季漢秘話   作:KKS

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覇者の名は

「曹操が華琳。夏侯惇が春蘭で、夏侯淵が秋蘭だな。よっし、ちゃんと覚えたぞ……たぶん」

 

 華琳というのは、曹操の真名である。古来からの風習だと、よほど信頼のおける相手にしか、許されないものだった。その流れが、徐々に変わりつつあるのが現在なのだという。一国に閉じこもっているだけなら、別に古くからの習わしを曲げる必要はない。ただ、漢の領土は果てしなく広大であり、多くの土地が外の世界と接しているのも事実だった。陸続きの境界線である。守りが緩めば、外敵の侵入を許すのが常だった。

 まず一歩。世界との繋がりを選ぶのであれば、真名の堅苦しさをいい加減どうにかするべきだという結論に至ったそうだ。築いてきた歴史がある。長い時間をかけて育んだ文化を、簡単に壊していいのかという葛藤がある。しかし、それでも華琳たちは変化を選択した。先だって話題にのぼった『どこぞの馬鹿』というのが、大元の仕掛人であるらしい。

 流れのついでに、武史は三人から真名を許されていた。夏侯惇と夏侯淵はここでは姉妹であり、『蘭』の一字を真名にも仲良くつけている。華琳を筆頭とする曹家では、『琳』という字をどこかに入れるのが通例になっているそうだ。

 先頭を駆けていた春蘭が馬をとめる。前方には、壮大な城壁がそびえ立っていた。華琳が拠点とする陳留の城郭。その威容が、ついに出現したのだった。

 

「ふう。どうにか、日が落ちるまでに帰城することが叶ったな」

「やっ、まじで吐きそうなんだけど。ここまでいろいろとありすぎて、頭もバグりっぱなしだし」

「ばっ、なんだって……? ちっ……、貴様ぁ! 妙な言葉で華琳さまを惑わしてみろ、素っ首直ちに叩き落としてやるから覚悟しておけぃ!」

「す、ストップストップ! まじで死ぬ。春蘭の殺気で、俺この場で昇天しかねないから」

「ふっ。星から落ちてきた割には、まったくもって普通の男なのだな菊池は。黄巾賊のことなど、博識な部分はあるようだが、果たしてそれもどこまで……」

「秋蘭。そもそもの話、こやつが星から落ちたかどうかなど、誰にもわからないではないか。そこのところ、貴様がはっきりしないからいけないんだ。わかっているのだろうな、おい」

「ここにくるまで何度も話したけど、ほんとに気づいたらあそこに寝てたんだってば! 理解が追いついてないのは、こっちだって同じなんだよ。それに、んっ……」

 

 苛立つ配下を尻目に、華琳は余裕の笑みを浮かべている。現段階で、この国がどうなっているのか。俺をからかっているのか、華琳は核心である部分を簡単に話してくれなかった。

 断片的な情報から察するに、漢であろう国は再統一に向かっている。もしくは、統一が成し遂げられたあとなのではないか。情勢が乱れていれば、乱世の奸雄が躍進を目指さないはずがない。もうひとつ。華琳の口ぶりから推察できることなのだが、どうやら曹家(魏)は天下統一をリードできていないようだ。

 この時点で、俺の現代知識などほとんど紙くず同然だった。

 

「武史。せっかくこの私が拾ってあげたのだから、情けなく狼狽えるのだけはやめなさい。それに、あなたの求める真実なら、近く明らかになるはずよ。誰が勝ち、誰が敗者となったのか。この国で暮らしていれば、嫌でも答えを知ることになるでしょうよ」

 

 冷たい響きのある言葉だった。とはいえ、その通りなのだとは思う。おかしな世界にきてしまった以上、生きていくにはここでの常識に適応していくしかない。それにもし、大戦のない時代に飛ばされたのだとしたら、それはそれでかなりラッキーなことなのだとは思う。

 曹操たちが女性になっていて、しかも異なる経緯で天下統一の成された世界。異分子である自分に、そこでなにができるのか。冷静になって考えたいところだったが、まずは……。

 

「うっ……。腹、へった……」

 

 緊張やなんやらの糸が、城に到着したことでぷっつりと切れてしまったようだ。

 視界が一気に暗くなっていく。もう味わうことのないと思っていた地面の味が、かたい感触と同時にやってきた。

 

 

「ぐぬぬ……。お姉さまの気まぐれとはいえ、どこの馬の骨とも知れない男を城にあげるだなんて、ありえませんわ……」

「はいはい、栄華はあいつ以外完全に眼中にないものねー。それで秋蘭。この男が、例の星が落ちた場所で見つかったっていう?」

「うむ。こちらの独断で処理するわけにもいかぬゆえ、ひとまず城に連れ帰った。洛陽への知らせはすでに発っている。追って、沙汰がくだされるであろう」

「ふーん。こうして世にも珍しいものを見られたのだから、陳留に立ち寄って正解だったわね」

 

 話し声が聞こえる。そのうちのひとりは秋蘭なのだろうが、あとのふたりに関してはまったく聞き覚えのないものだった。

 

「そろそろ目を覚ませ、菊池。華琳さまのご厚意で、食事を用意させたところだ。くくっ……。毒は入っていないから安心していいぞ、おそらくな」

「いやいや……。まったくもって安心できないから、そんな微妙なニュアンスで聞かされると」

 

 はっとなって身体を起こす。

 どうやら自分は、簡易ベッドに寝かされていたようだった。所見のふたりの姿が視界に飛び込んでくる。ひとりは華琳を思わせる容姿をしているから、曹家の親族の誰かなのだろう。まあまあ悲しくなるようなことを言われた気がしたが、眠っていた時の話だしそれは忘れよう。

 

「あら、おはよう。私は孫策、字は伯符よ。ついでにいうと、真名は雪蓮ね。……まともに会話ができる、と思っていいのよね?」

「へっ、あっ、ああ。孫策って、あの孫策だよな……? ここじゃ生きてるんだな、あの小覇王も」

「んんん? ひとの名前を聞いた途端、やな反応をしてくれるわねぇ、あなた。そりゃあ、人間誰でもいつかは死ぬものじゃない。……稀に私の母さまみたく、殺しても死なないような人物もいるようだけど」

「あっ、ごめんっ! 無駄に前提知識があるせいで、つい。というか、教えてもらったからには真名で呼ばせてもらうけど、雪蓮のお母さんってあの……?」

 

 頭がぼんやりとしているせいで、反応が鈍くなっているのかもしれない。

 曹操の城で寝て起きたら、眼の前に孫策がいた。こんなぶっ飛んだ話、普通なら誰が信じるかよ。

 

「なにがあの……なのかは知らないけど、私の母は孫堅よ。孫堅で、字は文台。しばらく洛陽に滞在するみたいだし、帝位を娘に譲って暇になった劉備と、夜の戦にでも励んでいるんじゃない? 戦がなくなったせいで有り余っているのよ、生命力がね。真面目に相手してらんないわよ、ったく」

「そっか、そうだよな。……って、情報量が多すぎるせいで流しそうになったけどリュウビ……劉備。覇権を握ったのは、まさか劉備?」

 

 雪蓮の発した一言の衝撃から、武史は思わず秋蘭の顔を凝視した。華琳の親族らしき少女は、自分の過剰反応に思いっきり引いている。やっ、そんなに無理なら静かに退出してくださって構わないんですよ。

 

「おっと。思わぬところから答えが出てしまったようだな、これは」

「あら? なんだか悪いことでもしちゃったのかしら、私。そっちの事情は知らないけど、漢の再興を成し遂げた男の名は劉備。劉備、玄徳よ。さすがに真名は、本人から直接教えてもらってちょうだい」

 

 なんてこった。この世界ではすでに劉備が帝位に就いており、しかも次代への継承まで終えているそうだ。それに孫策だけに飽き足らず、母である孫堅までもが生きていて、洛陽で劉備とあーだこうだってもうわけがわからん!

 呆然としすぎてなにも言葉がでてこない。まるで、頭を特大のハンマーでぶん殴られたような気分だった。

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