華雄が七乃の策により姫羽に完全に堕ちた日より華雄は袁術軍の警備隊長に任命された。
敵軍の将であった華雄を腕があるというだけですぐに重要な地位に着かせるわけにはいかないからだ。
董卓と反董卓連合の戦いよりまだ日が浅く、戦後の処理なども忙しい日であっても警備は関係ない。
華雄自体も政務などを得意としないため華雄は何も考えず街を歩いていた。
「ふむ・・特に異常などはないな」
異常などはとくに無し。ただ街を散歩しただけのようなものだ。
だが何もないがために街の様子を見て感想が思いつく。
「だが、これは・・住民が多いだけに余計にな」
華雄は疑問を持っていた。
住民こそは多い。だがそれに反して街に活気がないのだ。
警備のため裏路地を見て廻る必要があるために見て廻れば乞食(こじき)が多い。
お世辞にもいい統治がなされているとはいえないのだ。
「董卓様の政治は素晴らしいものだったのか。
やはりあの方は間違っていなかった。私の目は決して間違っていなかった。
だが、時代が、世があの方を許さなかったのか・・
双方の義。どちらにも義があるのだな。そして勝った方こそが正義か。
・・ふっ、所詮は負け犬の遠吠えか。死んでしまえば何も言えないのだからな」
華雄の頭の中を董卓軍のころの記憶が流れていく。
ハイライトのシーンがよぎるたびに華雄の胸をうつ。
思い浮かぶのはあの優しく、笑顔の美しい女性。
強く抱きしめれば壊れてしまいそうなほどに儚げだった董卓。
今は生きているのか既に死んでしまったのかわからない。
華雄は瞳が濡れる前に感傷に浸るのを止め、街を歩く。
そして見張り台の上に一人の美女がたたずんでいた。
華雄は見張り台の下へと移動し声を掛ける。
「姫羽様?どうされたのですか」
「華雄?ちょっとね。・・そうだ、貴方もちょっと上がってきなさい」
そういわれ華雄も見張り台の梯子(はしご)を上る。
その高さは10メートルをゆうに超えるため、街が一望できる。
見張り台と言えど用途はいろいろある。
城壁より低いため、街の中だけのものだ。火事などの発見に役立つものだ。
華雄は一番上まで上り姫羽の横に立つ。
「華雄。私の視線の先に何があるかわかるかしら?」
「姫羽様の視線の先ですか?
そうですね、あの服屋ですか?」
「いいえ、もっと先よ」
「でしたらあそこのラーメン屋ですか?
たしかにあそこはメンマが格別ですね」
「違うはその先よ」
「その先?そこにはもう何もありませんが・・」
「いいえ、広い視野で見なさい」
「ですがもう裏路地しか・・まさか裏路地ですか?」
「ええ、そうよ」
「裏路地に何があるのですか?
あそこは毎日警備で通っていますが特に目ぼしいものなどありませんよ?」
「大切なものがあるわ。いえ、いるといったほうがいいわね」
「まさか乞食たちですか?」
「ええ」
華雄には彼女の考えている事がわからなかった。
姫羽と乞食。その二つには接点などなかった。
むしろ結びつける方が難しいだろう。
傾国の美女。かたやもう一つは草や木の皮などすら食べなくてはその日も生きていけないものたちだ。
「乞食たちになにかあるのですか?
もしやあの中にご知り合いの方がいらっしゃったりですか?」
「いいえ、いないわ」
そう答える姫羽の視線はずっと裏路地にいる乞食たちに向かっている。
華雄には姫羽が何を考えているのかわからない。
その瞳には乞食たちを蔑(さげす)んでいる様子も見られない。
むしろ爛々(らんらん)と輝いているようだ。
そして唐突に姫羽が口を開いた。
「私はいつか彼らを救いたいのよ」
「ですが・・一人に施してしまえば次から次へと群がってきます。
そして噂を聞きつければ金や食料をたかりに他所からもやってくるでしょう」
「ええ、わかっているわ。そして一日だけ施しても意味がないこともね」
「でしたら・・」
「だからその画期的な方法を模索しているのよ。
施しではない施し。私が一度手を貸すだけで彼らが自らの手で立ち上がる政策。
そしてその噂を聞きつけて来た他所の者たちもここに取り込めるような策を。
華雄。私はこの街から乞食や餓死などというものを無くしてみせる。
今だ誰も成し遂げていない偉業を!」
乞食や餓死を無くす。
華雄はその言葉を半信半疑で聞いていた。
大都市洛陽にはそれこそたくさん溢れていた。
善政を敷いていた董卓でさえできなかったことだ。
そんな偉業をこの善政とは言えないこの街でできるのだろうか?
「ふふ!だから華雄。あなたにも手を貸してもらうわ。
私一人ではできないわ。だから手を貸して頂戴!」
姫羽が華雄へと手を差し出す。
「華雄。貴方に見せてあげるわ!
この腐った街が生まれ変わる瞬間をね。
貴方の敬愛した主人を私は超える!
これが私の貴方への罪滅ぼし。
時代の犠牲者である董卓よりも素晴らしき政を貴方に見せ、私こそが最高の主人だと貴方に高らかに宣言してあげるわ。
華雄。この手を取った瞬間から始まるわ。
貴方の忠が策によるものではなく、心からの忠へと変わるために」
華雄の目を曇りなくまっすぐ見るその姿は美しかった。
あの地獄の開放日久しぶりに見た日の様に美しかった。
(策による忠か・・。確かに私の中にある姫羽様への忠は冷静に考えれば策によるものかもしれない。
だが私が志半ばで死なず、そしてこの方に戦場で負けたのもまた事実。
武人としてまた活躍できる場を与えてくれたのだ・・決して策による忠ではない。
なにより・・)
華雄は自分の手を眺める。
そして再び姫羽へと視線を移す。
そこには両足でしっかりと地を踏みしめ、美しい姿で手を差し出し、目を輝かせる姫羽が映る
(この胸の中でうずく、トキメキに似たこの方への、人間への興味!
私に何を期待するのか?この方はどのような道を歩むのか?
無限に沸くこの方の人生が見たい!傍で、隣で見てみたいという欲求こそは決して策ではない!)
華雄はガシッと姫羽の差し出された手を掴む。
この答えに姫羽は目が線になるほどの笑みを浮かべる。
「ならば特等席で見せてあげるわ」
「宜しくおねがいします」
「そういえば貴方って真名がないんだっけ?」
「はい。姫羽様に真名を頂いた日にもおっしゃいましたが私には華雄と言う名しかありません。
字も、真名もありません」
「そう・・」
「ですが私はこの名に誇りをもっています。
華雄こそが字であり、真名であります。
ですので申し訳ありません。私からは差し上げれる真名がありません」
「いいえ、貴方らしいわ。
まさに一本気。自分の道を突き進む貴方らしい。
それでこそ私の隣を歩くものといったところね。
私も突き進む。自分の道を」
ここに袁燿と華雄二人の主従が真の意味で完成した。
今まで袁術軍にいなかった武の将が姫羽の知により手足の如く動かせるのだ。
この事実に姫羽は喜んだ。だが・・・
(いつか華雄にもお姉様の魅力に気づいてもらわなくっちゃ♪)
すでに別のことを考えていた。