乙女ゲームに転生した体育会系男子   作:瓜売り

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サッカー編最終話


セリーナは笑う

 夕日に照らされた保健室でセリーナが目を覚ます。

 

「あれ? 私、あれからいったい…」

 

「気が付いたんだねセリーナ」

 

「マリアちゃん、私…」

 

 セリーナがベッドから起き上がろうとするので、私はそれを優しく阻止する。

 

 セリーナは1回戦の試合で決勝点アシストを決めた後、バタンと倒れてしまったのだ。そのまま担架で保健室に運ばれて今に至る。

 

「まだ、寝てても大丈夫だから」

 

「うん…」

 

 セリーナはまだ意識が覚醒しきっていないのだろう。ぼんやりとした様子で私の指示に従って横になる。

 再び眠ろうとするセリーナの顔に、夕日の赤い光が差し込む。セリーナは目を細めてその光を少し疎ましそうにする。

 

 ―――と、セリーナが急に上半身を勢いよく起こした。

 

「……あ、あれ? 夕日!? もう夕方!?」

 

 どうやら意識も覚めたたらしい。

 

「マリアちゃん試合は!? サッカーの試合はどうなったの!?」

 

「試合? 勝ったよ、セリーナのおかげでね」

 

 私はセリーナが自分を責めなくていいように1回戦の話をする。あの1回戦ではセリーナは大活躍だったのだ。これは嘘ではない。

 

 しかし、セリーナは首を大きく横に振る。

 

「1回戦じゃなくて、その後の2回戦は?」

 

 2回戦…。

 

 私は少し気まずくなって目線を下げる。

 

 セリーナはそんな私の様子から、1回戦が終わった後のことを察したようだ。ゴールキーパーのセリーナがいなくなった私たちチームの状況を。

 

「そんな…、2回戦は棄権しちゃったんだね」

 

 セリーナは申し訳なさそうに謝る。

 

「ごめんなさい、私のせいで。ゴールキーパーなのに倒れちゃったから、私のせいで皆んなが試合をできなくなるなんて。そんな…」

 

 セリーナは謝罪の言葉を探している。きっと本当に申し訳ない気持ちでいっぱいなのだろう。

 

 これもセリーナの責任感の強さゆえだ。

 

 セリーナはゴールキーパーという立場の責任を理解しているのだ。そして自分がチームの命運を担い、チームに絶対に居なくてはいけない存在だったと自負しているのだ。

 

 だからこそ、言えない…………。

 

 

 

 

 

 まさかセリーナがいなくても2回戦、3回戦と勝ち進み、準決勝まで戦い抜いたということを。

 

 

 ゴールキーパー不在となった私たちのチームは2回戦以降、思いっきり開き直って試合をした。もちろん勝てるなんて思っていなかった。

 けれど、1回戦で圭太とアンディ様の性格を掴んだカルロス君が、二人と連携し始めたのだ。常にゴールキーパーがいない危機的状況だったので二人も意欲的に連携をとっていた。

 

 その結果、私たちのチームは超攻撃型のチームとなり、5点とられても6点取り返すという試合展開を続けて準決勝までたどり着いたのだった。

 

 

 

 準決勝では、第一王子のラファエル様と生徒会長のロジャーさんが所属する2年A組との試合だった。あの試合はまさに死闘。

 圭太にアンディ様、さらにはカルロス君までもが熱くなりすぎてファールを重ね、退場してしまった。

 

 最後に残された私は、自軍がたった一人の状況で試合終了のホイッスルを聞いた。

 

 

 

「ゴールキーパーの私がいなかったのに試合なんてできるわけないよね。本当にごめんなさい」

 

「き、気にしないで!」

 

 本当に気にしないで欲しい。あの後セリーナ抜きで2回も勝っちゃったし。

 

 

「それよりも、アンディ様がもうすぐ戻ってくるよ」

 

「アンディ様が?」

 

「うん。セリーナは顔にボールが当たってたでしょ。アンディ様はセリーナの顔を冷やすため、タオルを冷たい水で濡らしに行ってるんだよ」

 

「そんな…。じゃあ、アンディ様はもうすぐ帰って来るの!?」

 

 セリーナはアンディ様の名前を聞いてから、急によそよそしくなる。

 

 どうしたのだろうか。セリーナのことだから大好きなアンディ様が見舞いに戻ってくると聞けば喜ぶと思っていたのに。

 

「ねえ、マリアちゃん」

 

「どうしたの?」

 

「その、ね。 正直に答えてほしいんだけど」

 

「うん」

 

「私、その、臭くないかな…?」

 

 セリーナは自分が着ているメイド服に目線を落とす。そのメイド服はサッカーの試合中にずっと着ていたものだ。

 

 当然、汗臭く、土臭くなっている。

 

 それに、服だけでなくセリーナ自身も髪がボサボサだ。

 

「……臭くないよ」

 

 私は目線を逸らして答える。

 

 すると、セリーナは私の手を両手でぎゅっと握ってくる。

 

「お願いマリアちゃん。正直に答えてほしいの、友達…、ううん、親友として」

 

 親友…。私たちはいつの間に親友になったのだろう。

 

 けれど、セリーナに親友と呼ばれて悪い気はしない。そうか、セリーナは私のことを親友だと思ってくれているのか。

 

 …嬉しいな!

 

 

 

「ごめんセリーナ。さっきのはクラスメイトとしての私の答えね。そして、親友としての私の答えは…」

 

「答えは?」

 

 セリーナは身を乗り出してくる。その瞬間、ほのかに汗臭い匂いが漂った。

 

「………臭うよ」

 

「うやあああああああああ!!」

 

 セリーナは頭を抱えて乙女らしくない悲鳴を上げる。そのせいで余計髪の毛がボサボサになった。

 

 私は持ち前のクシでセリーナの髪をとかしながら、優しい口調で諭す。

 

「大丈夫だよセリーナ、アンディ様は絶対に気にしないから。セリーナの汗臭さや土臭さはスポーツを頑張った証拠でしょ。それを馬鹿になんてしないよ」

 

「私、汗臭くて土臭いんだ…」

 

 今のは失言だった。セリーナが余計に落ち込んでしまった。

 

 

 好きな男子に汗臭い、土臭いと思われるなど、女の子にとっては致命的なできごとだ。

 

 もし「お前臭いな」とか面と向かって言われた日には、お墓に入るまで一生忘れられないトラウマとなるだろう。

 

 けれど、セリーナのそれは杞憂だ。アンディ様がセリーナのことを臭いと言うことはまずない。なにせ、アンディ様はボクシング部の部員なのだ。

 あの汗臭いジムで汗をかき、汗臭いグローブと汗臭いヘッドギアを付けて、汗臭い男たちと殴り合っているのだ。

 

 今さら、セリーナの汗の臭いなど気にするはずがない。

 

 アンディ様に直接「私って臭いですか?」と聞きでもしない限り大丈夫だろう。…もし直接聞いてしまったら、自分に正直で嘘をつくのが苦手なアンディ様は、もしかしたら………。

 

 ――いや、それでもアンディ様は乙女ゲームのイケメンなのだ。万が一にでも、乙女を気づ付けることは口にしないだろう。

 

 

「大丈夫だよセリーナ。私が保証する」

 

 私は胸を張ってセリーナに向き合う。

 

「もしアンディ様がセリーナのことを臭いなんて言ったら、その時は私のファイヤートルネードで蹴り飛ばしてあげる!」

 

「ファイヤートルネード?」

 

「うん。私の必殺シュートだよ」

 

 私はその場で立ち上がり、回し蹴りのジェスチャーを軽くして見せる。本当は私のではなく、私の好きなゲームのキャラクターの必殺シュートだ。

 

 

 私のジェスチャーを見てセリーナは「必殺技…、ふふふ」と笑う。

 

「シュートの必殺技なんて、マリアちゃんは面白いね」

 

 あ、あれ? 

 

「セリーナだって、ゴールキーパーの必殺技を嬉々として自慢してきたじゃない!?」

 

 なんなら私は、セリーナの世界観に合わせて場を和ませたつもりだった。

 

 けれど、当のセリーナはキョトンとした顔で可愛らしく首をかしげる。

 

「え? 私はそんなことしてないよ?」

 

 何ということだ。私はセリーナのノリに合わせてあげたのに、急にはしごを外された。

 

 セリーナに嘘をついている様子はない。どうやら本当に記憶にないらしい。これもあの怪しいドリンクの副作用なのだろう、さすがは劇薬だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私とセリーナがじゃれ合っていると保健室にアンディ様が戻ってきた。セリーナは緊張で表情が硬くなる。

 

「目を覚ましていたのか、セリーナ」

 

「アンディ様! そ、その…」

 

 セリーナは少し言葉を詰まらせた後、勢いよく頭を下げる。

 

「お役に立てずにすみませんでした、アンディ様!」

 

 保健室にセリーナの悲痛な謝罪の声が響く。先ほどまでのじゃれ合っていた空間とは空気が一変してしまった。

 

「お役に立てずに? 何を言っているんだセリーナ」

 

 アンディ様はベッドの横にあるパイプ椅子に腰かけ、セリーナの目を真正面から見る。

 

「俺様はお前のおかげで、あの試合の決勝点を決められたのだ。そのおかげで、俺様はあの試合1得点2アシストと大活躍だった」

 

 

 

 …2アシスト?

 

 確かアンディ様は相手ゴールに頭から突っ込んだり、フル珍になったりしただけのはずだ。まさかそれをアシスト換算しているのだろうか。なんて図々しい判定なの!?

 

 ―――と思ったけれど、流石に空気を読んで口をつぐむ。

 

 

 

 

「そしてセリーナ、お前は決勝点のアシストをした。誰が何と言おうが、お前の1アシストだ」

 

「それでは、私はアンディさまのお役に立てたのでしょうか…」

 

「ふん、何を今さら。あの試合はお前がいたから勝てた。当然、役に立ったに決まっているだろう」

 

 

 アンディ様の言葉に、セリーナの目が潤む。

 

 

 

 

 きっとセリーナにとっては、サッカーの試合の結果などあまり重要ではなかったのだろう。

 

 運動音痴なセリーナがそれでもサッカーに立候補したのは、ゴールキーパーを名乗り出たのは、試合の最後まで全力で走りぬいたのは、きっとアンディ様からこの言葉をもらうためだったのだ。

 

 

 いや、この球技大会だけではない。セリーナはずっとこの言葉を聞くためだけに今まで頑張り続けてきたのだ。

 

 

 

「なんだセリーナ。俺様が素直に褒めたというのに、まさか泣くつもりじゃないだろうな?」

 

「いえ、そんな。そんな勿体ないことはしません」

 

 セリーナは笑う。涙ぐんだままぐしゃぐしゃな表情で、それでも何よりも嬉しそうに。

 

 

 

 

 

 私はそっと立ち上がり保健室の出口に向かう。

 

 これ以上この空間にいるのは野暮というものだ。私はアンディ×ケイ派だが今日だけは二人の関係を尊重しよう。

 

 

 

 

 

 

 

「ところでアンディ様、私、臭くないですか?」

 

 

 ……………!?

 

 

 保健室を出ようとした直前、背中越しにセリーナの声が聞こえた。私は思わず振り返る。

 

 

 …………なんで!? …………なんで今このタイミングで聞いたの!?

 

 

 めっちゃ雰囲気良かったじゃん! 腐女子の私ですら空気を読んで退散するくらい、すごくいい感じだったじゃん!?

 

 

 どうやらセリーナは自分が臭っているのかをずっと気にしていたようだ。そして、それをアンディ様に直接聞かずにはいられなかったのだろう。

 

 

 なんという乙女!!

 

 

 

 アンディ様は空気を読んだり嘘をつくのが苦手なタイプの人だ。自分の考えに正直なのだ。

 

 

 …それでも、この世の中には絶対に口にしてはいけない言葉がある。例えそれが事実だろうと絶対に言ってはいけない言葉。

 

 それは乙女を傷つける言葉だ。

 

 正直者は誠実だと思われがちだが、これに関しては嘘こそが誠実だ。たとえ「正直に言って」と言われても絶対に嘘をつき通さなければいけない。死ぬまで嘘をつき通す、そういう誠実さだってあるのだ。

 

 同じ女である親友の私と、好きな男子であるアンディ様。この二人では「臭い」と正直に言うことの意味がまったく違ってくる。

 

 

 

 お願いアンディ様、どうか、どうか、嘘をついて!!

 

 

「なんだ、そんなことを気にしているのかセリーナ。俺様がお前の活躍した後の姿を馬鹿にするとでも思っているのか?」

 

 アンディ様は大きな手のひらでセリーナの頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

 100点だ!!

 

 さすがは乙女ゲームのイケメン。イケメンにのみ許された対応方法、文句なしだ! 

 

 

 

 されるがままに頭を撫でられたセリーナは、それでも真顔でアンディ様を見つめる。

 

 

「アンディ様、それで、私は臭くないですか?」

 

 

 

 ………なにィ!?

 

 

 なんで2回聞いたの!? 

 

 もしかして臭いって言われたいの!!?

 

 

 

 セリーナの真剣な眼差しで見られ、アンディ様も真顔になる。

 

 ダメ、アンディ様! 絶対に正直に答えてはダメ!!

 

 

 

 

 

 

「だから、そんなこと気にするなと言っているだろう」

 

 そう、それでいい! それでこそ乙女ゲームのイケメンだ!

 

 

 

 

 

「…だが、臭いか臭くないかでいうと」

 

 …おい!? 嘘でしょ!?

 

 

 

 

 

 

「…」

 

 やめてええええええ!!

 

 

 

 

 

 

「…臭いぞ」

 

 その瞬間、セリーナの顔が恥ずかしさで真っ赤になる。

 

 

 

 

 

「ファイヤーー! トルネーーーードッッ!!!」

 

 

 

 夕陽に照らされた静寂な保健室。私の必殺シュートが鈍い音を立ててアンディ様にさく裂した。

 




サッカー編、完結!!
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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