爽やかな日差しが射し、柔らかな陽光を受け二人の美女が向かい合っていた。
片方はその無邪気な笑顔がまさにこれから芽吹く者たちへの恵みである春の太陽の如く屈託のない笑顔。
その対面の女性はその太陽の光を受けその美しさを主張する月の如く。溺愛する姉へ微笑みを向けている。
「んっ、んっ・・プハー!やっぱり蜂蜜水はうまいのお!」
「それはよかったですお姉様!っで!っで!七乃の入れた蜂蜜水と私の入れたのではどちらがおいしいですか!?」
「う~む、どちらもうまかったのじゃ。
それに妾にとっては優劣なぞ関係ないのじゃ」
「あ~ん♪さすがお姉様!
それは私たちのお姉様への愛は共に変わらずということですね!
いよ!さすがお姉様!二人へのわけ隔てない態度、にくいぞ♪」
「わはは~当然じゃ当然じゃ」
「それにしてもさすがね七乃・・この私と張り合うとは恐ろしい子・・」
この日、七乃は用事があるということで城にはいなかった。
そのため姫羽が美羽の傍で控えていたのだ。
そして美羽が蜂蜜水が飲みたいという事で急遽姫羽が入れたのだ。
普段七乃が蜂蜜水を作っているのだが蜂蜜と水の対比量がわからなかったため困ったがとくに問題なかったようだ。
二人で城内の庭で優雅な時間をすごしていた。
木で作られた机と椅子に腰掛姉妹水入らずの時間を過ごしていた。
笑顔が絶える事が無く二人の空間だけ時の流れが緩やかに感じるよう錯覚が起こる。
そして不意に美羽が常々疑問に思っていたことを口に出した。
「姫羽。妾は少し気になっておるのじゃが」
「なんでしょう?」
「あの者たちが持っておる槍なんじゃが・・少し長くないかの?」
美羽が指差す先には確かに通常よりも遥かに長い槍を持つものたちが訓練していた。
「はい。確かにあれは長いですね。
その名もまさしく長槍です。長さは3間半(約6,3メートル)あります」
「そんなにもあるのかや!?
そんなに長くて大丈夫なのかの?」
「ふふ、大丈夫ですよ。それにあれは戦いが苦手な雑兵用の武器ですね。
そうそうお姉様聞いてください。
華雄が意外に兵たちからの評判が良いのですよ。
それでこの前訓練の時に華雄と兵が話していたことを採用したのですよ」
「ほう、なんと話していたのじゃ?」
「華雄様。私は怖いです」
訓練場では多数の兵が疲れ休憩していた。
華雄も休憩で地面に座り込んでいた。
だがその華雄に一人の兵が近寄り、自分の今の気持ちを告げた。
その二人の会話を姫羽がたまたま散歩している最中に耳に入ってきたのだ。
「ほう、怖いか」
「はい・・今回は訓練で武器は模擬刀ですが・・
それでも怖いんです。自分に向かって大軍が迫ってくるさまが。
飲まれそうになります」
「大勢の人間が自分を殺しに来るさまは確かに恐ろしいものだ」
「華雄様。華雄様はどうやってそれを乗り越えられたのですか?」
その答えに華雄はククッと笑みを浮かべる。
「乗り越えてなどいないさ。
私もいつも恐怖に苦しめられている」
その答えに兵は驚きの表情を浮かべる。
「そんな!?何をおっしゃっているのですか!
貴方は恐れずに、果敢に敵兵に攻めかかっているではないですか!」
「それはだな・・自信があるからだ」
思いもしなかった答えに兵の頭にクエッションマークが浮かぶ。
その謎掛けのような答えに兵は回答を求めた。
「自信・・ですか?」
「ああ。私はこの金剛爆斧と四六時中共に過ごしている、そして訓練を怠らない。
恐怖になぞ打ち勝てる人間など決していない。
戦場に神などいない。いるのは死と常に隣り合わせの人間だけだ。
ならば決して死なんために我らは己を鍛えるしかない。
命を自身の武器に託し、そして訓練によって力をつける。
怖くなったら己の武器を見ろ。
私はいつも訓練を行ってきた。貴様らに負けんほどやってきたのだ!
この武器と共に苦難を乗り切ってきた・・とな」
そう答える華雄はとても堂々としている。
まさに華雄の体からは目に見えないがあふれ出る気のようなものを感じる。
数々の厳しい訓練や修羅場を潜り抜けてきたという気が。
「そうですか・・華雄様の強さは長い訓練によって裏づけされたものだったんですね。
そしてそれを乗り越えてこられたから強く、雑兵如きに負けないということですか」
「ああ。だから強い将に出会えば確かに恐怖する。
だが同時に楽しくもある。
こいつも私と同じぐらい辛い鍛錬を行ってきたのだろう。
だが私も決して貴様に負けんほど己を鍛えてきた。
そして武器を交えれば感じるのだ。
その者の歩んできた道がな」
兵は華雄の言葉を深く心に刻みつけた。
世の中には天才が確かに存在する。
それこそ我らが傾国の美女袁燿様もその一人だ。
姫羽も訓練を行っているが、政務なども行っているため一日中訓練をしている華雄よりもその時間は少ないだろう。
だが華雄は姫羽に負けたのだ。
だからこそ兵は華雄の言葉に胸を打たれた。
この人は決して天才ではないのだろうと。
我らと同じ凡人だったのだろうと。
そして猛将と呼ばれるまで鍛え上げたのだろうと。
だから華雄の言葉は誰よりも自分たちに対して優しい助言なのだろう。
「深く心に刻み付けます。
華雄様の指導、これからもよろしくお願いいたします」
「ふふ、どうした。急にやる気が出てきたようだな」
「ええ。私も自分に自信が欲しいです。
戦場で出会う雑兵たちよりも誰よりも長く訓練してきたと」
「ああ。それが強くなる一番の条件だ」
そう華雄は彼に告げその場から立ち上がる。
「お前たち!休憩は終わりだ!
今から訓練を再開するぞ!
鎧を脱いでいるものはすぐに着ろ!」
座り込み休んでいた兵たちは立ち上がり鎧を着用する。
袁術軍では訓練であろうと走り込みであろうと常に鎧を着て行っていた。
常に戦場で万全の状態で動けるようにとそうしているのだ。
そして不意に先ほど話していた兵がポツリとこぼした。
「それにしても敵兵がこちらに来る前に攻撃したいものですね。
敵の武器より長かったらいいんですけどねえ」
「っと、華雄とその兵が話していたのです」
「なるほどの・・しかし妾は少々驚いたぞ」
「確かに華雄には驚かされましたね」
「違うのじゃ!違ってはいないが違うのじゃ!
まさか姫羽がそのままの行動を起こすとは思わなんだのじゃ。
敵の武器よりも長かったら良いをそのまま実行するとはのお」
姉にそう言われ姫羽は再び照れたような笑みを浮かべた。
「確かにそのまま実行に移しましたがそれだけではないですよ。
長槍で確かに敵よりも先に攻撃ができます。
ですがそれはすぐに終わります。
怒涛の如く攻めて来る敵を防ぐ事はできません。
一度懐に入られれば今度は長い武器のため攻撃ができませんからね」
「では敵に接近を許したらどうするのじゃ?」
「それはですね・・」
姫羽が美羽にその打開策を打ち明けようとしたとき。
ドタバタと音を立てる激しい足音が聞こえてきた。
「み、美羽様ー!姫羽様ー!」
「七乃?」
七乃が背中に大量の木材を背負いながら二人の下へとやってきた。
「こ、黄巾の残党たちがこの城の付近にいるんです!」