乙女ゲームに転生した体育会系男子   作:瓜売り

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女子テニス編 第5話


これでもピチピチの女子高生だ

 男子更衣室で女子ユニフォームに着替えた俺たちは、部室で時間を持て余していた。

 

 太もも周りでヒラヒラと揺れるピンク色の布を見るたびに羞恥心がこみあげてくるが、今さら言っても仕方がない。

 唯一の救いは、念のため事前にすね毛を剃っていたことだけだった。

 

 

 

 今日の対外試合は三年生の引退試合だけあってか、部室内にはいつもと違い少しだけ緊張感が漂っている。

 

 中でも一番オーラを発していたのはお蝶先輩だった。お蝶先輩は二年生なので今日が引退試合というわけではない。

 それでもシングルス(ワン)―――つまりはこの部のエースを務めるだけあってか、気合のノリがいつも以上に仕上がっていた。

 

「今日のお蝶先輩は特に気合がのってますね」

 

「当然よ。なにせ今日だけは絶対に負けられない試合だもの」

 

 お蝶先輩は少女漫画さながらのキラキラすぎる瞳をさらにギラつかせて、闘志をむき出している。

 

 「確か前にもこの対外試合は負けられないって言ってましたよね。今日の試合は何か特別なんですか?」

 

「そうね…。今日の団体戦、あたくしがシングルス1なのは知っているわね。ローラン学園のシングルス1はきっとビリーよ」

 

「ああ、ビリー先輩ですね」

 

「あら? ケイ子もビリーを知っているのね。それなら、ビリーがローラン学園に特待生で入っている平民だということは知っているかしら」

 

「それは初めて聞きました。……でも、それとお蝶先輩のやる気が関係あるんですか?」

 

「もちろんよ。上級貴族のあたくしが平民のビリーに負けるわけにはいかなくてよ」

 

「………え?」

 

 思わず言葉に詰まってしまう。

 

 お蝶先輩のやる気の出所が、俺にとってはまったく予想外のことだったのだ。

 

 

 俺がこの世界の常識を知らないだけなのかもしれないが、それでも相手が平民だから負けられないというのは何か違う気がする。凄く違和感がある。

 

 スポーツというのは身分とかを気にせずに楽しむものだ。

 少なくとも俺はそう思っている。

 

 そもそも、地位が高いからといって試合が優位に進むなんてことは絶対にありえないのだ。

 

 

「相手が平民だから負けられないっていうのは間違っていませんか? テニスの試合が始まれば平民も上級貴族も関係ない、コート上ではすべてが公平ですよ!」

 

 先輩相手にも関わらず、つい、強い物言いになってしまった。

 

 だが、お蝶先輩は相変わらず凛とした表情を崩さない。

 

「あらケイ子。そんなことは重々わかっていてよ」

 

「へ?」

 

 ……わかっておいでなの??

 

「コート上では身分は関係なく公平。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 お蝶先輩は俺のことを睨みつけるかの如く、力強い目で見つめる。

 

「あたくしたち上級貴族は小さな子供の頃からテニスの教育をうけているわ。平民よりもいいものを食べて、恵まれた環境でテニスをしていてよ。だからこそ公平な戦いの場で負けることは許されないわ」

 

 お蝶先輩の目は決して油断や慢心のないアスリートの目だった。ただ、そこには上級貴族としての誇りが淀みなく溶け込んでいる。

 

 この世界では俺もお蝶先輩と同じ貴族にあたる。けれど、自分が貴族だという自覚もなければプライドもない。

 なんなら、平民だとか貴族だとかのシステム自体があまり好きではない。

 

 そんな俺とって、お蝶先輩の貴族としてのプライドは理解できないものだった。

 

 けれど……。

 

 

 

 俺はお蝶先輩によく似た目を知っている。

 

 決して驕らず、けれど確かな自信とプライドをにじませた目。

 

 

 それは――――強豪校の部員の目だ。

 

 

 他の学校より優れた環境で練習していると自覚し、自分が多くの部員の中から選ばれた存在であること理解している。

 仲間や監督、サポートしてくれる家族の存在が重圧となり、そのプレッシャーをも誇りに変えている。

 

 お蝶先輩のメンタルは、まさに強豪校のそれなのだ。

 

 かつて高校テニス最強と謳われたチームで部長を務めていた俺にはわかる。

 

 

 

「ビリー先輩が平民だからといって、油断はしてないんですよね?」

 

「当然よ。万全を期してこそ格の違いを見せられるというものよ」

 

 その言葉を聞いて確信した。

 

 

 そうか、上級貴族というのはテニスの強豪校なのだ。

 ――――なんか知ないが、そんな気がしてきた。

 

 

「お蝶先輩……」

 

「何かしら?」

 

「……勝ちましょう!! 今日の試合、上級貴族の名誉にかけて!!」

 

「ケイ子、あなたは下級貴族でしょう…」

 

 

 

 お蝶先輩のおかげで、強豪校にいた時のメンタルを思い出すことができた。

 

 俺はこの国に住む多くの平民の人よりも優れた環境でテニスをしているのだ。今日の試合はそれに見合った内容を見せなければならない。

 

「よし!! 気合入った!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、ローラン学園のテニス部員が到着したという報告を受けた。

 

 俺たちが出迎えるべくテニスコートで待っていると、ローラン学園の女子テニス部員がジャージ姿でテニスコートに入ってきた。

 しかし、入ってきたのは女子テニス部員だけではなかった。なんと、制服を着た女子学生たちが数十人とぞろぞろ続いたのだ。

 

 先陣を切っていたビリー先輩は俺たちの姿を見つけるとニヤリと笑う。

 

「悪りぃな。大人数で押しかけちまって。アタシの友達や後輩たちがどうしても応援したいって、ついてきちまったんだ」

 

 得意げな様子のビリー先輩に対し、お蝶先輩は軽く鼻で笑う。

 

「あら。平民が手下を引き連れて貴族ごっこかしら?」

 

「相変わらずの減らず口だなぁ、マーガレット。一応言っておくけどアタシの方が先輩だからな?」

 

「あたくしは上級貴族よ」

 

「ほんっとうに可愛くねえな…」

 

 互いに皮肉をぶつけた後、お蝶先輩は「ふんっ」と鼻を鳴らして顔をそむけた。

 けれど、その態度とは裏腹に口角がすこしだけ上がっている。

 

「ふたりは仲がいいんですね」

 

「ケイ子、あなた気は確かかしら?」

 

 お蝶先輩は不服そうに俺のことを睨むが、今のやり取りは互いに認め合っているライバル通しのそれにしか見えなかった。

 お蝶先輩の実力は女子の中ではすば抜けている。彼女と互角に戦えるのはきっとビリー先輩だけだろう。

 

 例え性格が合わなくても、学校や学年が違ったとしても強者は惹かれ合う。それだけは、元の世界のスポーツ界隈となにも変わらないらしい。

 

 

 

「ところで、そこのお嬢さんは初めましてだよな」

 

 ビリー先輩は俺のことを見つめていた。

 

「………え? お嬢さん?」

 

「おお、随分と低くて格好いい声だね」

 

「え、ええ。ありがとうございます。あたくしケイ子と言いますわ」

 

 俺は慌てて裏声で自己紹介をした。咄嗟のことだったので喋り方がお蝶先輩みたいになる。

 

 ……危ない。今の俺はケイではなく、ケイ子だった。

 ……立派なお嬢さんなんだった。

 

「そうか。ケイ子ちゃんか。よろしくな」

 

「え、ええ。よろしく……ですわ」

 

 下手なモノマネをされたお蝶先輩がガン睨みしてきているが、気づかないふりをした。

 

「ケイ子ちゃんは、団体戦のどの試合に出るんだ?」

 

「俺…じゃなくて、あたくしはダブルス1ですわ」

 

 俺はノバク―――ではなく、ノバ子とダブルスに出ることに決まっている。

 団体戦のダブルスは2試合あるが、より強いペアが選出されるダブルス(ワン)の方だ。

 

「へえ。ていうことはアタシと勝負することになるな」

 

 ビリー先輩の言葉に、お蝶先輩がすかさず反応した。

 

「はあ? あなたシングルス1ではくて? ローラン学園にあなたより上手いプレイヤーはいないでしょう。いったい誰がシングルス1に出るというの?」

 

 お蝶先輩にくってかかられたビリー先輩は、どうにも気まずそうに目を背ける。

 

「ああ…。えっとだな。シングルス1はアタシの妹がでるんだ。……そう、双子の妹が」

 

「双子の妹!? あなた妹なんていなかったはずよ??」

 

 面をくらうお蝶先輩を余所に、俺はふとある違和感に気が付いた。

 

 

 ローラン学園は大所帯で押しかけて来た。けれど、その殆どが応援に来ただけの制服組だ。

 ジャージを着ているメンバーはたった五人しかいない。それも、先週偵察したときに見た五人なのだ。

 

 俺はてっきり、他にも部員がいるものとばかりに思っていたが……、まさか………ッ!!

 

 

 

「ア、アタシの妹は双子だから、アタシに顔がそっくりなんだ。よく間違われて困ってるんだよな。アハハ!」

 

「いや、それってつまり……」

 

「アタシと妹の見分け方はヘッドバンドの色を見てくれ。今付けてるオレンジのヘッドバンドがアタシだ。妹は白色のをつけてるからさ!」

 

「それはもう、同一人物なんじゃ……」

 

「ちなみにアタシと妹は死ぬほど仲が悪いから、一緒にいることは絶対にないぞ。妹の試合中、アタシは姿をくらますけど気にしないでくれ!」

 

「ビリー先輩…………」

 

 どうやらこの先輩は双子の妹を装ってシングルス1にも出るつもりらしい。女装して出場する俺が言えたことではないが、滅茶苦茶な手段を使ってきやがる。

 

 

 

 ―――ていうか、お互い人数足りてないなら団体戦なんかするなよ!!

 

 

 

「あれ? でもビリー先輩の双子の妹―――」

 

「バリーな!」

 

「……その、バリーさんを足しても六人ですよね。団体戦って七人必要なんじゃ―――」

 

「ああ、アタシのペアの()は一足先にユニフォームに着替えに行ってるんだ。だからここにはいない」

 

「そ、そうですか」

 

 ローラン学園の生徒たちは先ほどテニスコートに到着したばかりだ。まだ更衣室にすら案内されていない。

 それなのにもうユニフォームに着替えて準備するなんて、どうやらビリー先輩のペアはやる気に満ち溢れているらしい。

 

 

 

 

 

 団体戦は一面のコートを使って順番に行われた。

 

 ウィンブル学園にはテニスコートが沢山あるので、その気になれば五試合まとめて行うことができる。

 けれど、この試合は3年生の引退試合も兼ねている。そのため、全員で応援できるようにという気配りだ。

 

 

 試合はシングルス3、ダブルス2、そしてシングルス2が終った。

 

 

 ここまでの3試合はウィンブル学園とローラン学園の間に大きな実力差はなく、試合結果は2勝1敗で勝ち越したものの、内容はギリギリで、とてもいい勝負だった。

 

 引退していく先輩のためにも、俺は全力で応援した。なんだかんだで数カ月間お世話になった先輩方の引退試合だ。思わず目頭が熱くなる。

 

 けれど、いつまでも感傷に浸ってはいられない。なにせ残された試合はダブルス1とシングルス1の2試合のみ。

 

 そして、次の試合はダブルス1―――つまり俺とノバ子の試合なのだ。

 

 

 

 先に3勝したチームが勝つ団体戦において、既に2勝している俺たちは圧倒的に有利だ。

 

「準備はいいかノバ子。俺たちで3勝目を勝ち取るぞ!」

 

「ええ、行きましょうお嬢様!」

 

「おじょ……? そ、そうだな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コートでは先についた対戦相手が待っていた。

 

 団体戦では既に2敗していて後がないにも関わらず、それでも不敵に笑うビリー先輩。

 

 そして、その隣にはビリー先輩のペアの姿が――――――――――190cm近い巨漢の姿があった。

 

 短い黒髪に太い眉。強面のオッサン面――――

 

「って、カバディじゃねえか!!!!」

 

 ビリー先輩の隣にいたのは、先週ローラン学園で出くわした執事のオッサンだった。

 

 カバディは出会った時と変わらず、ガタイのいい四十代のオッサンそのものだった。

 ただ違うのは、服装がビリー先輩とお揃いで、オレンジ色の女子テニスウェアだというところだ。

 

 巨漢が着ることなど想定されていない女子テニスウェアは、可愛らしいフリルがパツパツになるまで引き延ばされ、今にもどこからか張り裂けそうだ。

 

「ま、まさかビリー先輩のペアって…」

 

「この()だよ」

 

「ふっっっざけるなよ!!! どう見てもタダのオッサンじゃないですか!!!」

 

 思わず地声で叫んでしまった。

 

 

 けれど、これを叫ばずに済ますのは、さすがに無理がある!

 

 

 カバディの姿は完全に変質者のそれだった。

 頭のおかしくなった中年男性が、変な性癖に目覚めてしまった姿にしか見えない。

 

 

「女子テニスの試合ですよね!? なんでオッサンを無加工でそのまま出してくるんですか! せめて少しは調理しろよ!!!」

 

 カバディは自分が場違いなことを重々承知しているようで、顔を真っ赤にして目を伏せている。

 

「てめえ自覚してるじゃねえか!! だいたい! …むっ むごごごご」

 

 叫び続けていた俺だったが、ノバクに口をふさがれる。

 

「むごごごっ! っっっておい! 何するんだよノバク!」

 

「落ち着いてくださいお嬢様。これ以上はいけません! ……あと、私はノバ子です」

 

「いけないって何が!? いけないのは目の前の変質者だろ!! オッサンの癖に女子テニスの試合に出場するなんて正気じゃねえ――――――――あっ!」

 

 そう言いかけて気が付いた。

 

 そうだった。いくら女装をしているとはいえ、男が女子テニスの試合にでるという意味では俺も同じなのだ。

 

 しかも、向こうはビリー先輩が女性なので、男女比は1:1―――いわばミックスペアだ。それに対しこちらは男女比2:0と、文句なく男子ペア。

 

 そう考えると、こちらの方が分が悪い。どちらもルール違反には違いないが……。

 

 

 

 ビリー先輩は不敵な笑みを浮かべたまま、毅然と振る舞う。

 

「確かにアタシのペアはオッサン臭いが、これでもピチピチの女子高生だ。それにカバディじゃなくて『カバミ』ってんだ。なあカバミ」

 

「ウス ……ですわ」

 

 カバディは野太い声で返事をする。申し訳程度に語尾に「ですわ」を付けているが、もはや何も隠せていない。

 

 なんだか、女装をして裏声まで使っていた自分が急に恥ずかしくなってきた。

 

「それにケイ子ちゃんはアタシと初対面だよな。なら、カバディとも初対面のはずじゃねえか?」

 

「えっと…」

 

「それとも、どこかで会ったことがあるのか? 例えば、一週間まえにテニスの偵察に来ていたとか……」

 

「な、何のことですか? あ、あたくしたちは初対面ですわよ」

 

 どうやらビリー先輩は俺が圭太であることを既に見抜いていたらしい。いったい、いつから気づかれていたのだろうか……。

 しかし、これでいよいよカバディのことを指摘できなくなってしまった。ビリー先輩は俺が男だとわかった上で黙認したのだ。そうなると、俺たちもカバディを黙認するしかない。

 

 

「ちくしょう…。せめて女装してこいよ」

 

 

 カバディは髭だけは剃ってきたようだが、もうすでに薄っすらと剃り残しが伸びてきていた。

 スコートの下からは、配慮のかけらもないすね毛と太い足がモロにみえる。

 

 俺は女装男子部とかいう、わけの分からん連中に頭下げてまで女装の仕方を学んだというのに……。

 

 身も心も女子に近づこうとしてた俺が、まるで馬鹿みたいじゃないか。

 

 

 

 試合直前のサーブ練習のため、カバディはボールを受け取る。

 

 けれど、スコートのサイズが合わなさ過ぎてか、ポケットに入れたテニスボールが零れそうになっていた。

 

 

「おいカバディ――――じゃなかった。カバミ、球がはみ出しそうだぞ」

 

「なっ、なに!!」

 

 俺に指摘されたカバディは、慌てて自分の股を確認する。

 

 

「球って言われて、股間まさぐる女子がいるかぁぁ!!!」

 

 

 

 

 こうして、団体戦の命運を分ける女子ダブルス??―――の試合が始まるのだった。

 

 




これは、女子ダブルス。
これぞ、女子ダブルス。
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