美羽が軍議の前に蜂蜜水を飲みたいとだだをこねたので結局遅れてしまった。
美羽、七乃、姫羽の三人はとある天幕へと向かって歩いていく。
その天幕は他のものよりも遥かに大きい。
諸侯たちがあつまり、そこで長い時間にもおよぶ軍議を開くために不便があってはいけないからだ。
中から声が聞こえる。
どうやらすでに軍議は始まっていたようだ。
三人はその中へと入っていった。
「華琳様・・」
「ええ。言わなくても分かってるわ」
曹操はイライラしていた。
その原因は・・
「お~っほっほっほ!」
先ほどから高笑いしている袁紹だ。
彼女のこの声を聞くだけでイライラが溜まっていく。
曹操と袁紹は犬猿の仲だ。
幼い頃ともに何度も顔をあわせている。
腐れ縁、幼馴染に近い存在といっても過言ではない。
お互い真名を預けあっているが今思えば真名を預けた事を後悔している。
(は~、つまらないわ・・・)
暇な曹操は辺りを見渡す。
そこにはたくさんの諸侯たちの顔が並んでいる。
曹操は右から順番に一人一人の顔を見ていく。
(どいつもこいつもつまらないわ・・ただ孫策。
彼女はいずれ化けるわ。そばにいるこの周瑜の軍師としての手腕もかなりのものだと聞いている。
ただ現在は袁術なんて小物に飼われているけどね。
そして劉備。最近になって急に名を上げた。
以前一緒に黄巾を討伐した際に見せた彼女の部下たちの実力は並以上。
彼女自身はただの理想家だけどそれに魅せられた者たちが集まってくる。
やはり劉備も侮れない・・)
そして曹操が一通り全員の顔を見終えた後。
天幕に声が響く
「うむ。待たせたの」
「遅れてしまい申し訳ありません!」
三人の女性が入ってきた。
「・・・・・」
曹操の目が驚きにより開かれる。
脳天から全身に掛けて電気が走ったかのようだ。
そこにはまさに天女がいた。
「私は袁燿。袁術お姉様の妹でございます」
(彼女が・・袁燿。傾国の美女の・・」
美羽、七乃も自己紹介をしていたが曹操は姫羽の声しか頭に入ってこなかった。
曹操は今まで傾国の美女の噂を耳にしていたがあまり信じていなかった。
実際自分の目で本人を見たことがないからだ。
ありもしない噂に惑わされるより自分の目で見て、そして確認してからそれを事実としたほうが踊らされずにすむからだ。
そして今、曹操の中に傾国の美女の存在が確認された。
(美しい・・・)
曹操は完全に姫羽の虜になっていた。
男嫌いであり、女子が好きな曹操。
当然女性と肉体関係を持つ事も好きである。
今までたくさんの綺麗な女性を抱いてきた曹操。
そんな彼女が一度見ただけで心奪われたのだ。
それは曹操にとってもショックだっただろう。
何故私がこれほど美しい女性の存在を知らなかったのかと。
彼女の声、歩く姿、小さな所作。
全てがまさに華麗。
あの大嫌いな幼馴染が言う優雅であり華麗。
袁家にその言葉が似合うものが本当にいたとは。
「お姉様」
「うむ。皆の衆妾たちが遅れた事で待たせてすまんの。
では早速始めてたもれ」
「美羽さん。遅れてきたくせにずいぶんなものいいですわね」
「ひっ、れ、麗羽姉さま・・」
美羽は袁紹が苦手だった。
いとこ関係である美羽と袁紹。当然姫羽ともいとこである。
だが美羽の幼い体つきや思考をよくからかっているのだ。
袁紹の前ではあのわがままな美羽も借りてきた猫のようにおとなしくなってしまう。
これからいじられるであろう美羽を姫羽は助け舟を出す。
「麗羽姉さま。遅れてきた私たちがいうのもおかしな話ですが全ての諸侯が揃いました。
軍議を続けましょう」
「そ、そうですわね姫羽さん。
それでは始めましょうか」
そして袁紹は姫羽が苦手だった。
なにから何をやらせても全てすばらしい結果を残す姫羽。
そしてどんな皮肉を言っても全てのらりくらりとかわされる。
つかみ所がないゆえだ。
「ではまずは総大将を決めなくてはいけませんわね。
誰がよろしいかしら?
まあ、やはり総大将ですからもちろん家柄もよくて華麗ですばらしい方でありませんとこの連合が舐められてしまいますわね。
さあ皆さん!誰かおりませんこと?
はっっっきりと言ってくださってかまいわせんわよ、お~っほっほっほ!」
なんだこれは。
まあ彼女の性格を分かりきっている袁術軍三人はやっぱりこうなるかと予想していた。
案の定場の空気は最悪だ。
「あ、あの!」
だがそこへ先ほどまで黙っていた劉備が発言をする。
その発言に皆の視線が劉備へと注がれる。
「あら?あなたは誰でしたかしら?」
「りゅ、劉備です!」
「顔良さん」
「はい。袁紹様」
そういわれ顔良は袁紹に耳打ちをしている。
劉備のことを知らないのだろうか?
顔良からなにか言われるたび袁紹の顔は劉備を見下している。
「あ~ら、たかだか平原の相風情の貴女から提案があるんですこと?
この袁本初。直々に聞いて差し上げますわ」
「あ、ありがとうございます・・
あの!さっきからず~~~っと同じ事の繰り返しじゃないですか!
今私たちには時間がありません!
早く総大将を決めちゃいましょうよ!」
「あら?それでは劉備さんは誰か総大将に相応しい人に心当たりがあるんですこと?」
「袁紹さんでいいんじゃないですか・・?」
そういわれた袁紹の顔は満面の笑みへと変わっていく。
「お~っほっほっほ!
皆さん聞きましたか!即答ですことよ!
やはり田舎者の貧乏人には私しか心当たりがないようですわね!」
袁紹の高笑いに耳が痛いのか皆の顔が呆れている。
姫羽もつまらないと感じているのかふと視線を袁紹からずらすと一人の女性と目が合った。
その女性は曹操だった。
姫羽は目が合い続けていると気まづく感じ視線をずらす。
だがそれでも尚曹操はずっと熱い視線を姫羽へと送り続ける。
その後軍議は終了した。
一人また一人と席を立っていく。
「姫羽よ。妾たちも早くここから逃げるのじゃ。
これ以上あの麗羽の高笑いを聞きたくないのじゃ~」
「そうですね。作戦などは後で追って報告してもらいましょう」
美羽、姫羽、七乃はその場から逃げるように立ち去った。
その後姫羽は軍備を確認するために袁術軍の指定された地をぶらりとまわり不備がないかを確認していた。
すると姫羽の元に一人の兵が近寄ってきた。
「袁燿様」
「なにか?」
「袁燿様に是非面会したいという方たちがきておりまして」
「私に?誰かしら?」
「どうやら陳留の曹操のようです」
「曹操・・」
姫羽は少し寒気を感じながらもせっかく自分を訪ねてくれたのだと思い通すことにした。
するとすぐに曹操がこちらにきた。
傍らには二人の女性を従えていた。
「面会させてくれたこと感謝します」
曹操は丁寧な口調で。
そして最大限の礼を尽くした所作で姫羽のもとへやってきた。
お供の者たちも曹操と一緒に頭を下げる。
「いえ、しかし何故私に?
私たちは先ほどの軍議で初顔合わせをしたばかり。
なによりまだ話した事もありませんのに」
「それは貴女があまりにも美しいから。
そこらの花も恥じらい、その身を枯れさせるほど。
この世の美は貴女の前では全て霞むほど」
「ふふ、世辞がうまいですね。
そんなにかしこまれると体が痒くなります。
気をはらず話して下さい」
「そうですか。では失礼します。
袁燿殿。私は貴女が欲しい」
曹操は姫羽にそう言い放った。
姫羽はその言葉を言われなれていた。
今まで数々の諸侯が姫羽にそういってきたのだ。
嫁に、娘に、そして位の高いものは妾に。
世間での袁燿。姫羽の評価はこうだ。
袁燿の美は全てを手に入れたも同然。
彼女ほどの美があれば、欲しいものから寄ってくるのだ。
たとえば富。
彼女のためにたくさんの者たちが貢物などを送ってくる。
実際、姫羽のもとにはたくさんの献上品が送られてくる。
雑費などは送られてきた貢物などでかなりまかなえているほどだ。
そして民心。
南陽では税が高いが出て行こうとするものは割と少ないのだ。
それは姫羽がいるから。ただ単純な理由であった。
彼女自身の人柄もあるがその美しさに魅せられる者も多数いる。
彼女に会いたいがため、南陽に移り住むものもいるぐらいだ。
彼女の美は一つの策に匹敵するほどであった。
「私が欲しいですか。
ずいぶんとまっすぐですね」
「ええ。貴女ほどであれば言われなれているでしょう。
だから私は回りくどく言わないわ。
袁燿。私の元に来なさい」
「曹操殿はすでに有能な家臣をお持ちでしょう。
そこのお二人もしかり、そして軍師殿もしかり」
「荀彧を知っているのかしら?」
「ええ。曹操殿はご自身が思っているより有名なんですよ。
陳留の統治は善政だとお聞きしましたので。
ですので失礼ですが調べさせてもらいました。
あの荀家の者を軍師に仕えているとは。
そして夏侯姉妹の有能さも知っています。
曹操殿は武も知も両方得ていると言っていいでしょう。
それでも尚さらに欲しがりますか?」
その言葉に曹操は一言も考えることなく意見を述べた。
「欲しいわ」
「何故に?」
「有能な家臣はどれだけいようが決して足りない。
何故なら私の未来はこの大陸の統一であるゆえに」
「統一・・ですか」
「ええ。陳留なんて小さな器には私は納まらない。
私はこの大陸を制し、この乱世を終わらせるわ。
そのために貴女が欲しいわ。
袁燿。ともに平和な世を目指しましょう。
その先がどれだけ血塗られ私を苦しめようとも貴女の美があれば私の心が癒される。
私には魚が水を欲するように貴女が欲しいわ。
そして魚は水を得たとき、その真の力を発揮できるわ」
「では曹操殿はいま真の力を発揮していないと?」
「ええ。貴女という存在を知ってしまった今、私の心は恋焦がれ乱れているわ」
曹操は袁燿の目をしっかりとまっすぐ見つめ、たんたんと語る。
その目に嘘偽りなど一切無かった。
姫羽もそれをこの数分で理解した。
本当に自分を欲していると。
だが決して姫羽の心が動く事は無かった。
「魚が水を欲するようにですか。
ならば鳥も空を欲するでしょう。
私という存在はお姉様の青く澄み渡る心の空を欲するのです。
私の心も手も汚れきっています。
人は汚れたら綺麗になりたいと思うでしょう。
ですから貴女のもとへはいけません」
それは安に曹操も汚れていると言っているのであった。
実際その通りかもしれない。
この時代で生きるにはまっさらなまま生きるという事は難しいであろう。
自分は決して汚れていないかと問われればそう簡単に頷けないであろう。
「お姉様は真の純潔。無垢。聖処女です。
ゆえに私はお姉様を欲する」
だが美羽は違う。
一度たりとも自身の判断、行動で汚れた事がないのだ。
良くて純粋。悪く言えば世間知らずだ。
「・・・そう」
曹操は目を瞑りそう答えた。
彼女にはどれだけの甘い言葉を並べても決して頷かないだろう。
そう判断したのか曹操は引き下がる事にした。
「でも・・私は欲しいものは絶対に手に入れたい主義なの。
必ず貴女を手に入れてみせる。
私に跪(ひざまず)かせてみせるわ」
そういい残し曹操はこの場を後にした。