「やりましたねお嬢様!!」
「ああ、やったぞノバ子……ですわ!!」
俺はノバクとハイタッチを交わした。
今回の試合、ノバクは本当によくやってくれた。
決して運動神経の良くない男だったが、この二週間一度も弱音を吐かずについてきてくれた。河川敷での合宿は毎日のように愚痴をこぼしていたけれど、それでもやり遂げてくれた。
思わず抱きしめたくなるくらい感謝しているが、女装した姿で抱き合うのは流石に、なんかもうあれなので自制した。
俺たちが勝利を噛みしめていると、背後で嗚咽する声が聞こえた。
振り向くと、カバディが天を仰ぎ、溢れかけた涙を腕で押しつけるようにして隠ていた。
「ぶ…ぐッ… ず、ずみまぜん、お嬢……。俺が…俺が不甲斐ないばかりに……」
カバディに寄り添って、ビリー先輩は少し淋し気な表情で笑う。
「気にするな。負けたことよりも、いい試合だった。そうだろ?」
「ですが…、ですがこの試合は… お嬢様の引退試合なのに…うぐっ」
「だからこそ、最後にお前と組めて楽しかったよ」
「ず、ずみまぜんでした…… うがっ… ぐぅ」
カバディは決して涙を見せず、女子テニスウェアを着たまま男泣きをしてみせる。
その姿につられて、ローラン学園からきた観客たちも涙を流していた。
そんな中、ビリー先輩だけは割り切ったような表情でこちらに歩み寄ってきた。そして、俺たちに向かって手を差し伸べる。
「負けたよ。この試合も、団体戦も。マーガレットのやつもいい後輩をもったもんだ」
俺は差し伸べられたビリー先輩の手を握り返すことができなかった。
俺の中では、先ほどまでの勝利の高揚が熱を冷ましてしまっていた。
代わりに沸いたのは後ろめたさというか、釈然としない思いだった。
ビリー先輩は間違いなく一流のテニスプレイヤーだった。
俺は彼女とはまだ2回しか会っていない。それでも、その2回で彼女がどれだけテニスに打ち込んできたかは十分に伝わった。それこそ、尊敬の念を抱くほどにだ。
そんな人の部活動最後の試合が、果たしてこの試合でいいのだろうか。
こんな――――男が三人混ざっているような女子ダブルスで終わってしまっていいのだろうか。
……いや、よくない!!
……いいはずがない!!
ていうか、男が三人いる女子ダブルスって何だよ!? 今更だけどさ。
ビリー先輩は差し伸べた手を握り返さない俺を不思議そうに見ていた。
そんな視線を無視して、俺は後ろを振り返る。
フェンスを挟んだ後ろには、ウィンブル学園の女子テニス部員たちが見守ってくれていた。その中の一人――――お蝶先輩と目が合う。
お蝶先輩は物憂げな表情で、けれど全身に汗を滲ませていた。
きっと、俺たちが負けた場合に備えて直前までウォーミングアップをしていたのだろう。
団体戦の決着がつく寸前まで、あり得たかもしれないシングルス1に向けて念入りに準備をしていたのだ。
……そうだよな。そうこなくちゃな。
俺は無言で自分の頭に手を伸ばすと、――――マリアモデルの茶髪ウィッグを取り外した。
ウィッグを脱いだ俺の頭は、いつも通りの少し短めの、典型的な男の髪型だ。
「すみません審判、実は俺、男です」
「……はい?」
いきなりのカミングアウトに面をくらう審判の女子部員。けれど、俺は構わず続けた。
「女子テニスに男が出場してたら失格ですよね」
「…え? ええ? まあ」
審判はちらちらとカバディの方に視線を揺らした。それをいうなら、そこのオッサンも失格なんだけど――――と言いたいのだろう。
そんな思考を先読みした俺は、審判が口を開く前に続けた。
「なのでこの試合は俺たちペアの棄権負けです。それでいいよなノバ子………いやノバク」
俺に呼びかけらえたノバクは、やれやれといった様子で肩を撫でおろす。
「ええ、構いませんよお嬢様。いえ、主君」
せっかく苦労した掴んだ勝利を手放したことに、ノバクは呆れた様子だ。
けれど俺の意図は十分に伝わったようだった。
審判は困惑しながらも、判定を覆そうとする。
「ええと。では、先ほどのダブルス1はローラン学園の勝利のため―――――」
「おいおい! 何言ってんだよお前ら!?」
そのコールを遮って、ビリー先輩が身を乗り出してきた。
「男子が混じってるって、そんなこと言ったらアタシらだって……。それに、そんな同情みたいな勝利は欲しいなんて思ってねえぞ」
ビリー先輩は俺に食ってかかる勢いだった。
彼女にとっては、先ほどのダブルスは一つの試合として納得できるものだったのだろう。対戦相手としてそれは嬉しい評価だ。
けれど、あの試合では勿体ない。ビリー先輩ほどの選手の引退試合にはふさわしくないのだ。
彼女に相応しい試合は、もっと燃えるような――――
「シングルスで戦うのが怖いのかしら?」
振り向くと、いつの間にか俺たちの隣にお蝶先輩が立っていた。試合着に身を包み、いかにも準備万端な様子だ。
「ダブルス1が棄権負けになった以上、ウィンブル学園とローラン学園の戦績は2対2。つまり、シングルス1で決着をつけることになります。それが怖くって?」
お蝶先輩は、いかにも挑発的に笑って見せる。
「そうでしょうね、平民が上級貴族のあたくしに公平な勝負を挑むのですから、怖くて怖くて逃げだしたいでしょうね」
「な!? マーがレッドてめぇ――――」
「―――と、双子の妹とやらに伝えておいてちょうだい」
「上等じゃねえか」
ビリー先輩はそそくさとコートから立ち去る。
その様子をみながら、お蝶先輩は嬉しそうに鼻を鳴らした。
きっと、この展開を誰より望んでいたのはお蝶先輩だったのだろう。
「まったく、よくできた可愛らしい後輩ですわ」
そう言うと、お蝶先輩は俺とノバクの頭に手を置き、くしゃくしゃと髪をなでてきた。
少し照れ臭いながらも、俺は言葉で返すことにした。
「後は頼みましたよ、お蝶先輩!」
しばらくして、白いヘアバンドを付けたビリー先輩――――あらため、双子の妹バリー先輩がテニスコートにやってきた。
入れ替わるようにして俺とノバクはコートを去った。
俺たちの役割は終わった。
あとは、のんびりとフェンス越しに試合を眺めるだけだ。
竜と虎、あるいは鬼と悪魔……。
俺はテニスコートでバチバチな試合を繰り広げている二人を、どう表現したものかと考えていた。水を得た魚のように生き生きとした二人だが、魚と例えるにはギラギラし過ぎている。
お蝶先輩は団体戦の最初からずっと出番を待たされていたのだ。ため込んだフラストレーションを開放するべく白い歯を存分にむき出して楽しんでいる。
ビリー先輩に至っては、先ほどのダブルスはウォーミングアップだと言わんばかりに、さらにギアを上げて全力で強打していた。
……俺たちとの試合がウォーミングアップ扱いなのは、いささか不服だが仕方がない。
「すまないな。お嬢のために」
急に話しかけられたので振り向くと、カバディが俺の横に立っていた。
「別に気にするな。そもそもあれは女子ダブルスとしてはノーカウントだろ」
俺はチラリとだけカバディを見た後、視線をテニスコートにもどす。
「そもそも、こっちは二人とも男だったんだ。反則具合でいえば俺たちの方が負けだ」
「そうか………。ん? なに? 二人とも!?」
どうやらノバクは本気で女子だと思われていたらしい。やるなアイツ。
カバディは俺の隣に腰を下ろすと、試合を眺めながらゆっくりと語った。
「知ってるかもしれないが、お嬢は平民の生まれだ」
「ん? ああ、みたいだな」
「ローラン学園は、表向きには特待生制度で平民を歓迎していると謳っているが、学生たちはそうではない。入学したお嬢は平民だからという理由でいじめられていたんだ」
カバディは目の前の試合を見ながら、いままでの出来事を思いだしているのだろう。
「そのことを知った俺は居ても立っても居られなくなって、お嬢の執事という立場で学園に通うことにしたんだ。……本当はただの叔父なんだがな。我ながらお節介なオッサンだ」
「叔父?」
ノバクは初対面でカバディの執事のあり方にケチつていたが、どうやら本当の執事ではなかったようだ。
「ああ。だが俺はローラン学園に通うようになって、すぐに驚かされたよ。お嬢はその努力家な性分とあっけらかんとした性格のおかげで、既にたくさんの友人ができていたんだ。
学年が上がってからは後輩も多く慕っていた。正直、俺の出る幕なんてなかったよ。
お嬢がテニス部の部長になったとき何人かの部員は辞めていった。『平民の下につけるか』っていってな。だが、残ったメンバーは皆お嬢の味方だった。部員は少ないが一丸となって戦う。それが、お嬢の築き上げたローラン学園テニス部なんだ」
「そうか……」
俺はカバディの話をしみじみと聞いていた。
きっとビリー先輩は、部長として色々な困難に立ち向かいながら、その役割を全うしたのだろう。そして、今日をもって引退をし後輩に託していくのだ。
「ビリー先輩は高校を卒業したら、テニスを辞めるかな?」
声に出すつもりのなかった言葉が、ぽつりと漏れてしまった。
「お嬢はパン屋の一人娘だ。卒業したら、パン屋を継ぐことになるだろうな」
カバディは軽く鼻で笑う。
「もしパン屋が忙しくてテニスをする暇がなくなったら、お嬢は間違いなくパン屋を潰すだろう――――そう、お嬢の両親が嘆いていたよ」
「そうか…」
俺は思わずにやけてしまう。
目の前では二人の女子プレイヤーが、まるで自分をさらけ出して表現するかのように戦っていた。これこそが本当の自分なんだと、そんな主張をしている様にさえ見える。
「うちのお蝶先輩も、口では上級貴族としての仕事が優先だとか言ってるけど、絶対テニス続けてるよ」
「だろうな。実は俺もお嬢に進められて最近テニスを始めたんだ。40代からでも新しいことを始めるのは楽しいものだな」
「へえ、なら今度は俺たちでシングルスでもやろうか。もちろん、女装なしでな」
俺はカバディを見上げ、笑ってみせた。
テニスというスポーツを長年続けてきた。
そのため、元の世界でも、この世界でも多くのテニスプレイヤーを見送ることになった。
環境が変わり、価値観が変わり、ラケットを手放していく彼ら彼女らを。
けれど、残された俺が一人きりになることはなかった。
お嬢先輩やビリー先輩のように、何年経とうと変わらずに続けている人がいたからだ。
そして、ノバクやカバディのように、新しく始めてくれる人がいるからだ。
学生、社会人、老後、テニスは続けようと思えばいつでも続けられるし、始めようと思えばいつからでも始められる。
だからこそ、俺がテニスを続けている限り、例えどれだけの人を見送っても一人きりになることは決してないのだ。
「―――いいよな、テニスって」
女子テニス編、完結!
最後までお読みいただき、ありがとうございます!!
常々思うのは、乙女ゲーム×スポーツの読者層ってどの層なんでしょう。