「サッカーのスパイクって、テニスシューズと違って底面が硬くてしならないよな。それに側面や表面の皮も硬い」
「え? うん、そうね…」
私たちはサッカーのグラウンドに立ち、試合開始のホイッスルが鳴るのを待っている。
私は緊張のピークだというのに、圭太は随分と余裕そうだ。これが試合慣れというものなのだろうか。
圭太は、元の世界では何度もテニスの大会に出ては表彰状を勝ち取っていた。そのためか、こういう場面では意外と頼りになる。
ピー―――ッ
試合開始のホイッスルがなった。キックオフは私たちのチームからだ。
圭太がちょこんと軽くボールを蹴ってカルロス君がそれを受ける。
すると、すぐさま圭太は相手陣地の右奥に走り出した。それに合わせて、アンディ様は相手陣地の左奥に走りこむ。
この二人はフォワードなので相手ゴールの近くでシュートの機会を待っているのだ。
けれど、相手チームだってこの二人に好き放題はさせないだろう。
すぐに、圭太とアンディ様には相手チームのディフェンダーがマークについた。圭太の相手は同じくらいの体格の男子生徒だ。それに対し、アンディ様のマークは少し背の低い女子生徒だった。
アンディ様は長身なので、身長差によるミスマッチが生じている。
このミスマッチを使うことができれば、得点につなげられるかもしれない……。
そんなことを考えていると、私のすぐ隣に大男がぬらりと現れた。確か、3年のアシヅカという男子生徒だ。
この人が相手チームのフォワードなのだろう。つまり、ディフェンダーの私の対戦相手だ。それにしても…
……おおきい!?
試合前に会った時は顔の大きさと不細工さに気を取られていた。けれど、このアシヅカという男子生徒は私よりも縦にも横にも二回りは大きいのだ。
アンディ様と相手のディフェンダーに身長のミスマッチがあるな―――などと考えていたけれど、私たちの比ではない。
これ、絶対私が狙われるやつじゃん!!
カルロス君は軽快にボールをドリブルしながら相手陣地に攻め込む。すると、両サイドのフォワードたちが大きく手を挙げた。
「へい!! カルロス、俺にボールを出せ!!」
「いや! カルロス、俺様によこせ!!」
私たちのチームの両翼は他のどのチームよりも元気がいい。これは少し期待ができそうだ。
「おい、アンディ! 俺の方がドリブルは上手いんだから俺にボールを集めろよ!!」
「なんだと!? ケイよりも俺様の方がシュートは上手いだろ!! お前たちは黙って俺様にボールをよこせ」
「なんだと、てめえ!!」
……いや、やっぱり期待はできなさそうだ。早速喧嘩になってるし。
「はは、お前たち元気が良すぎるだろ」
カルロス君はパスのフェイントを一つ入れて自分のマークについている相手を翻弄する。その直後、アンディ様にパスを出した。
「よし! ナイスパスだカルロス!!」
「ああ! すぐにリターンパスをくれ、俺たち二人で運ぶぞ」
どうやらカルロス君はアンディ様と二人で短いパスを繰り返しながら相手陣地のゴール前まで攻め込むつもりらしい。
しかし、パスを受け取ったアンディ様はすぐさま体を相手ゴールの方向に向ける。
「おい、アンディ様! リターンパスだよ」
「ふん、断る!」
「な…なにィ!?」
アンディ様は右足を大きく振り上げて相手ゴールに目がけてボールを蹴りこむ。
アンディ様のシュートは勢いは凄いが、狙いは荒かったらしくゴールより大きく外れたところに飛んで行った。
「くそう!! 紙一重だったか…」
悔しがるアンディ様のもとに、カルロス君と圭太が詰め寄る。
「おい、アンディ様。今のは俺と二人でパスをつなぐ場面だろ。そんなに遠いところからゴールを狙っても入らないぞ」
「そうだぞアンディ。大体、まだ俺にボールが回ってきてねえじゃんか」
しかし、二人に詰め寄られてもアンディ様は少しも反省をしている様子がない。
「ふん。先に言っておくが、"俺様は俺様のゴールで勝ちたい"。そのエゴを譲るつもりはないぜ」
「「な…なにィ!?」」
アンディ様の発言を受けたカルロス君と圭太は絶句する。
そう、これこそが、俺様系と言われるアンディ様の性格なのだ。
アンディ様は兄のラファエル様への劣等感を払しょくするため、過度に自分に自信を持とうとしてる。その結果、かなりのエゴイストになっているのだ。
そんなアンディ様だが、ゲームでは時折ヒロインにだけ弱い部分を見せることがある。それこそが胸キュンなシーンなのだが…。
…だが、サッカーという団体競技においてこの性格は厄介でしかない。
「いいか、カルロス、そしてケイ! 世界一のエゴイストでなければ世界一のストライカーにはなれない。だから、俺様は世界一のエゴイストになる。
俺様がドリブルをして攻め込み、俺様がシュートをして得点を取る。それが、このチームの作戦だ!!」
…エ、エゴイストが過ぎる!!!
世界一を目指すエースストライカーが言うならまだしも、サッカーを始めて一週間の人の発言とは思えない。
どんな思考回路を持っていたらそんな考えにたどり着くのだろうか。アンディ様は私の推しのイケメンの一人だったが、流石にちょっとドン引きだ。
「す、すげえぜ、アンディ!! 確かにお前の言う通りだ! 俺もたった今、お前から学ばされたぜ。俺も究極のエゴイストになってやる!!」
ダメだ。バカにバカが感染した。
相手チームにボールがわたって、今度はこちらが攻められる側になった。
相手チームは華麗にパスをつないでフォワードのアシヅカにボールが渡った。私とアシヅカのデュエル(1対1)だ。
サッカーのディフェンスというのは相手からボールを奪い取れるなら奪い取るべきだ。けれど、普通はそう簡単に相手からボールを奪うことはできない。
そのため、ディフェンスが心がけることは、相手の直進の勢いを削いで簡単にゴール前に行かせないこと。そして、相手に楽にシュートを打たせないことだ。
相手がシュートを打とうとするのを100%止めるということは不可能だ。
―――――どう頑張っても、シュートは打たれる。
けれど、ディフェンスで相手の邪魔をしてシュートコースを萎めることで、無理なシュートを打たせるのだ。
そうすれば、あとはゴールキーパーがそのシュートを止めてくれる。普通は、そうやってゴールキーパーと連携してゴールを守るのだ。普通は……。
ちらっと後ろを振り返る。私の後ろには小さな体で怯えながら、なんとか自分の両足で立っているセリーナがいる。
………うん。これは無理ね。
ゴールキーパーと連携する作戦が選べない以上、私がここで相手のフォワードからボールを奪い取るしかなくなる。
私は自分よりも二回りは大きいアシヅカ相手に体を思いっきりぶつけてボールを奪いに行く。当然、私にぶつかられた程度でこの大男が倒れるとはないだろう。
―――と思っていたのだけれど……。
私がぶつかった瞬間、大男のアシヅカは大きく尻餅をついて倒れこんだ。彼は胸部を抑えてうめく。
「うう、痛てぇ!!」
アシヅカは倒れた体勢のまま大げさに地面のを転がった。
「痛てえよぉ! ちくしょう…!!」
なんだかアシヅカの動きがわざとらしく見える。
…そんなに痛がるほど強くぶつかってないよね?
アシヅカが地面を転がりまわっていると、審判を務める女子生徒がピーッとホイッスルを笛き、腕をこちらのゴール方向に伸ばす。
「1年B組チームのファウルのため、3年A組チームのフリーキックです」
「…うそ!? 私のファール?」
確かに全力でぶつかりはしたが、この体格差だ。そんなに簡単に倒れるとはとても思えなかった。
ファウルを取られたことで相手チームにフリーキックの権利が与えられてしまった。これは私のミスだ。私のミスのせいでチームがピンチになってしまった。
落ち込んでいる私のもとにチームメンバーが集まる。
「ごめんね、みんな。ファウルをとられちゃった…」
私が謝るとカルロス君が首を横に振る。
「いや、今のはマリアのせいじゃない。今のは『ダイブ』だ!」
「ダイブ?」
「そう。サッカーではわざと大げさに倒れてファウルをもらいにいくプレイがあるんだ。それをダイブって言うんだ」
「それって、つまり…」
「ああ。あの3年の大男は、わざと倒れて痛がるふりをしたんだ」
「なにそれ!? ずるい!!」
「まあ、サッカーではよくあることなんだ…」
へえ、そうなんだ…。
―――とは思えない!!
何もしていないのに罪を擦り付けられたような、根拠がないのに悪者にされたような、そんな腹立たしさがこみ上げてくる。
フリーキックを与えてしまったことやチームに迷惑をかけてしまったことへの悔しさより、そっちの腹立たしさの方が感情として強い。
ああ、もう! むかつく!!
相手チームに与えられたフリーキックは、直接ゴールに向かってシュートできる"直接フリーキック"だった。
さっきまで痛そうにのたうち回っていたアシヅカだが、フリーキックを蹴るときには全然痛そうなそぶりがなかった。アシヅカは楽々とフリーキックを決めて、スコアは0-1となる。
私はディフェンダーなのでこれ以上の失点を防ぐのが役割だ、それしかできない。
その分、取られた1点はフォワードたちに取り返してもらうしかない。
また私たちのチームのキックオフから、試合が再開する。
ドリブルで相手陣地に攻め込んでいったカルロス君は、今度は右サイドにいる圭太にパスを出した。
「おい、ケイ。今度は俺たちでボールを運ぶぞ」
「ああ、わかったカルロス!」
圭太は相手ゴールに向かってドリブルを始めた。
「おい、ケイ。そろそろリターンパスをくれ」
「ああ! …………ところでカルロス、お前今どこに居るんだ?」
「…どこって、ケイの横を走ってるけれど」
「横? 横ってどこだ!?」
圭太は自分の足元のボールだけを見ながらずっとドリブルをしている。周りを見渡さないので、当然、味方がどこに居るのかわかっていないようだ。
ドリブルに慣れてくると、ちらちらと前方の相手ゴールを見始めた。それでも、右や左を見るそぶりが一切ない。
放課後に練習をしていた時から薄々気が付いていたが、圭太は視野が極端に狭いのだ。本人曰く「テニスは前しか見ないから、横や後ろを確認する癖がない」とのことだ。
テニスだって、ダブルスのペアくらい見るでしょ……。
「おい、ケイ! 一人じゃ危険だ。そろそろパスを返してくれ」
「ああ、返したい。返したいがお前がどこに居るのかわかんねえよ。 …もう俺には、ゴールしか見えねえ!」
…何かっこつけてるんだ、コイツ。
圭太は相手ゴールに向かって一直線にドリブルを進める。
相手ゴールとの距離が詰まってくると、圭太の前に相手ディフェンダーが立ちふさがる。圭太をマークしていた男子生徒だ。
このままではディフェンダーにボールを奪われる!
そう思った直後、圭太は2,3回パスのフェイントを混ぜる。ディフェンダーはフェイントにつられて重心がずれた。
その隙を見て、圭太はディフェンダーの重心と逆側に自分の体を滑り込ませる。初心者目線でみてもかなり上手なドリブルテクニックだ。
たった一週間の特訓でここまで上手になれるものなんだなと感心する。本当に、視野は狭いくせに運動神経だけは良い。
圭太は自分のマークをしていたディフェンダーを抜き去ったことで完全フリーな状態になった。
それに気が付いたもう一人の女子生徒のディフェンダーは、アンディ様のマークをそっちのけで圭太を止めに走る。その結果、今度はアンディ様がゴール前でフリーになっている。
「おいケイ、俺様のマークが外れたぞ! 俺様にボールをよこせ!!」
今、圭太がアンディ様にパスを出せば確実に点が入る。
――――がしかし、圭太は構わずドリブルで相手ゴールを目指す。ダメだ、周りが全く見えていない。
結局、圭太がシュートを打つより先に、今度は女子生徒のディフェンダーが圭太とゴールの間に割り込んできた。
これでは、圭太はシュートを打てない。
圭太はまたディフェンスを抜き去ろうとフェイントをかけながらドリブルを仕掛ける。しかし、ディフェンダーの女子生徒も中々に粘る。
「…いいから、俺様にボールをよこしやがれ!!!」
相手コートの左端にいたはずのアンディ様が、いつの間にか右端にいる圭太のところまで来ていた。
どうやら、自分にパスがこないことにイラついたらしく、わざわざボールを取りに来たようだ。
アンディ様は味方の圭太に全力でタックルを喰らわせる。
「うおお! なんだ!!」
後ろからタックルを喰らった圭太は「ぐほぉ!」と叫びながら前方に吹っ飛ぶ。
………味方同士だよね?
圭太が吹っ飛んできたので、ディフェンダーの女子生徒は「ひゃッ」と悲鳴を上げて大きく避ける。そのおかげで、アンディ様から見れば相手ゴールが丸見えの状態だ。
「ふん、これでドリブルコースが確保されたな」
アンディ様は転がったボールを拾い、そのまま相手ゴールに向かってドリブルする。
相手ゴールには女子生徒のゴールキーパーが一人だけだ。アンディ様は先ほどシュートを外したので、今度はできる限りゴールに近づいてからシュートをしようとする。
しかし、ゴールに近づきすぎたためか、相手のゴールキーパーが意を決してアンディ様のボールを奪いに突進してきた。
このままじゃ、ボールがとられちゃう!
そう思った直後、先ほど吹っ飛ばされた圭太がアンディ様のすぐ後ろまで迫ってきた。
「てめえアンディ! 人のボールを取ってんじゃねえ!!」
そう叫ぶと、圭太が後方からアンディ様に向かってドロップキックをした。アンディ様は「ぐへぁ!」と叫びながら相手ゴールに顔面から突っ込む。
……味方同士だよね!!?
アンディ様が吹っ飛んできたことで、ゴールキーパーの女子生徒は「ひゃぁぁ」と悲鳴を上げて尻餅をついた。
「お、キーパーいないじゃん。ラッキー」
圭太は転がったボールを拾いシュートする。
ボールは先にゴールネットに突っ込んだアンディ様のお尻に当たって得点となった。お尻に当てたのは絶対にわざとだ。
「よし! これで同点だな!」
「よし、じゃねえぞケイ! 貴様、サッカースパイクで飛び蹴りしたな!? しかも、最後のシュートは俺様の尻を狙っただろ!」
「なにぉ! 先にタックルしてきたのはお前だろアンディ!」
せっかくシュートが決まったというのにフォワードの二人はまた揉め始めた。
まったくもって、この二人に団体競技は向いていない。
一部始終を見ていたアシヅカが審判に尋ねる。
「なあ、今タックルとか飛び蹴りをしてたけど、あれって反則じゃないのか?」
「ええと…。味方同士なのでセーフです」
「嘘だろ!?」
かなり極々だったけれど無事に同点に追いついた。――――とここで、前半戦終了のホイッスルが鳴った。勝負の行方は後半戦に持ち越しだ!
次回、後半戦!