【カオ転三次】どう考えても90年代にジャンプで連載されてたアレ 作:寛喜堂秀介
【小説形式】カオ転世界の地獄先生 前編
人々が、科学万能の世を謳歌する世紀末。
その裏で、目に見えぬ闇の住人たちは、ひそかにその手を伸ばしていた。
魔界が現世に近づき、闇より這い出た悪魔は人に牙を剥き、天使は地上に楽園を築かんと画策する。
だが、そんな脅威に抗う者たちもまた、存在する。
日本最大の霊的国防機関・根願寺。恐山を筆頭とする地方の退魔組織。あるいは民間のデビルバスター。
人知れず闇の者と戦う彼ら異能者たちの存在が、崩壊の一途をたどる世界の均衡を、かろうじて支えているのだ。
そんななか突如現れ、勢力を伸張させるうさん臭い組織がひとつ。
その名はガイア連合。高い霊能の才を持ち、他の組織からは力の信奉者と目される彼らが、星霊神社の神主を中心とする、頭ヒーホー族な転生者集団だとは、誰も知らない。
時は1990年代の末。
来たる終末──現世の魔界化に備え、わりと好き勝手に動いていた転生者たちが、望んでないのに地方の霊能組織を吸収して勢力を伸ばしていた、そんな頃。
ひとりのTS転生者が、霊地管理者として地方に迎えられた。
カオスでごちゃまぜな女神転生世界で、またひとつの物語が始まろうとしていた。
◆
神奈川県にある霊地、童門町。
その名の由来となった童門寺を中心とする寺内町地域は、どこか昭和の香りを残している。
中でも童門寺の裏手に建つ童門小学校は、木造と鉄筋、新旧の校舎が並び立ち、時代の移り変わりを感じさせる。
そんな学校の、校門前。
小学校教師、高橋律子は来客を待っていた。
24歳。黒髪で清楚な雰囲気だが、タイトミニのボディコンスーツが非常に派手な美女だ。
季節は春。もうじき4月。
だというのに、どこか薄ら寒いのは、天候のせいだろう。
北向きの風。おまけに朝から居座り続ける分厚い雲のせいで、昼間だというのにやけに暗い。
「大事な待ち合わせの日なのに、よくない天気だわ」
律子は地元、童門町を守護する一族である。
童門寺を預かる仏教系の名門*1で、代々霊地守護の祭祀を執り行ってきた。
もっとも、当代の童門寺和尚に霊能の才はない。
というか律子を含め、一族ほとんどがそうだ。かわりに銭勘定は得意という生臭一族である。
これまではそれでもよかったのだが、近年の全国的な霊地の異常には対応できないと予測した和尚は、腕利きの霊能者を童門寺に迎えた。
律子が待ち合わせているのは、そんな霊能者である。
正確には霊能者主従。すでに童門寺に拠点を構えている2人だが、主人の方は小学生。
おまけに青年も教師として赴任してくるということで、童門小学校で教師をしてる律子がサポート役に選ばれたのだ。
「話だけ聞くと少女漫画の姫君と従者みたいだけど……どんな人たちなのか、不安だわ」
なにせ律子とは、文字通り見えてる世界が違う人たちだ。
会話がすれ違ったりしないか、サポートするにしてもどんなレベルで常識が違うのか。考えればキリがない。
心配している間にも、時間は過ぎる。
曇り空の下、あたりは昼なお暗く、往来する人の姿も定かではない。
そんな、日中に生じた黄昏の向こうから……唐突に、奇妙な男が姿を現した。
不吉を絵に描いたような男だった。
湿り気を帯びた黒髪は顔に張り付き、口元だけが見える。
長身を包む上下のスーツも、左手を覆う手袋も、すべて烏の濡れ羽色。
お化け、とは思わなかった。
なにせ律子は幽霊が見えない。
だとしたら、この男は不審者か、あるいは……
近づいてくる男を、律子はマジマジと観察して。
「あの……ひょっとして、川か池にでも落ちました?」
「はい」
尋ねた律子に、男がうなずく。
二人の間に呆れたような沈黙が流れた。
「あのっ、すみません! いま待ち合わせ中で……これ、差し上げます! 使って下さい!」
我に返った律子は、あわててバッグからハンカチを取り出す。
全身ずぶ濡れなのだから、ハンカチ程度じゃ間に合わないだろうが、慌てた律子には、そこまで考えが及ばない。
「ありがとうございます。でも大丈夫。いまお寺にタオルを取りに行ってもらってますから!」
全身から水を滴らせながら、男はさわやかに微笑んだ。
「お寺」と聞いて、律子は彼が待ち合わせの相手だと気づく。
それを確認しようとして……唐突に、元気な声が飛んできた。
「こらー! ぬ~べ~! 勝手に先に行くなって言ったろ!」
黄昏の闇から飛び出てきたのは、絵に描いたような美少女だった。
幼さを残しながらも整った顔立ち。
純白のワンピースに包まれた均整の取れた体躯。
だが、なにより目を引いたのは、ツインテールに結んだ美しいオレンジの髪だ。
染めた不自然さはないので地毛なのだろうが、顔立ちは日本人のそれ。
ハーフかクォーターか。あるいは霊能者なら先祖返りや神仏の加護の影響ということもありうる。
状況からすると、彼女が男の主なのだろう。想像以上に美少女で、想像以上に活発な子だと、律子は思った。
「はいバスタオル。これで体拭いて、あと紙袋に着替えとビニール袋入れてるから」
「着替えはいいよ。ほっときゃ乾くから」
「お前がよくても先方に失礼だろ! ──と」
律子に気づいたのか、少女はあわてて「気をつけ」の姿勢になる。
「──失礼しました。高橋先生ですよね? 童門寺の一族の。ガイア連合山梨支部から来ました
年に似合わぬしっかりした自己紹介だ。
育ちの良さか、それとも幼くして霊能者を務める必要故か。
山梨支部は、ガイア連合でも外向きの支部だと聞くから、修行の折に教えられてきたのかもしれない。
「お待ちしてましたわ。童門寺の和尚様の親戚で、童門小学校の先生、高橋律子といいます。京子ちゃん、それから鵺野先生。よろしくお願いしますわね」
頭を下げると、京子が「でっか……」とつぶやくのが聞こえた。
若い女教師ゆえ舐められがちな律子は、生徒に侮られないよう、豊かな胸を強調するボディコンスーツで武装している。その効果は京子の反応から推して知るべし。
タオルで髪を拭いていた鳴介は、律子の挨拶にあわてて姿勢を正した。
濡れた前髪で隠れていた眉は太く立派で、よく見れば意外と凛々しい顔立ちだ。
──王子様とは言えないけれど、姫君を守る騎士は充分務まりそう。
そんな事を考える律子に、鳴介は邪気のない笑顔とともに手を差し出した。
「よろしく、律子先生! これから同僚としてお世話になります! どうか気楽にぬ~べ~と呼んで下さい! お近づきのしるしに、後ろに連れてる幽霊を祓いましょうか?」
後ろに連れてる幽霊。
最初言葉の意味がわからなくて。
理解した瞬間、律子は総毛立った。
「キャーッ!?」
「……ぬ~べ~。初対面の女性にいまのは無い」
「業界人向けの挨拶のつもりだったが……そうか。相手が未覚醒者の女性ってことも考えなきゃいけなかったか」
半ばパニックになる律子を尻目に、ふたりはどこかズレたやり取りをしていた。
◆
「……す、すみません。わたし怖いのが苦手で」
正気に帰ると、律子は赤面しながら弁明する。
律子の母は、一族では希少な「見える人」だった。
しかも自分が見えるものを共有したがるタイプだ。
幼い頃から幽霊の話でさんざん怖がらされたせいで、律子は幽霊が大の苦手なのだ。
「こちらこそ、うちの保護者が失礼しました。悪気はないんですが、ちょっと常識が足りてなくて」
「京子ちゃんが謝ることないわ。霊能の家の人間がお化けを怖がるなんて、普通は考えないわよね……鵺野先生については、和尚様からも頼まれてるわ。世慣れしていないから、学校での世話をよろしく、と」
「あー。お化けが怖いとなると、そういう説明になりますよね……本当に助かります。世慣れてないというか、自我が芽生えたてというか、そんな感じなんで、フォローしていただく場面も多いと思います」
なんだかものすごく含みのある言葉だ。
和尚が意図的に説明を省いているのだとしたら、鳴介の身の上には、なにか事情があるのだろう。
世慣れていない、自我が芽生えたて。
それがお化け絡みとなれば、霊障による記憶喪失か何かだろうか。
霊能の才がない律子が視認できるのだから、まさか鳴介自身がお化けだということはないだろうが……ひとまず年齢はだいぶ割り引いて考えるべきだろうか。
「あらためて、春から5年生としてお世話になります。保護者ともどもよろしくお願いします。霊能関係で困りごとがあったら、いつでも頼ってください」
「こちらこそ、お寺のお役目大変でしょうから、学校では目一杯頼ってね」
一方の京子は、年齢を割り増して考えるべきだろうか。
思春期特有の背伸びではなく、大人の言動が板についている。
小学生で霊能者。しかも両親ではなく、従者の鳴介が保護者をしていることを考えると、彼女にも複雑な事情があるのだろう。
「──鵺野先生も、春からよろしくお願いします。担任は京子ちゃんが入る5年2組。始業式まで時間がありませんが、わたしが指導しますので、頑張って覚えてくださいね」
「任せてください! 学習は得意なんです! スキル持ちですから!」
律子が挨拶すると、鳴介は意気込んで力こぶを作って見せた。
ここまでのドジや京子からの子供扱いを見ると、
「それでは、教員室で指導……の前に、着替えのために宿直室ですわね。案内します……けど先生。京子ちゃんはどうしましょう? 今日のところは程々で切り上げるにしても、2時間くらいはかかると思いますけど」
「あー。顔合わせも済んだし、あとは俺の用事ですからね……どうだ、京子。先に童門寺に戻るか?」
律子たちの話に、少女は「うーん」と考えて。
「そうですね。あとはぬ~べ~に任せて、この場はお暇させていただくとして……時間もあるし、ちょっと近所を散策しようかな」
「散歩はいいが、京子。危ないとこには行くんじゃないぞ」
「大丈夫。そうそう危険には巻き込まれないよ──それじゃ律子先生、失礼しますね。ぬ~べ~、行ってきます! ちゃんと着替えるんだよ!」
律子にぺこりと頭を下げて。
鳴介には母親みたいな注意をしてから、京子は去っていった。
「……京子ちゃん、すごくしっかりした子ですね」
京子に手を振って見送りながら、律子は鳴介に話しかける。
当然同意があるものと思っていたが、返ってきたのは意外な答えだった。
「そうですかね? 京子のやつ、案外考えなしですよ。見た目の3倍は世慣れてるから、上手に誤魔化してますけど……放っとくと厄介ごとに首突っ込んでるから、心配で目が離せませんよ」
「ひょっとして、だから教師に?」
「はい。なにせこの学校、半ば異界──じゃない。ちょっと普通じゃありませんからね。教師なら、ずっと側で守れますから」
ズレたところはあるが、立派に保護者してるんだな、と律子は思う。
それはそれとして、勤務する学校が「普通じゃない」とか言われると、律子は落ち着いていられない。
全国有数のホラースポット集合地帯といわれる童門町。
その代表みたいな扱いの童門小学校だが、霊能者に太鼓判を押されると、恐怖もひとしおだ。
「……あの、鵺野先生。やっぱりお祓いお願いしていいですか?」
「もちろん! これくらいの雑霊なら、
鳴介は胸ポケットから経本を取り出し──悲鳴を上げた。
池に落ちたせいだろう。経本はぐしょぐしょに濡れていた。
「俺の経本がーっ!?」
この人本当に大丈夫なのかと、律子は不安になった。
◆
童門小学校の向かいには昔ながらの雑貨屋があり、子供向けに文房具や駄菓子を売っている。
その隣はバブル景気の頃に、中途半端に手を付けた土地が空地のまま放置されており、そこは子どもの格好の遊び場になっている。
とはいえ、世はテレビゲーム全盛時。
晴れた日の日曜日ならそれでも空き地は盛況になるが、分厚い雲が垂れるこんな天気では、遊ぶ子供も少ない。
立野ヒロシは、あてがはずれて嘆息した。
春休みに童門町に越してきたヒロシは、まだ友達がいない。
出会いを求めてやって来た空き地には、小さな子供が数人居るだけで、同年代──10歳頃の子供の姿はない。
「あー、人数集めてサッカーしてー。勉強は嫌だけど、早く新学期来ねーかなー」
ぼやきながら、ヒロシは持ってきたボールでリフティングを始めた。
ボールは友達。足や膝で軽く弾いてやれば、思い通りに跳ねてくれる。
空き地に居た子供たちは、最初ヒロシのリフティングに歓声を上げていたが、しばらく経つと飽きたのか、空き地の端に座って雑談を始めてしまった。
「そういえば、知ってる? いつも花が飾ってある2丁目の電柱。あそこ出るらしいよ」
「聞いた聞いた。昔中学生がバイクをぶつけて死んだんだって、近所の大学生が言ってた」
例によってお化けの話だ。
どうもこの町はお化けの目撃談が多いらしく、近所のおばさんや女の子も、別々の怪談をヒロシに聞かせた。
「ちぇ。気楽なもんだぜ」
ヒロシは内心嘆息する。
小さい頃、お狐様に祟られたことのあるヒロシにとって、怪談は洒落ではすまない。
お祓いをして落ち着いたものの、正直いまでもお稲荷様の前を通るときにはビクビクしてしまう。
「──と」
思い出して身震いしたせいで、ボールを蹴りそこねてしまう。
ボールはあらぬ方に飛び、空き地の外まで転がって……ちょうど道を歩いていた少女の足元で止まった。
「あちゃ、しまった……おーい! ボールこっちにくれ!」
あわてて声を掛けて、ヒロシは失敗したと焦る。
髪色がオレンジで外人っぽいのはいい。
たとえ外国人でも「ボール」は世界共通言語だから通じるはず。
問題は、少女がひらひらのワンピース姿で、無理にボールを蹴ればスカートがめくれるだろうってことだ。
「すまん。そのかっこじゃ蹴るの無理だよな? 取りに行く──」
「はーい。ボール行くよー」
ヒロシが言い直すのと、少女が答えたのは同時だった。
少女は軽く足を振り、ボールを足の内側──インサイドで蹴った。
そう見えた瞬間、ボールは球筋鋭く、ヒロシの胸元に向けて、一直線に飛んできた。
「うおっ!?」
驚きながらも胸でトラップして。
足元にボールを収めたヒロシは、ドキドキを抑えきれない。
コントロール重視のインサイドキックとはいえ、狙いは正確。
そんなに力を込めた風でもないのに威力もすごい。間違いなくサッカーやってる人間だ。
ボールを小脇に抱えると、ヒロシは目を輝かせて少女に駆け寄る。
「やるなあオマエ! 女なのにサッカーできんのか!」
「出来るってほどじゃないけどね。力加減の訓練も兼ねて、ドリブルとかリフティングは、それなりに」
少女は謙遜するが、動きのキレはそんなレベルじゃない。
ともあれ、ヒロシにとってサッカーが出来る人間=友達だ。少女との心の距離は、一瞬にしてゼロになった。
「すごいじゃん。俺、ヒロシってんだ。この春から童門小に転入予定の5年生!」
「偶然だね。こっちも転校生で同い年。名前は京子。クラスは別になるかもだけど、よろしく」
少女が手を差し出してきたので、ヒロシは遠慮なく握手を返す。
青い瞳でオレンジ髪の美少女相手だが、サッカー馬鹿のヒロシにとって大事なのはサッカーだ。強いて言うならもっとおっぱいが大きければなお良かった。
「さっそくだけど京子、いまからつき合わねえか!」
「あー、サッカーのことだよね? スカートちょい短めだから激しくは動けないけど、パス練習くらいならつき合うよ」
ヒロシがボールを蹴り渡すと、京子はこともなげに蹴り返してくる。
そのまま距離を開けていき、10mほどの距離を取って、強めのパスを送り始めた。
京子がボールを蹴るたび、ワンピースのスカートから白い太ももがのぞくが、ヒロシは気にしない。
いやまったく気にならないわけじゃないが、それより見るべきは、しなやかなバネや、まったくブレない体幹だ。
彼女は力加減の訓練のためにサッカーをやっていたと言ったが、なるほど体の使い方だけなら、ヒロシよりはるかに上手い。
「やるな、京子!」
「ヒロシこそ上手いね。ボールが足に吸い付いてるみたいだ」
「へへん。これでも前の学校じゃ4年生にしてフォワードで得点王だったんだぜ!」
ヒロシのちょっとした自慢だ。
年上相手に揉まれてきて、ボールコントロールなら誰にも負けない自信がある。
安定感なら京子もすごいが、こればっかりはボールに触れてきた経験の差が物を言う。
「よっ──っと」
京子からパスされたボールを足の甲でちょこんと跳ね上げ、インサイドで蹴り上げる。
高く上がったボールは、狙い違わず京子のちょうど足元に落ちた。
それを苦も無く足元に収めながら、京子は歓声を上げた。
「おお、さすが」
「いや京子も上手いって。マジでサッカーやってなかったのか?」
「始めたのはここ1年のことだし、その間はサッカーできる環境じゃなかったしねー。ちょっと訳アリで休学してて、その間は山奥の神社住まいだったから」
そんなことを軽く言いながら、京子は近づきつつボールを転がしてきた。
距離は3mほど。ショートパスには近いが、雑談しながらならちょうどいい距離だ。
「神社住まいって、ひょっとして神様に祟られたりしたのか?」
京子に向かってボールを転がしながら、ヒロシは尋ねる。
「なんでそこで祟り? ……あー、やらかしたクチか。お稲荷さんへの不義理は怖いから気をつけなよ?」
「うえっ、なんでわかるんだよ?」
「そりゃ一目瞭然──とと。お稲荷さんはこの手の定番だからね。自分は家庭の事情。頼れる身内がそこで修行してて、そこでいっしょにお世話になってた感じ」
「学校に行けないほど山奥だったのか?」
「そ。山梨の、富士山のあたり。一応勉強はしてたけどね。さすがにそれじゃ都合悪いから、修行にキリがついたとこで保護者といっしょに童門町に来たんだ。神主の占いでも吉と出てたしね」
「神社で修行してたってことは、保護者の人って神主さん?」
「どっちかというと仏教系かな。本職は先生だよ。春から童門小学校の先生になるんだ」
「へえ。京子の親戚なら、やっぱ美人なんだろうな」
ヒロシが想像したのは、金髪巨乳でメガネのえっちな先生だ。
京子が美少女なのだから、そんな期待をしてしまうのも仕方ない。
「男の人だね。いろいろ足りてないけど、面白いお兄さんだよ」
「へえ。サッカーはできる?」
「ほんとサッカー好きだね……ドジだけど、運動全般得意だよ。応用利かないけど知識もあるし、神社で修行してたからお祓いも得意。失敗しがちだけど」
「なんで全部『だけど』がついてんだよ……」
「生まれたて──もとい、山育ちだから仕方ないんだよ……ちなみに生活能力もない」
「零能力教師……」
「ま、まあ、それでも大人だし、学校でもお化けでも、困ったことがあったら頼るといいよ。鵺野って先生だから」
なんだかあまり期待できなそうだが、除霊できるのはありがたい。
転居してからこちら、近所で聞くうわさ話は幽霊ばかりで、トラウマのあるヒロシにとっては安心できない環境だったのだ。
「そういえば京子って、こっちでもやっぱり神社に住んでるのか?」
「神社ではないかな。こっちでは童門寺でお世話になってる。小学校の裏手だから、ご近所だね」
「あー、あの立派なお寺かあ。広いし住むとこもいっぱいありそうだな」
「いまは
「そりゃいいな。うちはボロい借家だからうらやましいぜ」
「それを言うならこっちは居候だから……和尚が素直──というか本音を隠さない人だから、あんま気を使わなくて済んでるけど」
童門寺の和尚に関しては、銭ゲバ坊主とか生臭坊主とか、そんなウワサを耳にしている。
あきらかに法力とか無さそうなので、お祓いができる京子の保護者はありがたい存在なのかもしれない。
それからも、しばらくパスを続けて。
息が弾んできたヒロシは、呼吸を乱していない京子に感心した。
「体力すげえな京子」
「まあ、神社で異界──山を登ったり降りたりしてたからね。嫌でも体力はつくっていうか」
「へえ! 高地トレーニングは心肺が鍛えられるって聞くけど、やっぱ効果あるんだな! 俺も同じメニューやってみてえな!」
「まあ、富士山を登り降りするゆるい方の修行なら……いやキツいか」
なんか怖いことを言ってるが、ともかく。
パス練習を止めて話していると、空き地で駄弁っていた年少の少年たちが、背後から京子に近づく姿が見えた。
少年たちがなにをしようとしてるのか。
ヒロシが内心首を傾げていると、ふいに子供の一人が京子のスカートの裾を掴んだ。
「外人さん、パンツみーせて!」
声と同時に。
白いワンピースの裾が盛大にめくれ上がる。
露わになったのは、純白のパンツ……ではない。
エグい角度で切れ上がったビキニ水着と、布面積の小ささから、あんまり隠れてない下腹部や、健康的なお尻。
「……うおう」
あんまりな暴挙だが、京子の反応は鈍い。
一方犯人の少年たちは、予想以上にえっちな姿を見せつけられて固まってしまっている。
「こらーっ! クソガキどもーっ!」
真っ先に我に返ったヒロシが怒鳴ると、少年たちは「わー!」と蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「……いや、この時代にまだスカートめくり文化が残ってるんだね。びっくりした」
「おま、なんで平然としてるんだよ……」
「まあ子供のいたずらだし、見られて減るもんじゃないし」
京子は平然としているが、ヒロシは平静じゃ居られない。
なにせ正面からモロに見ちゃったのだ。顔は火照ってるし心臓のドキドキが止まらない。
いくらサッカー馬鹿とはいえ、同年代の美少女のえっちな姿に反応するくらいの情緒はあるのだ。
「……てかさ、なんで水着?」
ヒロシはドキドキしながらも、疑問を口にする。
まだ水の冷たい春先、こんな淀んだ天気で、ワンピースの下に水着を着込む意味がわからない。
いや温水プールに行くと言われても、なんでそんな布面積の小さいビキニを着てるのか、本当に意味がわからないが。
「違うんだ。今日は学校に挨拶に行くから女の子らしい格好してたんだ。普段はホットパンツだから絶対見えないんだ。だからこう、他人に見せるために着てるんじゃないんだ」
京子は早口で弁解するが、話は「えっちな用途に使ってない」ことに終始してて、普段からドスケベ水着を着てることをかけらも否定していない。
「……ちなみに、なんのために水着着てるのか、聞いていいか?」
追求していいものかわからないが、気になって仕方ない。
ヒロシが尋ねると、京子は「防具、いや武装、いや……」などとつぶやきながら、悩んで。
「装備だから、かな……」
勝負下着的なものだと、ヒロシは解釈した。
なお勝負下着だとえっちな用途に該当するので間違っている。
◆
その後。休憩がてら近くの駄菓子屋でジュースを買ってきて、京子とふたり、空き地で雑談していると、見知らぬ少年がふらりとやってきた。
年頃は、ヒロシと同年代。
少し悪ぶった感じの、のっぽで面長の男子だ。
物怖じしない性質のヒロシは、新たな友達候補だと喜んで声をかける。
「よう! お前も遊びに来たのか?」
「お、おう。ここらじゃ見ねえ顔だな。余所から来たのか?」
「おう。俺、ヒロシ! 春から5年に転入予定だ! よろしくな!」
「
ヒロシは握手を求めたが、相手は軽く手を挙げて応じた。
悪ぶってるだけに、握手が気恥ずかしいのかもしれない。
「それから、こっちが京子! 今日友だちになった同い年で、同じく転校生!」
ヒロシの紹介に応じて、京子は挨拶代わりに手をひらひらさせた。
「はろー。ヒロシの友達で京子。よろしく」
「あ、その……よろしく……ッス……」
京子が声をかけると、克也は赤面してどもった。
悪ぶった外見に似合わず、意外と純情なのかもしれない。
童門町に来て初めての男友達に、テンションぶち上がったヒロシは構わず話しかける。
「京子はすげーんだぜ! 女なのにサッカー強くてよ! あ、童門小ってサッカー部ある? 俺入りたいんだけど! そうだ! せっかくだから3人で遊ぼうぜ! 克也も当然サッカーは出来るよな!」
「いっぺんに聞くな!」
矢継ぎ早の質問に、克也は悲鳴を上げた。
「……学校にサッカー部は、たしかあったぜ。サッカーもいいけど、今日のところは勘弁してくれ。秘密基地に先輩待たせててよ。ジュース買ってこなきゃいけねえんだ」
「秘密基地!? いいなー、どこどこ? 見せてくれよ!」
秘密基地、と聞いてヒロシは目を輝かせた。
子供のロマンだ。ワクワクを抑えられなくても仕方ない。
「北山神社の裏手のプレハブ小屋……いや来んなよ? 勝手に連れてきたら、オレが先輩に怒られるんだからな」
「ちぇー……まあ先輩の基地なら仕方ねえか。じゃあまた遊ぼうぜ! 俺、だいたいこの空き地にいるからさ!」
「……おう。二人とも、気をつけてな」
少年は軽く手を挙げ、駄菓子屋に足を向けて……ふと立ち止まった。
「なあ、もし仲間がピンチだったら、助けるほうが命がけだったとしても、おまえらなら助けるか?」
「なんだよ。んなの助けるに決まってるだろ」
克也の質問に、ヒロシは即答する。
まだまだヒーローに憧れる年頃のヒロシにとっては、当然の答えだ。
だが、京子の答えは少々違った。
「仲間を助けるのは大前提として……大人に頼れる状況なら遠慮なく頼っちゃうかな」
「えー。そういうのダサくねーか?」
「そりゃ命懸けで仲間を助けるのはかっこいいけどさ。絶対に失いたくないから命を賭けるんだろ? だったら頼れるものは全部頼るべきじゃないかなーって思うんだけど」
「そりゃそうだけどよ。克也が言ってんのはそういうことじゃないだろ。他に助けてくれそうな人間が全部居ない状況っていうか……」
「まあ思考実験だから、前提を壊す概念持ってくるのはズルいか。じゃあ前提として答えた通り、助けるってことで……」
「結局おんなじじゃん」
「そりゃそうだよ。自分の都合で切り捨てられる相手を、仲間なんて呼ばないからね」
「かっけえ……!」
京子とふたり、そんなやりとりをしていると、克也がふっ、と微笑を浮かべた。
「ありがとよ。オレも答えは同じだぜ」
克也はそう言って、こちらに背を向けた。
少年の後ろ姿が見えなくなるまで見送って。
ふと思いついたヒロシは、京子に声をかける。
「なあ京子。克也のやつ尾行しないか?」
「賛成。ちょっと悪趣味だけど、なんか悩み事あるっぽいし……ちょっと気になることがあるしね」
「気になること? 克也が悪ぃヤツとつるんでるとか?」
ヒロシの問いに、京子は「そんな感じ」と答えた。
はぐらかされている気がするが、尾行するにあたって説明を省いた風なので、ヒロシは流すことにした。答えた通り、だいたいは合ってるんだろうし。
それから、ヒロシは京子とともに、克也をこっそり尾行した。
克也は付けられていることに気づかず、駄菓子屋に入っていく。
そこで買い物するかと思えば、店に来た子供をじーっとながめて、ただ時間を潰すだけ。
結局なにも買わずに店を出て、ふらふらとあてもなく町中を歩き、近所を小さく一周した。
ヒロシたちは尾行しているから、戻ってきた空き地には、当然誰も居ない。
その光景に、克也は深くため息をついて。結局西──北山神社のある方角に足を向けた。
「ジュースも買わずに行っちまったが、大丈夫なのかよ克也のやつ」
こそこそと追いかけながら、ヒロシはつぶやく。
先輩にお使いを頼まれたと言いながら、克也は結局なにも買わずに秘密基地に向かっている。
とするとお使いは言い訳だったのかもしれないが、そうすると町中をぶらついてる意味がわからない。
「悪い先輩に万引きやカツアゲをやるよう言われて、出来なかったとか?」
「それならいいんだけどね。いやよくはないんだけど……どうもよくないモノに関わってそうなんだよね」
「なんだよそれ。幽霊とかか? 京子、やっぱ見えたりするのか?」
「うん。一応見える人」
「だったら……そこの電柱の下。棚があって花とかお菓子とかタバコがお供えしてあるだろ? あそこ昔にバイク事故があって出るってウワサだけど、見えたりするのか?」
空き地で子供たちが「出る」とうわさしてた場所だ。
本当なら避けて通りたいところだが、尾行途中で避けようがなかったし、なにより興味が勝った。
だが京子は「見えないね」と首を横に振った。
ほっとしたような、残念なような、複雑な気持ちだ。
さらに進むことしばし。
寺内地域の西。小さな林の中に、北山神社はあった。
その裏手。木々の間に隠れるようにして建つ、古いプレハブ小屋が、秘密基地なのだろう。
その入り口の前にしばらく立ち止まってから。
克也は引き戸を開けて、小屋の中に入っていった。
引き戸が閉まったのを見計らって、ヒロシはプレハブ小屋に近づく。
克也が入ったはずだが、中に気配はない。神社の敷地内のせいか、むしろ周りから気配を感じたりするが、京子がなにも言ってないし、気のせいだと思いたい。
ヒロシが扉の前で耳をそば立てていると、京子は小屋をじっと見つめて──突然扉をガバっと開けた。
「お、おい、気づかれるって!?」
ヒロシはあわてたが、どう考えても手遅れだ。
中の連中にどう言い訳したものか考えながら、自然と小屋の内部が目に入る。
古びた外見に反して、小屋の中は小綺麗に掃除されていた。
事務所に使われていたのか、ロッカーや書類棚、机が置いてあり、椅子が数脚。
ロッカーはわからないが、書類棚は空っぽで、机の上もきれいに片付いている。引き払った後の、無人の事務所といったところだ。
そう、無人だった。
克也の先輩も、先ほど入ったばかりの克也本人すら居ない。
「どうなってんだよ……」
「……ヒロシ。小学校の職員室に行って、鵺野って先生を呼んできてくれ。生徒が異界に呑まれたって言えば伝わるから」
途方に暮れるヒロシに、京子が声をかけた。
視線は小屋──いや、その入り口に固定されている。そこに見えない何かがあるとでもいうように。
──イカイ?
ヒロシには言葉の意味がわからない。
だが、鵺野というのは京子の保護者で霊能者。ということは、これは霊現象なのだろう。
「呼ぶのはいいけどよ。オマエはどうするつもりなんだ?」
嫌な予感を覚えながらヒロシが尋ねる。
その問いに、京子はにこりと笑って歩を進め。
「克也が心配だし、先に偵察してくる」
言って倉庫の入り口に入った瞬間──京子の姿は宙に消えた。
「おいっ! 京子っ!」
呼びかけるが返事はない。
京子は克也と同じく、跡形もなく消えてしまった。
ヒロシには事態が理解できない。
かろうじてわかったのは、克也が危険な状況で……それを追いかけた京子も、また危険だということだけ。
「ちっくしょう! なにが大人を頼るだ! ひとりで危ない真似しやがって!」
ヒロシは叫びながら、ボールを置いて全力で駆け出した。
ヒロシが後を追えば、救助は望めない。克也と京子自身を人質に取られたようなもので、ヒロシには他に選択肢がない。
「あとでポテチの一袋も奢って貰うからなぁ!」
寺内地区の閑静な街並みに、ヒロシの声が木霊した。