりと落としておくべきだったのてはありませんか。さすれば、面倒事もすべて無くなるわけですし」

「そうやって結論を急ぎすぎるのは、あなたの悪い癖よ、春蘭。大人になったのだし、そろそろ我慢することも覚えなさいな。それとも、そんなにしてまで私に躾けてほしいのかしら」

「んはっ!? そ、それはもう」

「なあ姉者。華琳さまのお言葉に興奮するのは構わないが、人前で涎を垂らすのはやめないか」

「なっ、ないないない。断じて、私は桂花のような情けない面を晒してなどいないぞ」

 

 厳しかった雰囲気はどこえやら、姉と会話する夏侯淵はどこまでも愉しそうだった。

 

「ええっと、それでなんだけどさ」

 

 ふと浮かんできた疑問である。三人とも、空気が緩んできた途端、聞き馴染みのない名前で呼びあうようになっていた。

 曹操がカリンで、夏侯惇がシュンラン。夏侯淵の方は、まだ不明である。それぞれ、孟徳と元譲という字があるはずだった。

 

「なあ。さっきから気になってるんだけど、カリンとかシュンランとか、それってなに?」

 

 そこまで口にした瞬間、コンマ数秒の間だったと認識しているが、あたりの気温がマイナスまで冷え込んだ気がしていた。

 きっと、とんでもない地雷を踏み抜いてしまったのだろう。時代的なことをよくよく考えれば、過去に遡るほど名前の扱いはものすごくセンシティブだ。というか、それなら他人に聞こえる程度の音量で話さないでもらえると非常に助かるのだが。曹操と名乗ってきた時点で、普通は油断するっての。

 氷点下まで落ち込んでいた気温が、徐々に回復している気配があった。馬鹿デカい夏侯惇の舌打ちが鳴っているが、さすがに聞こえないふりをしておこう。

 

「うふふ。どこぞの馬鹿に感謝しておくべきね、あなたは。これが十年も前の出来事だったら、とっくに胴体から首が離れているんじゃないかしら。ねえ、秋蘭?」

「はい、華琳さま。つくづく運のよい男ですよ、この菊池某は。そもそも、落ちた先で遭遇したのが、われらのようにいたく理性的な相手だったのですから」

 

 残機がいくつあっても足りないから、夏侯淵の誘いには乗らず華麗にスルーを決め込んだ。

 曹操の口ぶりからすると、今は認識変更の過渡期なのだろうか。異邦人である自分からしてみると、この流れはほんとにありがたい。絶対に嫌だぞ。初見回避不可能なハメ技のせいで、儚い人生を終えるのだけは。

 

「そういえばだけど、この世界にもやっぱりいたりするのか。その、頭に黄色い布を巻いた連中がさ」

「ふうん? あなた、星から落ちてきた割にはよく知っているじゃない。黄巾党か……。それはもう、面倒な相手だったわよ。斬っても斬っても、いくらでも湧いてくるのですもの」

「ですが、乱世を決定づけたのもまた、あの闘いなのです。諸侯の飛躍も、黄巾の乱がなければ叶いませんでした」

「うむ。なんだか懐かしいな、秋蘭。あやつとの出逢いも、黄巾賊との戦の最中だった。しかし、今になっても悔やまれる。あの場でどさくさ紛れにアレを斬っていれば、あるいはわれらこそが……」

「縁起でもない妄想はそこまでになさい、春蘭。また、派手に泣かされたって知らないわよ」

「やっ。そ、その話を蒸し返すのだけはご勘弁を、華琳さまっ」

 

 黄巾賊を話題に出してから、三人が先ほどまでとはまったく違う方向に盛り上がってしまっている。というか、この武力一辺倒な感じのする夏侯惇が泣かされるってなにごとだよ。

 冷静になって振り返ってみる。会話の内容的に、もう黄巾の乱は終熄しているのだろう。となると、次なる大きめのイベントとなると、反董卓連合あたりになるのか。そこから、諸侯は中央の制御から完全に外れて、独自の勢力を築くようになる。その動きが最大限に達したとき、魏呉蜀による三つ巴の争いが勃発するのだ。

 

「黄巾の乱のこともそうだけどさ、星から落ちてきた俺には、そのあたりの流れを予想する力があるのかもしれないんだ。曹操は、いずれこの国の覇者になりたいんだろう? だったら……!」

 

 ここぞとばかりに、自分のセールスポイントをまくし立てる。現代じゃ単なる学生だった俺も、ここでは凄腕の預言者になれてしまうのだ。ちょっとばかし危なっかしい役回りな気もするが、即戦力として台頭するんだったら道はそれしかない。

 それに、ここで曹操と出逢ったのもなにかの縁だ。覇道の完成を側で見守ることができれば、これ以上の栄誉はないのではないか、と武史は思う。

 

「いずれですって……? あははっ。なかなか面白いことを言うじゃない、あなた。けれど、どうして今になって私が天下を乱さなくてはいけないのよ。それこそ、戦で死んでいった者たちに対する、冒涜になってしまうじゃない」

「はっ、えっ……? 曹操に、天下を奪るつもりがまったくない。乱世の奸雄なのに、まじで?」

 

 命を張った勝負をしたつもりだったのに、えげつない肩透かしを食らわされた気分だった。絶対おかしいよ、この世界の歴史。

 

「乱世の奸雄、か。ひどく懐かしいわね、そうやって評されたのも。ねえ春蘭。せっかくだし、この男に教えてあげなさいな。この曹操が、世間からなんと呼ばれているのかをね」

 

 曹操に促されて、夏侯惇が堂々と声を発した。

 治世の能臣。

 聞き間違いなんかじゃない。馬上で静かに聞き入る曹操の姿が、なぜだかいっそう眩しく感じられた。

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