5話目にしてついに… ボクシングリングに立ちます。
授業をさぼったのに放課後学校に行くというのは何だか変な感覚だ。
この1週間山籠もりをしていた俺たちはついに下山し学園内にたどり着いた。
たった1週間だったが学園の景色が凄く懐かしく感じる。
人だ! モンスターじゃなくて人がいる!
決闘の会場は学園内にある教会だった。
「教会でボクシングやるの!?」と驚いたが、「神の名のもとに公平で公正な闘いをするためですよ、主君はそんなことも知らないのですか?」とノバクに言われた。
だから…… 決闘のしきたりとか知らんよ…
もちろんこれも、このゲームの世界ならではのしきたりだろう。
しかし、もし俺が決闘の内容を魔法勝負や剣闘にしていても教会でやったのだろうか。教会内で魔法や剣をぶっ放すなんて罰当たりがすぎるだろ。
校内の中庭を歩いていくと教会が見えてきた。普段はあまり人の出入りがない教会だが今は入り口前に人だかりができている。よく見ると、テニス部の仲間たちも集まっていた。
「おお! きたよ! 今日の主役様のご到着だ!」
俺に気がづいたヤニクがこちらに駆け寄ってくる。
ヤニクはやけにテンションが高く、お祭り気分のようだ。
「ここ一週間学校を休んでいたからてっきりもう来ないと思ってたぜ。 …親父さんのことは残念だったな。でも、今日ここに来たってことはアンディ様と闘うってことだよな!」
そうだった。俺は父親の葬儀で一週間学校を休んだことになっていたのだった。
「お前を応援するためにテニス部の仲間たちが集まってくれたんだぜ!」
「そうだったのか。みんな、ありがとうございます!」
俺はテニス部の仲間たちに向かって頭を下げる。
この決闘は対戦相手がイケメン王子のアンディなので、かなりアウェイな環境になることは覚悟していた。そんな中、彼らが応援してくれるのは本当にはありがたい。
テニス部員の中にはエチゴ先輩やアシヅカ先輩の姿もあった。
エチゴ先輩は俺の前に立ち、両肩を強くつかんできた。
「おうケイ、元気そうで良かった! 今日は応援するぜ! ところで、俺が始めた喧嘩なのにお前を巻き込んでしまって悪かったな!」
エチゴ先輩は一応自分が巻き込んだという自覚はあったようだ。
そもそもどうしてエチゴ先輩とアンディは揉めていたのだろう。まあ、今更そこを気にしても仕方がないか。
「全然気にしてませんよ。それより、応援ありがとうございます!」
「おう! 本当に応援してるからな! 絶対勝てよ!!」
「はい!」
「たとえケガしても、骨が折れても倒れるなよ! 死ぬ気で勝てよ!!」
「え… はい!」
エチゴ先輩はかなり気合が入っているようだ。そこまで応援してくれるとかなり嬉しくなる。
「俺はお前に賭けてるんだからな、200万ドンもだぞ! わかってるな!!」
………前言撤回。
この先輩、俺とアンディの決闘にお金を賭けてやがった。
誰だよ、人の決闘で賭け事し始めた奴は!!
ちなみにだが、"ドン"というのはこのウィンブル学園でのみ利用できる通貨だ。
王族貴族などの金持ちが集う学校でグランドスラム王国の法定通貨を使うと色々問題があるらしく、学園内では独自通貨を利用することになっている。
「今のところ、ケイとアンディ様のオッズは1:10だ。みんなアンディ様が勝つと思っているみたいだな」
ヤニクはバインダーに挟んだ資料をめくりながら説明しだした。
「予想はしてたけど、やっぱり俺は負けると思われているんだな」
傍目に見ればボクシング部員のアンディの方が優勢に見えるのは仕方がない。
しかし、1:10という大差は流石に少しへこむ。
「けれど、心配するなよケイ。ケイにもちゃんと、イケメン王子様が気に食わない層からの支持が集まってるぞ」
「そんな層の支持はいらねえ!」
「お前はオッズが高い分、勝てば先輩の俺が丸儲けできるって訳だ。だから死んでも勝てよ!」
エチゴ先輩が俺に
しかしなぜだろう。先ほどまで嬉しかったはずの応援の言葉が急に心に響かなくなった。
妙な熱の入り方をしたエチゴ先輩をアシヅカ先輩が制す。
「いやエチゴ、お前は少し言い過ぎだ。ケイ、俺はお前に無事で帰ってきてほしい。もしケガをしそうになったらすぐにリタイアして良いんだぞ!」
アシヅカ先輩はエチゴ先輩とは対称に、普段なら絶対言わないような優しい言葉を俺にかける。
……あんた、絶対アンディに賭けてるだろ!!
ヤニクは資料をめくり、アシヅカ先輩に紙を見せるとコソコソ会話しだした。
「アシヅカさんケイに賭けてますよ?」「そんな馬鹿な、俺はアンディに賭けたはずだぞ」「間違えたんじゃないですか?」「修正できないのか」「もう締め切ってますので…」
アシヅカ先輩は急に俺の方を向き直ると、両肩をガシッとつかんできた。
「ケイ! 死んでも勝てよ! 負けたら殺すぞ! 」
「自分勝手すぎるだろ!!」
先輩相手だったが思わずツッコんでしまった。
そうこうしているうちに、いよいよ決闘の時間が迫ってきた。
教会の扉の前に立った俺にヤニクが声をかける。
「なあ、ケイ。先輩たちは無茶苦茶言ってたが、みんなお前を応戦しているのは本当だからな。頑張ってくれよ!」
「わかってるよ、ありがとうな。ところで、お前は俺に賭けてくれてるのか?」
「いや、俺はどっちにも賭けてないよ」
「そうか」
ヤニクは純粋な気持ちで俺を応援してくれているようだ。これこそが真の友情というものだ。
やはり持つべきは、こういう下心のない友人だ。
「俺は賭博の主催者だからな、賭けたくても賭けられないんだよ」
………前言撤回。
教会内はたくさんの見物客の学生で賑わっていた。彼らは皆、教会の中央にあるボクシングリングに注目している。
教会にボクシングリングという、どう見ても神を冒とくしているとしか思えない組み合わせだが見物客は誰も違和感は持っていないらしい。
アンディは先にリング上で待機していた。
上半身裸でボクサーパンツをはいている。本格的なリングコスチュームだ。褐色肌の隆々とした筋肉を見せつけている。
…強そうだ。
俺は備え付けのトイレで服を脱ぎリングコスチュームに着替えてからリングに上がった。
俺も鍛え上げた筋肉と、できたてほやほやの生傷の後を見せつける。
「やっと来たか! てっきり来ないと思っていたぞ!」
リングに上がった俺を見て、アンディが早速挑発してきた。
「俺が逃げると思っていたのか? 安心しろ、お前を倒すために特訓していただけだ!」
「特訓だと? お前親父さんが亡くなったんだろ。そんなことしてる場合じゃなかったはずだぞ! というかその体の傷跡、お前本当に決闘できるのか!?」
どうやら先ほどの発言は挑発ではなく、俺の家庭の事情を考慮して心肺していただけのようだ。
俺の体も気遣ってるし、意外と優しいなこいつ!
変に気を使われたまま決闘をするのも嫌だったので、俺は適当な嘘をかぶせることにした。
「俺の家庭の事情は気にするな! 今朝、魔法的な何かで親父は生き返ったからな」
魔法で人を蘇生できるかは知らないが、ドラ〇エではできたのでたぶんこの世界でもできるだろう。
俺の言葉に教会内がざわつく。
「あいつの親父死んでたのか?」
「でも生き返ったらしいぜ?」
「絶対嘘だろ、そんな魔法聞いたことねぇよ」
「もしかして伝説に聞く"神の奇跡"なのでは…」
…神の奇跡?何それ?
周りの反応を見るに、どうやら蘇生魔法はこの世界にはなかったようだ。
じゃあもう何か知らないが、神の奇跡ってことでいいか。
俺の適当な嘘をアンディも訝しんでいたが、構わずまくしたてる。
「体の傷跡も気にするな、全部完治してる。そんなことより早く始めようぜアンディ!」
「ふんっ! お前が負けた時に言い訳をしてきたら面倒だから気にしただけだ」
俺とアンディは一瞥をくれて自陣のコーナーに戻った。俺は赤コーナーで、アンディは青コーナーだ。
俺のセコンドについたノバクは、リングサイドで首にタオルをかけて待機している。
「主君! いよいよですね! 合宿で強くなった主君ならアンディ様なんてワンパンですよ! 鼻の骨をへし折ってやりましょう!」
昼前の"ベーアー"との闘いから、なぜかずっとノバクのテンションが異常に高い。普段冷静で塩対応な分、余計に違和感が凄い。
「鼻の骨って… 怖えよ。そこまでしないよ」
正直なところ、俺はアンディに対する怒りは既に殆どなかった。
合宿中は怒りに燃えるどころか我を忘れて闘うのに必死だった。それに、ところどころ記憶がない。というか、そもそもなんで決闘を申し込まれたんだっけ?
アンディへの怒りを失った俺は
せっかく特訓したんだ、試合で成果を試してみたい!
俺がノバクと話していると、ワイシャツに蝶ネクタイをした男がリングに上がってきた。彼がこの決闘のレフェリーのようだ。
彼はマイクを持ち選手紹介を始める。
「青~コ~ナ~~!! ボクシング部所属ぅ~! 154ポンド~!グランドスラム第二王子ぃ~! アンディィィィィ!」
妙に本格的な選手紹介が始まった。
アンディの紹介と共に青コーナーサイドから、黄色い声援が沸き上がった。
「キャーーー」
「アンディー様、素敵ー!」
「頑張ってー」
観戦者は男子生徒が多いと思っていたのだが意外と女子生徒も見に来ているようだ。しかもかなりの人数だ。
次に、レフェリーは俺の紹介をする。
「赤~コ~ナ~~!! テニス部所属ぅ~! 163ポンド~ 1/2! 学園内最バカぁ~! ケイィィィィ!」
俺の紹介と同時に、赤コーナーサイドから野太い怒声が響き渡った。
「やっちまえ~!」
「お前に賭けてるぞ!」
「負けたら殺すからな!」
あれ? なんだこの応援格差は。
改めて自陣の赤コーナー側を見る。
セコンドにノバクがいて、その後ろは男子生徒ばかりだった。申し訳程度にテニス部の女子が何人かいる。男女比が工業高校のようだ。
俺は振り返り、アンディのいる青コーナーを見た。
青コーナー側は女子生徒が集まりアンディを見てキャーキャー言っている。
……何だよそれ、あいつが王子だからか? それともイケメンだからか?
この応援格差に、思わず怒りが込み上げてきた。
俺は青コーナーにいるアンディを睨みつける。
その時だった―――――俺は余りにも信じられない光景を目にした。
なんと、青コーナーのセコンドが女性だったのだ! しかも2人!
片方はスーツを着たカッコいい系のお姉さんで、もう片方はメイド服のかわいい系の女の子だ。
スーツのお姉さんは魔法学の先生だった。もう一人のメイド服の女の子は確か俺のクラスメイトで、学年一かわいいと噂の女子生徒だ。
……ありかよ。
……そんなのありかよ。
女子生徒からの応援を独り占めするだけに飽き足らず、セコンドまで美女を
真剣勝負のはずだろ、許されていいのかよ………。
仮にもここは教会だろ。神様、こいつを裁かないでいいのかよ……。
「いいですか主君。奴の伸びた鼻に右ストレートですよ! こう、シュッと打ってください、シュッと。 …主君、聞いてますか?」
ノバクは右ストレートの素振りをしながら俺に指示を出す。
「ああ、聞こえてるから安心しろ。ただ、鼻の骨だけじゃ澄まさねえ………。顔の骨格ごと変えてやるッ…!!!」
決闘? スポーツの試合? そんな甘いものではない。
たった今からこの闘いは
カンッ! と決闘開始の合図を告げるゴングが鳴り響く。
その音と同時に、俺はリングの中央に向かって駆け出したのだった。
ボクシング編 第5話でした。
すみません。決闘は次回です。