乙女ゲームに転生した体育会系男子   作:瓜売り

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新編開始!
大体3-4回に1回は新編です!


卓球編
勝負の世界に待ったなどない!!


 「これは夢だ」と分かる夢を明晰夢(めいせきむ)というらしい。乙女ゲームの世界に転生した俺は定期的にこの明晰夢(めいせきむ)というものみていた。

 

 夢の内容はいつも決まって大学生の自分だ。

 

 俺が乙女ゲームの世界に転生したのは大学3年生の夏休みなのだが、俺の見る夢は大学3年生の秋の夢だった。

 この世界に転生していなかったら、きっとこんな人生を送っていたのだろうという妄想が夢として具現化されているだけなのかもしれない。

 

 夢の中では秋も暮れ、冬の寒さが定着していた。

 

 俺が乙女ゲームの世界に転生してから4カ月が経つ。もし転生をしていなければ、俺はきっと夢の中の『俺』と同じように元の世界で寒さをかみしめていたのだろう。

 

 

 

 『俺』はテニスコートのベンチに座っていた。夜の澄んだ星空を眺めながら冷えた手をこする。

 

 隣に座っている男も同じように星空を眺めていた。彼は『俺』の1学年上の先輩で、大学のテニス部の部長だ。

 

「なあ、ケイ。俺は4年間この部活動をやってこれて本当によかった。この大学に入学して直ぐは、テニス部のレベルの高さについていけるか心配だったんだがな。

それでも、コーチや先輩たちに支えられてここまでやってこれた。本当に皆には感謝しているんだ」

 

 『俺』は澄んだ星空を見上げたまま部長の話を聞いた。

 

 部長は続けて語る。

 

「だから自分が支えられた分、後輩であるお前たちを支えたいと思ったんだ。俺はこの1年間、部長としてお前たちの支えになれただろうか?」

 

「もちろんですよ。俺たち後輩はみんな部長のことを尊敬してますよ」

 

 これは『俺』の本心だろう。

 

 その言葉を聞いた部長は安心したようにゆっくりと息を吐く。白い息は煙のように緩やかに上昇して消えていく。

 

「そうか、お前にそう言ってもらえてよかった」

 

 

 少しの静寂が続いた。きっと部長は、テニス部の部長として過ごした1年間を振り返っているのだろう。

 

 部長は『俺』の方を向き、真面目な顔をする。

 

「なあ、ケイ。次はお前がこのテニス部の部長になってくれないか。これは俺だけの意見じゃない、コーチや4年生全員で相談して決めたことだ。もちろん、俺個人としてもお前に継いでほしいと思っている。どうだろうか?」

 

 『俺』は部長の話を受けて一瞬だけ悩んだ。

 

 ほんの一瞬だ、きっと部長は『俺』が悩んだことにさえ気づかないだろう。

 それでも俺はこの夢の中の登場人物である『俺』が悩んだことを見抜いていた。

 

 そして、その悩みの内容も知っていた。

 

 

 『俺』が悩んだ理由はきっとこうだ。

 ---プロを目指すのに、部長をやっている暇はあるのだろうか。

 ---部長になったら、自分の夢より部長としての立場を優先しないといけないのではないか。

 

 

 『俺』は一瞬の悩みをなかったかのように部長の目を見て力強く答える。

 

「任せてください!今度は俺が部長としてこのテニス部を引っ張っていきます」

 

 

 ああ、そうだろう。

 

 俺は『俺』がそう答えると分かっていた。

 

 

 

 『俺』には"テニスのプロになる"という夢がある。

 

 けれど、その夢は途方もなく遠く、大学3年生にまでなってしまった『俺』には、きっともう届かない夢なのだ。

 期限切れであることに目を背け、目指しているていを装っているだけの夢より、部員たちの役に立つ「テニス部の部長」の方がよっぽど有意義だ。

 

 俺は『俺』の選択は間違っていないと思う。

 間違ってはいないと思うが、ただ、少しだけ……

 

 

 

 

 目が覚めると、俺はいつもの2段ベッドの下の階にいた。

 

 先ほどまでの出来事は夢の中の物語だということは分かっている。それに『俺』のした選択は決して間違えてはいないのだ。

 

 

 

 「今日も練習頑張るか!」

 

 俺はタオルケットを蹴り上げて勢いよく跳び起きた。

 

 

 

 

********************

 

 

 

 夏休み初日、俺は部屋で朝食をとっていた。今日のメニューは目玉焼きとトーストだ。

 やる気に満ち溢れている俺からすれば、少し物足りないメニューだった。

 

「今日から夏休みの初日だ! 夏休みといえばテニスの練習だよな! 朝から晩まで1日中練習ができるし夏合宿もできる!」

 

 

 ノバクは俺の元気な様子に「朝から面倒くさいですね」と言わんばかりの顔で振り向く。

 

「朝から(やかま)しいですね。品性は1学期に置いてきたのですか?」

 

 ……違った、もっと酷かった。

 

 ノバクは相変わらずの口の悪さでテンションも低い。今日は夏休みの初日だというのに、どうしたのだろうか。

 

「といいますか主君。今日は8月中旬ですので、とっくに夏休みですよ」

 

「………………」

 

「ああ、そういえば主君は停学になっていた分の補修を受けていたのでしたね」

 

「………………」

 

「そして、補修の後は期末テストの追試を受けていたのでしたね。確か再々々追試までいったとか」

 

「………………」

 

「それで、主君だけ今日からだったのですね。もう夏休みはとっくに折り返していますが、楽しめるといいですね、夏休み」

 

 

 ……ちくしょうッ!!!

 

 

 自分でもわかっていた!

 夏休みなのにずっと学校に通ってるじゃん―――って自分でも思っていた!

 

 

 

 他の皆は夏休みだというのに俺だけは毎日毎日、補修や追試で勉強させられたのだ。

 しかも、元の世界に帰ったら全く役に立たないであろう『魔法学』という学問をだ。

 

 教師からは「その学力でよく小学校を卒業できたな」と何度言われたことか…。

 

 しかし、しかしだ。

 

 俺は地獄の勉強漬けの日々を抜け出し、今日から夏休みを手に入れたのだ。残りの夏休み期間は『魔法学』のことはすべて忘れてテニス漬けの日々を送ろう。

 

 

 

 朝食をぺろりと完食した俺は勢いよく席を立つ。

 

「昨日までのことは忘れた! 今日からが俺の夏休みだ! 早速だがテニスコートに行って練習してくるぜ!!」

 

「そうですか。ですが主君、非常に残念ながら…」

 

 そう言うと、ノバクは窓を指さす。

 

「今日は大雨ですよ」

 

 窓の外では豪雨と呼ぶにふさわしい雨が吹き荒れていた。どうやら天は俺の夏休み初日を祝福する気がないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 ウィンブル学園は敷地も広く建物も多いため、その全貌はいまだに把握できていない。

 俺はこの学園に通いだして4カ月以上経つが、知らない建物や教室がいくつも存在する。

 

 俺が今いる卓球場もそのうちの一つだった。

 

「まさか、卓球専用の施設があるとはな」

 

 俺の通っていた高校では卓球部は体育館2階の細い通路で練習していた。よくあんな狭いところで練習できるなと感心したものだった。

 それに比べて、この学園の卓球部は卓球場という施設を貸し切りで使っているらしい。

 

 卓球場には卓球台が十数面並んでおり、床には専用のマットが敷いてある。そこいらのレジャー施設の卓球ゾーンとはわけが違うようだ。

 

「私も存在は知っていましたが、ここに来たのは初めてです」

 

 俺を道案内してくれたノバクも、卓球場の充実した設備に驚いているようだった。

 

 

 

 ウィンブル学園のテニスコートはすべて屋外にあるため雨の日は練習ができなくなるのだ。そのため、雨の日の自主練といえば筋トレがメインとなる。

 しかし、せっかくの夏休み初日(俺だけ)なのだから、どうしてもラケットでボールを打ちたくなった。

 

 ノバクに相談したところ、この学園には屋内の卓球場があるのでそこで卓球をしようという話になったのだ。

 卓球は英語でテーブル()()()という。当然、テーブルテニスとテニスでは別物なのだが、ラケットでボールを打ちたいという願望の気晴らし程度にはなるだろう。

 

 

 

 俺は借り物の卓球ラケットで軽く素振りをする。感覚としてはテニスラケットと比べてとても小さくて軽いが、それ以外は大きな差異はない。

 ただ、グリップ部分が木材剥き出しなのは少し気になる。テニスラケットはグリップテープが巻かれているのが普通なので、握り方は同じでも握った感触が全然違うのだ。

 

「ラケットも借りられたし、それじゃあ早速試合でもするか」

 

「試合ですか。一体誰と行うんですか?」

 

 ノバクはあたりを見渡す。だが、ここには俺とノバクしかいない。

 

「誰とって…、俺とノバクでに決まってるだろ」

 

「私ですか!?」

 

「そりゃそうだろ。一緒にラケットまで借りに行ったんだから」

 

 俺は初めからノバクと卓球をするつもりだったが、ノバクは道案内だけのつもりだったらしい。

 

 どおりで、ラケットを借りるときに種類を聞いたら「なぜ私に聞くんですか?」と返してきたわけだ。

 

「私は卓球はやったことがないので、余り上手くはありませんよ」

 

 普段強気なノバクにしては、珍しく自信がなさげだ。

 

「ああ、別に構わないよ。俺だって体育の授業でやったことがあるだけだしな」

 

 かく言う俺も卓球についてはちゃんとした指導を受けたことはない。早い話が初心者だ。

 

「初心者同士、気楽にやろうぜ」

 

「はあ、そういうことでしたら…」

 

「それじゃあ始めるか」

 

 ノバクは渋々といった様子だが誘いを受けてくれた。

 

 俺は思わずニヤケそうになるが、必死に表情の平静を保っていた。

 

 

 

 俺は左手でピン球を握って構える。そして、ピン球を軽く上に放りテニスのアンダーカットの要領でサーブを打った。

 横回転のかかったピン球は自陣のコートでワンバウンドした後、弧を描きながら綺麗にノバクのコートにバウンドする。

 

「な…! 曲がった!?」

 

 俺の華麗なサーブを前にノバクはスカッと空振りをした。

 

「主君、卓球は初心者なのでは!? 今のサーブは一体…」

 

 ノバクの驚きように、俺は得意気に「ふっふっふ」と笑う。 

 

 

 確かに俺は卓球の初心者だ。

 

 しかし、初心者だからといって自信がないかと聞かれればNOだ。

 自信はある! 大いにある!!

 

 

 

 実は、テニス経験者は往々にして卓球が得意なのだ。

 

 ラケットやボールのサイズが変わったところで、ラケットでボールを打つという競技性が同じである以上、テニス経験者は"初心者の中"では群を抜いての"経験者"なのだ。

 

「さあ、もう一球行くぞ!」

 

 俺はピン球を左手に乗せてサーブの構えをする。

 

「待ってください主君、話が違いますよ! そもそも私は卓球ラケットの握り方すらよくわかっていないのに…」

 

 どうやらノバクは紛れもなく本当の初心者だったようだ。

 

 ノバクは俺の握り方を参考に、ラケットを握りなおそうとする。

 

「……あれ? 私とラケットと主君のラケット、なんだか形が違いませんか?」

 

「ああ。ノバクのラケットはペンホルダーラケットだからな」

 

 ラケットを借りるとき、ノバクは「ラケットなんて何でもよいのでは?」と言っていたのでペンホルダーラケットを借りてみたのだ。

 ペンホルダーラケットは片面にしかラバーが貼られていない。

 

 対して、俺のラケットは両面にラバーが張られたシェークハンドだ。両面どちらでも打てるのでテニスラケットと使い心地が似ている。

 

「その、ペンホルダーラケットというのは、どのように握ればよいのですか?」

 

「…さあ?」

 

 なんか形が面白そうだなと思って借りただけで俺も握り方など知らない。

 

 なにせ、俺も卓球は初心者なのだから。

 

 

「ちょっと待ってください。握り方もわからないのでは…」

 

「いや待たん! 勝負の世界に待ったなどない!!」

 

 

 

 こうして俺はラケットの握り方すらわからない初心者を相手に、無失点で勝利を収めたのだった。

 

「それにしても…、試合の終盤になっても結局ノバクはロクにピン球を打つことすらできていなかったな(笑)」

 

 せっかく勝ったので、普段嫌味を言われている分を返しておこう。

 

 俺はニヤニヤと笑いながら続ける。

 

「まさか、ノバク君がここまで運動音痴だったとは(笑)」

 

 ――――と煽り続けた直後、俺の持っていたピン球がパキンッという破壊音と共に真っ二つになり地面に転がった。

 

 唖然として真っ二つになったピン球を数秒見つめる。

 

 ピン球が何かで切断されたのだと気づいき、慌てて後ろを振り返った。すると、後ろの壁には銀色の刃をしたナイフが突き刺さっていた。

 

「すみません主君。私はどうにも運動音痴のようで。飛んでいた虫を落とそうと思ったのですが、ついナイフがそちらに飛んでしまいました。まあ、運動音痴なので仕方がないですよね」

 

 ノバクは貼りつけた笑顔でにこっとほほ笑む。

 

「怖えよ!! 絶対わざとだろ!!」

 

 どうやらノバクは、運動音痴だが、趣味の暗殺は本当に得意らしい。

 

 コイツも怒らせてはいけないタイプだったんだな…。




卓球編 第1話でした。
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