コーナーキックから始まった相手チームの攻撃は、小さなパスを繋いで私たちの守備を翻弄するものだった。
そして、いつの間にかノーマークになっていた相手チームのエース、アシヅカにボールがわたる。
本来アシヅカのマークは圭太の仕事なのだが、なぜか圭太はアシヅカとは逆サイドで全然違う人をマークしていた。
…本当に視野が狭いな。
仕方がないので私がアシヅカのマークにつく。
相手のフォワードのアシヅカがドリブルを仕掛けてくる。前半戦と同様に私とアシヅカのデュエル(1対1)だ。
前半戦では、アシヅカのダイブ(わざと倒れる演技)にやられてしまったので、今度は体をぶつけないように距離を取りながらディフェンスをする。
アシヅカはドリブルをしたままフェイントもなく私に突進をしてきた。とっさに私はバックステップで避ける。その直後、急にアシヅカがお腹をおさえて倒れこみ、地面に転がりだした。
「え? え? 私たちぶつかってすらいないよね?」
確かに私はアシヅカの突進をよけた。前回と違い体の接触は一切ない。
「痛てえ、痛てえよ!」
アシヅカはまた痛がる素振りでお腹をおさえて転げまわる。間違いなくダイブだ!!
「ちょっと待ってよ! 私がどこにぶつかったのさ!?」
「どこにだと…? 俺のお腹に肘打ちをしてきたじゃないか」
勿論していない。
しかし、アシヅカは自信満々な様子でニヤリと笑う。
「ほら、見てみろ!」
アシヅカがお腹をおさえていた手をどけると、お腹周りのユニフォームが真っ赤な血で染まっていた。
ユニフォームにちょっと血のシミが付いている―――という分量ではない。
明らかに異常な量の血が噴き出し、ユニフォームが吸収しきれなかった血がぽたぽたと地面におちて、血だまりができている。
「私は肘打ちなんかしてないよ! …ていうか、なんで肘打ちで出血してるのさ!? 私の肘はそんなに鋭利じゃないよ!!」
「痛てえよ! こんなに血が出ちまってる。死んじまうよお」
アシヅカはわざとらしい声で痛がる素振りを続ける。
「絶対に仕込んでた血でしょ!!」
アシヅカのお腹から流れている血はどう見ても致死量をかくる超過していた。普通だったら痛がる前に死んでいる。……というか死ねッ!!
大量の血を垂れ流しながら痛がるアシヅカを見て、審判は思わずホイッスルを吹く。
「1年B組チームのファウルのため、3年A組チームのフリーキックです」
「うそ!? また!?」
私は必死に抗議したがアシヅカの重症っぷりを見た審判は信じてくれなかった。
審判はアシヅカに駆け寄る。
「君、大丈夫!? フリーキックは他の人に任せていいから、今すぐ担架を持ってくるからね!」
審判は心配そうに焦りながら対応するが、アシヅカはケロッとした表情で答える。
「ん? ああ、大丈夫だ。フリーキックは俺が蹴るよ」
…やっぱり大丈夫じゃんか!! むかつく!!
どうやら私たちのチームが逆転をしたことで、アシヅカは勝つための手段を選ばなくなったようだ。
アシヅカが楽々とフリーキックを決めたことで、また同点に追いつかれてしまった。私が歯ぎしりをしながらアシヅカを睨んでいると、圭太が寄ってきた。
「おいマリア、あんまりムキになるなよ。1点くらいまた取り返してやるからさ」
「違うの。…1点取られたことも悔しいけれど、それ以前にムカつくの!」
この怒りはダイブをやられた本人にしかわからないものだ。
「ケイ君もダイブされたらわかるよ…」
私は拳を強く握りしめる。
…やっぱりムカつく!!
「痛てえ! 痛てええよぉぉ!」
先ほどのダイブで味をしめたのか、またもやアシヅカがダイブをしてきた。
「今、ケイの頭突きが俺の顔面に当たった。痛てええ!」
こんどは圭太が標的だった。
「頭突き!? 俺は頭突きなんてしてないですよ!」
「いや、したね。 ほら見ろこれを!」
そう言うと、アシヅカは口元をおさえていた手を広げて見せる。手のひらには、白い石のようなものが握られていた。
なにあれ? 石? …いや、歯?
「お前の頭突きのせいで、前歯が5本も折れちまった! 痛てええよおお」
またアシヅカはわざとらしく痛がる。おそらく、アシヅカが持っているものは歯の模型かなにかだろう。まさか、血に続いて歯まで偽装してくるなんて…。
「…な! 卑怯ですよアシヅカ先輩!!」
「ふん。俺はルール内で戦っているだけだぜ」
「な、なに!?」
圭太は歯を食いしばり、拳を強く握りしめる。
わかる! その気持ちすごくわかる!!
あのダイブというずるい技は、喰らった側からすると本当に腹が立つのだ。私が怒りを抑えるのにどれだけ苦労したか…。
しかし、圭太は座り込むアシヅカ先輩の胸ぐらを掴み強引に立たせる。どうやら、怒りを抑えきれていないらしい。
「先輩でも関係あるか! そんなに前歯を折られたいなら、お望み通りへし折ってやる!!」
圭太は強く握ったその右拳をそのままアシヅカの顔面に打ち込んだ。私がダイブを喰らった時は「あんまりムキになるなよ」とか言っていたくせに、完全にムキになってる。
「…てっめえ! ケイ、コラ!!」
殴られたアシヅカは、返す刀で圭太の顔面を殴り返す。圭太は後方に倒れ込んだ。
二人はテニス部の先輩後輩の関係だったはずだ。後輩に殴られたことで、アシヅカもカチンときて手を出したのだろう。
一連の出来事に対しあっけにとられていた私だったが、はっと我に返り倒れている圭太に駆け寄る。
「…だ、大丈夫!?」
私が圭太の顔を除き込むと、彼は少し腫れた顔でニヤリと笑った。
「おいケイ、何を笑ってやがるんだ…!」
怒るアシヅカに対し、圭太はにやけ顔のまま答える。
「まだ気づかないんですか? アシヅカ先輩。 先輩は今俺を殴ったんですよ。つまり…」
「…ま、まさか!」
その直後、審判がホイッスルを笛く。審判の手にはレッドカードが握られていた。
「暴力沙汰を起こしたので、二人とも退場!!」
「まさかケイ、俺を退場させるためにわざと…」
「ええ、そうです。 自分を犠牲にしてでも相手エースを退場させる。これが、究極のディフェンス、
「くそう、やられた!!」
圭太は悔しがるアシヅカ先輩を横目に眺めて、今度は私の方を向く。
「やったぜマリア。相手エースのアシヅカ先輩をおさえたぞ。パンチで先に
「ケイ君……!」
あのアシヅカを退場させてくれたことに対し、私は思わず感動しかける。―――が我に返った。
……いや、仮にもテニス選手を目指してるんだよね!?
スポーツマンシップはどうしたよ!?
圭太は駆け寄ってきたアンディ様に向かって拳を突き出す。
「俺はやれることはやった。後は頼んだぞアンディ!」
アンディ様は圭太の拳に自分の拳をコツンとぶつける。
「ああ、よくやった。後は俺様に任せろ!」
なんでいい感じの雰囲気を出してるのさ、あんた達の倫理観どうなってるのよ…?
後半戦も残り時間わずかになったので、私たちは最後の攻防に向けて作戦をねる。
「同点だとPK戦になる。それだけは避けたいな」
「うん。そうね」
私はカルロス君の意見に賛同する。
PK戦となれば、シュートを蹴る人はもちろん、それを止めるゴールキーパーが重要な役割を担うことになる。
私たちのゴールキーパーは運動音痴でおなじみのセリーナだ。しかも、今は鼻血が出血大サービス中ときた。これではPK戦の結果などやる前から目に見えている。
「もしマリアが相手からボールを奪ったら俺にパスを出してくれ」
残り時間が少ないので、サッカー部のカルロス君にボールを預けるのは得策だろう。彼ならボールを奪われることはまずない。
私はカルロス君の意見に賛成だった。しかし、その意見に反対する人がいた。
「いや。ボールは俺様によこせ。俺様の華麗なドリブルを見せてやる」
…また言ってるよ、このエゴイスト。
「アンディ様、ここは俺に任せてくれ。俺はドリブルが得意なんだ。それに、俺には必殺ドリブルの
「なにィ!? 俺様だって必殺ドリブルくらい持っているぞ。俺様のデビルバッドゴーストでぶち抜いてやる」
デビルバッドゴースト…。 よく知らないけどサッカーの技じゃないよね!?
試合が再開してすぐに私の前にアシヅカとは違うもう1人のフォワードがドリブルをしながら迫ってきた。このフォワードの男子生徒は、前半戦ではカルロス君に完全に抑えられていたため影が薄い。
少なくとも、アシヅカほどの脅威ではないだろう。
相手のフォワードは1年生女子の私を甘く見ていたのだろう。私に構わずゴールに向かってドリブルを仕掛けてくる。しかし、そのドリブルは余り上手くないので隙が多い。
相手フォワードの足元から大きく前に飛び出したボールを私はさっとかすめ取った。
自分で言うのもなんだが、今日初めての活躍だ!
「ナイスだマリア、俺にパスをくれ!」
足元のボールから目線を上げてカルロス君の声の方を見る。しかし、カルロス君には男子生徒のディフェンダーががっちりとマークしていた。
これではパスが出せない。 …仕方がない。アンディ様にパスを出そう。
そう思ってアンディ様を探すが、彼も女子生徒のディフェンダーにマークされていた。
「…あ、あれ? いったい誰にパスを出せば…」
圭太とアシヅカが対消滅をしたせいで選手の人数が減り、その分パスの出し先が少なくなってしまったのだ。…圭太のバカ!!
パスを出しあぐねている私を見かねてアンディ様が叫ぶ。
「マリア、お前が相手ゴールまでドリブルをして来い! 残り時間が少ないぞ、全員攻撃だ!!」
アンディ様の言葉を聞いて、私はスコアボードのタイマーを見る。この試合の残り時間は1分を切っていた。
このまま同点で試合が終わればPK戦になり、私たちのチームは負ける。
それなら、守備はゴールキーパーのセリーナに任せてディフェンダーの私も攻撃に参加するべきだろう。
「わ、わかった!」
私は相手チームのゴールに向かってドリブルを始める。
これが最後の攻撃だ!!
自陣のディフェンスラインから相手チームのゴールまでは距離がある。それに、全力でドリブルをする私のすぐ後ろには、相手フォワードの男子生徒が迫ってきている。
まだカルロス君もアンディ様もマークを外せていない。
私はパスの出し先がないので、仕方なく相手ゴールに向かってドリブルを続ける。
足元のボールを制御しながら全力で走る。リズムよく走れない分、普通に走るより呼吸が乱れて体力が消耗される。
……肺が苦しい。
これだけ全速力で走っているのに、それでも私を追いかけてくる相手フォワードとの距離は縮まっていく。
背中にプレッシャーを感じながら、必死に前方にいる二人に目を向ける。
右サイドにいるカルロス君…、ダメだ。まだマークが外れていない。じゃあ、逆サイドのアンディ様…… も同じか。
走りながらなので、上手く二人の状況は把握しきれないが、二人ともマークについているディフェンダーにしつこく粘られているようだ。
もういっそのこと、味方のいる付近に適当にボールを蹴ってしまおうか…。そんな思考がよぎる。
そのくらい、私自身に余裕がなくなっているのだ。判断をする余裕も、そして、ボールを守り抜く余裕もだ。
私の肩に相手フォワードの肩がぶつかる。先ほどまで私を後ろから追いかけていた相手フォワードはいつのまにか私と肩を並べて走っていたようだ。
…しまった、追いつかれた!!
1年生女子の私では、3年生男子とぶつかりながらボールを運び続けるのはかなり厳しい。こうなればボールを奪われるのは時間の問題だ。
…どちらかにパスを出さなきゃ。
……カルロス君!
………アンディ様!!
しかし、二人ともマークがまだ外れない。 どうすれば
…………あれ?
必死にドリブルをしていたので気が付かなかったが、いつの間にか相手のゴールがかなり目の前にある。
これって…。このまま、私がシュートを打つことも…。
そんな思考がよぎった直後、並走していた相手フォワードと2度目の肩がぶつかる。体格差もあってか、今度は私が大きくよろけてしまった。
だめだ、ボールが奪われる。
…奪われるくらいなら、いっそのことダメもとでシュートを打ってやる!!
覚悟を決めた私は最後の力を振り絞り、1歩、2歩と強く地面を蹴って、転がるボールに追いつく。
…このボールを、相手のゴールに!!
私は足を大きく振り上げようとした。けれど…、その時…。
「ハアッ、ハアッ」
私の後ろから、荒く、しかしどこか可愛らしい息遣いが聞こえてきた。
…あれ?
一瞬だけパニックになる。私を後ろから追いかけていた相手フォワードは、今は私の隣で並走している。
アンディ様もカルロス君も、二人ともゴール前でパスを受けられるよう試行錯誤している。
…なら、私の後ろにいるのは、いったい誰だ?
一瞬考えて、答えに辿り着いた私は、思わず笑ってしまいそうになる。
………走ってきたの? この距離を?
私が全力でドリブルしていた間、ずっと私の後ろをついてきてたの?
あなたは運動神経が悪いのに、きっと私よりもずっと足が遅いのに…。
それでも、置いていかれないように、必死についてきてたの?
…セリーナっ!!
わたしの後ろから聞こえた荒い息遣いの正体はセリーナだった。
セリーナがずっと私を追いかけていたとわかると、やはり可笑しくてしかたない。
なんで、ゴールキーパーのあなたが付いてきてるのよ??
―――ああ、きっとあれだ。アンディ様に「全員攻撃」と言われたからだ。
アンディ様の言う「全員」の中に自分も含まれると思ったのだ。それで、自陣のゴールを空けてまで私の後ろをついてきたのだ。
セリーナの息遣いはいつも以上に荒い。鼻血で鼻が詰まっているから、きっと口でしか呼吸ができないのだろう。そんな状態になってまで走ってきたのだ。自分もこのチームの「全員」の一人だから。
シュートを打つために力いっぱい振り上げた私の足は、笑ったことで力みが取れて柔らかくしなる。
私はボールを足の裏で止めると、そのまま優しく斜め後ろに転がした。セリーナへのバックパスだ。
私と並走していた相手フォワードも、まさかゴールキーパーが後ろから追いかけていたとは思っていなかったらしい。私のバックパスを唖然とした表情で見つめる。
私のバックパスを綺麗に足元に収めたセリーナはそのままの勢いで相手ゴールに走る。
「いけーー! セリーナ―――!!」
私の叫び声に後押しされセリーナは、大きく掲げた足を勢いよく振り下ろす。力強く蹴られたサッカーボールは相手ゴールへと飛んでいく。
セリーナの渾身のシュートはクロスバー付近に吸い込まれていく。
相手キーパーが慌ててジャンプするが、その手はボールに届かない。
…入った!!!
――――そう確信しかけた直後、ボールは"コーンッ"という鈍い音と共にクロスバーにぶつかって跳ね返る。サッカーボールは無情にも、緩やかな放物線の軌道でフィールド内に戻ってきた。
…そんな、セリーナのシュートが。
あれだけ必死に走ってきたのに…、もう少しで入りそうだったのに…、そのすべてが無駄に終わってしまった………。
「――――いや。 ナイスパスだぞ、セリーナ!」
クロスバーから跳ね返って高く飛んだサッカーボールに、巨大な人影が近づく。
アンディ様だ!!
長身のアンディ様がジャンプをしているのだ。相手ディフェンダーの女子生徒も必死に飛びつくが身長差があるのでアンディ様には届かない。
そして、アンディ様はジャンプをしたその勢いのまま、宙に浮いたボールをヘディングしダイレクトシュートを決める。
サッカーボールは地面にワンバウンドして大きく跳ね上がりながら相手ゴールのネットに吸い込まれた。
ピ、ピ、ピーーーーーッ!!
アンディ様のシュートに会場全体がどよめいている最中、試合終了を知らせるホイッスルが響き渡った。
次回、サッカー編最終話にして後日談