乙女ゲームに転生した体育会系男子   作:瓜売り

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 チェス編の前編です。
 チェスのルールや将棋のルールを知らない方も多いと思いますが、そういう方は雰囲気で楽しんでください。


チェス編
どうやってこの学園に入学したんですか?


「世界で最もプレイ人口が多いスポーツは何でしょうか?」

 

 中学生のころ、こんな問題を出されたことがある。

 

 実はその時、俺はテレビのクイズ番組を見て偶然答えを知っていた。

 

「サッカー! ―――とみせかけてバレーボールだろ? 男だけならサッカーかもしれないが女性の競技人口も考えるとバレーボールの方が多いんだよな」

 

 俺はあたかも熟知しているかのようにテレビの知識をひけらかした。

 

 しかし、クイズを出題した友達はニヤリと笑う。

 

「残念! 正解はチェスでした! チェスの競技人口は7億人以上いるんだぜ」

 

「……は??」

 

 何言ってるんだコイツ。

 

「さっきお前スポーツは何かって聞いただろ。チェスはスポーツじゃないじゃんか」

 

 俺の指摘を受けた友人は、その質問待ってました―――と言わんばかりに得意げに答える。

 

「チェスはeスポーツて言って、立派なスポーツなんだぜ。オリンピック競技に選ばれるかもしれないんだよな」

 

「選ばれるかもしれないって……」

 

 じゃあ、今時点では選ばれてないじゃん。

 

「しかも、そもそもチェスの競技人口なんてどうやって調べたんだよ。チェスのルールを知ってる人でも数えたのか? その理屈なら人生で一度でも走ったことある人は全員マラソン選手になるからマラソンが一位じゃんか!」

 

「そんなの俺に言われても知らないよ」

 

 不貞腐れた友人はその場を立ち去ってしまった。

 

 そんなモヤモヤとした気持ちと共に思い出に残っていた友人とのやり取りを、俺はふと思い出していた。

 日本に住んでいる限り『チェスが世界的に人気』という感覚はどうしても持てない。けれど、あの時の友人が言ったように、本来チェスは大人気なスポーツ競技らしい。

 

 そのことを俺は、この乙女ゲームの世界に転生してから気づかされることになるのだった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近、随分と楽しそうですね」

 

 これはここ数日の俺に対するノバクの感想だった。

 

 実際、テニス部に入部してから1カ月が経つが俺は水を得た魚のごとく生き生きとしている。

 お蝶先輩に試合で負けて以降、俺のテニスに対する情熱はピークに達していたのだ。

 

 特に自主練習には熱が入っており、部活動がない日もテニスコートを使うために部長や副部長に一緒に練習してくれと頼みこむ毎日になっていた。

 

 ちなみに、テニス部の副部長はお蝶先輩だが、部長は第一王子のラファエル先輩だった。俺は何度かラファエル先輩を自主練に誘ったが、彼は他の部活動を掛け持ちしているらしく断られ続けている。

 

 

 

 

「そういえば、そろそろ魔法学のテストが始まりますが、主君は魔法学が苦手なのでは? よいのですか? テニスばかりにうつつを抜かしていると後々大変なことになりますよ」

 

 ノバクはお母さんのようなことを言い出した。俺とノバクは相部屋のため、俺が放課後にテスト勉強をしていないことは完全に筒抜けなのだ。

 

「いいんだよ! 逆に魔法学なんかにうつつを抜かす暇があったらテニスのトレーニングをするさ!」

 

「はあ、そうですか。では好きにしてください」

 

 ノバクは素っ気ない態度で会話を終わらせ、持ってた本に目を落とす。

 

 

 

 最近、ノバクがいつにも増して冷たい気がする。

 

 どうしたのだろう?

 

 まさか俺がテニスばかりしているから寂しくなったのだろうか。まったく、男のかまってちゃんは面倒くさいぜ!

 

 …………いや、ノバクはそんな可愛い性格はしてないな。おおかた、俺が楽しんでいること自体が気に食わないのだろう。何とドSな性格なのだろうか。

 

 

 

 ノバクは部屋で読書を続けている。

 

 素っ気なく会話が終わったので少し気まずい。

 それほど興味はないが、空気をかえるために話を振ってみることにした。

 

「なあノバク、何の本を読んでるんだ?」

 

「この本ですか? これはチェスの棋譜ですよ」

 

「へえ、チェスにも棋譜があるんだ。何だか将棋みたいだな」

 

 俺は小学生のころ、おじいちゃんから将棋を教わったことがある。そのため細かな戦略などは知らないが駒の動きや最低限のルールは知っている。

 一方、チェスはまったく知らない。マリアはチェスが好きらしく休み時間に何度か説明してくれていたが、興味のなかった俺は適当に聞き流して相槌だけをうっていた。

 チェスといえば、ハリー〇ッター賢者の石でロン・ウィー〇リーが何かやってたな…くらいのイメージしかない。ただ、おそらく将棋とそう変わらないゲームだろう。

 

 

 

「将棋?…とは何ですか? 聞いたことありませんね」

 

 ノバクは首をかしげる。その表情はとぼけている様子はなく、どうやらノバクは本当に将棋を知らないようだ。

 

 マジかよ!?日本人なら将棋のルールは知らなくても、将棋そのものを知らない奴はいないだろ。

 ………と考えてから思い出した。俺を含め、学園の生徒は日本人ではなくグランドスラム王国の国民なのだ。

 

「将棋っていうのは俺の地元では有名なテーブルゲームだよ。逆に俺はチェスについてはさっぱり知らないな、ルールすらわからん」

 

「へぇ、そうですか。 ………………えっ?」

 

 何気ない返事をしたノバクは、直後バサッっと音を立てて持っていた本を落とす。

 

 どうしたのだろうか、会話の途中でノバクが急に固まってしまった。

 

「チェスの… ルールをご存じないのですか?」

 

「え、ないよ」

 

「本当ですか!? グランドスラム王国の国民でチェスのルールを知らない奴などいませんよ…」

 

 主君に向かって奴とか言うなよ、別にいいけど。

 そんなことより……。

 

「それはさすがに言いすぎだろ。チェスのルールを知らない人なんて沢山いるだろ」

 

 日本人でも将棋のルールを知らない人は沢山いるんだ。このグランドスラム王国でチェスのルールを知らない人だっているに違いない。

 そう考えるとノバクのリアクションもなんだかわざとらしく見える。さては、俺をからかっているだけなんじゃないか?

 

 

 けれど、俺の疑惑とは裏腹にノバクは目を見開き本気で驚いている様子だった。

 

「チェスのルールを知らない人などいませんよ! というか主君、チェスのルールを知らずにどうやってこの学園に入学したんですか?」

 

「……え、この学園の受験科目ってチェスあるの?」

 

 どうやって入学したかと聞かれても、この世界に転生した時にはすでにウィンブル学園の生徒だったのだ。入学の過程など知っているわけがない。

 

「というか今まで、どういう人生を歩んでこられたのですか?」

 

「……え、人生単位で疑問を持たれるの??」

 

 てっきりいつも通りノバクが俺をからかってきていると思ったのだが今回ばかりは違ったようだ。それに、ノバクの驚愕っぷりが不安を感じさせてくる。

 

「チェスのルールを知らないことってそんなにまずいかな?」

 

「まずい… というよりは怪しいですね。本当にこの国の国民なのかどうか。もしかしたら隣国のスパイだと思われるかもしれません。ましてや、主君は仮にも貴族ですので……… 正直、未だに信じられないとしか言えません」

 

「そんなにか!? この国のチェス普及率半端ないな!」

 

 そうなると、俺もチェスのルールくらい知っておいた方が良さそうだ。

 さすがにスパイ容疑をかけられるわけにはいかない。

 

「なあノバク、もし良かったら俺にチェスのルールを教えてくれないか」

 

「ええ、分かりました。主君の無知が露呈すれば執事の私も恥をかきますからね」

 

「無知って… お前…」

 

 ノバクはナチュラルに悪口を言った後、部屋の押し入れからチェスの盤面と駒を持ってきた。

 俺はこの部屋に3ヵ月近く住んでいたが押し入れにチェス用具があることを初めて知った。

 

「では、何から説明しましょうか」

 

「まずは駒の種類を教えてくれないか」

 

 チェスのルールを知らないとは言ったが、おそらく将棋と似たようなものだから推測はできる。

 となると駒の動きさえ覚えてしまえば後は簡単だ。

 

 

 

「ではまず、こちらが"ポーン"です。この駒は基本は1マス前進しかできません」

 

 ノバクは駒の中で一番小さな駒を指す。

 

 "ポーン"は明らかに他の駒より個数が多い。

 

 沢山あって1マスしか前進できない、将棋でいうところの"歩"の役割だろう。

 

「この"ポーン"ですが、相手の駒を取るときは…」

 

「正面の駒しか取れないんだろ?」

 

 ノバクの説明を遮って答えた。

 

 将棋の"歩"は1マスずつ前進し正面の駒を取ることができる。この"ポーン"もおそらく同じだろう。

 

 ルールを知らないはずの俺が答えたからだろうか、ノバクは一瞬驚いた顔をした。その後、なぜか少し考え込む。

 どうしたのだろうか?―――と見守っていると、ノバクは頷いて満面の笑みで答える。

 

「…そうです! よくご存じでしたね」

 

「まあな、俺の知っている将棋にもこの"ポーン"と同じような動きをする駒があるんだよ」

 

「そうだったんですね。 お見事です!」

 

 ノバクは口角を少し上げて微笑み、ご機嫌そうに俺を称賛する。

 

 よせよ、この程度で称賛するなよ! 照れるじゃんか!

 

 

 

 

「次に、こちらが"キング"です」

 

 ノバクは一番大きな駒を指さす。その駒は頭上に王冠の形が模されていた。

 "キング"ということは恐らく駒の中で一番偉い、つまりは将棋の"王将"と同じだろう。

 

 この駒を取られたら負けと言いう訳だ。

 

 

 

「そしてこちらが"クイーン"です」

 

 ノバクは二番目に大きな駒を指さす。その駒にも"キング"とは異なる形だが、やはり頭上は王冠の形をしていた。

 

 ………あれ? もう一人王族がでてきたぞ。

 この場合"キング"と"クイーン"ってどちらが偉いんだ?

 

 一般的には"クイーン"より"キング"の方が偉い気がする。しかし、"キング"を守るために女性である"クイーン"が戦うというのも、それはそれでおかしいと思う。

 

「なあノバク、この"キング"と"クイーン"っていうのはどっちが偉いんだ? えっと、つまり"キング"と"クイーン"のどっちの駒を取られたら負けになるんだ?」

 

 俺の質問にノバクはまたもポカンとした表情を浮かべる。

 

 そしてまた、少し考え込んだ後満面の笑みを浮かべた。

 

「もちろん"クイーン"ですよ。"クイーン"を守るために"キング"が戦う。王様は勇敢でなければ務まりませんからね」

 

「なるほど、やっぱりそうか!」

 

「はい! ちなみに"キング"は全ての駒の中で一番強いので、ガンガン先頭で戦わせてください!」

 

 戦略としても一番強い"キング"を活躍させるのが有効というわけだ。なるほど勉強になる!

 

 

 

 こうして、ノバクのチェス講座は夜遅くまで続いた。俺は晴れてチェスのルールをマスターしたのだった。

 終始ノバクは口角を少し上げ、時折、唇をすぼませ笑いをこらえているようにも見えたが気のせいだろうか。

 

 

 

「ところで取った駒はどこにおいておけば良いんだ?」

 

「…はい? とった駒ですか?」

 

「チェスでも取った駒は自分の駒として使えるんだろ?」

 

「……はい! もちろんです!」

 

 




次回はチェス編の後編です。
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