もしも袁術に妹がいたら   作:なろうからのザッキー

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宗教

「黄巾?またえらく懐かしい名前が出たものね」

 

「本当ですよね~まだあいつらいたのかよって感じですよね。

とっくに消滅したと思ってました」

 

「まあ、あくまでも残党。

所詮は黄巾の名を使って賊まがいのことをしているんでしょうね。

それよりも七乃」

 

「はい?」

 

「その背中の大量の木材はなに?」

 

姫羽が七乃の背中に背負われている木材を指差しながらそう問いかけた。

その質問に七乃は待ってましたといわんばかりの笑みを浮かべた。

 

「気になります?ふっふっふ~これはですね・・

美羽様の木像を彫るための材料です!!」

 

七乃がそう叫びながら懐に手を入れ、美羽の木像を取り出した。

その出来はすばらしくまさに美羽の生き写しと言えるほどであった。

その木像を見た姫羽はその場に崩れ落ちた。

 

「っく!?なんと見事な出来・・

負けたわ・・七乃、完敗よ」

 

「これが私の美羽様への愛です!

戦場で心を落ち着かせたいときや辛いとき、美羽様の木像を彫るんです。

そうすればこの世のしがらみを忘れられる」

 

七乃が美羽の木像に頬擦りをする。

とても幸せそうだ。

その行動に姫羽は悔しそうに呟く。

 

「私には・・私には出来ない。

格好をつけてしまって、兵たちの前でなんて・・とても・・

愛ゆえ・・ね」

 

「ええ、愛ゆえに」

 

「愛が重いのぉ・・」

 

二人のやりとりに美羽がやれやれといった様子でつっこみを入れた。

そのあとも二人は美羽についての愛の談義が行われその長さについに美羽が痺れを切らした。

 

「姫羽!七乃!おぬしたち何の話をしとるのじゃ!

妾の領土で黄巾どもの残党が暴れておるのじゃ!

早急になんとかするのじゃー!」

 

美羽が二人に一喝をいれたのだが

 

「ああ~ん♪お姉様が当主らしいことを」

 

「お嬢様~♪」

 

「ええい!二人ともしっかりするのじゃ!

もうよい!付いて来るのじゃ、軍議を開くのじゃ!」

 

美羽に先導され姫羽と七乃はその後ろを並んで歩く。

さっきまでちゃちゃを入れていたが二人は冷静さを取り戻すと純粋に美羽の成長を喜んだ。

まさか美羽の口から領内の問題に口を出し、自分から軍議を開くといいだすとは。

 

会議が始まると二人はいつもの調子を取り戻したようだ。

姫羽はいつものように軍議の進行を始める。

 

「ではこれより軍議を始めます。

私たちの居城であるこの南陽の付近で黄巾の残党が確認されたそうよ。張勲」

 

「はい。この付近の村からの報告によれば最近黄巾の残党が確認されたそうです。

激しい戦闘も実際に行われているようです~」

 

「それは実際に被害にあった村の者たちからの報告?」

 

「あの、それがなんでもその黄巾たちは村を築いているようです」

 

「黄巾の残党たちが村を?」

 

思いがけない報告に姫羽の表情が少し険しくなった。

姫羽以外の将たちもその報告にざわめき始める。

賊が村を築くなどとは誰も想像しなかったようだ。

 

「そして今回の報告はその付近の村の住民たちがこの南陽に要請をしようと思っていたそうです。

そこへ偶然私が通りかかり、そのまま私がその報告を受けました。

村人全員が賊の村なんてあまりにも恐ろしくいつ襲われるか分からないという報告から早急に解決して欲しいと」

 

「村人全員が賊か。ならばいったいどれだけの数の賊がいるのだ?」

 

華雄の質問に七乃が顎元に指をあて思案する。

 

「ん~、性格な数は分からないらしいですが500人ほどの村らしいですね」

 

「500人か。それなら一日で解決できそうだな。

ならばすぐにでも出撃し賊どもを叩き潰すぞ!」

 

華雄がその場で立ち上がり周りの将たちにそう告げる。

その行動に周りの者も感化されたのか皆が立ち上がる。

 

「袁燿様~、私も今日出立し殲滅したほうが周辺の住民たちの不安を取り除きお嬢様の評価を上げる事になります。

それは今後の南陽への移住を望むものの増加と周辺諸国への抑止力に繋がると思います」

 

「そうね。早急な解決ほど民にとって嬉しい事はないわね。

この南陽の住民が増えれば税収入、兵力の増加にも繋がりそれが軍事力の向上にも繋がる。

民あっての国ね。お姉様」

 

「うむ!皆の者!

妾の民たちを脅かす不届き者たちを成敗するのじゃー!」

 

美羽の号令によりその場の将が一礼しこの軍議場を後にする。

そして姫羽は美羽の傍で控えている七乃の傍に移動する。

 

「七乃。今回は貴方を主力とし戦を展開するわ」

 

「ええー!?む、無理ですよ~

どうしていじわるするんですかぁ~・・」

 

「大丈夫よ。今回はこの前できたばかりのあの部隊を使うわ。

幸い敵の数は少ないわ。

あの部隊の初陣にはちょうど良い」

 

「はぁ~・・わかりました。

では姫羽様、私がいない間のお嬢様の護衛はお任せしますね」

 

七乃も納得し七乃はこの場を後にした。

新しくできた部隊なためまだ錬度は少ない。

そのため七乃は不安を少々覚えていたが姫羽はその心配をしていなかった。

 

「姫羽よ」

 

「はい?」

 

「あの部隊とは先ほどお主がいっておったあの長槍の部隊かの?」

 

「ええ。ですがただの長槍だけの部隊ではありませんよ。

長槍部隊の本領発揮は長槍単独では発揮しません。

その力ご覧入れましょう」

 

 

そして袁術軍は南陽を出撃した。

総勢は800人。

たかだが500の敵に多すぎる数で挑んではあまり良い評価を得られないのだ。

 

「確かここら辺に・・」

 

七乃が辺りをキョロキョロと見渡すと丁度放っていた斥候が戻ってきたようだ。

 

「報告します!黄巾の村を確認しました!

報告どおり住民は全員黄色い布を着用していました」

 

「報告は本当だったようね」

 

「どうします?このまま突撃しますか?」

 

「そうねえ・・」

 

姫羽と七乃が今後の展開を方針を考えていたとき。

 

「うおおおおおおおおーーーー!!!」

 

突如として響く大きな雄たけび。

その声に袁術軍は一斉にその方に首を向ける。

視線の先には黄色い布を巻いた男たちがこちらへと突撃してくる。

 

「伏兵とはね。

大方、目立つ村に討伐に来た義勇兵や討伐軍の目を向け奇襲で一気に葬ってきたってところかしら」

 

姫羽の目がおもしろそうに輝く。

そんな妹の様子を見た美羽が声を掛ける

 

「だ、大丈夫なのかの?」

 

「ええ、もちろんですお姉様。

私の采配。そして新しい部隊の力をご覧ください」

 

怖がる美羽を優しく宥める姫羽。

今回七乃は部隊を指揮するためにすでにこの場から移動し、部隊の先頭へと移動していた。

普段はおちゃらけている七乃だがやはり本来は優秀な将なのだ。

そして姫羽が腰に刺している双剣のうち一本を抜き大きく天へ掲げる。

 

「敵は黄巾というもはや時代の亡霊!

亡霊は亡霊らしくあの世へ帰ってもらうわよ!

私の言葉を聞きなさい!」

 

姫羽が全軍に聞こえるようにそう声を発する。

鈴のように透き通る声でありながらも袁術軍の主力である彼女の声に聞き惚れそして冷静さを取り戻す。

 

「張勲、華雄はこの場で待機!

紀霊、陳紀は部隊をこのまま前進!

中央で敵の攻撃を一端引き受けなさい。

そして合図の後 陳紀は右方へ!紀霊は左方へ分かれなさい!」

 

「御意!!」

 

「でも数が少ないわね。

500人っていう報告だけど300人ぐらいってところかしら?」

 

予想よりも少ない敵の数だが姫羽は慌てることなく部隊へ指示を飛ばす。

その一切慌てる事のないテキパキとした指示にすでに軍の混乱は完全に収まっていた。

 

「張勲はこの場で合図を待ってなさい。

それまで初陣である貴女の部隊の鼓舞に徹しなさい。

戦場のことは全て私に任せなさい」

 

「はい。お任せしますね。

皆さん!訓練したとおりですよ~」

 

一通り指示を終えた姫羽は戦場を見渡す。

すでに前線では戦闘が行われているようだ。

 

「伏兵には驚かされたけどやはり黄巾だったわね。

陣形も無く、ただの突撃のみ・・か。

この奇襲があったから他にも策があるかとおもったけど杞憂だったようね。

華雄!貴女もこの場で指示を待っていなさい一番おいしい所を貴女に任せるわ」

 

「はっ!」

 

 

 

前線では激しい戦闘が行われていた。

今まで何度もこの奇襲による戦いで戦果を挙げてきたのだろう。

その攻撃は賊とはいえ烈火のごとく。

 

「ぐおお!!こいつら武器の持ち方すらなってねえのにつええ!!」

 

「このままでは押し切られるぞ!」

 

いくら鍛え続けてきた袁術軍と言えど士気では圧倒的に敵のほうが上であった。

攻撃を防ぐだけの袁術軍と奇襲に成功した賊軍。

そして戦闘は始まったばかりだ。

 

「お前らああ!!今回も義勇軍なんかじゃねえ!

ちゃんとした兵隊どもだ!気合いれねえとやられるぞ!」

 

「攻めろ攻めろー!俺たちは負けねえ!」

 

黄巾たちは勢いのまま攻めて来る。

戦局はこのままでは完全に敵に押されるであろう。

だがここで遂に策が発動した。

 

ガーンガーンガーン

 

前線で戦っていたものたちにとっては魅惑の音が響く。

この時を待っていたと陳紀、紀霊は指示を飛ばす。

 

「陳紀殿!」

 

「おう!」

 

この二人の部隊が右と左へと分離する。

黄巾たちにとってはこの行動の意味がわからない。

中央を開くということは敵の大将の元へと一直線ではないかと。

だがその期待は裏切られる。

 

「な、なんだありゃ・・」

 

「か、壁だ!壁が迫ってくるぞ!!」

 

「違う!これは盾だ!化け物盾だ!」

 

突如として迫ってくる鉄の壁。

成人男性のの首元まではあろうかというほどの大きな盾。

そしてその盾の敵側には大きなトゲが何本も着いている。

内側には短剣が収納できるようになっているのだ。

 

「大盾隊前進!敵を押し返してください!」

 

この部隊の出現に黄巾たちの足が止まる。

 

「停止。構え!」

 

七乃の声に大盾隊は綺麗に整列し、隣の者との位置をうまく調整し大盾を隙間無く構える。

大盾を装備している者の後ろの兵はその背中を両手で押さえる。

敵が突撃してきたら押し込まれないようにするための補助だろう。

この光景に圧倒されていた黄巾たちだが冷静さが戻ってきたようだ。

 

「い、いくぞお前らああ!!俺たちは退くわけにはいかねえ!」

 

「死ねやあーー!!」

 

黄巾たちは突撃してくる。

だがその突撃もすぐに終わる事になる。

 

「長槍隊!やってくださーい!」

 

七乃の号令により一気に槍が突き出される。

 

「な、なんだこりゃあああ!!」

 

攻撃など来るはずがないと思っていた黄巾たちは突然の攻撃によりその勢いが止まる。

明らかに自分たちが知っている槍よりも長いのだ。

自分たちがこれから盾を乗り越えようとし始めたら攻撃されるのだ。

 

「ははは!こりゃあいい!

俺たちが突けば勝手に敵が死んでいくぜ!」

 

盾の高さは成人男性の首元。

ゆえに、盾の上から突くために全ては敵の顔への突きなのだ。

大盾部隊が崩されない限りは全て安全圏からの攻撃なのだ。

 

「突いて突いて突きまくれー!!」

 

「おおおおおおおお!!」

 

 

 

「ほおお~これは見事じゃのお」

 

「はい。これならば新兵でも戦うことが出来ます。

人は自分が安全であり、敵を攻撃する事ができる状況ならば非情になれます。

人を殺す事を戸惑っていたものたちも恐らく今は気分が高揚している事でしょう」

 

美羽と姫羽は高みの見物としゃれ込んでいた。

姫羽の考えではもう既に勝敗は決していたのだ。

 

「お姉様。ごらんに入れましょう。

これが完璧な勝利というものです」

 

「うむ。妾に勝利を献上するのじゃ」

 

 

 

黄巾は攻めあぐねていた。

近づけば長槍で突かれてしまう。

槍を回避しても大盾をどうにかしなければすぐにまた二突き目が来るのだ。

物量と力で大盾を押し込もうにも無数のトゲがあり、自滅へと向かってしまう。

どうにもできないでいると後方が騒がしい。

そしてその騒がしさはすぐに収まる事となった。

周りを全て囲まれているのだ。

先ほど分離した二つの部隊が黄巾部隊の右方左方に展開している。

そして極め付けは・・

 

「華雄殿!このまま勝負を決するのです!」

 

「ふっ、言われなくともそのつもりだ。

この戦いより再び我が華雄の名を天下へ発する。

袁術軍、武の華雄の名を」

 

華雄が後方より騎馬隊を率い突撃を掛ける。

大盾の存在に気を取られすぎていた黄巾は混乱する。

だがそれも無理のない事だ。

始めてみる大盾、そして長槍による連携との戦いだったのだ。

完全に包囲されもはや士気は地の底まで落ちていた。

華雄の登場によりこの戦いはすぐに決した。

 

この戦いの後、袁術軍は黄巾の村へと向かった。

だがそこでは老人や女、子供たちが武器を構えて待ち構えていた。

 

「この村に入るな!」

 

「そうよ!これ以上私たちに関わらないで!」

 

「あっちいけー!」

 

村人たちからは決死の覚悟が感じられた。

なんとしてもこの村を守り抜くという意地が見られる。

 

「こちらの数は貴方たちよりも圧倒的よ。

500人って言う数字は村人も含めた数字だったのね。

ならば貴方たちは200人ほど。

こちらはその数倍あるわ。無駄な抵抗はやめなさい」

 

「知るか!俺たちにはもう後がねえんだ!」

 

「ここで果てる覚悟はできてるわ。

座して死を待つよりここで玉砕を選ぶ!」

 

「僕たちは決して退かない!」

 

一歩も引く気はないようだ。

その圧倒されるような光景に袁術軍はたじろぐ。

子供でさえも死を覚悟し玉砕を望んでいるのだ。

 

「こ、こいつらは狂っているのか・・

戦闘に参加しないただの村人がこれほどの覚悟を持っているとはありえん!」

 

華雄でさえも驚いているようだ。

自分も過去はこのようにいつも玉砕覚悟の猪のようなこんな姿をしていたのだろうか?

 

「な、七乃~姫羽~・・こやつらなんだか怖いのじゃ~・・」

 

「美羽様、大丈夫ですよ。姫羽様ならきっとなんとかしてくれます。ですよね?」

 

「な、七乃あなた丸投げする気・・?」

 

「あはは~私じゃ無理です~。

でも実際何とかしなければいけないのも事実です。

ですが死兵と化したこの人たちと戦えば被害は大きいと思います。

 

彼らとて心の奥底では死は避けたいはず。

ならば彼らをそうさせる元凶がきっとあるはず。

そこを見つけ無力化させるのが一番ですよね~

今回の戦いは武器ではなく言葉の戦いにしたいものですね、村ではなく心の侵略を」

 

「ええ。貴方たち!

なぜそこまでして戦うの!」

 

姫羽が村全体に届くようにそう叫ぶ。

だが彼らは武装を解く気は一切無くこちらに武器を向けたまま返答をする。

 

「俺たちはただ張角様たち黄巾を信仰しているだけだ!

それをお前たちが黄巾だからと攻撃してくるだけじゃねーか!」

 

「そうだそうだ!何を信仰しようが自由だろうが!

宗教にまでお前たちは俺たちに押し付ける気か!」

 

「俺たちはただ黄巾が好きなだけなんだ。

それなのにお前たちは俺たちを迫害するんだ!

何もしてないのに攻撃されたら身を守るために戦うしかないじゃないか!」

 

その言葉に姫羽たちは理解したようだ。

どうやら彼らは今までの黄巾賊たちとは違いただ真摯(しんし)に信仰しているものたちのようだ。

そんな彼らを危険と見なし、攻撃してきたところを自衛で戦っているようだ。

 

「俺たちには張角様たちの加護がある!

お前ら行くぞー!!!」

 

片腕がない男がこちらへと攻めかかってくる。

片腕なために戦力外とこの村の自衛に廻されたのだろう。

 

「まずい!七乃!」

 

「はいはい~、大盾隊!」

 

七乃の号令により大盾隊が列を成し、防御陣形を取る。

この防御を突破しようと試みてくるが所詮は非戦闘員。

攻めあぐねているようだ。

この戦いは始まってすぐに膠着状態となった。

 

「くっ、結局こうなったわね・・」

 

「このまま殺しちゃってもいいんですけど少し後味が悪いですね」

 

七乃も今回の戦闘に思うところがあるのか彼らを殺す事を良しとしないようだ。

だがそれは姫羽も同じ。

 

「彼らを殺してはいけません!

彼らを殺す事はそれこそ彼らの言うとおり宗教の自由までを殺す事になる!

それは私たちに力が無いことの証明になる。

この局面を突破し、武以外の力をつけなくてはいけません!」

 

「黄巾の方たち~貴方たちはどうしてそこまで黄巾にこだわるんですかー!

それに張角さんたちは曹操さんによって死んでしまったはずです~

教祖がいないのにどうしてですか~?」

 

七乃の質問に村人たちは大盾隊から一端距離をとり始める。

そして質問への答えを返す。

 

「張角様たちは俺たちに唯一の娯楽を与えてくれたんだ。

こんな腐った世の中で、金も無くて、つまらない日々に希望を与えてくれたんだ!」

 

「そうよ!少ないお金ででも私たちを楽しませてくれる!

最高の興奮をくれる!歌という私たち学が無い者たちでさえ救ってくれる!」

 

「お前たちは何をしたー!朝廷も腐り、いたずらに戦いを長引かせているだけじゃねーか!」

 

黄巾たちは不満を爆発させるように袁術軍にやじを飛ばしてくる。

この時代に娯楽などというものは皆無に等しい。

金も学も無ければなおさらだろう。

 

だが張角たち数え役満姉妹は歌という娯楽を提供したのだ。

口さえあればだれでもいつでも口ずさむことができる。

それはまさに老若男女誰もが受けることができる娯楽。

だからこそ百万近い民が熱狂したのだ。

 

「やはり不満が原因だったわけか」

 

「ですね。城下の民も不満を持っているわけですし、いつこうなるかもわからないですね。

現状姫羽様の美で今まで持っていたのかもしれませんね」

 

姫羽と七乃が悩む。

どうすればこの状況を打破できるのか?

だがそこで流れを変える一言が聞こえる。

 

「それに張角様たちはまだ生きている!」

 

「張角が生きている?」

 

姫羽はその声に疑問を持つ。

そして一人の男の手にある物が存在した。

それは張角の木像であった。

 

「張角が生きているというのはその木像のことかしら?」

 

「そうだ!張角様の教え、魂はこの中に宿り俺たちをいつも見守ってくれているんだ!」

 

「そうだそうだー!」

 

男のその声に扇動されるようにほぼ全員が懐などから木像を取り出す。

張角の木像、張宝の木像、張染の木像が取り出される。

中には三人共の木像を天に掲げる者もいる。

 

「あ、あんな者に今も尚すがっているというの!?」

 

「教祖が死んでも解散されず、なおも根付く原因があんな物なんて・・」

 

そういう七乃を姫羽はジト目で見つめる。

七乃の懐にもしっかりと美羽の木像があるからだ。

 

「ふん、いい年こいてお人形に執着か」

 

「か、華雄?」

 

「なんだてめー!

天和ちゃんは今も生きてるんだよ!

俺たちに生きる希望を与えてくれてるんだ!」

 

華雄の言葉に黄巾たちは激怒する。

だが華雄は我関せずと続ける

 

「くだらんな・・ならばその木像がいったい何をしてくれるというのだ!

そんなものはただの木片に過ぎん!

貴様らは現実から目を背けているだけだ!

ただ木像にすがり惰性で生きている生きる屍に過ぎん!」

 

「お前に何がわかるってんだ!

俺たちにとっての張角様、張宝様、張染様は神なんだ!」

 

「神だと?ふざけるなよ?

やつらはただの人間であり、お前らと同じだ。

神は貴様ら信者を残し死ぬのが仕事か?

死んでしまえば貴様らを放り、自分たちは天に帰るのか?

そこまで心酔する貴様らに何も施しをせず!

それが神の所業か!」

 

華雄の言葉に黄巾たちは黙る。

現実に何も残してくれてはいないのだ。

黄巾賊は数が増えすぎて、兵糧が常に不足していた。

そして討伐されればその兵糧はすべて無くなった。

 

張角たちは華雄の言うとおり何も残さずこの世から消えたのだ。

彼らは死に物狂いで今日まで生き抜いてきたのだ。

木像を抱き、歌を口ずさみ、それだけを心の糧として。

 

「うう・・どうすりゃいいんだよ~・・天和ちゃん・・」

 

「地和ちゃん、どうしていなくなっちゃったんだ」

 

「人和ちゃん君は元気でやってるのかい?俺たちは・・」

 

黄巾たちが武器を落とし一斉に木像を見る。

そこにはいつも同じ表情をし続ける張角たちしかいない。

どれだけ彼らが語りかけても何も答えを返してくれない。

 

(彼らだって理解しているはず。

心の奥底では木像は所詮木像だということを。

慰めてくれない、食べ物をくれない、何もくれない)

 

「姫羽様。彼らはただ救いを求めているようですね~

彼らはただ何かに縋(すが)りたいだけなんですね。

彼らが信じる黄巾は心が壊れる前の最後の砦のようなものなのでしょう」

 

「黄巾があるから生きてこれる。

子供は大人が守ってくれる。だけど大人は誰も守ってくれない。

だから自然に人は何かに救いを求めている・・か」

 

姫羽と七乃はこの光景に心を打たれるものがあった。

彼らも時代の被害者なのだ。

 

もはや戦いは終わっていた。

将も兵も皆武器を降ろしていた。

現実の光景を見せ付けられて双方ともに戦意が完全になくなったようだ。

 

そう感傷に浸っていると一人の少女が歩み始めた。

 

「お姉様!?」

 

「よい」

 

美羽が前方へと歩き出し、止めようとする姫羽を手で制す。

その歩みは止まらず黄巾の者たちの方へと向かっている。

 

「な、なんだ・・」

 

黄巾たちの視線が美羽の元へと注がれる。

だが美羽は気にせず尚も歩き続け黄巾たちを通り過ぎる。

どうやら畑の方へと向かっているようだ。

そして美羽は土を掻き分け一本の人参を取り出した。

 

「あむっ」

 

そしてその人参を食べた。

 

「な、なにやってんだこのガキ!」

 

「おぬしたちは食べ物をどう見るのじゃ?」

 

「く、くいもん?」

 

「神を信じておるのじゃろ?

妾はそんな人形よりもよっぽどこの人参の方が神に近いと思うんじゃがの」

 

「人参が神だと?馬鹿にすんじゃねー!!」

 

美羽の言葉に黄巾たちが罵声を浴びせる。

だが美羽はそんな言葉を気にしていないのか辺りをきょろきょろと見渡す。

そして鎌を見つけそれを手にもつ。

 

「な、なんだ?」

 

そして美羽はその鎌で腕を少し切った。

 

「お、お姉様!」

 

突然の美羽の行動に姫羽は慌てて美羽の元までかけよる。

だが、またも美羽が姫羽を制した。

 

「血が流れておるの」

 

「そ、そりゃそうだろ・・」

 

「では減った血はすっと減ったままかの?」

 

「そんなわけねえだろ。

しばらくすればまた増える」

 

「どうして増えるのじゃ?

血はどうやって作られるのじゃ?」

 

「そんなの・・やっぱ・・」

 

美羽の言葉に男は気づいたのか言葉はそこで途切れる。

 

「食べ物を食べ、傷が塞がれば妾の血はまた作られる。

それは人参だけではない。大根や肉でもそうじゃ。米も!蜂蜜水も!

 

血だけではないぞ、働く力も、考える力もそうじゃ。

妾はの、食べたり飲んだりするのが大好きじゃ。

うまいしの、そして味付けを変えることでいろんな楽しみもある。

人々に力を与え、そして食事という娯楽も与える。

そしてその力はこの世のありとあらゆる食べ物全てにある

これこそまさに神の所業といわずなんというのじゃ!

その人形にはそんな力があるのかや!」

 

美羽のことばに黄巾たちは言葉を発せ無かった。

食べ物の力を考える。

自分たちに生を与えてくれる。

人を生きさせるというだけで確かに神の力に等しいと。

 

「お主たちは今まで食事が当たり前すぎて何も考えておらんかったんじゃろう?

神の力をもらっておるのじゃ。

食べ物の一つ一つに神が住んでおるのじゃ!

そしてその神の生を貰い妾たちは生きておる。

妾はこれから食事の際はこう言うのじゃ!

 

命をいただきます!とな」

 

美羽は両手をパンと合わせそう呟いた。

 

「命を・・いただきます」

 

「いただき・・ます」

 

「いただきます」

 

「いただきます!!」

 

突如として始まったいただきますの大合唱。

この光景に姫羽と七乃は驚きを隠せない。

 

「お、お姉様・・」

 

「美羽様・・」

 

「皆のもの聞くのじゃー!

食べ者には神が宿っておる!

ならば奉らなければいかんの。

妾はここに発するぞ、そなたたちに”食べ物神”の信仰を命ずる。

そなたたちの新しき神じゃ!そして食べ物神の布教を大陸中に広めるのじゃー!」

 

「うおおおおお!!!!」

 

美羽の号令により村が揺れる。

南陽の太守袁術直々に許可が出された信仰。

心置きなく彼らは信仰できるだろう。

 

「妾たちが祭壇を作る。この村を発祥の村とするぞ。

そのかわりそなたたちはより稲作、畑作に励むのじゃ」

 

「はい!」

 

この黄巾の残党たちとの戦いは終わった。

当初誰も考えてなどいなかった。

当主袁術による心攻。

そして結果はこの村での戦いの死者無し。

完全な大勝利であった。

姫羽、七乃はたくましく成長した美羽を眺めている。

 

「お姉様・・ご立派になられましたね」

 

「美羽様~七乃はますます美羽教の信者です~」

 

二人はますます美羽に嵌った。

そして袁術軍全体の印象も変わった。

美羽の堂々たる姿、そしてこの戦の結果に兵たちも美羽への評価を改めたようだ。

 

「袁術・・姫羽様の姉であるだけでまったく興味などなかったが・・

おもしろい。凡愚が成長する瞬間を見れるとわな」

 

華雄もまた少し見直したようだった。

こうしてこの戦いは完全なる勝利であり、袁術軍の成長へと大きく繋がった。

 




黄巾の村と言う設定は三極姫2の設定を使わせてもらいました。

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