今回は珍しく「ゲームの世界」らしさが全開です。
まだ空が真っ暗な早朝、寮を出た俺とノバクは学園の正門から抜け北へ向かって進んだ。
そこから30分ほど歩くと大きな山のふもとにたどり着いた。山の標高は2,000メートル程だろうか。日本の山々と比較してもそこそこ大きな部類に入るだろう。
さらに、道なき道を登り続けるノバク。
その背中を追いかけて、俺もずいずいと登っていく。
登山を進めていると、元の世界では見たことない生き物がチラチラと見えた。初めの方は俺が知らないだけで元の世界にもいる生き物なのかなと思っていたが、スライム上の生き物が徘徊しているのを見て「ああ、ここはゲームの世界だったな」と思いだしたのだった。
この場合、生き物というよりかはモンスターと呼ぶべきだろうか。
小学生のころに遊んでいたドラ〇エを彷彿とさせる。まさか、ゲームの勇者みたいに山でモンスターを倒してレベル上げをするのだろうか。
登山を開始してから4時間、日が昇り始めた頃合いでノバクは足を止めた。
「この辺りは平らで良さそうですね」
そう言うとノバクは背負っていたリュックを地面に降ろす。彼のリュックはおおよそ登山用リュック程度の大きさだった。
俺も背負っていた荷物を下ろす。俺の荷物はリュックにテント、2人分の寝袋とよくわからないその他諸々の荷物。
…いや、配分おかしくないか。二等分って知ってる?
「では主君、ここでテントを張りましょうか」
ノバクは俺が背負ってきたテントの部品を集めてテキパキと俺に指示を出す。
組み立てるのはすべて俺の仕事だった…
「まさか本当に山で合宿することになるとは、しかも寝袋とテントって」
「わかっていると思いますが、遊びでキャンプをしに来たわけではありませんからね」
ノバクが俺に念押しをする。
もちろんわかっている。俺の目的はこの山でボクシングの実戦経験を積むことだ。
ところで、ボクシングの対戦相手はどこにいるのだろうか。今のところ、この山には俺とノバクしかいない。
「では、今日はこの山のモンスターを相手に実戦経験を積みましょうか」
テントを組み終えた俺に向かって、ノバクが今日の練習メニューを伝える。
やっぱりこの山の生き物はモンスターだったのか……
いや、ツッコミどころはそこではない。
「俺はこの山にボクシングの実戦経験を積みに来たんだぞ、なんでモンスターと戦うんだよ!? ……あ、もしかして、ここのモンスターはボクシングで闘ってくるのか?」
「ボクシング? まさか? 野生のモンスターですから普通に爪や牙で闘いますよ」
「……え?」
「ですが安心してください。この辺りのモンスターは戦闘能力は高いですが知能は低いので魔法は使えません」
「安心できねえよ! ていうか戦闘能力高いの? 俺、武器とか持ってきてないんだけど」
「武器? 自分が何のトレーニングをしに来たのかもう忘れたのですか? ボクシングのトレーニングをするのに武器は必要ないでしょう」
「俺、素手でモンスターと戦うの!? なんでだよ!? もはや遠回りな自殺だろ!!」
モンスター相手に素手で戦うなんて、ゲームの勇者でもめったにしない事だろう。
そもそもボクシングの実戦経験を積むには、普通に考えたらボクサーとの対決が一番なはずだ。
俺の不満そうな顔を見たノバクは面倒そうに答える。
「仕方がなかったんですよ。私だって、本当は主君にはボクサー百人組手をしていただきたく予定でした。
ですが、相手のアンディ様はボクシング部の部員です。ボクシング部はアンディ様の敵であるあなたのトレーニングに協力はしてくれないのですよ」
「確かにそうれはそうだろうけど。仕方ないのか。うう…」
「それに、この山のモンスターは定期的に街におりて悪さをしています。学園にもモンスター駆除依頼が来ておりましたので、ここのモンスターを討伐すると報酬がもらえますよ」
「報酬って…、それよりも命の方が大事だろ!?」
しかし、他に実戦経験を積む方法は思いつかないのも事実だ。仕方がないが、ここでモンスター退治をする以外に道はなさそうだった。
平日になれば学校が始まってしまう。だからこそ、この土日の2日間でより多くの実戦経験を積むしかない。
「仕方ないか……。 覚悟を決めたよ、やろう! 2日間しかないんだ、時間は無駄にできないもんな!」
「2日間? 何を言ってるんですか、この合宿は決闘当日の放課後ギリギリまで7日間通して行いますよ?」
「7日間通してって… 月曜日になれば学校が始まるだろ。まさかサボるのか?」
ノバクは当然のように「はい」と答える。
「安心してください、私も主君も公欠扱いとなりますので」
「え、なんで?」
「昨晩、学校側には『主君のお父様が死んだ』と嘘の連絡をしています。また葬儀や家の後始末等のため、主君と私は1週間公欠する旨も伝えています」
こいつ、俺の父親を勝手に殺しやがった!(殺してはいないが)
というか、ノバクは俺ではなく、厳密には俺の父親によって雇われていたはずだ。
…こいつ、自分の雇い主を勝手に殺しやがった!(殺してはいないが)
「……ということは、俺はこの山で7日間モンスターと素手で闘い続けるのか?」
「そうなりますね」
「いやいや、無理だろ! そもそもモンスターってどんな奴なんだ? スライム状の敵を殴り続けることはできても、肉食獣みたいなモンスターと殴り合ってたら初日に死ぬぞ!」
「モンスターの種類ですか? そうですね…」
ノバクは俺が持ってきた荷物を漁り図鑑を取り出した。表紙には”モンスター図鑑"と書かれている。俺、図鑑まで持たされてたのかよ。
「モンスター図鑑のこのページに載っているモンスターが、ちょうどこのあたりの標高で出没しますね」
ノバクが開いたページには五体のモンスターが書かれていた。スライム状のモンスターや、蜘蛛のようなモンスター、コウモリのようなモンスター。
この辺りはまだ何とかなりそうだ。
そして、闘牛のようなモンスターや、狼のようなモンスター……
「無理だろ! 誰が素手で闘牛や狼を殴り倒せるんだよ!」
「トウギュウ? オオカミ? こいつらは"バッファルー"と"ウルファ"ですよ」
「名前なんかどうだってよいんだよ!! 無理だろ!これは!流石に!」
「そうでしょうか。最終的にはもう少し登って高度を上げ、この辺りのモンスターに挑んでもらうつもりなのですが」
ノバクは次のページを開き、そこに書かれたモンスターを指さした。
茶色い毛で、丸いからだ。可愛いらしい顔とは裏腹に鋭い牙と爪……
「熊じゃん!!」
「クマ? このモンスターは"ベーアー"ですよ」
「やっぱり熊じゃん!!」
「ちなみに全長は2メートルです」
「じゃあヒグマじゃん!!!」
無理だ!どう考えても無理だ!
素手で熊に勝てるのは漫画の世界だけだ!
あ、でもここはゲームの世界だからいけるのかな… やっぱり無理だ!
ノバクは溜息を吐きながら、今度は自分のリュックを漁る。そして、栄養ドリンクのような瓶の飲み物を取り出した。
「では、こちらのドリンクを使いましょう」
「なんか急にゲームっぽいアイテムが出てきたな」
攻撃力や防御力をアップするものだろうか、それとも傷を癒す回復アイテムだろうか。
「このドリンクは、魔法劇薬部の方に作っていただいた覚醒ドリンクです」
「魔法劇薬部?覚醒ドリンク?」
聞きなじみはないが、何だか嫌な予感がする単語がでてきた。
「このドリンクを飲めば、どんな痛みもなくなるので恐怖心をなくして敵と戦うことができます」
「痛みがなくなるってことは、傷が治ったりするのか?」
疑心暗鬼になっている俺の問いに、ノバクは首を横に振って否定する。
「いえ、別にそんな効果はありません。ただ痛みがないので死ぬ寸前まで戦うことができます」
「やっぱりか! ただの痛み止めじゃんか! 死ぬ寸前まで戦いたくねえよ!」
「安心してください。そう言うだろうと思いましたので、このドリンクには興奮効果、暴走効果も入っています。ですので、これを飲めば痛みも恐怖も感じず、最高にハイな状態で闘い続けることができます」
「安心できるかーー!!」
俺の叫び声が山の木々に木霊した。
「せっかく7本も作っていただいたのに」とノバクは愚痴る。
ノバクがドSであることは知っていたが、さすがにこのトレーニングは無理がある。
ノバクに頼めば厳しいトレーニングプランが出てくると予想はしていたが、厳しいと無謀は別物だ。
俺がどうやってこのキャンプを辞退しようか考え込んでいると、いつの間にかノバクはテントの中に入っていた。
「私はこのテントに結界を張って休んでますので、もし死ぬ寸前になったら教えてください。私の回復魔法で助けます。主君に死なれては執事の名折れですからね」
「いや、ちょっと待てよ!」
俺の言葉には耳も貸さず、ノバクはテントの入り口を閉める。
「あと、先ほどから主君が大声で叫んでましたので、そろそろモンスターたちが集まってくると思いますよ」
「え?」
あたりを見渡すと、木々の隙間からちらほらとモンスターの影が見えた。その中には"バッファルー"と"ウルファ"の姿があった。
俺は悟った。
ああ、俺も父親の後を追うのだろうと(親父は死んでないが)
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月曜日、圭太が授業を公欠していた。
その理由を先生から聞いたマリアはかなり動揺をうける。
圭太の父親が死んだらしい。
この乙女ゲームの主人公には父親が存在する。しかし、この父親は実質ただのモブキャラだ。
どのルートを選択しても、父親関連のイベントは特に発生しない。
そのため、本来はどのルートを選んでも主人公の父親が死ぬことなどないのだ。
「いったい、何が起きているの」
その後、圭太は金曜日までずっと公欠をしていた。どうやら先生の話は本当の様だった。
マリアは想定外の出来事に悩まされていた。
ボクシング編の3話でした。
ボクシングって何だっけって考えながら書きました。