乙女がテニスをします、乙女ゲームなので!!
賭博部の柱になれ!!
グランドスラム王国で1番有名な高校は、俺たちの通うウィンブル学園だ。王国の王子様や上級貴族がこぞって通う超名門学園になる。
では、2番目はどこか。それはウィンブル学園よりはるか遠方、汽車を乗り継いでやっとたどり着けるローラン学園という高校だった。
ローラン学園はウィンブル学園に負けず劣らずの規模で、学生も、王子様こそいないけれど貴族で溢れかえっているらしい。
けれど、ローラン学園には優秀な一般市民を階級に関係なく招待する『特待生制度』があるのだとか。これはウィンブル学園にはない制度だ。
一般市民から下級貴族に昇級した俺としては――――いや、日本という貴族制度が廃止された国で生まれ育った俺としては『特待生制度』のあるローラン学園のほうが親近感がわく。
なぜ俺がローラン学園についてここまで詳しいのか…。
それは、今日行われているテニス部3年生の引退試合、その対戦相手だから調査したのだ。
「6-3、6-2でアシヅカ、ケイの勝利です」
対戦相手への挨拶を済ませた俺は、ラケットを握っていた右手を空けて、アシヅカ先輩とハイタッチをする。
「やりましたね! アシヅカ先輩」
「おお! 最高の引退試合になったぜ!!」
引退試合はウィンブル学園とローラン学園とで対外試合をするのがテニス部の伝統らしい。試合は団体戦でシングルスが3試合、ダブルスが2試合の計5試合だった。
俺のペアとしてダブルスに出場したアシヅカ先輩は、元々はシングルス希望だったらしく、ダブルスに任命されたときは不満を漏らしていた。
引退試合であっても出たい試合に出られないというのは団体競技ではよくあることだ。
そんな不貞腐れ気味のアシヅカ先輩だったが、ペアが俺だと知るとやる気を出して練習をしだしたのだとか。後輩冥利に尽きるというものだ。
「ちぇっ! 俺がアシヅカ先輩とペアで組んでやりたかったのにな…」
フェンスの向こう側でエチゴ先輩が恨めしそうにつぶやく。
エチゴ先輩は普段の練習態度の悪さにより団体戦のメンバーから外されている。それなのに、今日は応援のためにわざわざ汽車を乗り継いでここまでついてきたのだ。
口が悪く、ガラが悪く、態度も悪い人だが、この人もアシヅカ先輩に対しては色々と思うところがあるのだろう。
「エチゴが普段からちゃんと練習してればお前と組めたのになぁ。でもまあ、今日の相手は強かったからエチゴと組んでたら負けてたな! ガハハハッ」
「んなッ! 酷いっすよアシヅカさん!」
「お前も引退試合はケイに組んでもらえ。こいつダブルス凄げぇ上手いぞ!」
アシヅカ先輩は引退試合で勝てたことでご機嫌だった。俺とエチゴ先輩はそんなアシヅカ先輩の隣で残りの試合を観戦していた。
こうやって3人揃うことはもうないのかもしれない―――そう思うと月並みだが、やっぱり寂しい気持ちになる。
「しかし、うちの王子様は容赦ねえな。相手のローラン学園の奴は3年生だろ……?」
目の前ではラファエル先輩がシングルスの試合で無双をしていた。
ラファエル先輩は2年生だ。相手の3年生は引退試合なのだから、最後くらい花を持たせようという考えが頭をよぎってもおかしくはない―――が、どうやらそんなつもりは毛頭ないらしい。
団体戦としては3-2でウィンブル学園が勝利した。
日本の高校では大会が引退試合になることが多い。
大会だと勝てば勝つだけ次に進めて、負けるか全国優勝をするまではひたすら次がある。けれど、このグランドスラム王国にはそもそも学生大会というものがないらしい。
そのため、この対外試合こそが今までの練習の成果を試せる唯一の場なのだ。
この王国には学生大会だけでなくプロスポーツも存在しない。これは、元の世界と比べてスポーツに関する取りまとめるコミュニティや組織が全然充実していないことが原因のように思える。
「おいエチゴ、ケイ。せっかくこんな遠くまで来たんだ、美味いもの食って帰ろうぜ。今日だけは特別に俺の奢りだ!」
「あのアシヅカさんが奢り!? 入部してから半年、今まで一度も奢ってくれなかったのに…!?」
「ケイ、俺なんか1年半一緒にいるが一度もなかったぞ?」
「お前ら……」
アシヅカ先輩は俺とエチゴ先輩の頭をポカッ、ポカッと順番に殴る。―――ちゃんと痛い。
「ただし、少しは遠慮しろよな」
「自分は焼肉を所望します!!」
「バカだなケイ。こういう時はもっと高いものを頼むんだよ!」
「…エチゴ、お前は自腹な」
「なんでっすか!?」
こうして、アシヅカ先輩はウィンブル学園テニス部を引退したのだった。
男子寮の自室についたのは深夜だった。俺は荷物だけ部屋に置くと寮の裏庭へと向かった。
裏庭は緑が生い茂っており、申し訳程度にレンガで舗装された細い道がある。深夜は灯りも消えており、星明りだけが頼りの薄暗さに包まれていた。
「やっときたな、ケイ」
ここに俺を呼び出した張本人であるアシヅカ先輩は、ジャージ姿のまま手にテニスラケットを持っていた。対外試合のあと、自室に戻らずそのままここで待っていたのだろう。
「なんで俺は呼び出されたんですか? 用事なら帰りの汽車で言ってくれればよかったのに…」
「汽車の中だとエチゴがいただろ。今から言う話は出来るだけ誰にも聞かれたくない話なんだよ」
「エチゴ先輩にも言えない話ってことですか?」
「そうだ」
アシヅカ先輩の神妙な面持ちに少しだけ不安になる。
正直なところ、アシヅカ先輩とより仲がいいのは俺よりエチゴ先輩だ。それなのに、そのエチゴ先輩に言えない話なんて…。
「お前、ずっと自分用のテニスラケットが欲しいって言ってたよな」
「…? はい。」
確かに俺は自分用のテニスラケットをずっと欲しがっている。それ欲しさに賭博麻雀や球技大会に全力で挑んだほどだ。けれど、それがどうしたのだろうか。
発言の意図を掴み切れていない俺に向かって、アシヅカ先輩は自分のラケットを差し出した。
「このラケットをお前にやる!」
「………え? ええええええ!?」
「声がでけえよ! 人気のない深夜に呼び出した意味がなくなるだろ!」
「す、すみません。でも、アシヅカ先輩が人にものを贈るだなんて…」
「お前といいエチゴといい、俺のことを何だと思ってるんだよ」
アシヅカ先輩は俺たち後輩からの評価に不服そうにする。
けれど、ずっとパシリをさせられてきた後輩からすればいたって当然の評価だ。……パシリの金、何回か踏み倒されてるしな。
「えっと…。あ、ありがとうございます!」
俺は差し出されたラケットを嬉々として掴もうとす。すると、アシヅカ先輩はラケットをヒョイと持ち上げた。おかげで俺の手は虚しく空を切る。
「え?」
「おいケイ、誰がタダでやるっつったよ? もちろん条件があるに決まってるだろ!」
「条件ですか…」
「そうだ…。というかこれが本題だ」
アシヅカ先輩はそう前置きすると、星明りにわずかに照らされた俺の目をしっかりと見る。
これからする話がエチゴ先輩にも言えないことなのだろう。アシヅカ先輩がラケットを渡してまでだす交換条件、どう考えても面倒事のような気がして仕方がない。
「そう身構えるなよ。なあに別に大した要件じゃない、ただ俺に代わって『賭博部の副部長』を継いでくれってだけだ」
「賭博部の副部長ですか………」
そうか。テニス部だけでなく賭博部もこの時期に代替わりをするのか。まあ高校の部活動は大体夏終わりから秋口にかけて代替わりするよな…。うん……。
「って、うえええええええ!? 副部長!? アシヅカさんが!?」
「だから声がでけえつってんだろッ!!!」
ポカッと頭を殴られた。
けれど、まだ状況が飲み込めない。
「確か賭博部の副部長ってヤニクだったんじゃ…」
「賭博部の副部長は三人体制だ。ヤニクもそのうちの一人で、あとは競輪部の2年の奴がいる。そして三人目が俺だったってわけだ」
「そうだったんですか…。でも、なんでその話がエチゴさんに言えない話なんですか?」
「別にエチゴだけじゃねえ、誰にも言えない話なんだよ」
アシヅカ先輩はでかい顔をさらに近づけて、ひそひそと話す。
「いいか、賭博部の副部長にはそれぞれ役割があるんだ。ヤニクはイベント企画担当、競輪部の奴は金の管理担当だ。そして俺は有事の際に備えて正体を隠すことに徹する担当なんだ」
「有事の際って?」
「例えば、他の副部長が退学させられたり、刑務所に捕まった時だよ」
「刑務所に捕まることあるんですか!? 賭博部員が!?」
ポカッ!
「例えばだよ。あと声がでけえよ」
「すいません」
「それで俺は副部長でありながら一般部員として振舞っていたわけだ。そして、その役割を今度はお前についてもらいたいんだ」
賭博部という部活動はどうやら俺が思っていた以上に組織体制がしっかりとしているようだ。
―――まあ、それはそうだろう。あれだけ大々的に活動しておいて未だに生徒会につぶされていないのだから。
「話は分かりましたけど、なんで俺なんですか? 賭博部ならエチゴ先輩がいますよね」
「エチゴか。……あいつはダメだ。あいつは直情的だからいざという時に冷静な判断ができねえんだよ。それに、権力を与えると胡坐をかくタイプだからな」
さすがに長い付き合いだけあって、エチゴ先輩の特徴をよく捉えている。
「それに他の部員も基本的にはクズしかいねえからよ」
…その認識はあったんだ。
「そこで、なんだかんだ責任感もあり、テニスさえ絡まなければ冷静な判断のできるお前に託すことにしたんだ。いいかケイ。賭博部は絶対につぶしてはいけない部活動だぞ」
「そう言われても…」
そもそも賭博部なんてのは傍から見れば絶対につぶれた方がいい部活動だ。そんなものの存続を託されても、正直言って困る。
「お前も知ってると思うが、今この国は隣国との関係がよくない。そのせいで国内の貴族の間でもしょっちゅう揉め事が起きてるんだ。隣国に近い土地を持つ貴族とそうでない貴族の危機感の違いでな」
そうだったのか。
もちろんだが俺はこの国や隣国との関係なんて一切知らないし、この話も明日には忘れている気がする。そのくらい政治には興味が持てないのだ。
「いざ戦争が起きれば自分の土地が戦場になる奴らと、高みの見物ができる奴らでは危機感が違うのは当然だ。だがな、貴族同士のいざこざっていうのは当人だけじゃなくてその子孫、つまりこの学園の生徒にも影響しちまうんだ。
俺たち学生は親の圧力から逃げることも、ましてや隣国の問題を解決することもできねえ。毎日ストレスを抱えたまま、親の言いなりで嫌いじゃねえ生徒と揉めたりすることもあるんだ」
「そう…だったんですね」
てっきりこの学園にいる生徒はみんな甘やかされて育ったボンボンの集まりだと思っていた。その認識は間違えてはいないのかもしれないが、ボンボンにはボンボンの面倒事や苦悩があるのだろう。
「それで、その話と賭博部に何の関係があるんですか?」
「あァ?? だから、そういう生徒たちが一丸となって楽しめるようにするのが、賭博部なんじゃねえか!
他の部活動だと人間関係に気を遣わねえといけねえだろ? だが賭博は違う! 賭博ってのは相手との仲がいいとか悪いとか関係ねえんだ。自分の金がすべてだからな。つまり、人間関係に囚われずに好き勝手バカ出来る場所ってのが賭博部なんだよ」
アシヅカ先輩は持ち上げていたテニスラケットを、再び俺に差し出す。
「賭博部はこの学園の生徒たちがストレスを発散できる場所なんだ。だからこそ絶対につぶしちゃいけねえ。このラケットを受け取ったら、お前は賭博部の副部長だ。頼んだぞ!」
「ええ~……」
賭博部の副部長―――正直言ってまったくなりたくない。そもそも俺は部員ですらないのに……。
けれど、これは今までお世話になったアシヅカ先輩からの最後の託し事だ。それに、賭博部には一応は大義があるらしい。
「……………………しょうがないですね」
俺は差し出されたラケットグリップを握った。
「頼んだぞ……。 ケイ、お前は賭博部の柱になれ!!」
「せめてテニス部の柱にしてくださいよ」
今日この日、俺は賭博部の副部長になった。
「…ところで、賭博部の部長って誰なんですか?」
「ああ、部長は―――――――」