南陽を出立した袁術軍は道中の豫州の城を最低限で制圧して楊州へと向かった。
南陽との道が途切れたら困るが、あまり制圧しすぎてしまっては豫州の平定を目指している曹操にいらぬ不信感を与えないためだ。
曹操にはやはりある程度の力を溜めてもらい袁紹の力をそぎ落としてもらいたいのだ。
途中落とした城には最低限の兵と城を配備し、曹操にいくらかの金を親交として送り暗黙にこの城のことを許せとした。
そしてついに楊州に到着したのであった。
「まずは情報が欲しいところね」
「すでに斥候を放ってますから大丈夫ですよ~♪
誰かいますかー」
七乃の呼びかけに斥候がちょうどよく戻ってきたようだ。
その情報に姫羽たちはあまりいい顔をしなかった。
「建業が孫呉のもの・・か」
「孫策さんたちは民の厚い歓迎を受けて入城したようですね」
孫策たちはすでに拠り所を得ており力を蓄えている最中のようだ。
情報によればすでに1万近い兵を要しているらしい。
「こんな早さでもうそこまで兵を集めるとはね」
「お姉様たちは呉の民に愛されてるから。
兵で困っているならって民たちも自分から志願する人が多かったんじゃないかな」
「たいした人望ね・・やっぱりシャオの判断で呉を先につぶしに来て正解だったわね。
周瑜の手腕もあったと思うけどこんな早さで力を蓄え始めているならすぐに揚州を平定したかもしれない。
やはりここでつぶすべきね」
姫羽の顔が引き締まる。
孫呉と再び戦うのだ。あの時彼女にとってギリギリでの勝利だったのだ。
今度こそ完膚なきまでに叩き潰すと心に誓う。
姫羽のその姿に周辺の将たちの気も引き締まる。
美羽の心にも緊張が走る。
いつも戦では自分は何もせずただ後方で蜂蜜水を飲んでいれば勝手に終わったのだ。
彼女にとって覚悟をもって望む戦はほとんどこれが初めてだ。
そんな彼女の心を少女もわかっていた。
「美羽。シャオも同じようなものだよ」
そういってシャオは美羽の手を握る。
美羽は握られた手を呆然と見つめた後力強く握り返した。
「そなたも一緒に戦うのか。ならば心配ないの」
二人の互いの瞳が交差しあった。
だがやはり二人とも目の奥には不安が見て取れたために二人はクスクスと笑いあった。
「では行くのじゃ!全軍前進じゃー!!
敵は江東の小覇王。楽には勝たしてくれんのじゃ!」
美羽の号令に兵たちの声が木霊する。
兵たちからすれば主の号令による進軍など初めてであり信じられなかった。
士気は大いに上がりその進軍速度はまさに電光石火。
ついに建業が視界に入る。
城の付近の平原に並ぶ大量の赤の軍勢。
その中でもひときわ目立つ一人の女性が馬にまたがり一人前進してくる。
「久しぶりね袁術ちゃん」
孫策がそうこちらへと語りかけてきた。
それに応対しようと美羽も馬にまたがったまま一人前進する。
だが、いかんせんいつも七乃の後ろに乗っていたために不恰好ながらも危なげに一人前へ進む。
「お嬢様!」
「お姉様!」
「美羽!」
「よい」
美羽が片手を伸ばし飛び出そうとする三人を制す。
「孫策が一人ならばこちらも一人で行かねば示しがつかんのじゃ。
これでやっと妾も王になれる」
美羽が手綱を握り緊張しながらも前進する。
「恋。そなたの教え早速役にたったのじゃ」
「・・いい」
美羽は恋に馬の扱いをたびたび教わっていた。
馬に愛されている恋はもっとも美羽のことを好いている馬を見つけだしそれを美羽の愛馬とすることを進めた。
自分のことを愛してくれている馬ならば馬術が苦手でもこちらの気持ちを読み取ってくれると恋は彼女なりに美羽へ教えた。
美羽もまた元来の動物好きが効し愛馬との親交を深め形にはなってきたようだ。
美羽はトコトコとゆっくり前進を続けついに孫策と向かい合った。
「へ~、かっこいいじゃない」
「こういうのはいつも姫羽や七乃に任せておったからの。違う景色が見えるのお」
「どう?案外悪くないでしょ?」
「正直に言えば・・あんまり立ちたくないものじゃ」
「そう?私は好きよ。この後に控えている戦いの前哨戦。
血と肉の混ざり合う匂いが頭をよぎり私を興奮させる」
「完全に戦に狂っておるのじゃ・・」
「私も最初は嫌だったわ。でもね、何度も起こる戦いが私をこんな女に変えた。
戦場には生と死しか存在しない。常に緊張の糸がピンと張り詰め敵の返り血が顔にかかるたびに糸が切れそうになる。
理性は崩壊寸前、極度の興奮で痛みも疲れも忘れさせる。
圧倒的劣勢の前に策もすべて使い果たし力だけで突破もした。
仲間を引き離され全力を出せない戦を何度も生き残ってきた。
そんな局面を何度も味わい、そして私は戦うことが楽しくなってきた!
死を乗り越えた先の生の快感に体がうずく!
そう!貴女によって出された無茶な命令が私を変えた!」
「・・・」
「さあ!袁術ちゃん、楽しみましょう。
今日も私に生きる実感を頂戴!」
そして孫策は馬首を返し自軍へと戻って行った。
だが途中で思い返したように後ろへと振り返った。
「シャオ、全力でかかってきなさい」
そう言った後、振りかえらずに戻っていった。
美羽もトコトコと自軍へと戻ってきたが元気がない。
「お姉様。ご立派でした」
「何もできなかったのじゃ」
「それでいいのです。常人ではあの場所にたてません」
「のう姫羽」
「なにか?」
「妾が孫策を殺してしまったのかの?」
「・・彼女は覇王です。覇の道の王として人生を生きる選択をしたのです。
そして彼女には武の才能もあった。だからこそ前線に立ち自らが鬼となった。
その結果です。もし彼女に武の才がなかったらきっと変わっていたでしょう。
覇道も歩まず、仁の道を生きていればまた変わった。
お姉様が気に病む必要はありません」
「そうなのかの」
美羽は少し落ち込んでいた。
領内の争いをすべて孫策に丸投げしていたからだ。
兵も孫呉の兵を使っていたため孫策は彼らを死なせないために自らが陣頭に立たざるを得なかったのではと。
「彼女を救いたいですか?」
「できるのかや?」
「王の座から引きずりおろせばいいだけです」
「つまり・・」
「この戦に勝つ。孫呉の王の座から降りてもらいましょう」
その言葉を聞いた美羽の顔は少し戸惑っていた。
だが決意したようだ。
彼女は呉の軍勢のほうへと視線を向けた。
「孫策には小覇王なぞ似合わぬ。
ただのシャオのお姉ちゃんという肩書きでよいのじゃ」