「なんて言うか、その… ごめんね?」
マリアは謝罪をした……。
停学処分を受けてからは他の生徒が授業を受けている間に食堂を利用するようにしていたのだが、一人で食事をすることに対し寂しいと感じはじめていた。
そして、停学処分の最終日となる今日、俺はあえて昼休みの時間に食堂に来ていた。
人ごみの中かからマリアを見つけた俺は今、混雑している食堂で向かい合わせに座っている。
「えっと……。何が?」
俺はマリアの謝罪に首をかしげる。停学処分を受けてからはマリアとは会っていない。その間に何か謝るようなことがあったのだろうか。
マリアは眉を寄せて申し訳なさそうに答える。
「ケイ君が停学処分になったの、私のアドバイスのせいだったのかなって…」
…アドバイス?
ああ、ラケットを買うお金が欲しいと相談した時のことか。
マリアの"先輩に頼ればいい"というアドバイスを聞き入れた俺が、結果的に停学処分になったので彼女は気にしていたのだろう。
「あれはマリアのせいじゃないさ。俺が頼るべき先輩を間違えただけだ」
どう考えても今回の件はマリアに責任はない。エチゴ先輩とヤニクと麻雀に釣られた自分が悪い。
「そんなことより、最近クラスで面白いことなかったか?」
俺は明るい話題にシフトチェンジした。
俺たちが会話を楽しんでいると、急に食堂にいる生徒たちがざわつき始めた。彼らは皆、食堂の入り口に目を向けているようだった。
俺もつられて食堂の入り口を見ると、そこにはラファエル先輩がいた。―――けれど、他に驚くようなことはない。もちろん、ラファエル先輩が変な恰好をしているということもない。
あの人、食堂に入るだけで毎回こうなのだろうか?
イケメン王子っていうのも大変だな―――などと呑気に考えていると、マリアがひそひそと話だした。
「…あれ、ラファエル様だよね。ケイ君知ってた? ラファエル様はこの数日間、学園から行方不明になってたんだって…」
「ラファエル先輩が行方不明!? それは知らなかったな。あのイケメン王子先輩が行方不明となれば、学園内は大騒ぎになったんじゃないか?」
「それはもう、大騒ぎだったよ」
そもそも生徒が1人行方不明になるだけでも大騒ぎだろうに、ましてそれが王子様ともなれば大混乱だろう。
何か事件に巻き込まれたのかもしれないが、こうして食堂に来ているところを見るに、何はともあれ大丈夫な様子だ。
……まったく、人騒がせな王子様だな。
他人事のように入り口に突っ立っているラファエル先輩を眺めていると、彼と目が合った。
どうやら俺をロックオンしたらしく、ラファエル先輩は視線をそらさずに早歩きで近づいてくる。
周りの生徒の視線も、ラファエル先輩の動きを追ってこちらに向かってきた。
俺は思わず持っていた箸を皿の上に置く。
「……え? ラファエル先輩? どうかしたんですか?」
ラファエル先輩は俺の背後に立つと、箸をおいてフリーになった俺の右手を左手でぎゅっと握りしめた。
普段クールな装いをしているラファエル先輩だが、その外見とは裏腹に握られた手は意外と温かかった。
「…やっと見つけたよケイ君」
そう言うと、ラファエル先輩は握った手に力を入れて俺を引き寄せようとする。
ラファエル先輩の動向に注目していた生徒たちはその行動を見てざわつきだす。
女子が小さな声で「キャー」と言ったのが聞こえた。
「………え? …いや、どういう状況?」
ラファエル先輩は俺の体をぐいぐい引き寄せようとしてくる。
けれど、俺は今の状況を全く理解できていなかった。
助けを求めて辺りを見渡すとマリアと目が合った。
マリアは両目を全開に開いて真顔のままこちらを見ている。
………え? なにその表情。怖い。
マリアの口元からよだれが垂れ始める。
「…マリア! よだれ! よだれ垂れてる」
俺は小さな声でマリアに指摘したが、彼女は目を見開いたまま反応しない。
…え? なんで? てかずっと怖いよその表情
俺がマリアの様子に戸惑っていると、ラファエル先輩が右手を俺のあごの下に持ってきた。そして、親指と人差し指で俺のあごをクイッと自分の顔近くに寄せる。
「ケイ君、よそ見をしないでくれ。今は私だけを見てくれないかい?」
…近いよ! 顔近いよ!
またも、周りの女子達が小さな声でキャー、キャーと騒ぎだす。
ラファエル先輩は吐息の当たる距離まで顔を近づけてきたので、俺はなんとか必死に顔をそむける。
すると、横目にマリアが見えた。
マリアは相変わらず目をひん剥き、よだれを垂らしながら、今度は両の拳を胸元で上下に素早く振り出した。
「……良い、……良い、……良い! でゅふ、でゅふふふ…」
何やらぼそぼそとつぶやきながらこちらを刮目している。今度はツーと鼻血が垂れだした。
「…マリア! 今度は鼻血でてる!」
俺はまた小さな声でマリアに指摘する。
すると、一瞬だけマリアの開きかけの瞳孔が俺の目をとらえた。
「大丈夫だから…、いいから続けて」
そうとだけ言うと、また瞬きをしない血走った目で俺とラファエル先輩を眺める。
全然大丈夫そうに見えないんだけど。どうしたんだマリア? 呪いにでもかかったの?
………てか『続けて』って何をだよ!?
いよいよ埒が明かないので、俺はラファエル先輩に向き合う。
「…ラファエル先輩、いったい何の用ですか」
ラファエル先輩は相変わらず俺の手を握ったまま要件を話す。
「何の用って、決まっているじゃないか。以前あれだけ私を煽ったんだ。忘れたなんて言わせないよ」
その言葉を近くで聞いていたマリアはつぶやく。
「煽った、ケイ君が? ラファエル様を?」
そう言うと、「きゅうぅぅ」と変な鳴き声を上げながら後ろに転げ倒れた。ドガッ!!と痛そうな音が響く。
俺が「大丈夫か?」と聞く前に、マリアの声が聞こえた。
「大丈夫だから…、いいから続けて」
テーブルの陰で隠れて見えないが、倒れたマリアは無事らしい。
………だから何を続ければいいんだよ。
「彼女は無事そうだね。それじゃケイ君、行こうか」
ラファエル先輩はそう言いながら食堂の出口に向かって俺の手を引く。
食堂を出た直後、食堂内で女子生徒たちがキャー、キャー、キャー!!と大声で騒ぎ出したのを背中で聞いた。
……もう訳がわからない
ラファエル先輩に連れられて、俺は旧校舎の例の教室に来ていた。
そこには、先に集まっていたアシヅカ先輩とエチゴ先輩がいた。二人とも明らかに乗り気ではない面倒くさそうな顔をしている。
この教室に連れてこられた時点で何をするか察しがついていた俺は、おそらく彼らと同じ表情をしているだろう。
ラファエル先輩は俺達三人をゆっくり見渡してから話し出した。
「みなさん、今日は集まっていただきありがとうございます」
その言葉にエチゴ先輩が小さく愚痴る。
「集まったというより拉致されたんだけどな…」
どうやら強引に手を引かれた俺とは違い、エチゴ先輩はもっと強硬手段で連れてこられたようだ。
ラファエル先輩はエチゴ先輩の言葉を軽く無視して続ける。
「皆さんに集まっていただいたのは他でもありません。以前、最後まで決着がつかなかった麻雀をもう一度おこなうためです」
…以前決着がついてない?
「この前麻雀をしたとき、きっちり決着がつきませんでしたっけ?確かラファエル先輩が最下位で…」
俺の言葉にラファエル先輩は瞬時に反応した。
「あの勝負はまだ途中だよ、私が負けを認めていないからね。……なに、安心してくれ。私は以前までの私とは違う、今なら君たちに退屈な思いをさせることはないだろう」
どうやら俺達は、ラファエル先輩の麻雀リベンジ戦のために集められたらしい。
わざわざ同じメンツを集めてくるあたり、ラファエル先輩はかなりの負けず嫌いのようだ。
俺たち三人は"どうしようもなく面倒臭い"という空気を出しているのだが、ラファエル先輩は一人、麻雀卓の席に座って準備を始め出した。
この状況を打破すべく、エチゴ先輩が切り出す。
「なあラファエル様よ。俺たちはお前のリベンジマッチに付き合ってやる義理はないんだが…」
ラファエル先輩はその言葉にすかさず切り返した。
「君たちは以前、私のことを散々煽ってくれたじゃないか。まさか、あれだけ煽っておいてこの勝負から逃げるなんて言わないよね」
「いや、その件は悪かったよ。謝るから今回は…」
「それに、君たちにとってもうれしい話だと思うよ」
ラファエル先輩はエチゴ先輩の言葉を遮ると、右手で分厚い札束をちらつかせる。この学園独自通貨のドン札だ!
「君たちが私の勝負を受けることにうま味がないことはわかっている。…なら、これでどうだい?
まさか君たち賭博部員が、数日前まで初心者同然だった私相手に"賭博勝負"で逃げるなんてことはないよね」
ラファエル先輩の言葉に、アシヅカ先輩とエチゴ先輩はピクッと反応する。
「…いや、俺は別に賭博部員じゃないんですけど」
俺の呟きはこの場の全員に無視された。
先ほどまでとは打って変わってギラついた目をしたアシヅカ先輩が、ラファエル先輩に念おしする。
「いいのかい? 俺たちの強さは以前示したはずだ。負けた後に『賭博は校則違反だからやっぱり駄目だ』なんて言わないよな」
「ああ、もちろん言わないさ。君たちが勝てば私の札束は必ず譲渡しよう。だけど、君たちこそ忘れていないよね? 以前も言ったが私はボードゲームにおいて無敵だよ」
「ふん、決まりだな」
そう言うと、エチゴ先輩とラファエル先輩も席に着いた。
「これ、俺もやる流れですか…」
俺たち、賭博麻雀をしたから停学する羽目になんだけど…
停学期間中にまた賭博麻雀をするのはさすがにまずいような…
すると、アシヅカ先輩が俺にささやいた。
「ケイ、お前新しいラケットが欲しいって言ってなかったっけ?」
………まあ、先輩の誘いを断るのは良くないよな!!
東一局、東二局と進み、東三局に突入した。
「リーチ!」
俺は
その直後、続くラファエル先輩はノンストップで
先程の2局でもそうだったが、ラファエル先輩は相変わらず危険な牌を平然と切る。
しかし、前回と違いなぜか全然当たらない。
「悪いねエチゴ。その牌でロンだ」
ラファエル先輩はロンを宣言して、自分の手牌を倒す。
くッ…またこのパターンだ!
先ほどからラファエル先輩は俺やアシヅカ先輩のリーチをかわしながら、着実にあがっている。
偶然にしか見えないが、それでも連続で続かれると何かしらの対策を打つ必要がある。
…少し揺さぶってみるか!
「ラファエル先輩、上手くなりましたね! でも、こんなに危険牌を切ってまで攻めるなんて少し無茶し過ぎじゃないですか?」
すると、ラファエル先輩は小さく首をかしげる。
「危険牌? いったい何のことだい? …ああ、君たちには聞こえないのかな? "捨て牌三種の声"が」
…捨て牌三種の声?
なんか変なこと言いだしたぞこの人。
今度はアシヅカ先輩がラファエル先輩に揺さぶりをかけた。
「そういえば、ラファエル様。あんた最近まで行方不明になっていたそうじゃないか、いったいどこで何をしていたんだ?」
さすがはアシヅカ先輩、こんどは麻雀以外の話で動揺を誘う作戦のようだ。
「行方不明? ああ、そのことか。実は以前君たちと麻雀をしたあと、ずっと合宿をしていたのさ」
「合宿!? なんのだ?」
「もちろん、麻雀の合宿だよ」
ラファエル先輩はにこやかに答えた。
この前の敗北がよほど悔しかったのだろう。ラファエル先輩は俺達が停学処分を受けている間、ずっと麻雀の勉強をしていたようだ。
この人、想像以上に負けず嫌いだ。以前、俺達はラファエル先輩を煽り散らしたが、この人は煽ってはいけないタイプの人種だった。
しかも、合宿って………
「…あれ? でもラファエル先輩って行方不明って噂されてたんですよね。いったいどこで合宿してたんですか?」
「合宿の場所かい? 山だよ」
「…………山!?」
山で合宿してたの? この人!?
ていうかなんで山!? 麻雀打つのに山籠もりする必要ある!?
以前ボクシングのために山合宿をした俺が言うのもなんだが、麻雀のために山合宿するのは意味が分からない。"ベーアー"と麻雀の特訓をしていたのだろうか………
続く東四局、またしてもラファエル先輩が上がった。
「ロン! リーチ、
今度はアシヅカ先輩から点棒を奪い取る。正直、今回のラファエル先輩のリーチは俺も読めなかった。
アシヅカ先輩は悔しそうな表情で、しかしどこか嬉しそうに話す。
「なるほど、どんな訓練を積んだかは知らないが合宿で成長したというわけだ。今のラファエル様は、俺達と同じく麻雀をスポーツとしてとらえているな」
その言葉にエチゴ先輩が反応する。
「いや、麻雀はギャンブルですよ」
「エチゴ… だからお前はいつまでたっても下手だんだよ」
「な!? 酷いっすよ!?」
ラファエル先輩は、そんな二人の会話を聞いてフッと不敵に笑った。
「なるほど二流だ、的が外れているよ」
「なに!?」
エチゴ先輩が突っかかったが、ラファエル先輩は構わず続ける。
「麻雀をスポーツやギャンブルととらえている時点で、君たちは二流だよ。スポーツやギャンブルと考えると、確率や理論などの知識に頼りがちになる。
でもね、違うんだ。麻雀はね、
相手の命を取るつもりで闘う。自分の命を守るつもりで闘う。すると相手の呼吸、表情、心の動き、動揺、恐怖、そういったものが鮮明に見えてくる。
そうすれば、相手の待ち牌などおのずと見えてくるのさ。その境地にたどり着いていない君たちは、二流だよ」
なんかよくわかんないこと言いだしたぞ、この先輩!?
山合宿のせいで、変な境地にたどり着いてるじゃんか!!
俺達が次の局に向けて準備をしていると、突如、教室のドアが勢いよく開いた。
「またお前達か! 賭博部!!」
その声はロジャー先輩のものだった。その後ろには生徒会の面々もいる。
「へ?」
俺はまたも間抜けな声を漏らした…
「君達、停学期間にまた賭博をするとはいい度胸じゃないか!」
ロジャー先輩はそう言いながら俺たちの
「…ラファエル!? ラファエルじゃないか!? 君はどうしてこんなところで…。 ううん、それより行方不明になっていた間どこに行ってたんだい? みんな心配していたんだよ」
ラファエル先輩はロジャー先輩をみて優しい声で答える。
「ロジャーか、久しぶりだね。心配をかけたようですまなかったね。けれど、今は対局中なんだ。話は後にしてもらっていいかな?」
ラファエル先輩は麻雀を再開しようとする。その姿を見たロジャー先輩はさすがに怒り出した。
「ラファエル、君まで…! 生徒会長の僕の前で堂々と賭博をするとはどういうつもりだ!?」
怒るロジャー先輩とは対称的に、ラファエル先輩は落ち着いた様子で肩をすくめる。
「ロジャー、麻雀はね"賭博"じゃなくて"命のやり取り"だよ」
俺達はすかさず反論する。
「違いますよ、麻雀は"スポーツ"です」
「そうだそうだ」
「いや違うだろ、麻雀は"ギャンブル"だぜ」
そんな俺たちの様子に、ロジャー先輩は肩を震わせ叫ぶ。
「君たち……。 お金を賭けている時点で、全部賭博だろうがッ!!!」
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7月も中旬になれば、夏が本格的に訪れたといってもいい暑さになる。
カーテンの隙間からこぼれる朝日を浴びて、思わずタオルケットで顔を覆う。
どうやら今日も絶好のテニス日和のようだ。
「主君、いつまで寝てるんですか。もうすぐ授業が始まりますよ」
ドS執事に体を揺らされた俺は、少しだけ抗った後、寝ぼけ眼を擦りながら二段ベッドから這い出る。
すると、ノバクはハッとした表情で申し訳なさそうにする。
「すみません主君、つい―――――――――」
「追加で1週間停学中だよ!! 文句あるか!!!」
麻雀編② 終了!
麻雀編①②と続けてお付き合いいただきありがとうございました。