はじ〇の一歩というボクシング漫画を読んだことがある。
あれは熱い漫画だ!読んでいるだけでトレーニングに対してやる気が湧いくる。読書後はよく部屋で一人シャドウボクシングをしたものだ。
はじ〇の一歩でボクシングを学んでからはテレビでボクシングの試合がやっていたらつい観てしまうようになった。
俺はスポーツ漫画は全般的に好きだが、中でも必殺技がでる漫画よりはリアル路線の漫画の方が好きだった。
ざっくり言うと、黒子のバ〇ケよりスラムダ〇ク派だ。もちろん黒子のバ〇ケもコミック全巻買うくらいには大好きだが。
ふと妹のことを思い出した。
妹もスポーツ漫画が好きだったが、彼女はスラムダ〇クより黒子のバ〇ケ派だったようだ。
はじ〇の一歩を読むよう勧めたが妹は結局読まなかった。やはり女の子にとってボクシングというのはあまり良いイメージはないのだろうか。
熱い漢の殴り合い。カッコいいのにな………
もちろん、これらは他人事だから言えることで、実際に自分が殴り合いをするとなると話は別だ。対戦相手がボクシング経験者となれば、ならなおさらだ。
「ノバえも~ん! 助けてよ~~!」
寮の部屋に帰って早々、俺はノバクの足に抱き着いた。
「…なんですか? いきなり」
ノバクは読んでいた本を机に置き、かなり嫌そうな顔をしながら俺を振り払う。
足蹴にされながらも、俺はつい先ほど起きたアンディとの揉め事についてノバクに説明した。
「…つまり、王族であるアンディ様を挑発して決闘を申し込まれたと。そのうえ、ボクシング部のアンディ様にボクシング勝負を選択したと」
俺の現状をノバクは二言でまとめた。概ねその通りだ。
「えっと… 主君はそこまで馬鹿だったんですね」
「また馬鹿扱いされた。酷い!」
ちなみにパシリから帰った後、アシヅカ先輩からも同じような反応をされた。「エチゴ、ケイ、お前らは馬鹿だと思っていたが、王族に喧嘩を売るほど馬鹿だったんだな…」―――と。
喧嘩を売ったのではなく売られた喧嘩を買ったのだと説明したが、アシヅカ先輩はドン引きした表情のまま理解を示してくれなかった。
「…それで、決闘はいつ行われるんですか?」
「来週の金曜日の放課後に行うことになった。今日も金曜日だからちょうど一週間後だ」
決闘の内容を俺が決めた後、決闘の実施日はアンディが決めた。
ヤニク曰く「決戦日は申し込んだ側が決める、決闘のしきたりとして常識だぞ」ということらしい。
だから、決闘のしきたりとか知らんよ……
「そうですか、大変ですね。 頑張ってください」
ノバクは本を開き読書を再開する。
「お前!主君がピンチだってのに無視するなよぉ!」
「知りませんよ。自分が買った喧嘩くらい自分で処理してください」
うぐっ、ごもっともな意見だ。
こうなったら攻め方を変えるしかない。
「なあノバク、俺はチェスの件、まだ許してないんだけど」
俺の言葉にノバクは明らかに表情を引きつらせた。
ノバクがでたらめなチェスのルールを教えたせいで、結果的に俺は学園内最バカと呼ばれるようになった。最近では、俺がこの学園に裏口入学したという噂まで流れているらしい。
流石のノバクもこの件に関してはやり過ぎたと思っているらしく、俺はその弱みに付け込むことにした。
「頼むよノバク! お前の知恵と助けが必要なんだ。あと1週間でボクシング部員にボクシングで勝てるようにしてくれよ」
ノバクは俺をじっと睨んだ後、「…はあ、仕方ありませんね」とため息をついた。
「主君が馬鹿だと学園内に知られてしまった以上、せめて腕力は証明していただかないとですしね。もし主君がボクシングすら雑魚だと露呈すれば、執事の私も恥をかきますから」
雑魚って…。
ノバクは読んでいた本を閉じ部屋の本棚に戻す。そして、今度はノートを取り出した。
ノートの表紙には大きく"マル秘"の1文字が書かれていた。
何その怪しいノート!? そんなの部屋の本棚にあったんだ!
ノバクは怪しいマル秘ノートをめくり、あるページを読みだした。
「ふむふむ、なるほど… よかったですね主君。アンディ様ですが、彼は中学まではテニス部で高校からボクシングに入部したようですよ。つまり、彼はまだボクシングを習って日が浅い。勝ち目は充分にあります」
アンディも俺と同じ1年生なのでボクシング歴は3カ月程度といったところか。
少しだけ希望が見えてきた。
「ていうか、そのマル秘ノートって何? アンディの情報が載ってるの?」
「アンディ様の情報だけではありませんよ、学年内の主要人物の情報はほとんど網羅しております」
「そうなの、凄げえな! それもノバクの趣味なのか?」
「趣味? まさか? 学園内の情報収集を趣味にしている人なんて普通いませんよ。これは執事の仕事の一環です」
ノバクはおかしそうにクスクスと笑った。
暗殺が趣味の奴がよく言うよ!
「あとは…」
ノバクは2段ベッドの下のベッドを覗き込み枕を取り出した。
「今の主君のパンチ力を知りたいので、この枕を思い切り殴ってみてくれませんか」
そう言うと、ノバクは枕を両手でつかみ体の中心に構える。
「いや、それ俺の枕なんだけど…」
ノバクが枕を構えたまま急かしてくるので、仕方なく俺はファイティングポーズをとった。
ワキをしめて、拳は目の高さに、目標の枕に向かって一直線に… 打つ!
バスッ とそこそこ良い音をさせて拳が枕にめり込んだ。
「なかなか良いパンチを打ちますね、普段から体を鍛えているからでしょうか……。主君、もしかしてボクシングの練習をしたことがあるのですか?」
「え? いや、昔少しボクシング漫画 …じゃなくて、指南書を読んだことがあるだけだよ」
ノバクの問いに対し、俺は嘘で誤魔化す。
「そうですか、それにしては上々ですね」
俺のパンチはノバクの想像以上によかったのだろう。俺はその理由については心当たりがあった。
この世界に転生してからテニス部に所属するまでの最初の2カ月、俺は毎日体を鍛えていた。
部屋で筋トレや体幹トレーニングをしたあと、外に出てをランニングしている―――とノバクには伝えていた。
しかし、実際は外に出たあと、はじ〇の一歩の知識を頼りにシャドウボクシングをしていたのだ。
なぜかって? それはもちろんノバクを
結局ノバクの趣味を知ってからはこの攻略作戦はお蔵入りとなり、シャドウボクシングもしなくなったのだが。……まさか、あのシャドウボクシングをした日々が役に立つ時がくるとはだ。
想定する相手がノバクからアンディに代わったのだが、しかしまあ、そう考えると今回のアンディとの決闘は実はゲーム攻略のチャンスなのかもしれない。
もともとノバクを対象に考えていた攻略手段(物理)だったが、今回の決闘ではそれをアンディ相手に行うことになる。
しかも、仮にゲームクリア判定されなくても、決闘の結果なのだからボコボコにした復習として暗殺されることもないだろう。
まったく意図していなかったが、俺はアンディ攻略の最短ルートを辿っているのかもしれない。そう思うと俄然やる気が湧いてくる。
ノバクは枕を置いてまたマル秘ノートを読んでいた。
俺のやる気とは裏腹にノバクは冷めた声で話し出す。
「確かにいいパンチでしたが、今のままではアンディ様には勝てないでしょうね。アンディ様はボクシング部に入部してから3カ月程度ですが、実戦経験を積んでいます。
それに、アンディ様も兄のラファエル様ほどではありませんがいわゆる天才という奴らしいですね。元々の身体能力の高さもありますので3カ月でもかなり高レベルのボクサーになっていると予想できます」
マル秘ノートにはそんなことまで書かれているのか…。
だが実際、ノバクの勝敗予想に文句はなかった。
いくらトレーニングをしたといえど、漫画の知識とシャドウボクシングだけで本格的にボクシングをやっている人に勝てるなんて思ってはいない。そこまでスポーツを甘く見てはいない。
「ああ、わかっている。だからこそお前を頼ったんだ」
「そうでしたね。はっきり言って、主君とアンディ様の決定的な差は
ノバクの意見に俺もうなずく。
「…そうだよな、俺もそこが一番の課題だと思っていた」
「では主君、早速ですが!」
「おう!」
「…今日はもう寝ましょう!」
予想外の提案に拍子抜けしてズッコケそうになる。
「え? 今から特訓するんじゃないの?」
「はい」と返事をしてノバクは笑顔で手を叩く。
「特訓は明日からです。明日の早朝から合宿をしましょう!」
次回、合宿!