姫羽は一枚の書簡を眺めていた。
その書簡には黄巾族の討伐命令が書かれていた。
ついに漢王朝が本格的な討伐に動き出したのだ。
だがそれは各地の諸侯たちの力を借りなければ対抗できないということを示していた。
それと同時にもはや漢王朝単独の力の衰退をも示唆していた。
「お姉様」
「どうしたのじゃ?」
そして美羽、七乃、姫羽の三人が玉座で話し合いをしていた。
「お姉様。現在この荊州には二つに分かれた本隊と分隊がおります。
いかがいたしましょうか?」
「ふむ・・七乃」
「はあ~いお嬢様♪もちろん私たちは分隊を相手にして、孫策さんたちには本隊の相手をしてもらいましょう」
「うむ!妾もそういいたかったのじゃ!
妾たちのような高貴なるものがわざわざ手を汚すまでもないのじゃ」
「孫策ですか・・」
確かに孫策たちは今、この袁術軍の客将として世話をしている。
そして孫策たちを厄介な本隊にぶつける事で孫策たちの兵を減らし、こちらの被害を少なくする事が出来る。
(本当にいいのかしら)
姫羽は考えていた。
確かに兵を減らす事ができる。
本隊に当てただけでは決して孫策たち将は死にはしないだろう。
敵が屈強な兵士であれば被害は大きいが、所詮ただの賊。
逆に孫策たちとその生き残った兵たちへのよい訓練とさせてしまうのではないか?
「どうしたのじゃ姫羽?お腹でもいたいのかの?」
「いえ・・とりあえず孫策たちを召還しましょう」
兵を呼び、孫策をこの玉座へと呼び寄せた。
「さて、今日はどんな雑用かしら?」
孫策がこの部屋へとやってきた。
無駄のない動きで歩き、立ち居振る舞いもまさに一流。
その体からは目には見えないがあまりある覇気を肌で感じ取る事ができる。
(まさに飢えた虎・・
このままずっと飼い殺すのは無理ね・・)
「うむ!今日孫策を呼んだのは他でもない。
黄巾族の討伐を命じるのじゃ」
「黄巾・・さいきん各地で好き放題やってるあいつらね」
「はあ~い、その通りです。
それでここ荊州には本隊と分隊がいるんですよ~
孫策さんたちにはこの本隊を相手して欲しいんですね」
「本隊?私たちは一万弱しか兵がいないのよ?」
「だいじょーぶじゃ。孫策は強い相手と戦うのが好きらしいからの。
苦戦すれば燃えるおぬしのためを思って妾は本隊を譲るのじゃ」
「上手いこと理由をつけてめんどくさい本隊をおしつける。
本音が見えてるぞ♪いよ!この策士、鬼畜、美羽様!」
「わはは~もっと褒めてたも!」
「はあ~・・どこが大丈夫よ」
孫策がため息をつく。
だがその拳はかたく握られ、肉には爪が食い込んでいる。
息を深く吐き出すことで少しでも怒りを静めているのだろう。
美羽は軽く言っているがそれは大軍相手に劣勢で立ち向かえと、死んでこいといっているのと同じなのだ。
孫策がふとその視線を美羽の横に向ける。
反対側では美羽と七乃の漫才が行われているが逆では違った。
姫羽が真剣な顔で顎(あご)元に指をあて深く考えている。
そして言葉を発した。
「命令を変更します」
「え?」
「き、姫羽・・?どーしたのじゃ?」
その言葉に全員が姫羽へと顔を向ける。
「今回の本隊の相手はお姉様、七乃、私、そして孫策さんこの四人で行きましょう」
「あら?どういう心境の変化かしら?」
孫策がおもしろそうな顔でその視線を姫羽へと向ける。
対象に美羽と七乃はわけがわからないという顔で姫羽へと視線を向ける。
「今回の本隊の相手は私たち袁術軍2万、そして孫策さんたちの兵一万で行きます。
本隊さえつぶせば分隊など、どうとでもなります。
それこそ本隊の敗走を聞いて逃げてくれるのが一番ですけど」
「周瑜や黄蓋、陸遜はどうするの?」
「彼女らには今回出番はありません。
さ、あとは追って伝えます。下がって良いですよ」
その言葉で孫策は納得いかないという顔だが彼女の立場では何もいえない。
そのまま黙って下がっていった。
「姫羽様。どのようなお考えで?」
孫策が去ったことを確認すると七乃は今回の作戦の詳細を求めた。
「まず、私たち袁術軍の兵の錬度はかなり低いです。
ここ最近では面倒な賊の相手をほぼ孫策さんたちに擦り付けているためもあってか実戦を経験した事のない兵がたくさんいます。
逆に孫策さんたちの兵は何度も経験をつみ屈強な兵が増えてきています。
ここは来るべき時代のために私たちも兵たちに経験を積ませた方が良いでしょう。
そして孫策さんと周瑜を切り離します。
あの方たちはいつも二人で行動しています。
ですので孫策さんは周瑜の指示がない戦はほぼ初めてといって良いでしょう。
そんな不慣れな状態での戦いでは兵たちも不慣れであり、いつもの力を発揮できません。
孫策さんたちに必要以上に経験をつませず、そして彼女たちの兵を減らし、そして私たちが経験を積む。
一石三鳥と言えるでしょう」
「そうですね・・確かに兵たちは訓練だけで実戦を経験した兵はすくないですね。
私たちの軍も傍から見れば烏合の衆のひとつかもしれませんね」
七乃も姫羽の案に納得してくれたのか彼女の目にも少し闘志がうかがえる。
だが対象に美羽は不安そうな顔をしていた。
「な、七乃・・姫羽・・危なくはないかの?」
「ご安心くださいお嬢様。
私たち二人がお姉様をお守りします」
「そうですよお嬢様~危なくなったら孫策さんを盾にしますから♪」
「そうか!なら安心じゃの!孫策には妾のために頑張ってもらうとするかの!」
孫策は不機嫌ながらも館へと戻ってきた。
「雪蓮。どうした?また袁術になにかいわれたのか?」
孫策のいつもと違う雰囲気に周瑜は問いかける。
「今回、出陣するのは私たちの兵と私だけよ。
あとは袁術ちゃんたちの軍ね」
「どういうことだ?」
「袁術軍二万に、私たちの軍一万。
冥琳や祭、穏は留守番ね」
「ふむ・・その提案をしたのは袁燿か?」
「ええ」
その言葉を聞いた周瑜は目を瞑り何か思案している。
彼女はいつも悩まされていた。
袁術、張勲が二人だけしかいないときは非情にやりやすい。
むしろ逆手をとって彼女たちに難癖をつけて物資をもらったりもしている。
だがそこに袁燿が加わるだけで一気にやりづらくなるのだ。
彼女はまさに一級の軍師と同じほどの智謀を持っている。
袁燿には全て裏があると考えなければいけないのだ。
そして周瑜は一つの結論にいたった。
「なるほどな・・雪蓮の統率力を殺し、自分たちに経験を積ませそして我らの兵を減らすという魂胆か」
「恐らくそうでしょうね。
冥琳の考えなら手に取るようにわかるけど・・張勲や袁燿の指示でうまく戦えるとは思えないわ」
「やつらもそろそろ本腰をいれるころなのかもな。
とりあえず雪蓮。貴女には悪いけど頑張ってくれとしかいえないわ。
我らの独立のため、兵を少しでも減らさないように務めてくれ」
「最初からそのつもりよ」
周瑜は思った。やはり彼女は天性の才を持っていると。
自分もそろそろこの大陸は大きく動くのではないかと予想しているのだ。
そう思ったこの時機に袁燿は力をつけるためにこの提案をした。
ならば、かならず来るだろう。この周瑜と袁燿二人が出した未来なのだから
そして数日後。
二つの軍は合流し黄巾族五万の本隊とぶつかった。
広い大地に広がる人の頭の数に美羽は圧倒された。
「だ、大丈夫かの、姫羽、七乃・・」
「ご安心くださいお姉様。
敵は所詮賊、烏合の衆です。
私たちの兵は実戦経験が少ないですが訓練だけはかかさず行ってきました。
実戦を経験することで多くの兵の力が花開く事でしょう」
「そして敵が無策でつっこんでくるお馬鹿さんが相手だからこそ私たちは好きな戦ができる。
それこそ、策による圧倒的な勝利ですね」
「ええ。敵には軍師も猛将もいない。
陣形すら組めていないいい腕ためしの機会。
ここで完全勝利を得、私たち袁家の名を世に知らしめましょう。
それこそ孫策の名が霞(かす)むほどの」
七乃、姫羽はここでなんとしても圧倒的勝利を手に入れたかった。
この戦で大きな名声を得ることで内部の関係を少しでも良好にしたかったのだ。
袁術軍に張勲、袁燿の二人がいることで少しでも安泰と認識させたいのだ。
それこそ孫策の力を使ってもだ。
「それでは軍議を始めましょう」
姫羽の号令で軍議が始まった。
うおおおおおーーー!!!!!
この地に大きな轟音が轟(とどろ)く。
五万もの大軍に及ぶ咆哮。そして黄色の布。
地の色は黄色だったのではないかと錯覚するほどの数だ。
天地をひっくり返せば正に黄天だ。
だがそれにも怯まず一人の女性が前へ出る。
「は~い♪頭が春のみなさ~ん、こちらが貴方たちとは天と地ほどの差の名門袁家ですよ~」
「かかってこいやあああーー!!」
「この腐れ野郎どもがーー!!」
袁術軍から飛ぶ罵声の数々。
平地に控えている袁術軍その数五千。
全員による黄巾族への罵声。
「この腐れ猿ども、豆腐の角に頭ぶつけて人生やり直しやがれ♪」
七乃による罵声は圧倒てき効果があった。
その罵声をを聞いた黄巾兵たちは一斉に怒りをあらわにした。
「おめえええらあああああーー!!ぶっ殺してやる!!!」
怒り心頭の黄巾賊。
彼らの勢いはさらにまし、速度も徐々に上がっていく。
だがその勢いはすぐにつぶされた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
地面が動く、そう思ったときにはすでに遅かった。
「な、なんじゃこりゃーー!!!」
「ひっ!?」
「ああああああー!!!」
そこには巨大な落とし穴が掘ってあったのだ。
落とし穴をはさんで敵と向き合い、挑発により見事黄巾族は落とし穴にかかったのだ。その様子を見た七乃は満面の笑みを浮かべる。
「ふふっほんとお馬鹿さんたちですね。
こっちは忙しいんですよ。いつまでも土遊びでもしてやがれ♪」
その言葉を口にし、落とし穴に落ちなかった黄巾兵たちへ視線を送る。
そして七乃は軍を反転させ後退した。
「ま、待ちやがれ!おめーら!!馬鹿にされたままでやってられねえだろ!!
やつらを引き裂いてやろうぜ!!!」
黄巾族の怒りは収まらない。
なおも七乃たちをおいかける。
七乃たちの軍は小高い丘に布陣していた。
「見つけたぞてめーら!!!いまぶっ殺してやるから!」
そしてその丘の頂上に布陣している七乃たちめがけて突撃を繰り返す。
「はあ~・・ほんと馬鹿は死ななきゃ直らないですね。
いっぺん人生やりなおします?」
七乃は落胆した顔で手を挙げると大きな岩が運ばれてきた。その数10個
大きな丸太を五人で持ち上げ、その丸太の先端を利用して岩を押し上げてきたのだ。
「点火♪」
その合図に岩には大量の油がまかれ、そして松明で火をつけられた。
「お、おいおい・・」
「さ、賊の皆さん。追いかけっこの始まりですよ~」
一気に燃え盛る岩が黄巾族へと襲い掛かる。
賊は一気に反転し今来た道を必死に引き返す。
「あああーー!!」
「がっ!?」
岩に押しつぶされ死んでいく者たちが多数。
その他にも火の火傷を負い、地面をのたうっている者たち。
「のお七乃?」
「はい?どうされましたお嬢様?」
美羽は七乃たちの軍の後方に控えていたが安全と判断したのか七乃の隣に来た。
「妾には岩を燃やす意味がよくわからんのじゃ。
火で死んだものは少ないんじゃないかの?」
「ああ~そのことですか。
火球自体にはたいした意味はありませんよ。
草原であれば通った道を燃やし、進行を阻む事が出来ますが、今回に限っては違います。
火が迫ってくるという大きな意味があります。
私たちもそうですが動物は火を恐れます。
大きな火が自分たちに向かって襲い掛かってくる。
これはとっても怖いことなんですよ~
だからほら!見てください」
七乃が指をさすとそこには伏兵として控えていた姫羽、そして孫策の軍が黄巾族に襲い掛かっていた。
だが黄巾族は火の恐怖とそれを逃げ切った安堵からすでに力が抜けているものが多数存在した。
兵数ではまだ圧倒的に有利な黄巾だが、もはや心の闘志は消え去っていた。
あとはただの殲滅戦であった。
この戦いでは孫策がその勇猛果敢戦ぶりで100人近くの賊を斬った。
まさに万夫不当の豪傑の働き。
だがその戦功は袁術軍の巧みな策あっての結果として人々の記憶に残った。
逆に袁術軍は賊とはいえ二万の兵力差を覆したとしてその名を知らしめた。
まさに孫策は策に食われ利用されたのだ。