乙女ゲームに転生した体育会系男子   作:瓜売り

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 ボクシング編 第6話!
 お待たせしました。やっとボクシングをします。


それがスポーツのしきたりだろうが!!!

 ゴングと同時に俺とアンディはリング中央に向かった。

 

 この決闘のルールはダウン後の10カウントはなく、たった1回のノックダウンで勝敗が決まる。つまりは短期決戦。

 

 スピードやテクニック勝負になるアウトボクシングでの戦いは、ボクシング部員のアンディ相手には失策だろう。だったらインファイトだっ!

 

 

 俺はアンディの正面に対峙し、ファイティングポーズをとる。

 

 

 ノバクから聞いた情報だとアンディもインファイターらしい。

 インファイター同士、スタイルが噛み合い過ぎてしまうため、より短期決戦で決まると予想できる。

 

 

 ……となれば、先手必勝だ!

 

 

 俺はアンディの顔面にワンツーを放つ。

 アンディは2発とも上体のスウェーでかわすと、お返しとばかりにワンツーを打ち込んできた。

 

 ……ッ速い!

 

 反射的に左ジャブをガードした分、右ストレートをもらってしまった。ズシンと頭に衝撃が走る。俺の被弾と共に、歓声が沸き起こる。

 

「キャーー! 素敵ーー!」

「カッコいいー!!」

「避けろよ下手くそ!」

「アンディ様ー!」

 

 開始直後だというのに、会場のボルテージはかなり高まっているようだ。

 それにしても、今のワンツーでわかったがアンディはかなり強い。

 

 

 セコンド格差の怒りに任せて、突進し殴りまくろうかと思っていたが、返り討ちにされかねない。

 

 俺は合宿の日々を思い出す。確かにアンディは強いがこちらは野生のモンスターと闘い続けてきたんだ、この程度なんてことはない。なぜなら…

 

「お前のパンチは"ウルファ"より遅い! "バッファルー"より軽い!」

 

 俺はアンディに左フック、右アッパーのコンビネーションを叩きこむ。左フックはガードされたが、右アッパーは綺麗に入った。

 

 またも歓声が沸き起こる。

 

「イヤーー!  アンディ様ー!」

「いいぞ! もっと顔面をねらえ!」

「酷いことしないでよー!」

「主君! ボコボコにしてください!」

 

 

 俺の右アッパーがクリーンヒットしたことでアンディの頭から油断や雑念が消え、集中している人の顔つきになった。

 

 本番はここからのようだ。

 

 

 

 俺とアンディはリング中央でパンチを交錯させる。

 

 ドカッ! バキッ! ボコッ!

 

 実際、アンディのパンチはさすがに闘牛モンスター"バッファルー"よりは軽いだろう。しかし、拳という小さな面積で人体の急所を狙ってくるため、その威力は跳ね上がる。

 また、先ほど狼モンスター"ウルファ"より遅いと評価したが、コンビネーションの回転速度は段違いで速かった。

 

 当然だ。相手は野生動物ではなく、鍛錬を積んだ人間なのだから。

 

 

 はじめこそ互角に殴り合っていたが、段々とアンディに押され始めてきた。

 インファイトでもテクニックの差が浮き彫りになり出したのだろう。

 

「キャー! アンディ様ー!」

 

 バチンッ! バコンッ!

 

 

「何やってんだよ、根性で打ち返せ!」

 

 バカンッ!

 

 

「いけー! 頑張ってー!」

 

 バチンッ! バチンッ!

 

 

「ダウンしたら殺すからな!」

 

 ボコンッ!

 

 

 俺は少しずつ後退しながら、それでもロープを背負うことなく殴り合う。

 

 

 歓声の声が少しずつ耳鳴りとして聞こえ始めてきた。口の中は血の味がしており、右目も重くなってきた。きっと何発も殴られ、まぶたがはかなり腫れてきたのだろう。

 

 

 ――――ふと瞬きをした瞬間だった。

 

 アンディの右ストレートが俺の顔をクリーンヒットして捉える。

 

 パンチを食らった俺にしか聞こえていないだろうが、顔の真ん中でパキュッっという小さな音がした。

 

 

 …畜生! 先に鼻の骨を折られてしまった。

 

 

 ぬるりとあったかい鼻血が垂れる。

 

 

 

 痛みに耐えながら、歯を食いしばってアッパーを返す。バズン! という乾いた音と共に今度はアンディの顎が跳ね上がる。

 

 先ほどから俺のパンチも結構当たっているはずなのに、アンディは顔面を何発殴られても出血どころか、顔が一切腫れていない。なんなら汗が滴って試合前よりハンサムに見える。

 

 

 ……いや、さすがにおかしくないか!?

 

 

 イケメンってここまで形状記憶するものなの?

 何か不思議な力が働いてない!?

 

 

 

 

 

 何発もパンチを交換した俺とアンディは次第に息も上がりだしていた。

 

 俺はガードを上げた状態で呼吸を整える。射程距離から少し離れた位置で、アンディも同様に息を整えていた。

 

 歓声と耳鳴りの中、互いの呼吸音さえ聞こえている気がした。

 

 数秒の沈黙が続き、呼吸が徐々に安定し始める。

 そして、また足を大きく動かそうとしたその時だった。

 

 

 

「何やってるんだ! 君たち!」

 

 声の方を振り向くと、リングサイドのすぐ近くにラファエル先輩がいた。

 ラファエル先輩は俺とアンディを交互に強く睨みつける。

 

「アンディ、それにケイ君! これはどういう事だ! レフェリー 今すぐ決闘を止めろ!」

 

 突然のラファエル先輩の登場に、観戦者たちはざわつき始める。

 

 そんな中、アンディだけはラファエル先輩を睨み返していた。

 

「兄貴、どうしてここに来たんだ」

 

「決闘を止めるために決まっているだろう! 君たちが決闘をしていると生徒会から連絡を受けて急いできたんだ。アンディ! どうして決闘なんて事をしているんだ」

 

「うるせえ! 兄貴には関係ないだろ!!」

 

「そんなことはない」

 

「いいから黙ってろ! おいレフェリー続行するぞ! おい! 聞いているのか!?」

 

 突然のラファエル先輩からの試合中断の指令に、レフェリーはラファエル先輩とアンディのどちらの言うことを聞けばよいかわからず困惑しているようだ。

 

 いや、レフェリーだけではない。おそらくこの教会内の全員がそうだろう。

 

 先ほどまでの盛り上がりが徐々に静まり返っていく。

 俺自身も、自分の熱が引いていくのを体で感じていた。

 

 

 

「おい、嘘だろ? やめんのかよ、こんなところで」

 

 アンディは困惑した表情で周りを見渡した。

 

 教会内に先ほどまでの熱はなく、困惑した空気ですっかり冷めきってしまっている。

 その雰囲気は他の誰よりも、リングの真ん中にいる俺とアンディが感じ取っていることだ。

 

「なんだよ。 なんでやめちまうんだよ! 兄貴が言ったからやめるのか!? なんで皆、俺様じゃなくて兄貴の言うことばっかり聞くんだよ!!

 決闘してるのは俺様だろ! 俺様が続行だって言ってるんだ、兄貴じゃなくて俺様の言葉を聞けよ!」

 

 アンディに呼びかけられた観戦者は、それでもどうしていいかわからないという顔を互いに見合わせていた。

 それはそうだろう。この国の二人の王子が違う意見を主張しているのだ。どちらの意見に従うべきか、判断に困るのは当然だ。

 

 そんな会場の空気を感じ取ったアンディは、悔しそうに歯を食いしばり下を向く。

 

「いつもそうだ。父上も、城の奴らも、学園の奴らも。みんな俺様じゃなくて兄貴ばかり見ている。兄貴の言うことばかり聞きやがる。なんだよ、ちくしょう…」

 

 静まり返った教会内で、俺はアンディの言葉を聞いていた。

 

 

 

 ふと、アンディに決闘を申し込まれた時のことを思い出した。

 

 …ああ、そうだった。

 今、合点(がてん)がいった。

 

 アンディと揉めた時、俺はアンディではなくラファエル先輩のための行動を選んだのだった。それこそが、彼が許せなかったことなのだ。それであんなに怒っていたのか。

 

 

 俺はラファエル先輩とアンディの関係性を知らない。それでも、アンディのやるせなさそうに俯く表情を見ると、なぜか俺まで悔しい気持ちになる。

 

 彼の悔しさが伝搬したのだろうか。

 

 

 いや、違う。

 

 きっと、俺はこの戦いを通して対戦相手のアンディにある種の敬意のようなものを抱いたのだろう。「お前、強いな」「必死に練習してきたんだな」といった、スポーツの試合中によくある、ありきたりで、だが純粋な敬意だ。

 

 だからこそ、きっと俺はそんな相手が情けなく俯く姿を見て悔しいと感じたのだ。

 俺と熱い試合をした男が、そんな顔をするなよと思ってしまったのだ。

 

 

 自分のやるべきことが決まった。

 そのためにも…

 

 

 俺はリングのそばにいるラファエル先輩に向かって声をかける。

 

「ラファエル先輩! 失礼を承知で質問をさせてください!」

 

「ケイ君、どうしたんだい?」

 

「先輩は2年生で、テニス部とチェス部の部長で、それに第一王子ですよね。先輩が凄く偉いことはバカな俺にだってわかります。…ですが、先輩は神様より偉いのですか?」

 

 ラファエル先輩は俺の質問の意図を汲み取りかねているようだ。少し考え込む。

 

「神様より? それはどういう意味かな?」

 

「その言葉のままです。先輩は神様より偉いですか?」

 

「……いや、私は神様より偉くはないよ」

 

 まあ、そうだろう。

 この国のヒエラルキーを詳しくは知らないが、さすがに神様の方が偉いだろう。

 

「なら、ラファエル先輩。 俺たちはあなたの命令では決闘を中止できません」

 

「…どうしてだい?」

 

「だって、俺とアンディは"神の名のもとに公平で公正な闘いをする"と誓ったのだから。その証拠に、今俺たちは教会で決闘をしています。それが決闘のしきたりですよね。もし、ラファエル先輩の言葉で決闘を止めてしまったら、俺たちは神様への誓を破ることになる。

 だってそうでしょう? アンディの身内である先輩の言葉で決闘が中止になる。俺にとってこんなに()()()()()()()なことはありませんよ」

 

 ラファエル先輩はハッとした表情をして固まる。この先輩がこんな顔をするところは初めて見た。

 アンディも同様の表情を浮かべていた。こうやって見ると兄弟そっくりに見える。

 

 俺はダメ押しに、観戦客に向かって声を張る。

 まずは青コーナーのアンディ側の応援団にだ。

 

「女子諸君! このままじゃ、アンディ王子が神様を冒とくしたことになる! それはよくないよな!!」

 

 続けて赤コーナー側の観戦者たちにだ。

 

「それに、決闘が中止になったら賭博もなかったことになるよなぁ! つまらなくないか!?」

 

 最後に、俺はアンディに向かって叫ぶ。

 

「俺は決闘を続行したい!!お前はどうだ、アンディ!」

 

 呆然と俺を眺めていたアンディだったが、俺に名前を呼ばれ、その目に力が戻ってくる。

 

「当然だ! 俺様も続けたいに決まっているだろ!!」

 

 

 

 俺とアンディはリングの中で叫び続ける。

 

「うおおお!続行させろ!」「決着つけさせろ!!」「続行だろ!!!」「うおおお!」

 

 すると、二人の叫び声に呼応するかのように、教会内の熱が徐々に戻っていく。

 

「そうだ! 続けさせろ!」

「もうすぐで勝てたのに! 続けさせて!」

「ケイが勝てば掛け金が10倍になるんだぞ、こんなところ終わるな!」

「アンディ様! 頑張って!」

 

 

 ラファエル先輩は自分が静止したにもかかわらず、教会内が続行ムードで盛り上がり始めたことに対し驚いているようだった。

 

 アンディがレフェリーに声をかける。

 

「王族の内輪揉めに巻き込んじまって悪かったな…。続行させてくれ、責任は全部第二王子である俺様が取るからよ」

 

 レフェリーはアンディに向かって強く頷く。

 

 会場の熱量にも後押しされたのだろう、どうやらレフェリーにも迷いはなくなったようだ。

 

 レフェリーが大きく広げた両腕を勢いよくクロスさせた。

 

「ファイッ!」

 

 決闘続行の合図だ!

 

 

「「「うおおおおおーーー!! 続行だーーー!!」」」

 

 応援していた人、観戦していた人お構いなしに一体となって盛り上がる。教会内は本日最高潮のボルテージとなった。

 

 

 

 

 

 俺とアンディはファイティングポーズを構えながら向かい合った。

 

 ふとアンディが呟いた。

 

「ありがとな」

 

 俺は本心で返す。

 

「お前の為じゃねぇよ」

 

 

 

 この闘いが始まる前、俺はこのイケメン王子に神罰を下そうとさえ思っていた。だが、殴り合っていくうちに… ボクシングをしていくうちに… 俺はこの決闘ではなく、試合が楽しくなっていたのだ。

 

 試合を中断されて喜ぶアスリートがどこにいる。

 俺が試合を続行させた理由は、それだけだった。

 

 

 

 

 俺とアンディは再びリング中央でパンチを交錯させた。教会が揺れんばかりの声援が二人を後押しする。

 

 打ち合いの最中、アンディが語り出した。

 

「俺様は、昔から兄貴と比較されてきたんだ…」

 

 どうやらアンディの過去話のようだ。それか胸の内を語るのだろう。

 しかし、応援の声が大きいのにぼそぼそ話すから聞こえずらい。

 

 

 ………というか殴り合いの最中に話しかけてくるなよ。

 

 

 

「俺様の親父は昔から… 『イケーーー!! アンディ様!!』 … てたんだ、

 大臣たちも… 『顔面空いてるだろ!! 早く殴れよ!!』 … のに …『ヒドイ!! そんなやつやっつけちゃってよ!!』 …だぜ。

 

 俺様が中学の時、兄貴が …『したり顔で語ってんじゃねぇ!!』 …だった。

 それなのに …『主君!! 前歯へし折って黙らせましょう!!』 … だぜ、笑っちまうよな。」

 

 

 

 観戦者たちのボルテージが高まりすぎているようで、応援というより怒号が飛び交っている。

 アンディが何か大事そうなことを話しているが、会場がうるさすぎて内容が何一つ聞き取れない。

 

 

 ただ、単語だけならいくつか聞き取れたものがあった。

 

 親父とか、大臣とか、中学の時とかだ。

 

 …そりゃないぜ、アンディ。

 

 

 

 俺は語っているアンディの顔面に、思いっきりフルスイングの右ストレートをぶつけた。

 アンディの顔は後方にはじけ、数歩後ずさりをする。割れんばかりの歓声で教会が揺れた。

 

 

 ふらつくアンディに向かって叫ぶ。

 

「おいアンディ! お前、試合中にいつの、誰の話をしてるんだ!?

 知らねぇのなら教えてやる! 試合中は過去も、他人も、身分も一切関係ない! 今目の前にいる俺とお前しか関係ない! それが()()()()()()()()()だろうが!!」

 

 

 今度はアンディのがら空きのボディに右の拳をめり込ませた。「ぐほぉ」といううめき声と共にアンディの体がくの字に折れ曲がる。

 

 アンディは折れ曲がった体を出来るだけ伸ばし、歯を食いしばりながらジャブを打ち返してきた。

 俺は上体を激しく揺らすウェービングでアンディに的を絞らせないようにする。アンディのジャブが数発、空を切る。

 

 俺はウェービングの速度をさらに上げる。

 グルン、グルンと全力で頭をふりつづけた。

 

 アンディには、俺の頭が高速で∞の形に添って移動しているように見えるだろう。

 

 …そして、上体のシフトウェイトによる反動をつかって、右拳をアンディのテンプル目掛けて大きく叩き込む。

 

 バッッッコン!! 鈍い音と共にアンディの頭がぐらつく。

 

 

「くっ! この技はまさか!!」

 

 俺は重心が右から左に移動した反動を利用して、今度は左拳を叩き込む。

 そして、さらに今度は右拳、左拳… と自身を振り子ようにして左右の拳を叩き込んだ。

 

 

「………デンプシーロールだと!!」

 

 

 アンディは必死に腕を上げてガードをしたが、お構いなしにその上から拳をたたき続ける。

 右拳、左拳、右拳… と交互に打ち続ける。

 

 ガードが崩れたアンディは、途中から諸に拳を顔で受けた。

 

 そして………、7発目の拳を受けた段階でついにアンディがマットに崩れ落ちた。

 

 カンカンカンカンと試合終了を知らせるゴングが鳴った。

 

 

「「「「うおおおおおーーーー!!!!」」」」

 

 

 

 教会内は本日最大の歓声と悲鳴と笑い声と泣き声が入り混じった。

 こうして俺とアンディの決闘は …いや、試合は決着を迎えたのだった。

 




ボクシング編 第6話でした。
次回は後日談です。
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